第一話 『砂塵舞う山脈へ』 その2


 『ヴァルガロフ』が見えて来た。あいかわらずゴチャゴチャとしている街並みではあるが、懐かしさを覚えるな……。


『ねえ、『どーじぇ』、どこにおりるの?』


「『アルステイム』のヴェリイ・リオーネ、彼女の隠れ家を覚えているな」


『うん!あそこ、いごこちがいいの!おにく……たくさんもらえるしっ!』


 ヴェリイ・リオーネはゼファーのファンの一人だからな。彼女の人生は色々なことがあったからな。お腹のなかにいた子を流産で亡くしたこともある。その影響もあるのだろうが、『子供』が好きなのさ、彼女はね。


『あそこにおりるんだね?』


「そういうことだ。頼むぞ」


『らじゃー!!』


 弾んだ声で返事をしながら、ゼファーはゆっくりと翼を広げて旋回と降下を始める。良い思い出のある土地に足を運ぶことは嬉しくなるものさ。


 『アルステイム』のケットシーの暗殺者たちは、相変わらず優れた偵察兵でもあるようだった。


 屋敷の外にいる見張りだけでなく、屋敷の中にいるケットシーたちも窓から外を見上げていたな。こちらが来ることを、あらかじめ知っていたとはいえ、素早い反応をしてくれるじゃないか……。


「……『ヴァルガロフ』の街中には、行かないで済むわけか」


 リエルのつぶやきを聞くと、彼女があの街に抱いているマイナスのイメージがよく分かるよ。不道徳で背徳的な街であることは変わらない。


 四大マフィアが事実上、テッサ・ランドールの支配下に入り、麻薬産業が滅びたとはいえ、清浄なる土地と言えるほどの立場じゃないからな……。


 庶民の生活まで変えるほどの力は、政治には無いものだ。テッサは四大マフィアを掌握しつつ、住民たちの暮らしを豊かにするために、幾つかの新たな産業の開発に取り組まなければならない。


 帝国の経済と切り離されたこの土地にも、色々と大きな試練は待ち構えている。テッサのカリスマによる統治が機能しているあいだに、オレたち『自由同盟』は帝国を倒さなければなるまいな。


「……誘惑の多い土地だし、オレたちのことを恨んでいる輩もいる」


「あの通り魔は…………ソルジェの『ファン』だったな」


「好ましくないファンだったが、たしかにそうだったよ。まあ、ヤツ以外にも『ザットール』の若造に絡まれたりもした」


「イエス。『ザットール』は我々を恨んでいるでしょう。長の首を刎ねられ、主要な産業の一つであった麻薬畑を焼き払われた」


「……ハント大佐を納得させるためには、必要な生け贄だったからな」


 麻薬……『白虎』を復活させかねない力だ。そいつとハイランド王国を接触させないために、麻薬畑には燃えてもらう必要があった。『ザットール』の長もな……。


「あの金貨噛みのエルフたちは、金貸しもやっていたし……色々と商売上手じゃある。隠れインテリのテッサが使ってやれば、あの街に豊かさをもたらすだろうよ。麻薬じゃ食えなくしてやったんだ。マトモな仕事を必死でしてくれるかもしれんぞ」


「楽観が過ぎるように思えるでありますな。私の故郷はサイテーでありますから、あまり多くを期待し過ぎると、裏で悪さをされるであります」


「……ちょっと疑り深いぐらいで見るのが、正しい土地ではあるかもな」


「エッチな店もある街だから、立ち入らずに済むのであれば、ミアの教育に良かったぞ」


「西地区に行かなきゃ大丈夫だよ」


「あら。詳しいのですね、リング・マスター」


 レイチェルにからかわれてしまう。ヨメの前であまり使って欲しくないタイプの冗談ではあるな。


 誤魔化しておくとしよう。


「地理を覚えるのは、竜騎士の特技だからね」


「ウフフ。そういうことにしておいてあげましょう」


「団長は、スケベでありますからな」


「……何だか誤解されているぜ」


「……ふむ。だが、ソルジェの頬肉の弾力を確かめてやりたい気持ちになったな」


 オレの恋人エルフさんの白い指が、頬肉を掴んで引っ張っていたよ。


「誤解だぜ?」


「うむ。でも、やはりこうしておくことで、変な浮気の防止になるよーな気がするから、実行しておくのだ」


「微笑ましいですわね」


 頬肉の痛みの元凶となった『人魚』の美女は、楽しげに語っていたよ。夫婦のイチャイチャしている様子を見ていると、嬉しいのかもしれないし。たんにオレをからかって楽しんでいるだけなのかもな……。


 ……ヴェリイ・リオーネと馬が合うトコロも有りそうだな、と雑な感覚で思いついた。ホントは、テッサあたりと合うんじゃないかって気もしているが……派手好きなトコロとかさ。


 まあ、テッサは市長としての仕事が忙しいだろうから、この隠れ家にはいないだろうさ……。


『あ。う゛ぇりいだよ!』


 ゼファーの声を聞きながら、視線を動かして彼女の姿を発見する。赤毛のケットシーの女性が、隠れ家から姿を現していた。


 こちらに手を振っている。


 間違いなく、ゼファーに対してだったよ。オレ相手じゃ、あんな熱烈な歓迎はしないような気がするもんね。


 ゼファーはヴェリイ・リオーネの目前に、着地した。赤毛のケットシーは、素早く駆け寄ってきた。そして、ゼファーの顔にハグをしていたよ。


「ゼファーちゃん!久しぶりね!」


『うん。おひさしぶりー』


「……ヴェリイ。元気だったか?」


「ええ。サー・ストラウスも元気そうで何よりだわ。噂は色々と聞いているけど。相変わらず、本当に元気みたいね……剣で負けるっていう『予言』も覆してしまったのかしら?」


「……いや。剣で負けたな。右腕を姉貴の剣でグサリとやられちまったよ」


 その右腕をヒラヒラと振って見せながら、オレはニヤリと笑った。ヴェリイはどこか呆れているようだな。


「お姉さんに剣で刺される?……波瀾万丈な人生を送っているのね」


「乱世だからな。実の姉の嫁ぎ先が、オレの祖国を裏切る日もあるわけさ」


「そう……『家族』で戦うのは、貴方には辛い行いでしょうに」


「まあな」


「……その辛さを認められる。そういう強さで、その戦いを生き延びて見せたのかしらね?」


「かもしれない……どうあれ、アレキノとラナの力には助けられたよ。二人の『予言』をキュレネイが運んでくれたから、オレも色々と備えることが出来た。だが……」


「……ええ。もう二度と二人に『予言』はさせないわ。脳内に埋め込まれた霊鉄も、ようやく融けてカラダから排出することが出来たし、エルゼ・ザトーの協力もあって、呪いも解かれた」


「……もう『予言』の力は失われたわけだ」


「ええ。永遠にね。アスラン・ザルネや、『オル・ゴースト』の連中みたいな悪人が、復活しない限り―――私や『クルコヴァ』、そしてテッサ・ランドールが生きている限りは、そんなことにはさせたりしない」


 ヴェリイ・リオーネに、かつてのような儚さを感じることはない。彼女は強さを取り戻したようだ。アレキノにラナ、守るべき存在を得た彼女は、まるで母親のような強さを帯びている。


 強く在るべきだった。


 彼女の復讐は終わったのだからな。命を使い切るような壮絶さは、今の彼女には不必要なものだよ。彼女には長く生きて欲しいんだ。


 ……四大マフィアの連中が、自分たちの崩壊のキッカケとなったヴェリイ・リオーネに対する怒りや憎しみが消える日が訪れることはないだろう……オレと同じぐらいには、ヴェリイ・リオーネは四大マフィアから恨まれてはいるのさ。


 この土地で暮らしにくさを感じるのならば、オレが取り戻すガルーナに移って欲しい。


 『ルカーヴィスト』の連中は、ガルーナに移ってくれる予定だしな。ヴェリイとその親衛隊みたいな暗殺者の集団が持つ、情報収集能力、そいつはとんでもなく頼りになる力だしな。


 欲しくもある。彼女たちの実務能力が……。


 まあ、人材を引き抜くために来たわけじゃない。


「装備は運び込まれているのか?」


「……ええ。貴方の猟兵たちもやって来るわよ。今度は、南に向かうのよね?」


「『メイガーロフ』さ。知っているか?」


「名前だけよ。詳しいことは知らない。山賊たちが多くて、『内海』との貿易を邪魔しているらしいけどね」


「……そいつらが、反・帝国組織なのか?」


「私には分からないけど、情報提供者がいるわ。南から流れて来た、巨人族の戦士の男なのよ。『ゴルトン』に用心棒として雇われていたみたい。そいつをカミラちゃんたちが連れて来るから、ここで待っていなさい」




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る