第六話 『北天の騎士と幻の竜』 その32


 戦の最中の夜食は黒パンとベーコンと、温めたヤギのミルクだったよ。感動するほどの美味さはないけれど、戦いに疲れた身体には丁度いい軽食だった。猟兵女子たちは密かに用意していたチョコレートを食べていたりする。


 オレはベーコンを多目にもらったよ。肉を食べて魔力と体力を回復しておきたいからさ。


 敵の動きは少ない。岩窓から矢を放って、接近して来るこちら側の戦士を攻撃するのが関の山だ。籠城のために、全てのエネルギーを費やそうとしているのだろう。家具やら何やらを突破されそうな門の裏側にでも押し当てているぐらいさ。


 こちらは数で勝っているからな。ある意味では気楽な時間を過ごせている。しっかりと休息して敵に挑むのがオレたちの役目だ。


 細かな作戦は実行してはいるがね。オレたち『パンジャール猟兵団』は敵の前で目立つのも仕事だ。ゼファーと共にな。ただ敵の視線を浴びていればいい。それだけで敵はこちらを警戒してくれる。


 『本命』である地下の作業を気取られないために、オレたちは『囮』をしてもいるのさ。この硬いライ麦のパンに噛みつきながら、北海の潮風のにおいを嗅いでいる休憩時間だってな。


 地上と地下での作業は続いているし、組み立て直したカタパルトを用いて、3分おきに『岸壁城』の本丸に対して、岩石をぶつけるという作業が行われている。この程度の威力では、あの強固な壁は崩れないが、敵を動揺させる効果はあるよ。


 何せ、ゼファーの『火球』と『火薬樽』の連携で、岩壁が大きく破壊されてしまったからな。その事実を考えると、彼らは不安になるだろう。『岸壁城』は伝説に謳われるほどに頑丈ではないのかもしれない……とな。


 その伝説は間違いなどではなく、並みの城ならば穴が開くほどの岩石を弾丸としてぶつけても崩れることはない。だが、硬い城内には強烈な音が響いているだろう。攻城兵器が放つ岩が壁にぶつかる度に、とんでもない破壊音が城内には響く。


 地下での作業の音を誤魔化すことにも使えなくはないだろうし、不安にさせる効果はあるさ。負け戦だからな。彼らは仲間が来るまで、ただじっと耐えなければならない。しかし、ここから最も近い陸上の帝国軍はハイランド王国軍と対峙している。


 バルモア連邦に、『ベイゼンハウド』の危機が伝わるのも、昨日や今日では不可能だ。籠城に慣れてくれば、兵士たちは落ち着いてくるものだろうが……今はまだ、カタパルトの攻撃にも不安を感じてくれるだろうよ。


 ……こういう地味に有効な戦術を繰り返すことで、勝利を確実にしていくというわけだ。


「で、でも。本当に頑丈な建物ですね……っ」


 感心しきりながら、ジャン・レッドウッドが語る。オレは黒パンと共に噛み千切ったベーコンを呑み込むと、うなずいていた。


「……そうだな。岩盤をくり抜いて造ったような硬さだ」


「お、屋上は、本当に壊れるんでしょうかね……?何だか、不安になって来ますよ」


「ホフマン・モドリーを信じろ。どんなモノでも、必ず壊れるように出来ている。ジャンよ、お前にも見せてやりたかったぜ、この岬の岩壁が崩壊していく光景をよ!」


「か、かなり派手だったでしょうね。音は、町の方にも響いていたんですが……」


「屋上も壊れるから、安心しろ。一応、あのカタパルトも屋上を狙ってくれてはいるんだしな」


「で、でも……あれ……大ざっぱ過ぎません……?」


 練度が低いワケじゃなく、壊れかけたカタパルトを応急処置しただけのモノだからな。そう上手くはモノを飛ばせないんだよ。


「まあ、ピンポイントでは当たらんだろうが、やらないよりはマシだろう。もしも、崩れなかったとしたら……亀裂から油でも垂れ流して焼いてやるさ」


「火で、せ、攻めるんですね……そうか。そういう戦い方もあるんですね」


「戦とは、正攻法だけではないからな」


「べ、勉強になります……」


 ……勉強。


 そうか。勉強と言えばだが。


「ジャン、『闘犬殺法』の『弱点』について―――」


 ―――教えてやるつもりであったのだが、世の中というものは、こちらの予定通りには行かないこともあるな。


 ドゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンンンッッ!!


「え、え?」


「……正門が、開きやがったな」


 予定よりも早い。別に悪いワケではないがな。


「やった!!」


「開いたぞ!!」


 戦士たちが喜んでいるが、オレは心配をしなくてはならなかった。ジャンと共に正門の近くにまで走り、叫んでいたよ。


「気を抜くな!!門の内側から、矢を射られるぞ!!」


「……っ!!」


「……ッ!!」


 崩れた門の奥には、弓兵が構えていた。突撃して来る戦士たちをそれで迎撃するためにな。


「放てええええッ!!」


 敵兵の号令が響いて、無数の矢が丸太を抱えていた戦士たちに降り注いでくる。戦士たちは、ギリギリで門の横に跳ぶことでその矢の嵐を躱すことに成功していた。しかし、その場所で釘付け状態になってしまう……。


 門の横にあるスペースは、本当にわずかなものにしか過ぎず。そこから出れば、あっという間に何十本もの矢が飛んでくるのさ。


 攻撃的な守り方をしている。バリケードを増強するよりも、攻撃態勢を整えた方が効率的だと考えていたようだ。


 敵ながら悪くない判断だ。いくらバリケードを積んだところで、木製の家具か何かであれば、オレたちは油を注いで火をつけていたからな。ワンパターンだって?……でも建造物に対しては、いつだって効率的な攻めさ、燃やしてしまうというのはな。


「あ、あわわ……か、かわいそうに。彼ら、アレじゃ動けないですよ……っ」


 ヤモリみたいにピッタリと壁にくっついて、とにかく矢の射線に入らないように彼らは努力していた。


 突撃を仕掛けて救助するタイミングでもある。盾などではなく、荷車を改造した『壁車』の出番かもしれない。


 『壁車』ってのは、オレが適当に考えた名前だ。ドワーフの職人がそこらの倉庫から持って来た荷車の側面に、板を張りつけただけのシロモノだが、矢を相手にするには最高の遮蔽物だろ?……そいつを戦士たちが押し込んでいくのさ。


 前からの矢の攻撃に関しては、絶対的に防ぐことが出来るからな。そのまま敵陣に突撃して、接近戦なり近距離での矢の応酬に展開することも可能という、アイデアものの道具ではある。


 それでもいいが。


 まだ、敵を減らせることが出来るかもしれない。


 ……少しだけ、戦いを始めるには早すぎるようだな。ロロカ先生を見ると、首を横にふるふる振っていった。地下の作業が、終わっちゃいないってことだよ。まだ、時間を稼ぐ必要があるか。


 そして……竜の威力を印象つけておくべきだ。


「おい!!聞こえるか!!」


「は、はい!!」


「な、なんでしょうか、サー・ストラウス!!」


「お、オレたち、壁から、動けません……っ」


「た、助けてもらえないでしょうか……ッ」


「助けてやる。竜が『火球』を放って、その門の奥を爆撃してやる。その隙に素早く逃げ出せ!!」


「い、イエス・サー・ストラウスっっ!!」


 悲痛な返事が聞こえたよ。オレは眼帯を外した。そして、正門の前を駆け抜けてみる。反射した敵の弓兵たちが矢を放ってくる。十数本近くの矢だが、射線が狭すぎるから避けるのは容易い。


 そして、一瞬のあいだにオレは呪眼を使うことに成功していた。『ターゲッティング』、隊伍を組んで並んだ弓兵たちの1人に、金色の呪印は刻みつけられる。


「ゼファー!!」


『がおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!』


 控え目の『火球』をゼファーは放つ―――呪印に導かれたその『火球』が、戦士たちのいる門を抜け、敵兵たちの群れに突撃し、強力な爆炎で敵兵どもを焼き払っていた。密集していると、こういう攻撃のいいエサにはなるな……。


「今だ!!」


「後退!!」


 戦士たちが素早くその場所から逃げ出してくれる。これで、人命救助は成ったし、敵の数も少しは減らせただろう。突入のタイミング?……いや、まだ早いらしいからな。ロロカ先生の首は縦には動いていない。


 さてと。効果は少ないとは思うが……やるだけやってみるかね。敵の説得というものを。




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