第四話 『ザシュガン砦の攻防』 その6


 黒い羊毛マントに身を包む傭兵どもの弓隊に、一直線で突撃していく。弓を構えた連中の表情には、不安もあるが、自信もあるようだったな。オレたちを射殺せるという確信をいくらか持っているのだろうよ。


 それが大きな間違いであることを、教えてやるとしよう!!


「放てえええええええええええええええええええッッッ!!」


 弓隊はそのかけ声と共に、射撃を実行する!!無数の矢が、こちら目掛けて飛来してくるが。オレの左手には、すでに『風』の魔力が宿っているのだ。


 空を引き裂くように指を走らせながら、『風』の魔術を解き放つ!!


「『風』よ、暴れろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!!」


 翡翠の『風』が、縦横無尽に敵の矢を斬り裂いていく!!……練度が災いしているな、タイミングが同じすぎるし、軌道が完璧すぎた。そういう矢を読むことは、竜騎士には容易いことだ。


「くそ、矢が……ッ!?」


「これだけの規模の戦闘で、魔術を使うとは……ッ。や、ヤツらは、高度な魔術師なのか!?」


 戦で魔術を使う。それは確かに、効率的なこととは言えないのだ。攻撃魔術は魔力を大きく消耗してしまうし、魔力の消耗が過ぎれば、体力を喪失しやすくなる。体を動かすためには、魔力だってわずかながら必要なのだから。


 魔力を大量に消耗する攻撃魔術というモノを、100人以上が戦う大規模な戦闘で行うことは、リスキーだとはされている。強い魔術を放てば、よほど例外的な強さを持っている魔術師でもなければ、武装したまま戦闘を継続するような体力は残らんからな……。


 魔力を消費する攻撃は、使いドコロが肝心になるんだが―――今は出し惜しみしている場合じゃない。


 大穴集落に対して矢を放つ。ドワーフの戦士たちが、ほぼほぼ反撃が不可能な場所から行われている、その射撃を止めさせるためには、魔力の消耗を気にしている場合ではない。最優先の課題は、ヤツらの排除だ。


「ゼファー!!歌えええええええええええええええええええええええええええええええええええええッッッ!!!」


『GAHAOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOHHHHHHHHHHッッッ!!!』


 金色に輝く竜の劫火が、再び地上へ向けて放たれる。それは、火球ではない。より威力の劣る『炎の息/ファイヤ・ブレス』であった。ゼファーは認識したのだ。ヤツらを仕留めるためには、火球でなくても威力は足りるのだと。


 何故ならば、あの傭兵どもは、矢に塗る油だか松ヤニをたっぷりと所持しているのだからな。その火付きの良いであろう物質に対して、灼熱を帯びた竜の息で炙れば?……たちまち、引火してしまうのだ。


「ぎゃあああああああああああああ!!」


「熱い、熱いいいいいいいいいいい!!」


「た、助けてくれええええええええ!!」


 いいや。


 慈悲などくれてやらん。炎を悪用した者には、炎による罰こそが相応しいものだ。


「キュレネイ!!ククル!!やっちまえ!!」


「イエス。『風』よ―――」


「―――大地に破壊の旋風を巻き起こせ!!」


 キュレネイとククル、二人がかりの『風』の攻撃魔術であった。ゼファーの吐いた『炎』に炙られている弓隊どもに、強烈旋風が襲いかかる!……その『風』は『炎』を引き連れるようにして踊り、地上には火焔の地獄が広がっていく。


 『炎』から逃げようとしていた傭兵どもの背に、旋風が引き連れた灼熱は届けられた。旋風は傭兵どもの脚を斬り裂き、打ち払い、地上に倒し込んで逃げ足を封じる。そして、その上から津波のように地を這って迫る灼熱に呑まれていった。


 大穴集落に対して、大穴の淵から射撃を行っていた傭兵どもは、こうして全滅していたのだ。


「……ドワーフたちよ!!大穴の淵にいる弓兵は、もう一人としていない!!あきらめるな!!お前たちがあきらめなければ、この戦いは勝てるぞッ!!お前たちは、まだ故郷を守り切れるのだッ!!」


 大穴集落で圧倒的な不利な状況に陥っていた、ドワーフ族の戦士たちにそう声をかけてやる。


 壊滅的な状況で、まだまだ追い詰められているが―――ドワーフの老戦士が、大斧を掲げながら雄叫びを歌う。


「おおおおおおおおおおおおおッ!!竜騎士の助力に、感謝するぞおおおおおおおおおおおおおおッッ!!」


 その歌に呼応して、ドワーフの戦士たちはわずかながらに息を吹き返す。命まであきらめかけていたが、今は闘士の炎が再び燃えて、全身を血まみれにされた戦士たちでさえ、鋼を構えて歌を放つ!!


「おおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!まだまだだああ!!まだ、負けやしねえぞおおおおおおおッッッ!!!」


「『ギーアナ山賊団』の名に賭けてッ!!故郷を、人間族の侵略者どもの手になど、渡してなるものかああああああッッッ!!!」


「皆の者!!死んでも、相手を殺してみせい!!……どうせ死ぬのなら、同胞のために、敵を殺してこそ、『メイガーロフ・ドワーフ』というものだあああああああッッッ!!!」


 闘志にあふれる歌が、大穴集落に満ちていく。傷ついて、すっかりと戦いをあきらめていたドワーフの戦士たちは、不死者のように立ち上がり、猪突猛進という大陸中のドワーフ族が尊んでいる戦いの哲学に殉じようとしている。


 なんとも、ドワーフらしくて、オレはグラーセス王国の貴族戦士として、深い喜びを感じてしまうよ。


 傭兵どもは、混乱している。50人近くいたはずの弓隊が全滅するとは、想定外のことだった。ドワーフの戦士たちに対しても、圧倒的な有利で戦いを進められた理由は、どう考えたって弓隊の援護射撃があったからだ。


 そうでなければ、ドワーフの戦士たちが、こうも簡単に圧されるワケがない。


「くそ!!なんだ、アイツは!!」


「『自由同盟』だと!?……まさか、もう南下して来たというのか!?」


「怯むな!!竜の前に、今は、ドワーフどもだ!!コイツらを再起不能にするのが、オレたちの仕事だろうが!!」


「ドワーフどもを、片っ端から殺しちまえええええええッッッ!!!」


 鋼を振り上げて、傭兵どもが凶暴性をあらわにする。


 ドワーフを殲滅するのが『仕事』だと言ったか。コイツらが一体どこの誰に雇われたのかは知らないが……そんなことを、このガルーナの剣鬼が、ソルジェ・ストラウスが許すと思うなよ!!


「キュレネイ、ククル!!援護射撃で、敵兵を削れ!!」


「イエス」


「了解しました!!」


「ゼファー、二人のために、射線を確保するようにして飛べ!!……いいな、三人とも。ここから敵を逃すな。連絡はさせん」


『らじゃー!!……『どーじぇ』は?』


「オレは、今から大穴集落に突撃してやるよッ!!」


 興奮と怒りに燃えるガルーナ人の血は、もはや衝動を抑えきることはない!!


 ゼファーの背から、オレは飛び降りる!!


 大穴集落の側壁に向かって飛び、左腕をその白い岩壁に向けて伸ばすのだ。『竜爪の篭手』を起動させる。竜の爪のように鋭い、ビンテージ・ミスリルの爪が篭手から生えた。


 その爪を岩壁に突き立ててやるのさ!!


 岩壁を竜爪が削りながら、オレは大穴集落の深みへと降りていく。


「一人で来やがったぞおおおおおおおおッ!!」


「アイツを、殺せええええええええええッ!!」


「連携して、確実に仕留めてやるんだあッ!!」


 ベテラン気取りの傭兵どもが、装備品をガチャガチャと鳴り響かせながら突撃して来やがる。オレは竜太刀を抜くんだ。ああ、アーレスも怒っていやがるのが分かるよ。指が、燃えちまいそうに熱い。


 思い出しているのだろうよ、あの日の光景を―――長らく住んだ里だ。お前が、250年も生きて来た里だ。それを守れなかった。その屈辱の日を、オレたちは忘れるわけにはいかないのだ。


 痛みと絶望を、力に変える。


 怒りの熱量を全身に帯びて、オレとアーレスは、悪党どもを殺すために走るのだ。




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