第六話 『不帰の砂漠イルカルラ』 その7


 壺から取り出されたカレーは、水気が少なく粘着質だったな。水気が少ない方が痛みが少ないということもあるだろうし、水を含まない方が持ち運びに楽だということもあるのかもしれない。重量が軽くなるからな。


 それに、カレーというのはスープ状でなかったとしても、十分に美味いのさ。砂漠の戦士たちは、あちこちで食事を始めている……ちょっと観察してみた。どういう食べ方をするのかということには、少しばかり興味がある。


 砂漠のドライカレーはナンに包まれていたな。レードルで壺からカレーを取り出して、柔らかなナンで巻くようにしている。そいつを口に運んでいくのさ。やはり……現地のスタイルで食べるべきだろうな。一番美味く食べられそうだ。


 ……あるいは、15分以内に食べるには、そういうスタイルが向いているのかもしれないってことだろう。


「ソルジェさま、皆さんと同じような感じで食べられますか?」


「ああ。そうするよ」


「では、リング・マスター、ナンをどうぞ」


 レイチェルがバスケットを寄越す。その中には縦に重ねられるように置かれたナンがあった。オレはそのナンを一枚、抜き出していたよ。それを広げた。やわらかい手触りだな。ヒツジのミルクのヨーグルトでも混ぜているのかもしれない。


「じゃあ、カレーかけるっすよー」


 レードルで壺からカレーをひとすくいしたカミラは、ニコニコしたままオレが両手で広げているナンの上にカレーを乗せる。


「ふむ。野菜がたっぷりだな……スパイスの香りも良いカンジだ」


「ですよねー。あー、お腹へってきちゃいます……」


「私たちも早く食べましょう、カミラ。15分しかないですから、このディナーは」


「そ、そうっすね。じゃあ、レイチェルさん、カレーどうぞ!」


「ええ。いただくわ」


 女猟兵たちは仲良しだな。美少女と美女が仲良い光景を見ていると、心が癒やされちまうよ。オレはカミラとレイチェルがカレーをナンに包み終わるのを待ち、その準備が終わると目配せしつつ、三人同時に砂漠の野戦ディナーに噛みついた。


「いただきますっすー!」


 カプリ!カミラの大きめな犬歯がナンに噛みついていた。オレとレイチェルもな。手触りで想像がついていたが、やわらかな生地だったよ。それに、モチモチしっとりだ。ヨーグルトの力だろう。


「もぐもぐ。おいしいナンっすねー」


「それに、カレーとも合いますわ」


 踊り子はフフフ、と笑いながら語ったよ。まったくもって同意見だったな。このしっとりとしたナンは、無水で作られたと思われるカレーの濃い味とマッチしている。やわらかモチモチな生地の間からあふれてくる、濃密なスパイスで編まれたカレーの味……。


 刻んだ玉ねぎとすり潰すようにしたニンジン、辛味の向こうに隠れた酸味は、フルーツの姿を心に浮かべさせてくるものだな。リンゴ、パイナップル……他にもありそうだ。果実たちは酸味だけでなく、このカレーに甘味を与えてくれてもいる。ミンチ肉の脂から融け出した甘味と、フルーティーな甘味はいつだって合いもするしな。


 水分は具材から出たものだけであるため、カレーの味は濃い。かなり、辛さもあるな。暑さ対策なのか、塩も多目に使われていたよ……この『イルカルラ砂漠』に適した味に仕上げられている。砂漠の戦士のカレーだな。


 美味い。


 その一言に尽きる。いいカレーだ。口の中で噛めば、ナンとカレーが混ざり合いながらカレーの美味さとスパイスの織り成す風味が広まっていく。モチモチしたナンと、カレー味に染まったミンチ肉を同時にモグモグしている瞬間は、食の楽しみに満ちているよ。


 最高の一時だったな。


 荒涼とした砂漠を見回しながら、カレーを包んだナンを頬張るのは。


「美味しいっすね、ソルジェさまー」


「ああ。皆にも食べさせてやりたい……ガンダラは、あっちで食うのか」


 猟兵で集まりメシを食いたいとも思ったが―――ガンダラはゼファーの影でラシードとアインウルフと食べるらしいな。オッサン三人での食事を好んだわけでもなく、仕事中ってことさ。


 ラシードもアインウルフも将軍として経験豊富な人物だからな。ガンダラの質問に的確な答えをくれるだろう……。


「……仕事熱心だぜ」


「ウフフ。そうですわね。でも、この場所には働き者しかいませんわ」


「そうだな」


 ギュスターブ・リコッドも修行中だった。ヴァシリ一族について行っているな。オレたちがメイウェイと会っているあいだに、仲良くなったらしい。砂漠についての戦い方でも聞いているのだろう。ドワーフの戦い方を最も識るのは、やはりドワーフだけなのだから。


 カレーを包んだナンを呑み込むように食べた若き戦士は、身振り手振りを交えながら、砂漠の砂を靴底で踏みまくっている。ステップにキレを感じるな、天才剣士は、砂漠の戦い方をマスターしているだろう。実戦で、その技巧を敵の血で磨けば完成さ。


「美味しいかな、砂漠の晩メシは?」


 早食いの才能も持つ戦姫が、オレたちの前にやって来る。


「美味いぜ。栄養もたっぷり感じられる」


「では、さっさと食べてしまうといいぞ、猟兵団の諸君」


「ゆっくりと噛んで食べたいっすけど……」


「急場だ。あまり悠長にしてはいられない」


「……そうっすね。後片付けにも時間がかかってしまいますし」


 そう言うと、カミラはモグモグのペースを上げていったよ。生活感を帯びた発言は、カミラらしいな。


「次の機会にゆっくりと味わいたいものですわ」


「……オレより早く食べ終わったか」


「サーカスのアーティストには必要なテクニックですもの」


「ふえ?早食い芸っすか?」


「いいえ。幕間に素早く食事を取ることです。お客さまをお待たせしてはいけませんものね。とくに、私のサーカス団は零細でしたもの」


 職人性を感じさせてくれるものだな。幕間のわずかな時間もムダにしないようにか。サーカスの裏側は、とっても忙しそうだぜ。


 ……竜騎士サンも、このカレーとナンを味わうのは次の機会に渡すとするか。このカレーは消火に良さそうだ。パイナップルを多目に使っているから、ミンチ肉もやわらかくなっているからな。


 色々と、『砂漠の戦士カレー』には合理的な秘密が詰まっていそうだが、その謎の究明は、また今度ってことになる。




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