第一話 『砂塵舞う山脈へ』 その8


 トミーじいさんに依頼していた新たな防具を、ゼファーだけでなく猟兵たちも身につけていたな。基本的には、うちはオレ以外、軽装なものだがな。ミスリル製の胸当てや篭手、金属片で補強したブーツとかが主になる。


 ……レイチェルに至っては、防具というモノの概念からは遠すぎるシロモノだ。薄い布だもん。踊り子のセクシーな服だしな、露出は多い。アレはもう水着みたいなもんだよ。およそ防具とは呼べるものじゃない。


 手足に純銀のリングとかをはめているけど、あれで剣を受け止めることは不可能だな。『人魚』の身体能力の高さに依存した、回避専用の服というかね。防具というのは、敵の攻撃を受け止める強さが要ると思うのだが……レイチェル・ミルラの装備にそれはない。


 まあ、回避能力を極めているという利点はあるし、ヒラヒラした部分が敵の狙いをわずかに逸らす可能性は考えられるし……戦場はスケベな若い男だらけだから、色仕掛けは本当に有効だったりもするけどね。


 見とれてしまうのさ、レイチェルの美貌に。そうすれば、剣を振るうための動作に淀みが生まれる。そうなれば、レイチェルに攻撃が当たるはずもない。


 ……元々、一般的な人間族の戦士では、『人魚』レイチェル・ミルラの速さにはついていけるものじゃないんだけどな。だから、レイチェルが薄着であっても、あまり問題は無い……。


 とはいえ、本音を言えば、もっと防御力に特化した服でも着て欲しくはあるがな……彼女が好きでしている格好ならば、文句は言えん。ムダに重たい装備を着て、ケガをされても困るしな。


 ああ、ちなみにオレたち猟兵の服についてだが、色々と小細工が施されてはいるんだぜ。基本的には厚目に仕上がっているな。そして、その素材だが、頑丈な聖なる蚕の糸から作り上げられている。高級品じゃあるんだよ。


 『聖なる絹』を幾重にもにも折り重ねているからな、おかげで通気性はそれなりでしかないが、その頑丈な繊維は矢の貫通を著しく阻害する。


 エルフの職人に加工してもらった布で、猟兵女子たちが自作した服だな。この服は『矢を止める』。場合によれば、金属製の鎧よりもな。


 究極にきめ細かく編み込まれた繊維に、鏃が絡め取られる。よほどの至近距離でない場合は、素直に貫通することは難しい。途中で引っかかって止まってしまうわけだ。


 人類最強の射手はエルフ族の戦士たちであり、彼らが愛用する魔法の服は射撃に対して大きな耐性を持っている。鋼を好まないエルフの戦士たちが、同族たちとの戦いに備えて発明したシロモノだよ。


 ……もちろん、しょせんは服だ。矢を弾き返すようなことまではないが、致命傷を重傷に変えることぐらいはあり得る強度を持っているという事実が重要だな。体を貫通する矢の攻撃を、たったの8センチの深さで止めてくれることもあるわけだ。


 金属の板よりも、布の方が矢を止めてしまうというこの事実は、一見不思議なことに思えるかもしれない。


 しかし、『布製の鎧』という防具は古くから大陸のあちこちの国家で存在している。攻撃を弾くのではなく、殺傷能力の高い刺突を『止める』ためだけの専門防具としてな。


 古来から伝わる『布製の鎧』のメリットは、装備者の素早さを確保することでもある。速く動けば、そもそも敵の攻撃に当たることはないのだ。


 強者が『布製の鎧』をまとえば、接近戦では敵を圧倒することが可能だし、遠距離からの射撃は当たりにくくなり、射撃が命中しても死ぬ確率は軽減されている。


 そう考えると悪くないコンセプトの防具だろ?


 ……そういう『布の鎧』を身につけた最強集団の伝説は、それなりに伝わっている。鋼の鎧が主流となっては、職人たちが消し去りたい過去の一つになっているがな。鋼の鎧が売れなくなったら困るから。


 何が言いたいかというと、布を舐めてはいけないということを主張しておきたいんだよね。


 たとえば、鎧を曲げる力にさえ、植物繊維の固まりでしかないロープは簡単に耐える。その現実を無視するのは、浅はかなことだろうよ。


 攻撃の質も、防御の質も、それぞれに存在していて、相性がある。


 もちろん、布の防具にだって万能性はなく、打撃には強さを発揮することはないものの、矢を止めてくれるかもしれないなら……それはそれで十分だろ?


 ……聖なる蚕の糸を、霊薬で固めて作った特殊繊維で編まれた布。そんなもので織られた服を、レイチェル以外は着込んでいる。


 それに加えて、打撃に強い耐性を持つ魔獣の皮革で作られた革製鎧やら、ミスリル製の胸当てを着けているわけだな。


 これのセットを一撃で貫く矢を放つのは、かなり難しいことではある。エルフの伝統的な防具に、ドワーフの歴史が生んだ古いミスリル、そして防具造りの達人の技巧が生んだ傑作を、我々、最強の戦士である猟兵が着込んでいる。


 いい組み合わせではあるじゃないか。


 ……オレたちは、基本的に貧乏集団ではあったものの、装備の質に関してはいつだって超がつくほど一流だったよ―――。


「―――ソルジェよ。どうだ?」


 白ミスリルの胸当てを装備したリエルが、くるりとその場で回転しながら訊いてきたよ。銀色の長い髪がフワリと風に乗り、甘い香りを放っていた。オレはニヤリと笑い、うなずくよ。


「いいカンジだぞ。重量も良さそうだな」


「うむ。以前からの胸当てでも良いのだが、これはより軽くなっているし……右腕の動きを以前よりも邪魔をしないな」


 リエルは素早く弓を構えて、矢を射る動作を見せた。実際には矢を放っていないが、その完璧な動きに、オレは幻想の矢さえも見せられている。


「……私は、より早撃ちが可能となるぞ」


「ククク!……トミーじいさんらしい。弓使いのための装備だと知って、調整しやがったみたいだ」


「うむ。腕の動きのために削られているだけでなく……重心も調整されているようだぞ。矢を射る動作に対して、邪魔が少なくなっているように感じる。感覚的な領域になってしまうが……最高の鎧打ちの一人というのは、本当らしいな」


「ちょっとクレイジーなレベルで鎧に魅入られた人物だし、闘技場で多くの剣闘士のオーダーメイドを受けてきた。種族と年齢と体格、そしてどんな武術を使っているのかの情報を渡せば、そういう品を作れるのさ」


「心に魔が棲む職人か」


「……ああ。健全なだけでは、達することの出来ないレベルの職人だ。『奇剣打ち』にも近しいモノを感じる」


「『奇剣打ち』か。グラーセスで、お前を殺しかけたヤツらの一員だな……」


「そうだ。でも、竜鱗の鎧と、竜爪の篭手を作ってくれた男でもある」


「……分からんものだな、職人とは。どんな感情でお前を攻撃したり助けたりするのだろうかな……」


「いい品を作りたい。自分が満足したい。エゴの追及。ただ、それだけだろう。でも、トミーじいさんと『奇剣打ち』の違いはある。トミーじいさんは、あくまでも職人だ……依頼主のために鋼を打つ」


「……その言い方では、『奇剣打ち』は自分の作品に、使い手の方が合わせるべきだと考えているのか」


「ああ。性能はいいんだがな……」


「だが、竜爪の篭手は?」


「コレは、竜爪の鎧から『奇剣打ち』が予想した、より完成した姿だ。鋼の形状から、ただの防具ではないと理解した。そして、ヤツの趣味にも合ったんだろう。使いやすいのは、あくまでも竜騎士のタメの装備だし、あくまでもヤツの甥っ子の作品の延長だからさ」


 『風』の魔力を左腕に込めて、竜爪を生やしていた。指の動きに連動し、その巨大な爪たちが動く―――これもまた、『奇剣』の一種と言えなくもないな。


 トミーじいさんと『奇剣打ち』。あの二人を会わせてみたいもんだぜ。心底嫌い合うのか、誰よりも仲良くなるのか、どちらかの気がする……。




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