第六話 『北天の騎士と幻の竜』 その52


 鋼の奥より来たりし竜の劫火が螺旋を描き、ヒトが背負う黒い業火がそれを追いかけるように奔る。アーレスとオレの『炎』、二種類の破壊の火焔が竜太刀から解き放たれて、融け合っていくのさ。


 死霊たちの声が聞こえる。オレの影に宿る、死霊たちがキュレネイの言葉のために力を貸そうとしてくれているんだよ。業火がより深みを増していく、黒く、深く、熱く……オレたちの『正義』が悪だと定めるものを焼き払えと訴えてくる!!


 暴れる煉獄の猛火があらゆるものを灼熱で痛めつけた。オレさえも焼き払おうと暴れているようだ。体が燃やされるようだし、血潮は沸騰しているようだった。竜太刀を大上段に構えながら、口元を歪めて牙で熱を喰らう。


 黄金と黒が螺旋し交ざり、火力が爆ぜるように強まり、螺旋の奔流は加速した。限界まで高めた熱量がオレの髪を焼き始める。敵を見据えながら、走るのさ!!『バシオン・アンデッド』に近寄り、歌と共に、煉獄の一刀を放つ!!


「『魔剣』ッ!!『バースト・ザッパー』あああああああああああああああああああああああああああああああッッッ!!!」


 煉獄の焔で『バシオン・アンデッド』を深々と斬り裂き、ヤツの体内でその灼熱の爆風を解放する!!


 ドゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンンンンンンンンッッッ!!!


 黄金色と漆黒が奔る衝撃波が、邪悪なるアンデッドを焼き尽くしながら、粉々以下になるほどに引き裂いていく!!


『がぎゃあああッ!!……や、止めろおおおおッ!!わ、ワシが……帝国の『正義』が、ワシが、守るべき理想があああッッ!!く、崩れていく……に、逃げるなアア!!英霊たちよ、勇敢であるべき、忠実であるべき、英霊たちよ!!どうして、逃げる!!どうして、『正義』を棄てるのだあああああッッッ!!?』


 煉獄に破壊されていくアンデッドには、どうやらオレと同じように幻が見えているようだ。呪いの呪縛は粉砕されて、煉獄の果てに魂たちが飛び散っていく。喜んでいるように見える。


 ヤツらはこれで解放される。政治にも、思想にも、宗教にも、権力にも、貧しさや富にも、怖いモノにも楽しいことにも。あらゆる善悪のしがらみから解放されて、無へと帰還するのだ。もはや誰の道具でもありえず、そのことを帝国人の魂たちは喜んでいた。


 それが、どうにもセルゲイ・バシオンには気に食わないのだ。


『逃げるなああ!!どうして、逃げるうう!!どうして、戦おうとしない!!あきらめるなああ!!……ワシの、ワシの弟たちのように……野蛮人どもと戦うのだ!!戦え!!戦え!!戦え!!……死んだとしても……た……たたか……え――――――』


 煉獄がかつてセルゲイ・バシオンであった存在をも喰らい潰す。逃げ行く魂たちを再び捕まえようとするかのように、虚空へと腕を伸ばし、白骨の指が宙を掴む……悪霊の指も炎の呑まれて消失していく。


 消滅していく最中でも、下顎が消え去り、骸骨が焼かれて崩れ去りながらも、セルゲイ・バシオンの骸は沸騰する涙を流しつつ、煉獄へと向かう魂たちを睨む。曲がらぬ男ではあるな。敵ながら、その鋼よりも揺るがない攻撃性は認めてやろう。


 大した闘争心だ。


 だが、もう消えろ。


 お前の『正義』は、多くの者を不幸に導く。誰もが、お前のように苛烈な戦士でいられるわけではない。理想を強いたところで、誰もがそれについて来てくれるはずもない。分かっていただろ?


 ……お前の悪意について来てくれそうなヤツは、お前が望まない人物だ。ジークハルト・ギーオルガは、お前にとてもよく似ていたぞ。


 煉獄の灼熱の果てに、セルゲイ・バシオンであった異形の全てが消え去っていた。金色の炎が残存し、石材を融かしていく場所に……ヤツの騎士剣だけが残されている。


「……ヤツの首を斬り落として、敵どもに見せつけてやる予定だったが……まあ、この剣でもいいだろう」


 オレは竜爪を使い、その赤くなった騎士剣を爪で持ち上げる。指で握ると、火傷してしまいそうだからな。そいつを持ってこの部屋の壁に開いた外を見下ろせる縦長の窓へと向かう。


 大声を使うのさ。


「セルゲイ・バシオンを討ち取ったぞおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!!その証拠の剣を、今から、外へと投げ捨てる!!ヤツの剣だッッッ!!!」


 有言実行するよ。縦長の窓から、夜空へと目掛けて騎士剣をブン投げた。そいつは夜空で煌めきながらクルクルと回り、地上の土に突き立てられた。それなりに大きい剣だから、帝国人どもが窓から見ても目に映すことは出来るだろうさ。


 何よりも、バシオン自身による否定の声が聞こえて来ない以上、オレの言葉は真実だと帝国兵士どもだって確信する。とっくの昔に負けは見えている戦いでもあるからな。


「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!!」


「バシオンが死んだぞおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!!」


「我らが故郷を幾度となく攻撃して来た、海兵隊どもの長が死んだぞッッッ!!!」


「ざまあみろだ!!帝国人を、もっと殺してしまえええええええええッッッ!!!」


 『北天騎士団』も『バガボンド』の戦士たちも、大喜びだ。熱狂する勝利の宣言が、帝国人どもの心をさらに折るだろう。


 降伏を許さなかったバシオンが死んだことで、多くの敵兵が戦闘意欲を喪失するはずだ。死ぬことよりも生きることを望む者も、帝国人には少なくない数がいるはすだからだ。


 ヤツらが志願兵になる理由は、弱小国家を蹂躙する『狩り』に参加して、自分の利益を確保するためだ。


 圧倒的な戦力差で、敵兵を嬲り殺しにする冒険の日々を期待して兵士になっただけだ。オレたちのように、勝利の確約など存在しない戦をするためではない。そもそもの覚悟が違う。


 あきらめるさ。


 帝国人の誰もが、セルゲイ・バシオンやジークハルト・ギーオルガになれるわけではない。


 ……これで、戦いは収束に向かうだろう。指揮官が死んだのだ。兵士の士気は保てない。自暴自棄になり戦いを望む帝国人もいるかもしれないが、どうせ多数派ではない。


「……戦の方は、終わりだなぁ、ストラウス殿」


「……そうだな。まだ、戦うべき相手が残ってはいるが……どうしてか、この期に及んでも姿を現さないがな」


 姉貴と甥っ子は、追い詰められた状況でも出て来ることはない。2人ともオレよりも小柄だ。動き回れる場所で戦わなければ、勝利することは困難だ。狭い場所では、体格のある者が圧倒的に有利になるんだがな。


 どうして、出て来ない?……何かを、まだ企んでいるということか。戦いを望まないような性格ではないだろうがな。戦いよりも、優先すべき何かがあるということか……。


 まあ、いいさ。


 すぐに何を企んでいるかは知ることが出来る。このフロアの先には、小さな部屋しか無いはずだ。すぐに見つけてやるさ……だから、今は。キュレネイのそばに向かうことにしよう。


 消し炭になった『バシオン・アンデッド』……砕かれ焼け焦げた床石に、その痕跡が残るばかりだが……彼女のルビー色の瞳が、それを見つめ続けている。無表情でも、分かるのさ。死が訪れたとしても、ヤツのことを許せない。


 それほどに強い感情を、キュレネイは手にしている。


 あの感情に乏しい子に、ようやく感情が戻り始めたのかもしれない。そいつはある意味ではめでたいことではあるが―――気に食わないこともある。あの子が取り戻した感情が、怒りだけというのは、何だかムカつくんでね。


「キュレネイ」


「……何でありますか?」


「お願いしていいか?」


「……何をでありますか?」


「笑ってくれ。いつものアレでいいんだ」


「……どうしてで、ありますか」


「見たいからさ。イヤなヤツを仕留めて勝利した。そういうときは、笑うもんだから」


「命令であれば―――」


「―――言っただろ。命令ではなく、お願いだと」


「……っ」


「お前がイヤなら、いいんだぜ」


 キュレネイの頭がブンブンと横に振られる。そして、彼女のルビー色の双眸がこっちを見上げてくれるのさ。いつものように、キュレネイは両手の指を使って、口の端を持ち上げる。


 笑顔を作ってくれるのさ。オレがいちばん好きな彼女の表情だ。


 オレはつられるように笑顔になり、彼女の水色の髪を撫でてやるんだよ。


「セクハラでありますか?」


「いいや。そんな軽い感情からではないさ。オレの顔を見れば、分かるだろ?」


「……イエス。団長は、私をナデナデ出来て、とても嬉しそうでありますぞ」


「そんなカンジだよ。いい戦いだったぞ、オレのキュレネイ・ザトー」


「……イエス。私は、団長の『家族』でありますから。アレぐらいの活躍は当然なのであります」



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