第五話 『緋色の髪の剣鬼』 その3


「……あ。そう言えば、ジグムントはどうしている……?」


「私がムチで、彼がアメ」


 短くて、そしてやや早口にエルフのスパイ殿は、そう語っていたよ。一瞬でも理解することぐらい出来る。


「……君が恫喝して、彼が慰める役目か」


 ……彼もまた厳しい人物だと思うが、敵意剥き出しのアイリスに比べれば優しい方に分類されるということだろうか……?


「若者たちの心は折れちゃっているからねえ。ジグムントさんは、彼らの師匠でもあるみたいだから、ちょうどいいんじゃない?……師匠には、甘えられるもんだよ」


「あら。師匠に甘えていたことがあるヒトの発言ね」


 図星らしい。ジーンはどこか居心地が悪そうに頭をかいていた。彼の師匠は、甘えさせてくれるヤツだったのか。うらやましいね。オレのは意地悪な年寄り竜と、最後まで何を考えているのか、その全てまでは分からない、自由人だった。


「……まあ。そうだね。でも、間違っていないよね?……きっと、彼らはジグムントさんには素直になれるでしょ?……アイリス姐さんが聞き出せないことも、あの人なら聞けるさ。『氷剣』の使い手だもんね」


「そうね。そして、その使い手であることは、『北天騎士団』の『団長』という存在でもある……若者たちの中にあった、ジークハルト・ギーオルガへの忠誠心は、消し飛びつつあるわ」


「……ならば、彼を連れて行かない方が、良さそうだな。彼には、しばらく休んで欲しくもある」


「『氷剣』を使ったことによる、ダメージね?」


「そうだ。第四属性『氷』の魔力は、オレたちには認識することが出来ない。それを無理やり操った……かなり疲れているハズだろう。体内にあるはずの、『氷』の魔力、そいつを消耗している。強さがあったからこそな」


「アレはスゴかったね。でも、そうか。スゴいだけに、反動も強いってことか……道理じゃある」


「彼のことは任せて。サー・ストラウスは……砦の方に向かうのね?」


「もちろんな。猟兵たちも、すでに向かっているだろう。合流して、まずはあの砦を守ることにするさ」


「了解。後々のことは、私とジーンくんで準備しておくから、安心してね」


「君も働き過ぎるなよ?」


「……サボっていたら、多くを守れない。美容の敵だけど、今夜も夜更かしすることになっちゃうかもね。明日には、思いっきり眠れるようにしてしまいたいわね」


「同感だよ。さて。ゼファー、起きてくれ」


 オレはゼファーの鼻先を撫でながら語りかけていた。ゆっくりと金色の瞳は開かれていき、大きな口があくびを放つ。


『ふわあ。よくねむれたー。もうじかん?』


「ああ、オレを砦に連れて行ってくれ。敵が近づいている頃だろうからな」


『うん!じゃあ、ぼくのせなかに、のってよ、『どーじぇ』!』


「頼むぜ」


 寝不足の体ではあるが、トータルで二時間半は眠れている。十分とは言わないが、悪くはない。これぐらいの睡眠時間の方が、楽に動けるときもあるからな……。


『じゃあね。あいりす、『ひゅっけばいん』!そして、へたれ!』


「ええ。行ってらっしゃい、ゼファー」


「……へたれじゃないぞー。ジーン・ウォーカーだぜ?」


 ゼファーはオレを背中に乗せたまま、足の裏のやわらかな肉を使い、空へと向かって優しく跳んだ。白波に揺れる『ヒュッケバイン号』の動きに同調させて、その運動は成されていた。


 そのおかげで、『ヒュッケバイン号』の磨かれた看板に脚爪の痕がつくことはない。『彼女』にいらぬ傷をつけぬように、ゼファーはそうしたのさ。紳士たれ、それがアーレスの教えだからな。


 空に跳び上がったゼファーは翼を広げて、ルルーシロアが見せた横にスライドするような飛び方を実践する。成功したよ、頭のなかで何百回も、ゼファーはその動作を緻密に計算していたはずだから。


 竜というのは、そういう存在なのさ。


 得た経験値をムダにすることはない。ルルーシロアの翼の技巧を、ゼファーはすでにマスターしていた。


「えらいぞ」


 『ドージェ』の仕事さ。褒めながら、ゼファーの首のつけ根をやさしく撫でてやったよ。


『えへへ!……ねえ、『どーじぇ』。つぎはね、あいつにまけないよ!たおしてやるんだ、るるーしろあのことを!!』


「ああ。そうやって、竜のコトを識っていけ。それが、より成長するための近道だ」


『うん!……わかる!……ぼくは、きのうよりも、ずっとつよくなっている!……いまなら、きっと……『かぜ』も、あやつれるよ…………わかったもん。『きり』のつくりかたも!』


「冷たい空気と、温かい空気を混ぜるのさ」


『うん!……たぶん、『どーじぇ』のちからもかりられたら……あと、『まーじぇ』か、みあの『かぜ』があれば……ぼくにだって、るるーしろあがしたことを、つかえるもんっ!!』


 『霧』、ルルーシロアが編み出したのか、あるいは祖先から継いだ記憶のなかに混じっていたのか、なかなかの術だったな。


 ゼファーは、それを使いたがっているようだ。ドワーフの集落へと飛びながらも、じーっと空を見あげている。雲のことも参考にしているようだ。風の動きと温度の変化と、湿度の違い。そういうものを記憶のなかに検索している。


 どんな時に、あの白いモノたちが生まれるのかを思い出しているのさ。ヒトには不可能なほどに深くて細緻なところまでを、竜は記憶しておけるからな。


 いつか浴びた霧や、いつか貫いた大きな雲たちが、一体どんな条件下で生まれたのかを考えている。古代から伝わる物理の法則たちを、蛮族だって知っているからな。協力してやることは出来る―――というか、オレは答えも知っているんだ。


 でも。


 ゼファーが自分で考えつきたいらしいから、答えは教えない。オレはヒントを与えたし、ルルーシロアが実践している。ゼファーは、完璧に『霧』を使うことが出来るようになるだろう。


 ……試してみたいが、今は、戦の準備が先だ。


 敵の群れが見えたからな。黒い森を走る、曲がりくねった山道を、帝国の兵士たちが大勢いて、そいつらが朝食を摂っている。あちこちから、煙が上がっているからな……。


 オレはゼファーの瞳に頼る。


「どれぐらいの敵がいるか、分かるか?」


『ん。わかる……えーとね。さんぜん!』


「……かなり大きな数で来やがったな」


『うん。でも、これをたおせば……『のぶれず』をたたきやすくなるよ』


「アイリスたちに聞いたのか」


『おしえてくれた。『どーじぇ』たちのかんがえ。あいりすは、みんなをまもるためのたたかいかたが、すき。がんだらよりも、ろろかににているね』


「そうだな。『守備』を得意としている形に思える」


『……このとりでをまもれば、らくになるよ!』


「ああ。おそらく、時間が経つほどに、義勇兵たちも集まって来るだろうからな……問題は、強いヤツさ」


『じーくはると・ぎーおるが?』


「ジグムントよりも強いらしいからな。楽しみだよ」


予言』。


 オレが剣で負けるらしい。


 ……それほどの剣士というのならば、是が非でも戦わなければならんな。


『……あ!したみて!』


「ん?」


『『まーじぇ』がいるよ!やくそうを、にこんでる!』


 『モドリー砦』と化したドワーフたちの集落の中央広場に、大きな錬金鍋で薬草をグツグツと煮詰めているリエルがいたよ。


 ……北天騎士たちの体力を回復させる秘薬を大量に製造しようとしているのだろうな。周囲には、ケットシーとエルフの少女たちがいる。武装しているところを見ると、『バガボンド』の戦士たちか。


 イーライめ。医療チームも結成しているとは、報告書で寄越してはくれていたが……全く、抜かりの無い男だぜ。


 いい部下に恵まれている。オレは、この幸運を使い―――敵に勝たねばならんな。『ベイゼンハウド人』を仲間にすることが出来たのならば……彼らとオレが同盟を結ぶことが出来たならば。


 ガルーナを取り戻す際に、助力を得ることも可能となるさ。とにかく、今は砦に降りるとしよう!


 リエルのとなりに、ゼファーも降りたがっているしな。こんなに愛くるしい竜を見れば、皆の心にも安らぎが生まれるだろうさ。



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