第一話 『砂塵舞う山脈へ』 その30


 役割分担するとしよう。このアジトを使用可能にするのは、ミアとキュレネイの役目だな。あちこちを調査してくれているしね。ああ、アレも遊んでいるだけじゃない。緊急事態の脱出経路や、見晴らしの良さそうな場所を調べてもいるのさ。


 天井裏から……つまり2階から、窓が開け放たれる音が聞こえる。


「あはは!2階からじゃ、バザールが見えなーい!」


「3階か、屋上なら見えそうでありますな」


「うん。偵察しようね!」


「行くであります」


 ……ほらな。遊ぶだけじゃないさ、ミアとキュレネイは猟兵なんだからな。有益な情報を見つけ出すさ。もしも、この場所に帝国兵が攻め込んだ時、三つは脱出のためのルートを用意しておきたいし、それ以上のルートがあるなら吟味して三つにしておきたい。


 ヒトってのは、そう多くの作戦があると緊急事態には動けないものだ。そいつは敵サンにも言えることで、フツーの戦士はせいぜい、表と裏の二つぐらいの作戦しか戦場で使わないもんだよ。


 こちらが表の作戦に対応する可能性を見越しての、裏側。二つぐらいのものさ。それ以上を用意すれば、戦力が分散されてしまうから……何でも選択肢が多いほど良いというわけじゃない。オレたちは三つの逃走ルートで十分だ。あまりに多いと迷ってしまうからな。


 ……ミアとキュレネイに、逃走ルートの把握は任せてだ。オレたちは他の仕事をこなすとしよう。


「さてと。役所に行く者を決めねばならんな」


「ええ。人間族に見える者たちが適任です」


「そうだな……」


「あ、あの!ソルジェさま!」


 カミラ・ブリーズが主張している。オレは彼女のアメジスト色の瞳を見つめながら聞き返していた。


「行きたいのか?」


「は、はい!……自分、『ヴァルガロフ』で色々と経験を積みました。医療現場だけでなく、ガンダラさんたちの手伝いとして、『ヴァルガロフ』の役人さんたちと連絡を取ったりしたのです」


「なるほど。自信があるんだな?」


「はい!……それに、『コウモリ』に化けられる自分なら、怪しまれて捕まったとしてもコッソリと脱出することも可能ですし……それに、今回は秘策もあるんです」


「……わかった。なら、役所に行くのはカミラに任せる」


「はい!了解っす!」


 やる気を出しているな。カミラは猟兵としての経験値が最も少ない。戦術や作戦を理解する力が低いし、旅慣れていないためコミュニケーション能力も高い方ではなかった。しかし、カミラには人一倍のマジメさがある。ゆっくりとだが確実に成長するタイプなのさ。


 ……情報収集の現場に、自ら志願してくれるとはな。彼女の大きな成長を感じられるよ。アメジスト色の瞳は、自信にあふれて輝いて見える……。


 しかし。


「……秘策というのは、何なのですの?」


 レイチェル・ミルラは気になったことはその場で訊いておく性格であり、今日もそうであった。


「えへへ!……今回の私は、マネージャーっすからね!賢さで皆をサポートするタイプのお仕事っす。だから、賢さと言えば、コレっす!」


 そう言いながら、オレのカミラ・ブリーズはどこからともなく『眼鏡』を取り出していたよ。


「……それは、眼鏡ですわね?」


「はい!しかも、度が入っていない、いわゆるダテ眼鏡っす!」


 そう言いながらマネージャー・モードのカミラ・ブリーズは『ダテ眼鏡』を装着するのであった。


「うむ、少しばかり知性的に見えるぞ」


 リエルにはそう見えたらしい。眼鏡は知性の象徴という概念を、森のエルフ族と『吸血鬼』は持っているようだな。


「ですよね!」


 自信にあふれたドヤ顔を披露しながら、カミラはキラキラと輝いている。何というか、けっこう似合ってはいるな。ポニーテールと眼鏡って。


 それに、心なしか知的に見えなくもない……ロロカ先生が眼鏡をかけているからだろうか……?


「とにかく、今の私は知性が上がっている状態なんすよ!」


 そうだろうか?


 その発言を聞いた瞬間に、少しだけ不安が増している。カミラは『コウモリ』に化けられるから、役人に怪しまれて捕まったところで問題無く脱出することも出来るハズだし、そんなに緊張するべき仕事じゃないんだが……。


「……私もついて行くことにしましょう」


 オレと同様の不安を抱えていたのか、ガンダラがその言葉を口にしてくれる。奴隷に化けているからな、従者としてカミラに付き従う気だろう。


「ガンダラさんも来るんすか?」


「ええ。貴族の商人の使いですからね。奴隷の一人や二人を連れていた方が説得力が増すというものです。違いますか?」


 違わなかった。


 眼鏡モードのカミラは三秒ほど考えて、うなずいた。


「はい!では、一緒に来て下さいっす、ガンダラさん!」


「ええ。時間が惜しいですから、さっそく向かうとしましょう」


「了解っす!……では、ソルジェさま!皆、行ってきます!」


「ああ。気をつけてな」


「はい。眼鏡が、きっと自分たちのことを守ってくれますから!」


 ……眼鏡に過大なように思えてならない自信を抱きながら、眼鏡モードのカミラはゆっくりとドアを開けて、ガンダラを従えるように出撃していく。


「……眼鏡のパワーを感じるぞっ」


 森のエルフさんはそう感じているらしいが、オレにはそんなにあのアイテムが威力を発揮するのかは分からない。我が妹分であるククル・ストレガも少し戸惑っているようだ。


「……眼鏡って、そんなアイテムでしたっけ……?」


 その疑問にオレは大きくうなずけるが、まあ、役人に対して山賊とか『イルカルラ血盟団』とかの帝国商人を襲う可能性のある武装集団について訊くだけのことだ。問題は感じないし、ガンダラがサポートすることを考えれば、微塵の心配もないな。


「……もしかして!ソルジェ兄さん!」


「なんだ、ククル?」


「少しお耳を……」


 妹分がそう言うので、オレは膝を屈めて彼女のヒソヒソ声を耳に受けていたよ。


「……あ、あの。もしかして『メルカ』以外の眼鏡って、何か呪い的なものが付与されていて、ヒトの知性を上げる力とかがあるのですか……?」


「……いや。そういう能力は、聞いたこともないな」


 眼鏡は視力を上げるための道具である。それ以外の効能を、オレは知らない。


「そ、そうですよね……そんなアイテム、あるはずもないですよね……」


 マジメなククルはそうつぶやいていた。賢くて天然なところもあるマジメさ、それがククル・ストレガである。


「……さてと。役人の方は二人に任せたわけだ。他のアングルでも情報収集を開始することにしよう」


「うむ!私はどこに行けばいい?」


「リエルはレイチェルと組んで、バザールを回ってくれ。エルフ系の商人から情報収集をしてくれ」


「わかった。宝石眼の力を見せるとしよう」


 エルフ族は保守的だからな。王族の証でもある、リエルの宝石眼を見れば、彼女に対して礼を尽くすようになっている。レイチェルはリエルが迷子にならないようにだ。リエルは人混みが苦手なところもあるからな。




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