第三話 『イルカルラに熱き血は捧げられ……』 その33


 バルガス将軍は、自分が『自由同盟』と接触したという事実を秘密にしたいらしい。彼は自室と思しき場所に、オレとカミラを連れて行ってくれるようだ。


 無言のままに進んだよ。狭くて暗い通路を、三度も曲がり、城塞の主のための部屋を守る、古びた扉が現れる。


 傷に汚れた古強者の大きな手が、その扉を開き……想像していたよりも、ずっと紳士的な所作を用いて、バルガス将軍は自室に我々を招き入れる。鋼を振り回して来た腕は、おそらくカミラ・ブリーズのために流麗に動いたのだろう。


「……こちらへ来るがいい」


「ああ。オレのヨメを口説くなよ?」


「そういうつもりはない。軍人として、レディーには紳士的な態度を示すべきだと考えてのことだ」


「……そうかい。マジメな男だな」


「世間は私をガンコな男だと評してはいるだろう」


「ああ、そんな印象を受けるような言葉を多く聞いた」


「ガンコ者は、マジメなものだ」


 その持論には同意することも出来るな。全てのガンコ者がそうとは限らないが、マジメなガンコ者は確かに多そうだ。


 ……このバルガス将軍も、オレが考えていた通り、マジメでガンコ者な軍人なのだろう。自由さを感じることはない堅物……不器用な道を選びやすい男の性質かもしれないな。


 さて。


 岩壁をくり抜いて造られた将軍の部屋は、殺風景だった。生活感の皆無な、整頓された部屋。ベッドもあるが、シーツもきちんと畳まれている。一晩寝るだけなのに、銀貨を20枚ぐらい要求してきそうな宿屋のベッドメイキングみたいだったよ。


 ……性格が表れているのだろうな。マジメで……彼は几帳面だ。追い詰められたゲリラ組織の戦士が寝ているベッドじゃない。


 バルガス将軍のマジメさが十分に伝わってくるベッド以外には、この部屋に配置されてあるものは本当に少ない。テーブルに、作戦用の地図だろうか?……巻物にされている羊皮紙が幾つか。イスの数は三つだけ。暖炉はなかった。夜の砂漠は冷えるだろうに。


 小物はカンテラと、槍と弓矢だけ。物資の枯渇を感じさせるような気がするな。


「……何をジロジロと見回しているのだ?」


「……アンタの人となりを知りたくてな」


「私の人となりを調べに来たか」


「それ以外のことの方が、本題なんだけどな」


「……本題か」


 そうつぶやいて、バルガス将軍は黙り込む。彼は深く考える時、そうしてしまう癖があるようだな。思慮深さがある……マジメでガンコな軍人らしいのかもしれない。


 なかなか、オレの説得が通じる相手には思えないが……どうにか、オレの策に乗って欲しいもんだよ。


「…………客人たちを立たせたままでは、無礼にあたるな」


「おかまいなくっす」


「いや、とくにレディーに対しては礼儀を尽くすべきだ」


 『メイガーロフ』軍人の哲学に基づいてなのか、バルガス将軍はカミラのためにイスを引き、座るようにとうながした。


 カミラはニコニコしながら、そのイスへと座る。


「ありがとうございます。将軍」


「……当然のことをしたまでだ」


 いい人物だな。オレは彼にイスなんて引かさないよ、自分で机の近くに引き寄せると、カミラの隣りに並んで座った。


 バルガス将軍も、オレの様子を確認した後で、ゆっくりとした動きでイスに座る。三人で机を囲んだよ。


「秘密の外交を執り行うには、いい雰囲気の場所だな。小さくて、暗くて……人払いも完璧だ」


「……何を求めているのだ、お前たち『自由同盟』は?」


「アンタの予想の通りだよ」


「『自由同盟』の『盾』にしようという魂胆か。我々、『イルカルラ血盟団』を」


 語尾には疑問符をつけちゃいなかった。確信しているんだな、『自由同盟』の魂胆というものを……。


「そういうことさ。戦線を広げて、帝国軍の戦力を少しでも分散させる。そうしなければ、物量で大きく負けている『自由同盟』の勝利はない」


「……正直者だな、ガルーナ人よ」


「野蛮人は、砂漠の軍人よりもシンプルな頭をしているのさ。それに」


「それに?」


「信頼を得たくてね。嘘をつくような男は、『メイガーロフ』でも嫌われるんじゃないかと考えている」


「もちろんだ。嘘つきとは真剣な会話は出来ない」


「じゃあ、オレとは出来る。オレは嘘のつけない、頭の悪い蛮族の竜騎士に過ぎない男なんだからな」


「……ふん。それで、何を求めている?」


「『自由同盟』としては、アンタたち『イルカルラ血盟団』をサポートしたい。理由は、さっき言った通り。自分たちの勝利のためだ。アンタたちには、『盾』となって奮戦してもらいたいのさ。そのために、援助物資や戦力を送る」


 ……愛国心だけの短気な男なら、『自由同盟』に自分たちが道具として使われることを拒絶するかもしれないが―――さすがは、軍人。現状をよく理解しているらしい。


 将軍は怒りの表情を浮かべなかったし、こちらの提案に興味を持ってくれている。将軍の唇が、やはりゆっくりと動き始めた。


「……もしも。お前たちの要求を飲めば、どれぐらいの戦力を送ってくれる?」


「……具体的な数は分からんが、3000は送ってくれるさ」


「それなりの戦力だな」


「ああ。状況次第では、この土地を占領することも考えている。『ガッシャーラブル』を『自由同盟』が占拠することは、難しくはない。オレたち『パンジャール猟兵団』が工作を実行するし……『太陽の目』とも、共闘することは可能だ」


 戦いになれば、己が身を守るために槍を取る。その覚悟ぐらいは、僧兵たちにはあるのさ。


「……城塞内で僧兵たちが暴れ、外から『自由同盟』の軍が攻め落とすか」


「そういうこと。オレたちの工作があるから、もっとスマートになる予定だがな」


「……竜か」


「それだけじゃない。アンタたち砂漠の戦士に気づかれることもなく、ここまで忍び込む能力もある。竜の力は強いが、オレたち個々の能力は、そんな竜の強さにも負けることがないほどに有能だ」


「……大きなことを言うが、事実なのだろうな」


 古強者の目は、オレたちを見定めようとしている。オレよりも……カミラが気になっているようだ。


 彼女が美人だから?


 ……いいや、そうじゃない。『理解することが出来ないから』だ。カミラ・ブリーズは13番目の猟兵。最も経験の浅い猟兵と言えるし、戦士としての技巧が磨かれているとは言えない。


 気配を消すのは上手いが……その所作からは、シロウトらしさが抜け切れてはいない。将軍に観察されて、カミラは困ったように苦笑する。


「え、えへへ?ど、どうかしましたっすか……?」


「いや。何でもない。どうして、君のようなレディーに、我々の見張りは気づけなかったのだろうか……?」


「戦士としての経験値が少ないが、彼女にはそれを補っても余るほどの才能ってものがあるんだよ」


「才能?……天才、か?…………いや、違うな」


 さすがに鋭い目をしているよ。


「……何らかの、『異能』を持っているということか、そこのレディーは」


「そうだ。彼女の能力は、オレたち『パンジャール猟兵団』の中でも、かなり特殊な能力だ。強さも優れているし……その特殊性は、極めて有能に戦場で機能する」


「……有能な部下を持っているようだな、ソルジェ・ストラウス殿は」


「そういうことだ。アンタの部下は、有能だったのだろうが……多くが砂漠の砂に倒れてしまったらしいな」


「……そうだ。古き戦友たちの多くは、すでに乾いた骨となり砂漠へと還った。帝国との戦いも、終わりが見え始めている。我々は、衰え、疲弊し、少なくなった……だが」


「だが?」


「……世代交代のチャンスぐらいは、作れそうだ。ソルジェ・ストラウス殿が、来てくれたおかげで、私は自分が果たすべき最後の任務を全うすることが出来そうだ」


 その言葉の意味は、オレの予想通りであるのなら、とても悲しい結末を向かえるはずの任務なのだが……バルガス将軍の黒くて大きな瞳は、ガルーナの初夏の風と同じように、穏やかなものだったよ。


「……特攻するってか」


「そういうことだ。とっくの昔に知っていたのだろう?ガルーナの竜騎士殿よ」




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