第六話 『不帰の砂漠イルカルラ』 その2


 ゼファーの首元をブーツの内側で叩き、ゆっくりと降下してくれと伝えるのさ。眼帯をずらして、地上の様子を観察する。友好的な様子だな。『パンジャール猟兵団』がバルガス将軍に協力したことも、そして、『大穴集落』の救援を行ったことも知っているからか。


 多くの者が笑顔を向けてくれる。


 疲れ果てていることが、一目で分かってしまうほどの姿であったとしても、ゼファーの姿と翼が呼ぶ影に、希望を感じてくれているようだった。


「ゼファー!!」


「竜だー!!」


 親の手に引かれて砂漠を歩く、幼いドワーフたちの声が聞こえてくる。その声が弾んでいることに、オレたちは誇りを抱くべきなのだぞ、ゼファーよ。


 期待されている。街を捨てることを余儀なくされるほどに追い詰められていたとしても、彼らは信じてくれているのだ。


「……ゼファーよ。彼らの声と顔を覚えておけ。オレたちが守るべき者たちのことを。彼らは、オレたちに希望を託してくれている」


『うん!……かならず、かつ……ッ!!』


「ククク!!そうだ!彼らのためにも、この戦に勝利する。ガルーナの竜と竜騎士とは、そう在るべきものだということを忘れるな」


『わかったよ、『どーじぇ』!』


「……なかなかの親子愛といったところか?」


「竜と竜騎士は『家族』なんだよ。ストラウス家と、ゼファーの一族は、ずいぶんと長くつるんでいる」


「そうか。竜と共に生きた国か……」


「今は滅びているが、近いうちに取り戻してやる。オレは、ガルーナ王になるんだよ」


「頼もしい王だな。そなたが率いる国であるなら、迷わずに同盟を組めるぞ」


 ……ルード王国のクラリス陛下は信用できなくともか。まあ、ドゥーニア姫は直接、自分が出会ったことのある者でなければ、信じることが出来ない性格なのかもしれない。


 使者を出すことはなく、自らメイウェイとの交渉に趣くほどなのだからな。自分の『勘/センス』を信じているのか。


 行動力と賢さを併せ持つ彼女らしい人生哲学とも言えるかもな。砂漠で生き馬の目を抜くような手練れのメイウェイと戦い続けて行くには、指揮官自ら死地や最前線に近づき、経験と勘に頼った素早い状況判断をするしかなかったのさ。


 ……過酷な戦いを生き抜いたのだと予想がつく。


「……そなたの雇い主を悪く言ったつもりはないからな」


「もちろん、分かっている。ドゥーニア姫、君がクラリス陛下に出会うことがあれば、すぐに陛下の聡明さと志に惹かれるだろう」


「いつか会う。もちろん、対等な存在としてだ」


「それが理想だな、お互いにとって」


 侵略者でないことを示したい。そうでなければ、『自由同盟』に協力してくれる人々が減ってしまうだろうからな。外交ってのは、難しいもんだよ。繊細さがいるな、真の国家間の絆を作るためには恫喝ではなく、相互理解と尊重し合うことも必要だ。


 ……ああ。賢い巨人族の咳払いが聞こえちまった。ガンダラさ。付き合いの長い副官一号殿の考えは分かる。時間をムダにしてはなりませんな。そう言ってるようなもんだよ、今の咳払いは。


「ドゥーニア姫よ、始めよう」


「……ああ!」


 深呼吸を使う。ドゥーニア姫は烈女の仮面を持ってはいるが、実際はまだ若い女性だ。メイウェイ軍を南北から襲撃するなんていう、ハッタリをかまして交渉をリードするような大胆さがあったとしても、鋼の精神を持った経験豊かな指導者ではない。


 だが、強さを演じてもらわなければな。


 彼女がもう少し経験値を獲得し、血肉から魂の細部に至るまで、真の砂漠の烈女へとなる日は、そう遠くはない。


 仮面をかぶったドゥーニア姫は、地上を睨みつけて笑うのだ。牙をむき出しにした狂暴な貌は、戦うための仮面として相応しい。故国の空を吸い込んで、歌うような大声で彼女は愛すべき同志たちへと伝えるのだ。


「皆!!東へと向かいながら、私の言葉を聞くがいいッ!!」


 雷のように砂漠の戦姫の言葉は、天を走り、大地へと降った。戦士たちも、砂漠の民たちも、若き英雄の存在に気がつくのだ。


「ドゥーニア姫だ!!」


「姫!!」


「我々を導いて下さい!!」


 バルガス将軍を喪失した今となっては、『新生イルカルラ血盟団』の指導者は彼女だけだ。バルガス将軍はその存在と引き替えに、『メイガーロフ人』の全てがドゥーニア姫の名の下に結束するためのお膳立てをした。


 しかし、『メイガーロフ武国』の時代からの軍人であったバルガス将軍ほどの経験も実力もドゥーニア姫にないことなどは、誰しもが分かってはいる……ドゥーニア姫の仕事ってのは、本当に大きなプレッシャーを伴うものだ。


 実力以上の器を演じなければならん。何故ならば、その器へと至るだけの才覚を持ってしまっているからこそ、頼られている。


 彼女が、この『イルカルラ砂漠』で過酷な戦いを続け、多くの勝利を手にして来たからだな。すぐ後ろにいるラシードは、どういう気持ちで彼女の虚勢を見つめているだろうか?確認するために後ろを振り向くことはしないさ。


 きっと、信じている。


 だからこそ、死んだのだからな、バルガス将軍は。


「すでに皆も知っていると思うが、ランドロウ・メイウェイは帝国のアルノア伯爵にクーデターを起こされた!!メイウェイは、すでにこの土地の支配者ではない!!ヤツはアルノアに追い詰められ、『ガッシャーラブル』へと敗走している!!」


「……やはり」


「メイウェイをも敗走させたというのか、アルノア伯爵は……」


「かなりの軍勢であるということか……」


 不安げな声と動揺が少しばかり人々のあいだに広まっていく。メイウェイの強さってものを、その身で思い知らされている戦士たちからすれば、戦でなく策略で陥れたとはいえ、アルノアがメイウェイを追いやったという事実は衝撃的なことではあるのさ。


「我々も、アルノアの軍勢からは追いやられている!!正直に認めよう!!アルノアの軍勢は多いのだ!!そして、メイウェイとは異なり、我々、亜人種に対して明白な殺意を持っている!!……我々は、大きな困難の最中にあることを自覚しなければならない!!」


 ドゥーニア姫の言葉は、全くもって真実だった。不安を煽りたいわけではなく、事実を認識させることを彼女は望んだのだ。


「我々もメイウェイも、アルノアに追い詰められてしまっている!!このままでは、誰もが望まぬ結末を迎えることになるかもしれない!!……だが、勝利への道は一つだけある!!それは、誇りをも捨てた屈辱の道ではあるが、昨日までの敵と手を組むことだッッ!!」


「……っ!!」


「……まさか」


「そんなことが……ッ」


「皆、生きるために屈辱を呑み込む覚悟をしろッ!!全ては戦いに勝利し、脅威を排除し、生きるためだッッ!!苦しみの道を進むと誓えッ!!奴隷だった先祖たちが作り上げた国を、彼らの正当な後継者である私たちの手に取り戻すため、最後の戦いへと挑むぞッ!!……私は、ランドロウ・メイウェイと『新生イルカルラ血盟団』のあいだに同盟を結んだッッ!!勝利し、生き抜き、『未来』を手にするためにだッッ!!」




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