第四話 『ザシュガン砦の攻防』 その91


 バルガス将軍と『イルカルラ血盟団』の戦士たちは、こちらの戦術に上手く乗ってくれたようだ。最初から全力の突撃を加えて、敵陣を貫いていた。600対4000でも、威力を集中させれば正面突破ぐらいはやれもする。ゼファーの爆撃で、敵陣は混乱し、何よりも隊列に大穴が開いてもいたからな。


「サー・ストラウス!!生きていたか!!」


「お前もな、ナックス!!」


 血に染まった槍で、歩兵の頭をブン殴りながらナックスは白い歯を見せて笑った。あちこちケガもしているようだが、致命傷というほどじゃない。戦場ではかすり傷と言える。


「バルガス将軍!!このまま北東に抜けろ!!オレが隊列を崩している!!」


「うむ!!ナックス、私に続け!!」


「了解です、将軍!!」


 バルガス将軍とナックスが騎馬の尻を叩きつけて、突撃を促した。古強者たちも愛馬も砂漠の冷えた空気に白い息を吐いているが、まだまだ戦い抜けそうだ。


 加速した古強者たちが、槍を振り回して帝国人どもを蹴散らして行く。背後につづく戦士たちも、彼らの開けた穴を広げにかかる。


 北東に抜けることは『イルカルラ血盟団』にとって有利でもある。ヒトは右利きのヤツが多いからな。馬上の戦士たちは、右側にいる敵を攻撃しやすいってことなのさ。


 巨人族で構成されている彼らは、戦術的な有利を得た時、人間族で構成される帝国兵に個の力で勝る。そして、オレの読み通り、メイウェイは戦力の東側の奥に疲弊した兵士を配置していたようだ。


 いい選択だったが、取り囲むよりも先に正面突破されるという事態は想定外だろう。『パンジャール猟兵団』の介入がなければ、あり得なかったさ。


 メイウェイは有能な将であり、間違ったことはしていないが。『パンジャール猟兵団』にアルノア・シャトーを攻撃させたことで、この状態になると予想して動いていた。メイウェイと長年戦って来た男だからな。


 より多くの敵兵を殺すために、バルガス将軍は敵陣北東域を焼き尽くすように攻め立てる。古強者の戦士たちも、この好機に勘づいていた。予想もだが、鋼を叩き合わせることで彼らは確信を深める。


 戦士ってのは、相手が疲れていると感じれば、自分の疲れを忘れて攻撃性を強めるものだ。


 そして、夜の闇は『イルカルラ血盟団』に味方してもいる。メイウェイはこの状況を精確には理解出来てはいないだろう。


 おそらく、ヤツはここから西にいる。ゼファーの攻撃力を目の当たりにすれば、メイウェイが勇敢であろうとも、離れるようにする。


 指揮官が戦死するわけにはいかないからな。より強く体力的に新鮮なヤツが多いであろう西に移動したと考えている。まあ、オレの読みと反対に、東の方へと逃げた可能性もあるが……それはどちらだって構わない。


 肝心なのは、『イルカルラ血盟団』の突撃が、敵陣の中央を縦断し、敵軍の東西の連携を切断しているということだ。戦場では兵力を戦況に応じて自在に機動させるってことは難しい。だから、あらかじめデザインされていた動きを取りたがるもんだ。


 敵陣の両翼は、今も南下したがっているだろう。そいつが本来の作戦だったはずだからな。それに、この状況で敵の背後を取ることも、悪いことじゃない。選択肢があれば、迷いも浮かぶ。分断された状態では、メイウェイの指揮も届かないからな。


 ……地味にだが、有効に作用してもいるだろう。


 指揮系統に対して、リエルとミアが上空からの攻撃を加えていることも。反応が悪くなるはずだ。想定外の状態になれば、上官に指示をあおぐ兵士の数も増える。直の上官が殺されたなら、近くの上官に訊きたがるさ。その行動が増えるだけでも、動きはわずかに遅くなる。


 夜の闇と、敵陣の分断と、指揮系統へのダメージ。そして、『パンジャール猟兵団』の工作と襲撃。戦場は理想的な力学を作り上げようとしている―――やれることは、やっている。オレも、目の前にいる帝国人を竜太刀で斬り殺し、友軍の援護に全力を尽くしている。


 ああ。


 本当に惜しいことだ。もしも、『イルカルラ血盟団』が『ザシュガン砦』の戦いを経て疲れていなかったとすれば……この戦況になれば、敵軍を殲滅することだって可能だったかもしれないな。


 アルノア・シャトーの対応で走らされた兵士たちも疲れちゃいるが、『イルカルラ血盟団』の戦士たちは、疲労だけでなくケガまでしているからな……。


 戦術的には有利であろうとも、戦士は生身だ。巨人族の戦士たちにも、死者が加速的に出始める。


「ぐうふッ!?」


「ば、バルガス将軍、ば、ばんざいッ!!」


「『メイガーロフ武国』の、名誉を示すぞおおおッ!!」


 死に行く巨人族の戦士たちは、鋼を胴体深くに突き立てられながらも、踏み込みながら敵の群れに巨体をダイブさせる。『メイガーロフ武国』という砂漠に作られた荒くれた国の軍人たちは、死ぬときは敵に飛びかかって死ねという哲学を教え込まれるようだ。


 巨人族の身長は2メートル10センチはあるし、体重は130キロ以上はある。装備を含めれば、より重たい。そういう身体が飛び込んでくれば、よほどの強者でもなければ受け止めることは不可能になる。


 敵兵は隊伍を崩されちまうわけだ。そうなれば、仲間は少し有利になる。一呼吸して風を喰い、体力を回復させることにもなるだろうし、崩れた敵の隊伍に突撃することで、さらに敵陣を痛めつけることにつながるわけだ。


 死ぬのなら、その死体をも使って自軍に貢献するか……。


 砂漠の巨人族たちは、他の土地の巨人族よりも戦闘に対して前向きらしい。合理的な知性を、戦闘に対して全て捧げているようだ。


 まったく。悲しいまでに、戦士だな。


 ……しかし、そういう戦士を、オレは好む。ガルーナ人の生きざまに、砂漠の戦士たちはどこまでも似ているからだ!!


 そういう哲学を見せつけられると、魂が燃えて、血が爆ぜるのが、ガルーナの野蛮人であり、ストラウスの剣鬼というものだ!!


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!!」


 戦死した血盟団の同胞たちに、喉を揺らし竜騎士の歌を捧げる!!敵に向けてダイブした巨人族の戦士の背を跳び越えて、献身的な彼の体重から逃れようと這い出た帝国人を踏みつけた。


 猟兵式の暗殺の技巧が鉄靴に伝わり、帝国人の首をへし折る。そのまま不安定に崩れるように回転しながらも、竜太刀の横薙ぎを打ち放つ!!


「ぐえええ!?」


 敵の腹を斬り裂きながら、砂漠に脚を滑らせる。転ぶわけじゃなく。オレの意志で転んだのさ。血を吸った赤い砂を身体に絡めながらも、戦場での前転は攻撃へと化ける。ケットシーの技巧だ。大地を転びながらも、脚を薙ぐ斬撃を放つ。


 脚を斬られた敵兵が転がる横で、立ち上がるのさ。不完全な体勢に、敵兵がつけ込もうとしやがる。


「もらったああ―――」


 ―――それは、こちらのセリフだったよ。砂を蹴りつけて加速し、敵の攻撃をかいくぐりながら胴体に竜爪の篭手から伸びたミスリルの鋼の鋭さを示す。狼みたいな突撃だ。ミアなら、もっと機敏で華麗に動くが……。


 筋力任せの加速とリーチが作る強打は、十分な殺傷力を持ち、敵の動きを破綻させることは出来た。動きと命を停止した敵は、そのまま後ろ向けに倒れていく。


「サー・ストラウス!!」


「援護しますぞ!!」


 左右から巨人族の戦士が駆け抜けて、オレの作った穴を押し広げながら護衛をしてくれる。いい動きだ。戦士としての哲学が似ているからこその連携だな。オレは、『イルカルラ血盟団』と一つに融け合うような歓びを肌に走らせながら、立ち上がり、視界にいる敵へと襲いかかる。




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