第四話 『ザシュガン砦の攻防』 その9
「く、くそおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!!」
「こ、このまま、このままじゃ、死ねんぞおおおおおおおおッッッ!!!」
黄金色の竜の劫火に炙られながらも、傭兵どもの全員は死んじゃいなかった。炎にその身を焼かれながらも、二人の傭兵が剣を振り上げる。焼けただれた悲惨な顔を晒しつつ、抑えきれないオレへの怒りに衝動されて、炎の海を走って来やがるのさ。
呼吸を整えながら、冷静さを心がける。
待ち構えるために、竜太刀を両手持ちにし、重心を深くした。
「死ねえええええええええええええッ!!」
「道連れだあああああああああああッ!!」
炎に焼け落ちていく体に、ヤツらは全てを注いで攻撃を実行する。いなすことは簡単ではあるが……付き合ってやろう。竜の炎に焼かれながらも、敵に突撃して来るなんてことは、全ての戦士に出来るという行いではない。
殺戮者ではあるが、勇敢な者たちでもある。好きにはなれんし、許すこともない。だが、この意地には受けてやるほどの価値はあった。
アーレスと共に、焦げ臭い風が火の粉を孕んで暴れる戦場を走っていく。竜太刀の鋼と一つに融け合っていると感じられるほどに集中しながら、一人目の胴を深く沈みながら斬り裂いて。二人目に対しては力尽くの強打を用い、長剣の鋼ごとその頭骨を叩き割った。
「……つ、強い……っ」
「……あ、ぐ、あ……っ」
焼死寸前であった傭兵どもが、黄泉の住人へと変わり果てながら大地に横たわる。オレは、この悪人どもに祈ることはない。赤い血と白い脂に汚れた竜太刀を振り、それらを鋼から除去した。
竜の魔力が宿る左眼を強く閉じて、ゼファーと心を繋ぐ。
大穴集落での戦いは、まだまだ続いている。好転しているとまでは言えない状況ではあるが……傭兵どもは弓隊の援護を失ったことで、その絶対的な優勢のもとに行えた攻撃が緩んできている。
ゼファーに上空を飛び回られることも、傭兵どもには大きなストレスになっている。注意しないわけにはいかないが、上空に注意すれば、ドワーフの戦士たちとの地上戦への集中力が削がれていく。
それに、上空からは精密な矢による狙撃が放たれているからな。傭兵どもが、キュレネイ・ザトーとククル・ストレガの放つ矢によって、次から次に負傷し、死を与えられていた。
……キュレネイもククルも技巧の優秀さもだが、やはり頭が良い。狙う獲物は大柄で攻撃的な戦士からであり、弓兵は無視している。弓兵は上空のゼファーたちを狙うから、ドワーフの戦力を削ることはない。
意志が読める行動だったよ。
ドワーフの戦士をカバーするために、動いている。ドワーフの戦士たちは劣勢に追い込まれた自分たちを護ってくれている天からの矢に、大きな感謝をしているだろう。今まで上空からは自分たちを狙う矢しか降らなかったからな。
……ドワーフの戦士たちから、矢に対しての恐怖心と警戒心を除去するための行動だ。
矢を気にしなくなり、目の前の敵にだけ集中すれば良いのなら、ドワーフの戦士たちは今までよりもはるかに戦い易くなっていくはずだった。
……ゼファーに対しての矢?
それについても、心配はしなくて良かった。弓兵たちはあちこちが燃えている大穴集落のなかでも、比較的に高い場所に陣取っている。
ドワーフの戦士たちに接近されることを嫌ってのことでもあるが、ドワーフの集落らしく、迷路のように入り組んだ大穴集落においても、弓の射線を確保するためには、多少、火の粉に飛びつかれようと、高い場所にポジションするのが最適ではあったからな。
高い位置にいる弓兵たちに、我らが『人魚』の踊り子であり、歌い手が襲いかかっていた。
大穴集落の狭い通路を、その脅威的なまでの身体能力と運動神経を用い、レイチェル・ミルラは変幻自在に跳び回っている。
壁を蹴りつけ、高く飛ぶのだ。3階建ての屋上にまで一瞬に飛び移り、そこにいる弓兵たちに呪いの鋼による一撃を浴びせて、次から次に仕留めていた。
「ウフフフフ!!……さあ!!次は、そちらに参りますわよ!!」
……『あえて目立つ』。レイチェルは、戦場ではそういう戦術を最も得意としている。マントを脱ぎ捨てて、官能的なまでに美しい肢体を晒し、傭兵どもは魔性をも感じさせる美貌に視線と注意を惹きつけられていた。
男ってのは、マヌケな生き物?
そうだな。レイチェル・ミルラの魅力に引き寄せられてもいるが、彼女と共に在る呪いの鋼は―――『諸刃の戦輪』の悪魔みたいな攻撃力にも、傭兵どもは怯えていた。矢よりも強い破壊力を持って飛来してくる、理解の及びにくい呪われた武器だ。
レイチェルは放置しておけない存在として、戦場にいる全ての傭兵どもに認識を与えている。あえて美しく踊り、大きな動きで目立ちながら敵を殺す。
彼女が最も得意とする『囮』。その最も過酷で危険な任務を、サーカスの天才アーティストは……好んでいた。彼女の母性がそうさせるのかもしれないし、彼女の本質が己の生きざまを定めてもいるのか。
『人魚』、レイチェル・ミルラは人々の視線を集めるために生まれて来た存在なのだ。それは普遍なる真実だった。愛する夫を失ったとしても、夫がくれたアイデンティティは忘れちゃいない。
激しく戦い、誰よりも残虐な復讐心に嗤いながらも―――彼女はサーカスのアーティストであり、母親だった。オレたちも含めて、彼女は大穴集落にいる全てのドワーフたちを護ろうとしてくれているのだ。だからこそ、あえて危険な程に目立ち、敵意と矢を己の身に集めるのさ……。
オレも動くべきだ。
無茶な特攻で失いつつあった体力は回復している。少人数ではあるが、波状攻撃を加えて、戦場に混沌を作り出してやるのだ。その混沌は、敵の動きから統一性を奪い、攻撃力を減弱させる。連携しなければ、戦場で攻撃力は生み出せない。
そういう理論を、現実のものにしちまうのが、『パンジャール猟兵団』の戦術ってものさ。多勢が相手だからといって、戦えないわけじゃない。勝てないとも限らないのだ。
それは不思議なことではなく、多々あり得る事実だった。
……オレは、敵の血が放つにおいを嗅ぎながら、行動を再開する!!今度は、敵の前衛を攻撃してやるんだよ。敵の前衛を貫いて……分断されていた、ドワーフの戦士たちを合流させていくのだ。
戦力を集中させる。
それもまた、戦場で最も有効な戦術の一つなのだからな。
集中すれば、守りも攻撃も強くなる。
背後に控えている部隊を、オレとゼファーの連携を用いて、ほぼほぼ壊滅させたのだから―――次は、前衛でドワーフの戦士たちを押し込んでいる傭兵どもを獲物に選ぶのだ。
戦場をゼファーが偵察してくれているからな、オレは狙い所を理解している。まあ、そのために休んで、体力と魔力をひたすらに回復していたのだ。
さーてと、とっても疲れることをするとしよう。
鎧をまとった者が果たすべき役割だ。
敵の群れに、もう一度突撃して、ヤツらの連携に大穴を開けるためにな。
……戦場を歩きながら、竜騎士の呼吸で焦げた血のにおいが宿る風を、たっぷりと喰らうことで……体力を完全に回復させる。準備は完了だ。
オレは戦場を、竜の視野からの導きにより駆け抜ける。ゼファーが、みぎ、ひだり、まっすぐ!……という声を、心に伝えてくれるから、迷うことも考えることもしなくていいのだ。
ただ信じて、走り……体力と魔力の全てを、この突撃に捧げればいいんだよ。
敵の背中の群れを見る。羊毛のマントに身を包む、経験豊富な古強者の傭兵どもだ。背後からの攻撃となる―――だが、それは卑怯だと、竜太刀の奥底でアーレスが文句を言うのだ。
騎士道精神ってのは、なかなか難儀なものじゃある。時には自分を不利にもさせてしまうからな?……だが、構わない。たしかに、竜騎士の戦いに卑怯さは似合わん。そもそも、叫び、目立てば……オスの小鳥の歌のように、敵の視線も集めるだろう。
レイチェルばかりに、危険な『囮』役はやらせないさ。
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