第四話 『ザシュガン砦の攻防』 その56


 ガンダラはもったいぶることはない。時間を大切にするタイプの巨人族だからな。


「アインウルフをこちらに運んでもらっています」


「ほう。早かったな」


「ええ。さすがはクラリス陛下ですな。いや、シャーロンの手配かもしれませんが。アインウルフを運んでいましたよ、ストラウス商会のユニコーン輸送隊が」


「我が社の仕事か」


 肩書きは社長なんだが、ロロカ先生が全てを取り仕切っているんだよな。オレには、商才ってものがないから、名前を貸すだけでいいのさ。口を出しても、得るモノはない。


「アインウルフを交渉の材料に使えるというわけだ」


「使えますが……アインウルフは、こちらに対して協力的な様子のようですな」


「協力的?……シャーロンが、メイウェイの苦境を教えたわけか」


「そのようです。アインウルフは、メイウェイを高く評価しているようですからな。メイウェイの窮地を、どうにかしてやりたいと考えているようです」


「どうにかとは?……オレたちは、メイウェイの敵なんだぜ?」


「メイウェイを死なせたくないようですな。『自由同盟』がメイウェイを確保した時は、殺すな……アインウルフはそれを求めている」


「……都合が良すぎるな。オレたちが、それに協力するメリットを、ヤツは提示したわけか」


「ええ……メイウェイを死なせなければ、アインウルフは『自由同盟』に協力してもいいと発言しているようです。具体的には、軍馬の育成を行うと語っています」


「……おいおい、本気で言っているのか、アインウルフは?」


「本気のようですな」


「それぐらい、メイウェイを評価しているわけか……」


 アインウルフほどの男までもが、メイウェイを評価しているわけかよ。殺すのが惜しい存在……その意見は、誰もが持ってはいるようだが……。


「……だからと言って、戦場で手を抜くつもりはないぞ。バルガス将軍は、メイウェイを引きずり出して殺せたら幸いだと考えている」


「ええ。メイウェイを、あえて生かせとは言いません。今夜の戦いで、バルガス将軍がメイウェイを討ってくれるのなら、それで十分だとも考えています」


「……そうなると、アインウルフは悲しむか」


「協力するという言葉を撤回するでしょうな。彼の軍馬育成の実績を考えると、惜しい行いではある」


「……なるようになるさ。メイウェイを仕留めることが出来たら、オレたちとしてはそれでいい。アルノアが何を企んでいようとも、ドゥーニア姫のもとで、『イルカルラ血盟団』の代替わりと、『メイガーロフ』の各種勢力の結集をはかればいい」


「そうですな」


「……ガンダラは、アインウルフの才が欲しいと考えているのか」


「……意地の悪い質問のように聞こえますが?」


「かもしれん。まあ、オレだってヤツの才は欲しい。しかし……それ欲しさにメイウェイに手加減などは出来んな。有能な将だ、そんな余裕はない。隙を見せれば、こちらの被害がムダに拡大してしまうだろう」


「……ええ。今夜は、敵として仕留めにかかるべきでしょうな。我々が、『イルカルラ血盟団』の信頼を得るためにも……」


 ガンダラにしては歯切れが悪い。冷静な頭脳は、高度な計算をしているのだろう。メイウェイを拉致するだけで、アインウルフがその軍馬育成の才を振るってくれる……帝国中心部に攻め込むには、有能な軍馬があれば楽になる。


 ユニコーン騎兵の数だって、無限ではないからな……有能な軍馬の群れを作ってくれるアインウルフは、『自由同盟』の今後を考えた時、あまりにも魅力的ではある……。


 ……第六師団の将軍まで務めた男に、祖国を裏切らせるほどの価値が、メイウェイにはあるのか……。


「……ヤツが今夜を生き残れば、考えるとしよう」


「……了解です。そうしましょう。私は……悩みすぎる悪癖がある」


「いいってことさ。オレは考え無しに動いてしまうタイプだ。ガンダラのような思慮深い副官は、オレには不可欠な存在だ」


「そうでしょうな」


「ククク!……ああ、そうだよ、ガンダラ。とにかく……アインウルフを交渉のカードにも使える状況ではあることは、覚えておくさ」


「そうして下さい。メイウェイは、アインウルフに恩を感じているでしょうからな。アインウルフを引き渡すという条件で交渉すれば、大きな代償を彼から得られもするでしょう」


「……そうだな。軍馬が5000……その半分ぐらいは、引き渡してくれると思うか?」


「可能性はあるでしょう。アインウルフを確保することが出来れば、騎兵隊の再建もすみやかに進むと思います」


「ソルジェさま、せっかく捕まえたアインウルフを、あちらに帰すんですか……?」


「返すフリをするというパターンもある」


「なるほど!それ、いいアイデアっすよ!」


「卑怯ではあるが、交渉を仕掛けるだけでも有効だ。メイウェイを悩ませることが、武器にもなる…………だが、それも今夜の結果次第。今は……シャトーの襲撃に対して集中するとしよう」


「はい!了解っす!」


「……了解です、団長」


「……ハナシは終わったようだな」


 リエルがオレたちのあいだに入って来る。


「アインウルフの処遇について、決めたか?」


「今夜は決めないことを決めた。それで十分だろ?」


「……うむ。そうであるべきだろう。まずはメイウェイを討ち取る気で戦いに挑むべきだぞ。ガンダラは、欲が多い」


「私は禁欲的ではありますが……」


「戦いについてだ」


「……否定は出来ませんね。より都合の良い計画を、求めてしまいがちです。それは私の弱点だと、認めましょう」


「うむ。それでいい……さてと、カミラはソルジェの血を吸ったな?」


「はい。お腹いっぱい状態っすよ、リエルちゃん!」


「ならば、キュレネイから作戦の説明を受けるがよい」


「そうすっね。では、ソルジェさま、自分、キュレネイちゃんのところに、行って来るっすね!」


「ああ。作戦を覚えておけ」


「はい!」


 元気な歩調でカミラはキュレネイのもとへと向かう……ククルとナックスの騎兵2人も、いつのまにかキュレネイの側に行っているな。もちろん、我が妹ミア・マルー・ストラウスも移動している。


 作戦について教えてもらっているのさ、同時にミーティングしない理由?……個別に動きが微妙に異なるからだ。


 もちろん連携はするが、あまりに多くのことを頭に入れちまうと、混乱する猟兵もいるからな。リエル、カミラ、ミア……この三人は、そういう種類の猟兵でもある。


 それぞれに適した情報伝達の方法ってのがある。


 そういうのを計画するのは難しいもんだが……キュレネイ・ザトーやククル・ストレガ、そして、もちろんガンダラもだが……戦術理解度の高く、知性があるモノたちならば、そういう計画を言葉にして伝えることもやれるのさ。




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