第五話 『緋色の髪の剣鬼』 その5


 リエルの薬草汁は、北天騎士たちの顔を歪めながらも、その効能は確かなモノであるようだった。


 口のなかの苦味を消し去りたいかのように、ドワーフ集落の女たちによる炊き出しのメシを貪っていく。痩せ細ってはいるが、顔の血色は良くなっている。血に栄養が行き渡っているのかもしれない。


 ……持論だが、体力が尽き果てそうなときは食事を摂ることも難しい。死ぬ間際にまで体を酷使した後では、胃腸を動かすためのエネルギーも枯渇してしまうのだろう。疲れ果てた者は、メシさえ食えない。


 だが、あの薬草汁のおかげで、北天騎士たちのノドは飲食物を通すようだ。スープばかりでは、体力の回復にはつながらない。やはり肉を食わねば、戦うための力は戻らないさ。


「……うむ!皆、よく食べておる!」


「ああ。いい仕事をしたな、リエル」


 褒めてやるために、リエルの頭をナデナデしてやるのさ。


「む。子供扱いか?」


「言葉だけより、気持ちが伝わるからいいじゃないか。今、キスすると怒るだろ?」


「うむ。苦味が伝わって来そうだからな!……さてと、褒め称えられるのも良いが……薬湯は作れた。我々は、ロロカ姉さまたちと合流しよう」


「そうだな。ロロカとキュレネイには、少々、負担をかけさせてしまった」


「ねぎらうべきは、私よりも、あの二人の方だな」


「全員さ。皆、よく働いてくれている」


「……ギリギリの戦いになるものな。数で勝っていても、体力では、大きく劣る」


「だが、敵はこの砦を知らない。偵察用の部隊は、壊滅させたからな。狭い山道だ。守るには有利さ」


「敵は速度を上げて来る。だから、これ以上の偵察は無い……ロロカ姉さまもそう語っていたな」


「そうだ。偵察を出すよりも、勢い任せに突撃して来ることが正解だと考える。小出しの戦力では、狩られるということも分かっているからな……」


「……ふむ。とにかく、合流しよう。朝食は?」


「500グラムほどのハムを食べた」


「あの薬湯の効果が、よく現れそうだ。消化に良さそうには思えんからな」


「まあな。胃袋をケアしてくれそうな色と味だったよ」


 夫婦でそんなことをハナシながら、オレとリエルは北天騎士であふれるドワーフ集落のあいだを歩く。ドワーフの女たちが作ってくれているのは炊き出しだけではないな、彼女たちは、とんでもない勢いで矢をこしらえていた。


 矢柄を削り、曲がりを無くすために火で炙り、細く尖らせた鉄の鏃を強い紐と接着用の樹液で固定していく。


 『ベイゼンハウド・ドワーフ』らしいというかな。彼女たちも、戦いに対して慣れている。帝国と長きに渡り戦いつづけたし―――おそらく、『北天騎士団』を支えて来た伝統を継承しているのさ。


 この土地の木々は曲がっている。冬には豪雪に見舞われるからな、その重みで歪むからだろう。


 だが、その木を使ってでも、素晴らしい矢を作れるのさ。専門の弓矢の職人であるかのように、主婦にしか見えないエプロンドレスのドワーフの中年女性は真っ直ぐな矢を生産していく。


 ……矢だけではなく、投擲用の『石斧』も作っているな。鎧対策の武器だ。3キロぐらいの重量を持つ、平たく割られた石に柄をつけていた。ドワーフの男なら、これぐらいなら50メートル先に投げちまうだろうな。


 丘の上にある、高い砦の上から山なり軌道でブン投げれば?……100メートル先の鎧を着込んだ騎士でも、十分に脅威的な打撃になる。


 盾を持ち出してくる可能性はあるからな。盾は矢を防げるが、本当の強打の前では無力なものだ。体術で奪い取るのも簡単だしな。接近戦で使うのは難しい……矢を防ぐためだけの防具だが、この石斧ならば防げない。


 重量と落下の勢いで、この3キロの落下物が当たれば、盾を支えている骨格の方が壊れる。一般的な人間族の骨ってのは、エルフよりは強いが、ドワーフに比べれば、ガラス細工に近しい。


 ……矢と『石斧』か。いい組み合わせじゃある。矢で射殺し、矢に対応するために盾を持ちだしてきたら、石斧で盾兵ごと殺すわけだ。避けられないぜ?……盾を構えた兵士は視野も狭く、動きも遅くなる。


 盾を潰せば、矢で撃つわけだ。『ベイゼンハウド人』の戦術も、さすがに強いな。


 まあ、ドワーフのご婦人方の、矢と石斧の生産能力があってこそだ。山ほど作っている。北天騎士という壁を、背後からサポートする民草の力というわけだ。『北天騎士団』が無敗だった理由の一つさ。


 さて、丘を登り、砦と……今では見張り台の役目も担っている、モルドー邸の前にやって来る。


 モルドー邸の屋上に、物見やぐらを建てている。かなりのムチャに思えるが、ドワーフの建築家の仕事ならば、安心だ。あのおかげで、四方を見渡すことも出来るだろうな。『バガボンド』のエルフの弓兵があそこにはいるぜ。


 エルフってのは、木々の枝を見通す能力に長けているからな。この環境では、最高の見張りだよ。


 ……そして……どんどん背が高くなっていく砦の裏に、『アリューバ海賊騎士団』からの贈り物が届いている。『火薬樽』と、カタパルト一式さ。それを使うのは、『バガボンド』のケットシー部隊だ。


 熟練が要りそうな装備だけに、アリューバ半島で訓練をして来た者が扱うべきだな。この火薬樽は取って置きになる。数が多くはない。10個しかない。だが、威力は身をもって知っているぞ。敵が無理やりに登坂しようとした時に、ブチ込んでやれば勢いを思い切り削げるさ……。


 こちらの守りは完璧に仕上がっている。ロロカ先生とキュレネイの指揮は、やはり優れているようだな。


「あ!お兄ちゃん、発見!!」


「あら。お早う、赤毛」


 子供たちもよくお手伝いをしてくれているな、砦を増強する作業をしている戦士たちにお茶と軽食をデリバリーしている。シスコンのオレ、ミアの持ってくるサンドイッチとか食べたら、どこまでもがんばれそうだ。


 物欲しそうな顔をしていたのだろうか?ミアが、その小さな手で、サンドイッチを取り出してくれる。


「はい、あーん!」


「あーん」


 言われるがままに口は素直に動いたさ。大きく開けた口のなかに、サンドイッチを突っ込まれる。うむ。苦味は残るが、美味い。だって、ミアが食べさせてくれたサンドイッチだからな。


「美味しい?」


「ああ。美味いぜ。ありがとうな」


 ミアの黒髪をナデナデする。ミアは、心地よさそうな猫の笑顔を見せてくる。目を細めながら黒髪から生える猫耳さんたちが、ピクピクと動いていた。


「……ねえ。赤毛、伯父上は?」


「ジグムントは『アルニム』に着く頃だろう」


「そっか。一緒じゃないんだ……」


「そう残念がるな。もうしばらくすれば、この砦に来るだろう。彼は、この戦の旗印だ。『北天騎士団』のリーダーとして、戦場に立つ必要がある」


「ムチャさせないでよ?」


「分かっている。カーリーも、戦場ではあまり前に出るな」


「わらわは、強いでしょ?」


「ああ。だから、守る役目だ。もしも、敵がこの砦を破ってくる時は、オレたちの出番になる。この狭い場所での乱戦は、お前やミアの独壇場になるぞ。他の戦士たちと打ち合っている敵兵を、背後から仕留めて行く係だ」


「……そっか。そういうのは、小さな体の方が、やりやすいのね」


「仲間を頼れ。そして、仲間のために最適の仕事をする。それが、最も優れた戦士の条件だ。シアン・ヴァティがお前の体格と年齢ならば、そう動く」


「……っ!!」


「そだねー。シアンなら、そんな指示出すよね」


「『虎』は、効率良く敵を仕留めるのが仕事だもん!……わかったわ、ゴチャゴチャの戦いになったら、百人だって仕留めるもん!!」


「私もがんばる!」


「じゃあ、サンドイッチ、配りに行くわよ、ミア!」


「うん!じゃあ、また後でね、お兄ちゃん、リエル!」


 二人はサンドイッチの詰まったバスケットを両腕に抱えたまま、腹を空かせた職人や戦士たちの元へと向かって走って行ったよ。


 子供たちが元気に弾むように走る姿を見ていると、無条件に顔がゆるむな。癒やされる。ああいう光景のために、戦士は敵を殺すのさ。帝国人は、あんな亜人種の子供たちを不幸にする存在だからな……。


「ソルジェ。屋敷に入ろう。ロロカ姉さまたちが待っているはずだぞ」


「ああ。戦の準備をしよう……敵は、すぐに来るかなら」



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