第四話 『ザシュガン砦の攻防』 その69
戦場は動き続けている。騎士たちは酔いを少しでも早く醒ますために、水をガブ飲みすることにに必死になっていた。アイツらが飲んでいるのは、雑菌殺しの秘薬を入れた水だな。
樽のなかにため込んでいた水でも、錬金術の秘薬を入れていれば水が腐ることはない。帝国貴族の私兵どもの予算の大きさも分かるな。水気が欲しければ酒でも買い込んでいた方が、もっと長持ちするし―――何よりも、秘薬を調合させるよりは安いもんだ。
だいたい、このシャトーには井戸もあるからな。そこから地下水を汲み上げることでも十分だと思うが、あえて樽に入れた水を用意していたわけだ。
ムダに金がかかる行為だが、それを好んでいる。作戦の質を重視していると言えば聞こえがいいが、アルノアの散財体質と、それを許容することが出来る軍資金の豊富さをうかがわせもする事実だ。
……そうだな。アルノア自身の豊かさもあるのだろうが、アルノアに協力している貴族や大商人は多いのかもしれん。『メイガーロフ』の新たな支配者として、アルノアが君臨すれば、アルノアには巨大な商業的な利権が生まれると帝国は考えている。
『自由同盟』がいつまでも、『アルトーレ』を確保していられるとは予想していないのさ。『アルトーレ』が帝国の勢力下に戻れば、『内海』から『メイガーロフ』経由で『アルトーレ』へとつながる商業の道は、大きな富を生むこととなるわけだ。
そういう利権にあやかるために、アルノアを支持して金を寄越すヤツらがいる……そういう財力が、アルノア騎士団の豊富な資金源かもしれん。戦争ってのは、金か政治的な動機でしか起きないものだからな。
アルノアは、金が目的か、それとも亜人種排斥というヤツらなりの正義に基づく政治的な動機なのかは分からんが……どちらにしろ、アルノアの軍事力は大きそうだ。
だが、金持ちがお仲間だっていうのなら、『ラクタパクシャ』を結成していたスキャンダルを上手く利用すれば、ヤツの築き上げた資金提供をしてくれる金持ちの結束を破綻させることも可能かもな。
商人を敵に回すことは、金にたかる連中には効果的なダメージになる。
……狡猾なアイリス・パナージュお姉さんみたいな人材に、この羊皮紙の書類は渡すべきかもしれんな。
さてと、知恵が冴えない、バカなガルーナの野蛮人は、もっとシンプルな破壊活動を敵に対して与えてやるとしようじゃないかね。
左眼に指を当てて、オレはゼファーと心をつなぐ……。
ゼファー、見えているな。
―――うん。みえているよ、『どーじぇ』、あれを、やきはらうんだね!
……ゼファーの視界の中には、大きな厩舎が映されている。アルノア・シャトーの城塞に隣接するように建てられた馬と牧草くさい厩舎を見ていた。
アルノアに引き抜かれた若い騎兵の馬はすでに出撃していないが、アルノア騎士団の馬はまだ数十頭はいる。砂漠で『放牧』することは、それなりのリスクも伴う。ここらの砂の中にはサソリが多くいたからな。
馬を殺しても、喰らうことはしないだろうが。毒を持つ生き物というのは、ちょっと踏んだだけでも襲いかかって来ることもある……。
狭い厩舎に押し込める価値はあるだろうよ。有能な騎馬民族ならば、馬をあそこに閉じ込めることはないかもしれんが、アルノア騎士団は、しょせんは帝国人でしかない。馬の本能までは操る術理は知らないのさ。
だが、それでも騎士にとって馬の存在は大きい。とくに、砂漠のような徒歩では時間がかかり過ぎてしまう場所ではな。彼らは、立て籠もるべきではなかった。酔っ払いながらも馬にまたがり、戦場に出ればいい。
馬上から嘔吐といっしょに、アルコールを吐いてしまえばいいだけのハナシだった。レイドー卿の戦術は、オレたち以外を相手にするには有効だしベターな行為ではあるが、残念なことに彼の相手は『パンジャール猟兵団』だ。
「……恨みっこなしだぜ、これも戦争だからな」
嫌いな人物ではないが、生かしておくつもりもない。有能な敵は、オレの仲間を殺す可能性が高いからな。排除する機会があれば、積極的に排除していくのが正しい行いだ。
……さてと。
攻撃を開始するとしようか。
……ゼファー、いいな。
―――おっけーだよ。いつでも、どーんって、やれるよ!
……ククク!そうか、頼もしい言葉を聞けて、『ドージェ』は嬉しいぞ。『ターゲッティング』は刻みつけてある。火球を、あの厩舎に撃ち込んでやれ!!
―――らじゃー!!
窓から頭を突き出して、オレは我が仔の活躍を見物することにした。
アルノア・シャトーのはるか南に、ゼファーはいたよ。飛翔の速度を深くしながら、強い牙の歯列の奥に、黄金に暴れる竜の劫火を練り上げている。ああ、親バカなのかね?……それとも、竜騎士だからか。
どうにもワクワクしちまっているよ。
ゼファーとつながる、心が、我が妻、リエル・ハーヴェルの歌を聞いた。
「歌いなさい、ゼファーあああああああああああああああああああああああああああッッッ!!!」
『GHAAOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOHHHHHHHHHHHHHッッッ!!!』
黄金色の輝きをまとった、劫火の巨球は空に軌跡を残しながら走り抜けて行く……『ターゲッティング』の呪術に導かれて、加速されたその火球は、アルノア・シャトーの厩舎の一つに直撃していた!!
ドゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンンンンンンンッッッ!!!
爆発と振動が、アルノア・シャトーをも揺らしていた。城塞で囲んであるから、音や衝撃波が反射するわけだな。巨大な爆音に、シャトー内にいる全ての騎士は気を引かれるだろうよ。
「な、なんだああああああああああああっ!?」
「厩舎が、燃えてるぞおおおおおおおおッ!!」
「消せ!!火を消せ!!馬が、死ぬぞおっ!!」
騎士ならば相棒である馬が焼け死ぬままにはしていられないのは、当然のことだった。酔っ払っていようがいまいが、その事実は変わらず、多くの騎士たちが、ゼファーの爆撃のせいで燃え盛る厩舎へと向かう。
厩舎は、二階、三階という構造になっていた。何故か?……馬を二階や三階に連れて上がることはしない。あそこにあったのは、大量の飼い葉だ。牧草の束だな。そいつが、今ではゼファーの爆撃の余波を浴びて、ガンガン燃え始めている。
風通しがそこそこ良い作りをしていることは、馬や保存品には悪くない建築哲学と言えるだろうが―――こういう火災のときには、良くない結果として表れていた。
炎は獲物を追いかける蛇のように、揺らめきながら踊る。赤い火の粉は、北風を浴びて、破壊者の本領を発揮するのさ。辺り一面に、さらなる火種をばらまいて……そのせいで、厩舎はまたたく間に炎の海となった。
焼け落ちるのも、時間の問題。二回と三回が燃えている。基本は石の建築物だが、床や天井や、一部の柱には杉材が使われているようだからな。燃えれば、倒壊し……一階にいる馬たちを上から押し潰して全滅させるという結末へと至る。
それを回避しようと、騎士たちは急ぎ、馬たちを厩舎から解き放つのに必死になっていた。
仕事が増えたな?……それは、戦力を分散させているぞ。
ニヤリと口もとを歪めて、騒乱の気配に飽和する、戦場の空気を歯に当てる。オレは気づいている。この部屋に近づく魔力がいるのさ。二人ほどな。そいつらから、斬り殺してやることにしよう。そうすれば、ヤツらの戦力はさらに低下しちまうのさ。
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