第五話 『ドゥーニア姫の選択』 その37
開いた扉をギュスターブ・リコッドは押して開いた。獲物に飛びかかるときのクマのように、ドワーフのずんぐりむっくりの体は扉の内側へと進む。ワイヤーによるトラップの有無を感じながらな。
室内に入ったギュスターブは周囲を見渡している。手を動かしてオレたちを招き入れる。安心しながら入れるが―――オレも猟兵だからな。室内を素早く観察しながらそこに入る。そこには生活感がわずかだけあった。
雪のように積もった砂埃には、足跡がついていたよ。軍靴の形跡が、5人分から6人分といったところだろうな……。
「……メイウェイの足跡だろうな。帝国軍の軍靴の足跡だ」
「……ほう。ソルジェ・ストラウス。君は、帝国軍の靴の裏まで知り尽くしているか」
「狩人は、狙う獲物の足跡を分析できるようになっておくべきだからな」
「獲物か。君たちに、私が負けた理由が分かった気がする」
マルケス・アインウルフはそうつぶやきながら瞳を閉じた。二秒ぐらいの出来事でしかなかったが、その沈黙のあいだにグラーセス王国での戦いでも思い出しているのだろう。
そう思うのはオレも同じだからだ。
グラーセス王国での戦いは、印象深い。マルケス・アインウルフとの戦いは忘れることはできないな。一騎駆けをやってみせたような帝国人は、オレの人生では今のところアインウルフだけだった。
瞳をあけたアインウルフは、足跡に視線を落としている。
「……メイウェイの足跡の特徴を知っているか?」
「……いいや。狩りでは考えたことがあったが、部下の足跡をそういう感覚で観察してみたことはないんだ」
「……だろうな」
「メイウェイは、左利きではある……」
「ほう。左利きか……」
オレはその場にしゃがみ込むと、砂埃についている足跡をにらみつけていた。5人か6人分の足跡……足跡のつき方から、慌てていた様子がうかがえる。交雑している。上下関係に厳しいであろう軍人であるのなら、自分たちのトップのメイウェイがいるのなら、落ち着いて動こうとするだろう。
『流砂の罠』があちこちにあるような土地を突破して来たわけだ。集中力を維持する行いをしていたはずだ。それなのに、慌てていたか……。
鼻を動かしてオレは嗅覚を使う。
わずかに残存するアルコールの甘い香りに混じり……血のにおいを嗅ぎ取ってみせる。
「……メイウェイ一行には負傷者がいたようだ。一刻も早くに休ませてやりたいようなレベルの負傷者がな……」
「なるほど、考えられることだ」
「血の臭いもする。分かるよな、カミラ?」
「はい。たぶん、地下に運んだんすね……外には、血の臭いが漂っては来ないっすから」
「……スゲーな、さすがは猟兵たちだ。オレは、言われてみると何となく、血の臭いを感じられる。ラシードはどうだ?」
「……私はそんな臭いを感じることはない」
「手当は済んでいたのだろう。メイウェイは、傷口ぐらいは縫える男だ」
「なかなか器用な男なわけだ」
ガルフ・コルテスも気に入りそうな男ではある。アインウルフはうなずく。自慢の部下を褒められたことが嬉しいんだろう。上司ってのは、そういうものだ。
「そうだ。メイウェイの手当が良かったからこそ、傷口はそれなりに閉じていた。だから我々に感じられるほどには血の臭いは残っていないのだろう。ラシード、私たちは落ち込む必要はない。猟兵たちの鼻が獣のように優れているのだ」
「……劣等感は感じない。ストラウス卿もカミラ殿も、私の仲間だからな。ただリスペクトを覚えるだけのことだ」
「えへへ。血のにおいには、自分、とても敏感なんす。『吸血鬼』っすからねー!」
自慢気にカミラは笑顔を浮かべていたよ。かつて、『吸血鬼』の力を受け継いでしまったことを悲しんでいた女の子はいない。
オレの『聖なる呪われた娘』は、『吸血鬼』の力を継承したことを、今では恐怖してはいない。猟兵としての力となるからだ。
そんな『血』の専門家である、カミラ・ブリーズの考えを頼るべきだな。
「ここの地下室はどこにあるんだ、アインウルフ?」
「……こちらについて来てくれ。古い階段がある……地下には、私がこの土地にいたときには食料や医薬品を備蓄していたんだ。おそらく、メイウェイもそれを怠ってはいないだろう……メイウェイは、この土地が不安定になることを、私よりも正確に予想していた」
「太守でもあるからな……だが、その作業をすることで、この場所の情報を隠せなくなるかもしれないな」
「……そうだね。その可能性もある……この足跡……運び込むだけでは、ちょっと多すぎるように感じる……」
「そうだ。砦の周りに足跡は残っていなかったこともポイントになる。メイウェイ一行は、この場所に来て、地下で負傷者に処置をしたあと……すみやかにこの場所を離脱したらしい」
「……そうだろうな」
「とにかく、地下に行ってみようぜ!引き続き、オレが先頭だ!」
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