第六話 『不帰の砂漠イルカルラ』 その12


 5000近くの帝国人の群れは、低い位置から強襲を仕掛けたオレたちへの対応が遅れていた。空に描かれた狼煙の黒線には気づいていただろうが、弓兵を配置させるまではやれていない。


 まあ、仮に体勢が完璧であったとしても、スピードで圧倒すれば問題はないのだがな。


 低空から敵陣に迫り、歌と共に金色の劫火が放たれる。『ターゲッティング』で狙っていたのは、名も知らない騎兵の一人。帝国軍の部隊長の一人だな。選んだ理由はその周辺に多くの兵士が密集していたからというだけだ。


 どうせなら、より多くを殺しておきたいからな。


 金色の火球は巨大化しながらその騎兵へと向かう―――魔眼は彼が断末魔の悲鳴をあげる顔面を見ていたよ。恐怖と困惑に彩られている。『何でオレが?』……そんなことを彼は人生の最後の一秒間のあいだに考えていたのだろうが、その思考は一瞬で終わった。


 ドガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアンンンンンンッッッ!!!


 砂を巻き上げながら、灼熱の爆風があの騎兵と多くの帝国人どもを呑み込んでいく。砂煙と光と爆音に、帝国人は恐怖しているのが分かったよ。ゼファーは、そのまま加速して敵陣の上空を飛ぶ。


 もちろん技巧は使う。


 安全に敵の群れの上空を飛び抜けるために、まっすぐに飛ぶことはしていない。翼の羽ばたきに重心移動の導きを加えてやることで、ゼファーは敵陣の上空で前に進みながら右手側に大きく一回転した。


 ロールという技巧だよ。こいつは守りに対して優れた飛び方だ。上下に移動しつつ、横にも移動する。そして、前進する速度をわずかに失う『側転』になるからな。


 縦、横、前後、そして速度……つまり四次元的な要素を含む動きなのだ、小僧。年寄り竜のアーレスは何だか偉そうに教えてくれたことがあるな。オレのことを3メートルぐらいの高さから見下ろす、文字通りの上から目線のままで。


 弓を使った射撃というのは、動体視力だけじゃなく相手の動きを予想して狙いを絞るものだ。平面的な動きよりも、立体的な動き、さらに言えば速度の差……時間という概念を加えることで、狙うことが極端に難しくなるんだよ。


 ゼファーは敵陣の上でそれを行ったんだ。もしも、天才的な弓使いがいたとしても、ゼファーの突入してくる方向を察知していて、さらに竜の飛び方を十数回は見て来た者でなければ、ゼファーの軌道に矢を当てることは不可能ということさ。


 そして、射撃できるチャンスはわずかでもある。ロールのおかげでゼファーの速度は若干ながら落ちてはいるが、あくまでも若干だ。ロールが終わった後は、羽ばたきを連続しているから、上昇しつつも加速している―――天才的な弓使いがいたとしても、この襲撃に反応することは、ほとんど不可能ってことさ。


 もちろん矢を放ってきたヤツは十数人はいるが、ロールの軌道を読めたヤツはいない。四次元的な回避の技巧が生み出した守りは、オレたちに一本の矢もかすらせることはなかった。


「……安全圏だッ!!」


『これで、おっけー!!』


「……見事な手際だけど。でも……今、横に回ったのかよ?」


「ああ。ロールという技巧でな」


「でも、なんでオレたち落ちなかったんだ?」


「遠心力をかけたからだ。落ちるどころか、ゼファーに密着しただろう。かなり高度な飛び方なんだよ、一秒にも満たないがな」


「……遠心力…………」


 剣の天才ギュスターブ・リコッドは学問の天才ではなかったのかもしれない。まあ、今はそんなことを気にしている場合ではないな。


「迎え撃てえええ!!」


「弓を用意しろ、竜を射落としてやるんだあああ!!」


「だ、だが、敵は?竜以外の敵は、どうするんだ!?」


「どこから来る!?」


「竜にだけ、気を取られている場合なのかよ!?」


 矢が飛んでくるが、組織的な行動と言えるほどのものじゃない。それぞれの小部隊が、あるいは弓を持つ個人が、すでに安全な距離を保っているオレたち目掛けて矢を放つだけだ。


 散発的ではあるな。一斉射撃のような脅威を感じさせるものからは、遠い。こちらの読み通り、ヤツらの指揮系統の統制は取れてはいない……全く異なる組織哲学を持っている兵士によるツギハギの集団でしかないってことだ。


 隊列を組み直すにも、慌てているな。ラシードの察知した狼煙を深読みしている。想像力を使わせて、自滅に誘うことに成功しているのさ。ガンダラとラシード、賢い巨人族たちの作った戦術というものは、ハマればどこでも連鎖的に敵を苦しめる。


『ねえ、『どーじぇ』、このまま、やをうたせればいいの?』


「ああ。ヤツらが期待してしまう間合いで、ヤツらの周囲を飛び回るとしよう。こちらの姿を見せつけて、恐怖を植え付けてやるとしよう」


『うん!』


 戦いは相手をビビらせてやる方が有利に働くことが多いからな。


 ついでに、話術も使っておくとしよう。ドゥーニア姫から学んだハッタリの出番だろう。


「我が名はソルジェ・ストラウスッッ!!『自由同盟』に雇われた傭兵だッッ!!今はドゥーニア姫にも剣を捧げてもいるッッ!!帝国人諸君、よく聞くがいいッッ!!諸君らは不帰の旅路の中にあるぞッッ!!北から来る『自由同盟』の力に打ち砕かれ、この砂漠で干からび、死に絶えることになるだろうッッ!!」


 ……『自由同盟』が北から攻めて来るってことに関しては、現時点では全くの嘘なんだけどな。


 それでも、彼らはナイーブに反応してくれるはずだ。今のアルノア軍には『ラクタパクシャ』の残党も合流しているだろうし、『ザシュガン砦』の戦いに参加していた兵士もいるだろう。南から来たばかりで、砂漠に不慣れな援軍もな。


 何であれ、ヤツらは戦いを経験しているし、疲れてもいる。自軍に死傷者が出れば、兵士というものは不安に陥るものだ。死体を見れば、次は自分が地面に転がるようになるんじゃないかとも想像しちまう。


 砂漠に不慣れな援軍どもの中には、病気で倒れたヤツも確実にいる。不安を煽る言葉ってのは、今のアルノア軍の兵士どもを怯えさせるには十分なものってことさ。


 統制の取れた連中なら、上官の説得で不安をコントロールすることも出来るだろうがね。今の隊列の乱れを見れば、そんな能力はこの集団には今のところ生まれてはいないことが分かるよ。


 オレの嘘の言葉でも、ヤツらの戦力を少しは下げることに成功したんじゃないかと期待できるのさ。




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