第六話 『北天の騎士と幻の竜』 その34


 『北天騎士団』の突撃が開始される。例の『壁車』が機能していた。戦士たちが押すその『壁車』に矢の雨が降り注ぐが、全ての矢は木の板の前に防がれてしまう。


 荷車に木の板を取りつけただけではあるが、なんとも効果的な防御兵器であったな。正門に対する破壊工作と同時に、階段に砂利を敷いていたおかげで、車輪はスムーズにその門を通過していく。


 第一段階の突破には成功したよ。『壁車』の左右から身軽なケットシーの弓兵が飛び出し、敵兵に向けて矢を放つ―――そして、勇猛果敢な北天騎士たちが、突撃を開始する。近距離では矢を連射するよりも、勇者の突進の方が早く相手に届くモノだ。


 斬撃が振るわれて、敵の弓兵どもが蹴散らされていく!!……混戦に持ち込めば、弓の出番など無くなるものさ。近距離では、けっきょくのところ原始的な腕力勝負になるものだ!!


 腕力任せで鋼を振り回す、野蛮な殺戮戦闘が開始される。北天騎士の体力は、このしばしの休憩時間でそれなりに回復してはいる。長く元気だとは限らないが、数分の戦いでもいいのさ。


 『本命』ではないからな、彼らの突撃は。


 ……さてと。他の四つの門も壊されていたよ。そのまま戦士たちが雪崩込んでいく。それぞれの場所で勇猛さが問われる戦いが起きている。


 敵に接近し、鋼を振り回す。こちら側も帝国軍どもも、狭い空間内で小さな群れを作りながら互いに抱いている殺意を実行する。


 5カ所からの襲撃だ。それぞれの部隊の編成が違っている。人間族の北天騎士で構成されたものもあれば、『バガボンド』のドワーフ隊もあるのさ。


 上意下達のハッキリした組織だ。バシオンの統率力に頼る集団。バシオンに文句を言っていた部下も少なからずいるようだが、そんな連中でもヤツを頼るだろう。


 ヤツは有能な軍人で戦の経験が多い……ハイランド王国軍との戦に中堅の兵士が駆り出された今、経験不足の現場指揮官たちはヤツの経験に教えを求める。混乱すればいい。構成の違う集団に対して、同じ戦術では効果が薄いぞ?


 ドワーフの戦士たちは重武装で固めてある。兜と心臓を守る強固な胸当てだ。弓では死なんぞ。重傷を負わされるだろうが、近距離では戦士の復讐が必ず当たるのさ。重傷と致命傷では、少なからず意味が異なる。


「ガハハハ!!軟弱な矢で、死ぬかよ!!」


「突撃するぜ、皆、怯むなよおおおお!!」


「クソ!!この、蛮族どもがあああああああ!!」


「弓では、ダメだ、槍で行くぞおおおおおお!!」


 北天騎士には技巧がある。正面からの矢であれば、彼らは容易く剣で叩き落とすだろう。一斉射撃が有効だが……狭い通路では矢の数も限界がある。彼らは命知らずだ。死をも恐れずに、前進してくる。仲間のために射殺されながらでも前に進むだろう。


 血路を開く。己の血をもって勝利のために道を作るのさ。帝国人どもは、その言葉の意味を目の当たりにしながら地獄に落ちていく。


「死を恐れるな!!海神ザンテリオンに武勇を捧げるぞ!!」


「オレたちの国を取り戻す!!仲間の屈辱を晴らすんだ!!」


「来るがいい!!帝国の一員となることを拒む愚者どもがあ!!」


「人間族主導の理想社会を否定し、未来などあると思うなよ!!」


 ケットシーとエルフで構成されたチームもいるぞ?……非力な彼らにはこういう状況は向かない?……そうだろうかな。


 彼らは素早く、そして音と暗闇の中でも聴覚と視覚を失うことはない。トリッキーな戦い方というものは、指揮官を悩ませることがある。


 『煙玉』という道具もあってな。そいつもまた錬金術師の発明だ。煙突に詰まるすすの掃除の苦悩から解放される道は無いだろうかと、煙突掃除人ギルドが激怒しそうな研究思想のもとの試行錯誤の果て、そいつは何故か完成していたようだ。


 名著、『蛮族にも分かる錬金術』からの引用だがね。煙の正体を研究するために、錬金術師たちは煙を長年浴びた煙突が必要だったが……理想的な材料を見つけるのは難しかった。


 煙突掃除人の組合は、当然ながら自分の仕事を奪いかねない錬金術師の研究には反対していたからな。錬金術師が実験に使おうとした煙突を、少々安い値段にしてでも、掃除してしまったのさ。


 錬金術師たちは、そのせいで困った。理想的な煙に燻された煙突を用意する必要を感じた彼らは……大量の黒煙を発生させようと必死になった。キレイにするための実験を行うには、まず汚さなくてはならなかったから。


 そんなバカみたいな苦慮の結果、錬金術師たちは『煙玉』を完成させた。多量の黒煙を発生させるという、マヌケなシロモノだが―――こいつを風が吹き抜けない狭い空間で使えば、人間族の視力を奪ってしまうのさ。


 そんな状況下でも、達人であれば魔力の気配だけでもそれなりに戦えるものだが、誰もが達人ではない。帝国兵はそれなりに有能ではあるが……達人だけの集団ではないものな。


「煙に隠れて攻撃するよ!!」


「矢を使わせてやるんだ!!」


「姑息なマネを、下等な亜人種どもめ!!」


「皇帝陛下の聖なる軍が、この程度で!!」


 硬軟合わせた戦いだ。戦闘に正しいモノはない。帝国人の嫌いな種族的な多様性から来る攻撃だ。帝国軍は対応に苦慮するだろうさ。これだけ複数の戦い方をされたら、混乱するのは必至。


 兵士よりも傭兵の方が戦闘能力に優れている理由は、戦い方の種類を多く学んでいるからでもある。『バガボンド』は様々な土地から集まった連中に、猟兵の戦術を教えている。


 『北天騎士団』もまた、数多の種族から編成されている。互いに戦術の多様性を有しているのさ。


 オレたちの戦術の量に、対応しようと上官の知識と経験を頼っても、的確な答えが返ってくるとは限らないぞ?……体力的に貧弱なエルフ・ケットシーのチームを排除しようとしても、この『岸壁城』は北天騎士のための構造なんだぜ?


 ……狭い道で、個の有能さが発揮される場所。戦場で魔力の消耗が多い攻撃魔術など使えば、即バテてしまうものだが―――この狭い場所では、魔術を使って倒れても、すぐに後ろの仲間と交替することが出来る。


 魔術師が比較的多いエルフ族にとっては、この個の強さに頼れる空間は、それほど不利ではない環境なのさ。


 魔術を浴びせて敵が怯めば、脚の速く身軽なケットシーたちに跳びかかられる。ケットシーの攻撃力は低いが、魔術を浴びた負傷者を仕留めるぐらいの威力は、身軽すぎる彼らでも出せるわけだ。


 地上はそれなりに優勢だ。敵兵も追い詰められているからこそ、必死に抵抗して来ているが……まあ、それでいい。地上部隊も活躍してくれてはいるが、彼らは『囮』でもあるのだから。


 地下ではもっと恐ろしい連中が突撃しているはずだからな……しばらくすると、城内の奥から悲鳴と怒号が聞こえ始めた。


「ち、地下から、敵が入って来ているぞ!!」


「蛮族どもめ、モグラのマネをしおって!!」


 正面と足下からの攻撃だからな。敵兵の混乱は激しくなる。混乱すれば、組織というモノは脆くなる。結束が揺らげば、集団を形成する強みが半減してしまうからな。


 『北天騎士団』の最精鋭部隊と、体格とリーチで圧倒的な巨人の槍兵。それが複雑に枝分かれしている地下通路を駆け抜けて、帝国人どもを各個撃破していく。断末魔の歌が多く聞こえてくる。


 その悲鳴が、どちらの軍勢の歌であったにせよ……空気に融けた血の臭いが、どちらの軍勢の傷から放たれたものだったにせよ……城内に蔓延するそれらを感じることで、帝国軍の心は折れて行くのさ。


 ……悪くない。このまま押し勝てるだろう。勇者たちは敵の城門に占拠する敵を、前と後ろから挟み込むようにして潰していた。一階を通過して、すでに、二階へと進んでいるわけだ。


 だからこそ、オレたちの出番だった。地上と地下から攻撃されて、崩れかけている帝国人に対し、上空からの攻撃も浴びせるのさ!!



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