第五話 『ドゥーニア姫の選択』 その62


『ぐるるるっ!!』


 怒りに眉間を寄せながら、ゼファーは牙を剥いた。やさしい仔竜は考えたのだ。無力な者が虐殺されることへの怒りがある……ガルーナの竜としての気高さをゼファーは学んでくれているのだ。


 それが『ドージェ』として嬉しくもある。


 だが、歓喜のための笑みを浮かべている状況ではない。義憤を帯びて加速するゼファーの背で、オレもまた怒りに血を熱させていた。


「許しがたいことだな。また、亜人種の民草の血が流される……ッ」


 アインウルフの怒りに震える言葉が『メイガーロフ』の天空に乗った。ヤツとしても帝国の方針には従いにくいものがあるのだろう。グラーセス王国で戦ったのは、あくまでもドワーフの戦士たちだった。非戦闘員である住民を虐殺しようとはしていない。


 ……虐殺しようとしていたのは、恥ずべきコトにオレと同じくガルフ・コルテスの系譜に連なる猟兵だったな―――殺しておいて良かった。猟兵の恥をいつまでも生かしておくことは出来ん。


 オレやガルフと同じ技巧と戦術で、非戦闘員の虐殺と略奪など……屈辱でしかない。


 ……アイツのことも今はいい。


「ゼファー、南側のアルノア軍を襲撃するぞ!」


『うん!!あいつら、ゆるさない!!』


「そうだ。本陣を攻撃すれば、その守りを固めようとする。守ってくれるのであれば、住民が逃げるための時間を作れる」


「……さすがだぜ、サー・ストラウス。でも、そうなったら対竜でメイウェイとアルノアの軍勢が協力するんじゃないか?」


「そうだとしてもやるんだよ。大軍を相手にしての『囮』ってのは、竜にしか出来ない大仕事だ」


「たしかにな。オレたちも、地上に降りるのか?」


「状況を見極めてからだ。機動力を活かせても、敵地からドワーフの戦士を回収することは難しくもあるからな」


「……そうか。そうだな。砂漠を走り抜くのは、オレはきっと不得意だろうな」


 ドワーフの短い脚では砂地を逃げることには向かないだろう。ドワーフの機動力は砂漠では劣るのだ。もちろん、不利なことばかりではない。


 『大穴集落』のヴァシリの一族が山賊として一大勢力を築けたのには、理由があるのさ。想像はつく。砂漠でのドワーフ族の用兵を、オレは予想しているさ。だが、今はそれどころではない。


 眼帯をずらして、金色の魔眼で戦場を睨みつけた。『メイガーロフ』の南側にいる部隊は、砂嵐を越えて来たゼファーには気づいちゃいない。想定しちゃいなかった。砂嵐の空に視線を向ける風習は無いということだ。


 昨夜の『ザシュガン砦』の戦いに参加していた兵士は少ないのかもしれん。『アルノア・シャトー』も襲撃してやったからな。昨夜からの継続して戦うことは、体力的に困難だろう……。


 ならばこそ、いい洗礼を与えてやりそうだ。昼も夜も、『イルカルラ砂漠』の空には注意しろとな。焼けつくような昼の空を見あげるようにしてやるさ。竜の恐怖を心に刻みつけてやればいい。


 そういう戦い方こそ、猟兵に相応しいものだ。


「まずは帝国軍の目をこちらに向けるぞ!!敵の中心に、『ターゲッティング』で強化した火球を叩き込むッ!!」


『らじゃー!!』


 ゼファーの体に魔力が奔る!『炎』の魔力が昂ぶり、金色に輝く竜の劫火を生むために牙の歯列の奥底で、渦巻く灼熱が構築されていく。


 オレは魔眼の持つ『望遠』の力を全開にして、アルノアの軍勢に最良の獲物を探す。アルノア自身を見つけられたら最良だが、ヤツらの軍勢には巨大な日傘を用いている場所が幾つかあった。


 帝国人の貴族らしい日除けの行いか?貴族は戦場でだって優雅であろうとするものさ、そいつが貴族であることの売りである。戦場は貴族にとって実力だけでなく、優雅さという財力を示すための場でもあるもんだ。


 ……あるいは、小賢しくも竜の襲撃に対して自分を晒さないためかもしれないな。アルノアという男は、それなりに悪知恵が働く男らしい。こっちがアルノアの顔を知らないことを、アルノアは知らないだろうからな。


 何であれ、これは運と確率頼みだ。アルノアがセコい男なら、あの日傘のどれの下にもいないような気がしている。影武者ぐらい立てているかもしれない……舌打ちしたくなるぜ。考えさせられるだけで、ヤツの有利に働いているな。


 迷っても答えにたどり着けるものでもない。ならば?……とにかく派手な一撃でより多くの敵兵を排除してやればいいだけのことだ。


 定石通り、軍の中央を探った。重装歩兵の列に隠れるようにして、両翼に軽装騎兵を配置した部隊がある―――馬の数は多い。


 アルノアは多くの若い騎兵たちを味方につけることに成功している証かもしれないし、あの若い騎兵たちのなかには状況に流されているだけの者も少なくはないのかもしれん。


 重装歩兵と軽装騎兵に囲まれた場所がアルノア軍の中央だが、そこには弓兵が多くいたな。竜対策というよりも、騎兵対策の布陣に見えた。


 メイウェイ軍が少ないが有能な騎兵で中央突破を仕掛けたときには、重装歩兵の背後から矢を放ち突撃の威力を弱め、重装歩兵で防ぐ。そのあと、両翼の軽装騎兵で素早く包囲しようという防御に特化した陣形だ。


 セオリーからは反していないな。アルノアは住民の虐殺でメイウェイを煽り、メイウェイが怒りに任せて突撃してくることを望んでいる。数の有利と、自身の正当性を保つためには、攻撃を仕掛けるよりも待ち構えた方が有利だ。


 ……腹が立つ。アルノアを狙い撃ちにしてやれないことに、集中力が怒りで乱されそうになっちまう。


 だからこそ、体をコントロールするための呼吸を行うのさ。『メイガーロフ』の空に漂う砂を吸い込みながら、オレは『標的』を決めていた。


 中央の中央。軍勢の中心部にある、日傘の下にいる連中だ。捻りはないし、アルノアを焼き殺せる確率は最も低い。しかし、メッセージ性は十分だろう。アルノアを狙っている、その事実を刻みつけてやればいい。


 指揮官であるアルノアの心に、恐怖を刻みつけてやるさ。


 怒りに魔力を重ねながら、金色の呪印を『標的』に刻みつけた―――『ターゲッティング』は完了だ。あとは、いつものように歌うだけだぞ、ゼファー!!


「歌ええええええええええええええッッッ!!!ゼファーあああああああああああああああああああッッッ!!!」


『GHAAAOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOHHHHHHHHHHHHHHッッッ!!!』


 金色に煌めく竜の劫火が放たれる!!


 灼熱に暴れる火球は、金色の呪印を目掛けてただ真っ直ぐに加速する!!


 全速力に近いゼファーの飛翔と、オレの呪術とゼファーの肺活量だ。この火球はリエルの矢よりも速く、敵へと襲いかかっていた。


 アルノア軍の中心に、金色の爆裂が発生する!!煌めく劫火と爆風が、帝国軍の弓兵どもの体を食い千切るように破壊しながら吹き飛ばしていった……。


 大地を叩きつけた爆音が残響する空を、ゼファーは飛び抜けていく。アルノア軍も、そしてメイウェイの軍もオレたちの姿を目撃したな。さてと、両軍に狙われることになるかもしれんが、それだけに市民の避難には貢献するとしよう。


 もちろん。


 ただの『囮』というわけではない。竜騎士のメリットを使い、空から攻撃してやる。地上からこっちを狙うよりも、空から地を這う帝国人どもを射貫くことの方が容易いからな。




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