第五話 『ドゥーニア姫の選択』 その33
流砂の罠がそこらじゅうにひしめき合う空間の一角に、その朽ちかけた砦はあった。大きなものではない……さっきの砦に比べても、一回りぐらい大きなものである。
「王家の隠れ家としては、小さなものだな。小さいからこそ、目立たないという発想なのか?」
「……そのつもりらしい。大きな砦あれば、砂丘に囲まれたとしても、姿を隠せることもなかっただろうからね。砂丘は常に動いているから、上手く隠れたていとしても、一時的なものに過ぎない」
「ん?常に動き回るだと?動くのか、砂の丘がよ?」
「ああ。風が全てを運ぶのさ。どんなに大きな砂の丘だってね」
「……マジかよ。スゲーな、砂漠ってのは……」
グラーセス王国人であるギュスターブにとっては、砂漠の常識は通じない。細かな砂が風に乗って踊り、それはやがて巨大な砂丘さえも運び去ってしまうというイメージを心に描くことは、なかなか難しいことだ。
「小さな砦を選んだんだ。その方が、あの砦を造った職人たちを『管理』することも容易いからね」
「王家の血塗られた歴史か?どこも、グラーセスと同じようなところがある」
……砦を造った職人たちは、その場所や構造を知り尽くしてしまっているな。そんな連中を見逃していれば?……情報が漏れてしまい、秘密の砦の魔法は消え去ってしまうことになる。
オレたちが『ベイゼンハウド』で使った戦術、職人たちを城塞攻略の手段に使うっていう隙が出来ちまう。
砦の機密性だけを重要視したときには、職人たちを『管理』―――ぶっ殺しちまえばいいわけだ。永遠の沈黙に、その秘密は守られる。
残酷な行いだが、合理的な選択ではあるのさ。
「……彼らは、巨人族らしく、とても合理的な考え方をするのさ。『巨人族らしい』、そんな褒め方は、君には失礼かな、ラシード?」
「複雑な感情を抱いてしまうな。合理的であることは、嫌いではない。しかし、残虐で無慈悲なことは、受け入れがたい」
「ならば、こんな言い方をするのは、もう止めよう。巨人族由来の性質などではない。たんに、『メイガーロフ』の王家は、合理的であり、優しさには欠けていた人々のようだっただけだ……」
「どこも似たようなものだ。ヒトは、権力の座にあれば、大なり小なり傲慢なイヤなヤツになってしまうもんだよ」
人種などは関係なく、ヒトはすべからくそんな性質を宿している。そいつは本能と呼んだっていいほどに、ヒトに同じような行動を選ばせるのさ。
『ねえ、『どーじぇ』、あそこのとりでには、どうやってちかづくの?このまま、ちかづいちゃうと、みはりにみつかるかもだけど?』
「別に見つかってもかまわないんだがな。あそこにいるのが、オレたちの予想通りの状態に置かれたメイウェイたちなら」
「そうじゃない可能性もあるっていうのか?サー・ストラウス?」
「当然な。腕の良い追跡者ってのも、アルノアの部下にいる可能性はある」
帝国のスパイには、『熊神の落胤』なんていうヤツまでいた。しかも兄弟でな。一族が特定されていたか、たまたま兄弟で、ああいう呪われた存在として生まれてしまったのかは知らないが、『狼男』を仲間に持つオレとしては、理解出来る事実が一つある。
『熊神の落胤』にせよ『狼男』にせよ、ああいう桁外れの力を持つ存在を知れば、積極的に自分の仲間に引き込もうとするのさ。蟲使い野郎もいたんだ。帝国のスパイ組織には特殊な能力を持った連中が集められている。
そんなヤツらが、アルノアに協力していたら?……メイウェイのにおいを追跡することで、あの砦を発見してしまうことだってありえるわけだ。うちのジャン・レッドウッドなら、苦もなくメイウェイを追いかけてしまうのさ。
「油断はするべきじゃない。ムダな傷を負うことになるのは、ゴメンだからな」
『うん!……なら、しんちょうにちかづこうね!』
「そうしてみよう」
「どうするんすか?自分が、『コウモリ』の力で、皆を運びましょうか?」
「いいや。さすがに力を多用しすぎている。カミラにばかり負担が蓄積することは、避けるべきだ。幸い、戦闘中である様子はない……周囲にも、人影はない。緊急事態ではないということだ。時間をかけてもいい。お前の魔力を回復させることにしよう」
「はい。お休みすることも、猟兵のお仕事っすもんね!」
「ああ、そういうことだ。ゼファー、あの盛り上がった砂丘に降りてくれ、あそこなら砦からは死角になる……いい場所だろ?ラシード?」
「たしかに。十分だ。『ガオルネイシャー』も、いないようだ」
「蟲の大型モンスターか」
「そうだ」
「具体的には、どこにいるんすか?……上空から見渡す限りでは、そういうモンスターの気配はなさげです」
「砂に潜る。流砂に呑まれないように、長い脚で素早く走りもするが……普段は、砂のなかに巨体を隠している」
「隠れているわけか……魔力のある生き物ならば、オレたちなら感づけるはずだ」
魔眼とゼファーの金色の瞳がある。それらから、逃れることは不可能のはずだ。もちろん、あまりにも深く砂の奥に潜っていたりすれば、ハナシは別になるが……。
「断言することは危険だが、近くにはいないのかもしれない。本来は、旅人や商人の血肉を求めて、もう少し北に姿を現すことが多いからな……ヒトが、流砂を越えて、ここまで南に来ることはない。普通は、流砂を警戒して、大きく遠回りのコースを選ぶ」
「『食べ物』がないってのなら、ここにはいないってわけだ。分かりやすい説明だぞ、ラシード。グラーセス人のオレにも、よく分かった」
「上手く説明が出来たのならば、良かったよ。とにかく、ストラウス卿。気を抜かずに行動するとしよう。『ガオルネイシャー』と、こんなどこに流砂があるのかも分からない場所で戦うことは避けるべきだが、もしも戦うことになれば、一瞬で仕留めることを心がけるべきだ」
「流砂に呑まれるのは、避けたいからな」
「それで、ラシード。『ガオルネイシャー』ってのは、どこを狙うべきなんだ?」
「頭だ」
「そうか……オレは、手斧を持ってきているから、そいつをブン投げてみるよ」
ドワーフ族のリーチ不足を考えると、ギュスターブは投擲で挑むべきだろうな。ずいぶんと大型のモンスターらしいから、ギュスターブの身長とリーチでは、手が届きそうにない。
「私が槍を投げつけて、仕留めるつもりではあるが……ギュスターブ、ストラウス卿。私の槍が外れたか、『ガオルネイシャー』が二体以上いたときは、君たちも攻撃して仕留めてくれ」
「まかせろ、グラーセス王国の戦士の名にかけて、倒してやるぞ」
「首を落とせばいいのなら、楽な仕事だ」
……正直、戦ってみたくなっているんだがな、
出て来ればいいのに。
そういう言葉を素直に吐いてしまわないだけ、オレもギュスターブも、ちょっとは大人になっているのかもしれない。
『じゃあ。おりるねー!』
ゼファーは愛らしい声を使い、王家の隠し砦の西にある砂丘目掛けて下降を開始する。オレは眼帯をずらして、着地の瞬間を狙う敵がいないかに備えることを選んだ。
着地の瞬間こそ、竜が最も狙われる瞬間だからな。その瞬間に警戒を強めるということは、竜騎士の基本的な仕事ではある。それに、今回は『ガオルネイシャー』を警戒してのことでもある。
モンスターってのは、そいつのハナシを皆でしていると、ひょっこりと姿を現しやがるものだからな。オレやゼファーの瞳術を超える能力を持っているかもしれないからな、『ガオルネイシャー』は。
……そうあってくれとまでは、望んじゃいない。本当だぜ。
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