第四話 『ザシュガン砦の攻防』 その28


 ドワーフは力強い種族であるが、『短躯』であることが特徴だ。それが子供にもなれば、手足のリーチはかなり短い。掴み取るには、向いているんだよな……。


「でやあああああああああああああああっっ!!」


 気合いを放ちながら振り落とされて来る手斧の勢いは、なかなかのものだ。避けたり防がなければ、当たり所によればオレだって殺せるだろう。しかし、もちろん……温泉に浸かりながら殺される趣味もないのだ。


 湯船から上げた右腕と、その先にあるストラウスの剣鬼の指で、斧の柄を掴んで受け止める。


「……っ!?」


 怪力なのは、何もドワーフ族の専売ってわけじゃない。北方野蛮人のガルーナ人はバカ力ぞろいだし、そんな中でも竜と長年つるんで生きて来たストラウス家の剣鬼の腕力も、桁違いのものさ。


 岩山のように微動だにしなくなった手斧の柄に、ドワーフのクソガキは悟っていただろう。どうにもならない実力の差と、ドワーフ以外にも、規格外の腕力を持つ男が存在しているということを。


 世界の広さを知ったガキを、オレは大した技巧も使うこともなく、そのまま湯船に落としていたよ。


「ぐわふっ!?」


「……服着て風呂に入るもんじゃねぇぜ、ガキんちょ。そして、戦士ならば、敵と定めた者の前で、鋼から指を離してはならん。噛みついてでも、奪い返そうとしろ」


 濁り湯の中からドワーフの業物を取りだした。いいミスリルだ。さすがに長老の一族ということかもな。躾けもいいカンジで甘いようだがな……オレは、その手斧を湯船から投げ捨てていた。


 浴場の濡れた床にそれはぶつかり、カランコロンと金属の歌を放ちながら転がっていく。ガキに噛みつかれるのはイヤだったからな。


「お、オレの斧が……っ」


「拾いに行って、また斬りかかって来るのもいいだろう」


「……っ!?」


「お前、オレが気に入らないわけだ。人間族だからか?」


「……そうだ。人間族が、オレたちの大穴集落を襲った」


「オレが襲ったか?」


「……いいや。知ってる。お前、オレたちのことを……守ろうとした。だから、それも含めて……なんか、腹が立つんだ」


 湯船で濡れ鼠になったドワーフのガキんちょは、敵意と戸惑いに揺れる瞳でこっちを睨んでいた。オレはあくびしながら、ほほを掻いてみる。


「……お前たち人間族は、オレたちの敵なんだ。たくさん殺しやがって……オレのトモダチも、お前たち人間族のせいで殺された。だから、オレも……人間族を殺して、仇を討ってやるんだ。死んじまったヤツは……恨みの一つも返せやしないから」


「なるほど。友のための、仇討ちか。良かろう。人間族として、受けて立ってやる」


「……待ってろ、次こそ、殺してやるんだ」


 濁り湯をかき分けて、ドワーフのガキはオレが放り投げた手斧を拾いに行く。そして、幼い手でそれを握りしめると、再び、オレを目掛けて跳びかかって来た。


「死ねええええええええええええッッッ!!!」


「いい動きだが―――オレには勝てんな」


 片腕一つで、ガキを湯船に叩き落としていた。


「よしよし。今度は手斧を放さなかったな。そうだ。圧倒されたとしても、鋼を手放すんじゃないぞ」


「く、くそ。しねえええ!!」


 湯を蹴りながら、ブンブンと手斧を振り回してくる。オレはその動きを読み切って、ガキの手斧を掴み取ると、手斧ごと、ガキを温泉へと放り投げていた。


「……悪くない攻撃だ。湯につかっているオレなら、動きも悪くなるし、何よりも手ぶらだからな。よく考えた『襲撃計画』だぞ。褒めてやる」


「ばかにしてっ!!」


 また湯を蹴りながら、ドワーフのガキが走った。短躯の体では、オレ以上に湯が体に絡むというもんだ。オレは海辺にいる太った海獣みたいに、ごろりと体を回転させて。手斧の振り落としを避けていた。そして、バランスを崩したガキの脚をすくって、転ばせる。


「がふう!?」


「……ちょっとは考えろ。オレの方がいい動きをするんだ。『襲撃計画』を立てられたお前なら、知恵を使えるハズだぞ?どうすればいい?……どう動けば、オレに攻撃が当たりそうなのかを考えてみやがれ」


「……っ」


 頭から温泉の湯を垂らしながら、ドワーフのガキは世界一マズいモノでも口に入れたかのような表情をしていた。


「ヒトのアドバイスを受け入れろ。今よりマシな戦士になるためには、我流では限界が早いぞ。お前よりも年上で、お前よりも強い戦士がアドバイスをしてやっているんだ。敵だ味方だとか、下らんことを気にせず、強くなるために考えろ」


 この足場で、無防備な者を襲うのには、どうすべきか?……飛びかかるってのも、それなりに手ではあるが、その動作は読まれてしまう。どうして読まれた?……分かるだろうが。


「……っ」


 ドワーフのガキは、歩幅を小さくした。すり足だ。そうだ。それでいい。


「長い間合いを飛びかかろうとすれば、予備動作が大きくなる。それだけで、熟練の戦士が相手なら、絶対に当たらんな。今みたいに、攻撃を放つための準備を、小刻みにして動くんだ。それなら、オレも逃げるタイミングを見つけにくくなる」


「……なんで、そんなことを、オレに教えてくれるんだ」


「復讐心に駆られるガキが、嫌いじゃないからだ。素直だな。お前の言葉は、もっともでもある。死んでしまったお前の友は、お前の同胞たちは、人間族への恨みを晴らすことも出来ん。お前が彼らの無念を鋼で代弁することも、まともな『正義』じゃある」


「…………でも、何か……文句があるんだろ?」


「……まあ、幾つかはな。全ての人間族が敵なのか?」


「……っ」


「乱世だからな。生きている誰もが罪深いものだ。鋼を振り回す戦士であれば、なおさらのこと。血の穢れからは逃れることは出来ん。誰もが罪人か。それも、また正しいが……お前は……そうは思えてもいないのだろう」


 脚が止まっている。ミスリルの斧は、濁った湯を浴びたまま、凍りついたように止まっていた。少年の顔は……苦悩を浮かべている。


「……どうすれば、いいんだ、オレは…………人間族に、友だちを殺されたってのに、おじいやおばあは、人間族のお前を歓迎している……ちょっと一緒に戦ってくれたから、それで……許していいのかよ」


「許す『正義』もあれば、許さない『正義』もあるだろう。オレは、どちらかと言えば後者の考え方に生きている」


「……っ。お前も……友だちを、殺されたのか」


 ガキの感性ってのは、なかなか鋭い時があるもんだ。自分と似たような雰囲気を見つけてしまうことが、意外と上手いものだ。


「……そうだな。オレも、故郷を滅ぼされた口だ。お前の故郷は、滅びなかった。オレのは滅びた。どういう意味か分かるか?」


「……わからない。何が、言いたいんだ」


「オレは、お前よりももっと多くを失っているというわけだ」


「……っ!!」


「ククク!!……ああ、そうだよなァ……こういう時は、悲しいし、腹が立つ。お前の気持ちが分かる。お前の立場にオレがいたら、間違いなく同じコトをしただろう」


「……そ、そうだ。オレは……これは、正しいコトだと思う」


「オレも間違いだとは思わん。だが……それでも、『正義』ってのは一つじゃない。お前やオレの考えを、間違いだと断じる『正義』もあるだろう。『正義』ってのはな、色々とあるんだ。ヒトによって違うものなんだよ」


「なんだ、それ……それじゃあ、本当の正しいコトとか、皆、出来ないじゃないかよ……」


 ガキのくせに……いいや、ガキだからこそ鋭さを出せるのかもしれないテーマだな。本当の正しいコトを、出来ない。大人の心には、なかなか響いてしまうぜ。


 敵と味方に分かれて殺し合いをしているが、『自由同盟』も帝国も、同じように自分の『正義』を貫いているだけだった。本当に正しいコトなんてモノがあるのなら、ヒトはヒトと争いを起こすこともないのかもしれないな……。


 難しい言葉を、ガキのくせに使いやがって。オレが、マトモな大人なら、放り投げちまうテーマだがな……オレは、あまりマトモじゃない。


「そうだ。だからこそ、ヒトは戦い。ヒトは間違いを繰り返す。そんなことをして、敵も味方も傷つきながら、何となく正しそうな結論に妥協するんだよ。オレたちは、そういうコトを成す時代に生きている」


「……わからねーよ」


「だろうな。オレも分からん。分かっているのは、一つだ。オレが許せんのなら、もう一度でも、何度でも、そいつで斬りかかって来りゃいい。何度もオレを殺そうとしていれば、そのうち、一つぐらい、得るモノがあるかもしれんぞ」




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