第五話 『ドゥーニア姫の選択』 その78


 ゼファーは降下を続けながら、アルノアの騎兵どもの上空を滑空する。オレが弓を撃つと予想してのことだし、実際その通りだ。以心伝心だ。カミラを両腕に挟んだまま、ガルーナ人の強弓に番えられていた矢は放たれる!


 焦げた空気を貫いて、オレの矢は帝国騎兵の一人の胸元深くに突き刺さる。致命傷を与えた実感を得ながら、ブーツの内側でゼファーの鱗を叩くのさ。ゼファーは左に急旋回した。アルノア軍の弓兵どもはオレたちを狙っているからな。あまり近づくことは愚策だ。


 弓の間合いのギリギリ外を狙うように飛んだ。


 オレたちを狙って矢が十数本放たれるが、そいつはゼファーが空に描いた黒い影の軌跡へと誘い込まれただけに終わる。何本かはアルノア軍の騎兵どもに降り注いだろうが、運悪くそれに命中したヤツがいるとは考えにくい。


 いたとしても一人か二人。致命傷を与える可能性も低いだろうが……ミスは若い兵士の心を慌てさせることにはつながるからな。あえてアルノア軍に矢を撃たせる範囲に近づくことはムダじゃない。


 ゼファーは翼で空を打ちつけて、高い場所へと帰還する。


「いい仕事をしたぞ」


『えへへ!そんなきが、じぶんでもしてるー!』


「おー。帝国人同士で潰し合ってるぜー」


 ギュスターブ・リコッドは地上を見下ろしながら、弾む声で語った。メイウェイの騎兵どもは、困惑するアルノア騎兵どもを強襲する。最後尾にいた騎兵どもが矢で援護を行い、部隊中盤にいた騎兵どもの槍を使ったチャージが本命か。


 ……騎馬戦術の達人というかな。見て学ぶことが本当に多い。理想的な理論を思いつくまでは誰でもやれるが、それを実戦で完遂するとはな……メイウェイの騎兵どもの瞬間的な火力は明らかにデザインされた行動で、それは十数騎の敵を20秒で駆逐していた。


 そのまま攻め込むことはしない。アドバンテージを消費し尽くす考えじゃないのさ。有る程度は安全な距離を保ちながら、撤退も行うつもりだ。距離が開いていれば、アルノアの追っ手どもを走らせて、体力を消費させることも可能だからな……。


「さてと。メイウェイどもへの援護は十分過ぎるぜ。ラシード、何かしておくべきことはあるか?ゼファーで爆破しておくことで、オレたちに有利となる場所は?」


「……ふむ。ならば、帝国軍の補給物資を焼き払っておいてはどうだ?」


「焦土作戦か」


「『ラーシャール』の商人たちは、多くの物資を持ち出すことに成功している。砂漠の街の民は、家に過剰な食料を置くこともない……食料は、軍糧を中心にした貯蓄が中心になっているはずだ」


「それを奪っちまえば、アルノアの軍勢は飢えるか」


「少なくとも、継戦能力への打撃にはなるだろう。ここのオアシスの水も、しばらくは飲めないだろうしな」


「ええ!?ど、毒っすか……?」


「コブラ毒の錬金毒を使う。水守りの一族が必ず行っている。砂漠の民の、襲撃者への伝統的なプレゼントだ。無色にして透明。飲めば、内臓がやられて死に至ることもある」


「おお、そいつはえげつねえなあ。グラーセス王国人は思いつけん。でも、このクソ暑いなかで水が飲めなくなるってのは、地獄だな!」


「そうだ。数が多いほど、水不足と軍糧不足は深刻化するものだ」


「砂漠の将らしい考えだ」


 アインウルフの言葉に、ラシードは不機嫌そうな鼻息を鳴らすことで応えていた。


「……かつては、残酷になれなかったところがあった。街を焼くような作戦を、私も使えば良かったのだろうがな……」


「いいえ。ラシードさんがそれを行わなかったこそ、今日、有効に使えているとも言えるっすよ」


「……ストラウス卿もカミラ殿も、私の良いところを探し出してくれるものだな」


「アンタが有能だからだ。オレは無能は褒めんぞ」


「……そうか。ならば、私の策を選んでくれ、ストラウス卿。『イルカルラ血盟団』の攻撃で、『ザシュガン砦』も落ちているんだ……メイウェイが向かうのは、もう『ガッシャーラブル』しかない。焦土作戦は、アルノア軍に有効なダメージを与える」


「そうだろうな。この状況で『ガッシャーラブル』の食料に、アルノア軍がアクセス出来ない状況になれば……こちらにとっては有利な状況に転がりそうだな」


「うむ。そうなると、私は読む。軍糧を狙おう」


「名案だ。さて。それで、具体的には、軍糧の貯蔵庫がどこなのか分かるか?」


「帝国軍の軍旗が掲げられている倉庫だ。街の四隅に配置されている……元々は、我々が正規軍であった頃の倉庫だ」


「場所は分かったな。それで、構造的な弱点はあるか?」


「……側壁は頑丈に作ってある。だが、屋根は比較的、脆さがある。風を入れるための仕組みもある。中に置かれている棚は木造。油は上部の階に補完してあるはずだ。下の層は小麦を中心に置いてある……」


「その配置は、君らの時代のルールのことなのか?」


「それもあるし、それ以後、我らが何度か偵察と盗みを行っての結論でもある。油を最上層に置くのは、付け火対策の一つだ」


『じゃあ、あのそうこってー、うえからぶっつぶせば、まるごともえそう!』


「採風塔もあるからな。風通しもいい。ゼファーの火球を上空から撃ち込めば、それで片付きそうだ」


「行けるはずだ」


「ラシードさん、頼りになるっすね。ガンダラさんに、ちょっと似てるっす」


「ククク!オレの副官一号殿は、ラシードほどに愛想は良くないけどな」


「……愛想が良い?……私は、そう呼ばれたことはなかった」


 うちのガンダラはひねくれているからな。クールで、ちょっと毒舌というかな。まあ、今はそんなことはどうでもいい。


 作戦を実行しなくてはな。


 ゼファーはラシードの教えてくれた倉庫を、上空から垂直に落ちる火球を叩き込むことで焼き尽くしていく。よく燃えてやがるし、たしかに上空からの攻撃には脆さがあった。


 砂漠のなかにあるオアシス都市としては、攻城兵器対策よりも盗人対策が重視されたわけだ。


 設計の哲学としては、正しいかもしれない。この砂漠に攻城兵器を持ち込むことは至難の業だろう。設置するのもバランスが悪くなりそうだ。少なくとも、合理的ではある。上空からの攻撃が可能なのは、攻城兵器以外には竜騎士ぐらいのものだ。


 また一つ、砂漠での戦い方を学べたような気がするな。


 すみやかな爆撃行動で、ゼファーは帝国軍の食料を火の海の底へと叩き落としてくれた。十分な攻撃ではあるが、若干ながら余力はある……。


「アインウルフ」


「どうした?」


「お前も策を出してくれるか?……アルノアの軍勢への負担となる爆撃先に、思いつくところはないか?」




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