第四話 『パシィ・イバルの氷剣』 その29


「……『アルニム』の民よ!!答えを聞かせてくれ!!我々と共に、かつて、全ての人種が共存した『ベイゼンハウド』を取り戻す戦いに、仲間として立ち上がるのか!!それとも、この城門を閉ざし、我らを拒絶し、帝国の属国人として我々の敵になるのか!!二つに一つだ!!」


 そうだ。もはや問答の時間ではない。すでに多くの時間を悩みに費やして来たはずだ。帝国の属国として生きることで、富を得た者もいれば、不幸のどん底に落とされた者もいるだろう。


 どんな選択にせよ、メリットとデメリットがあるものだからね。誰もが文句のない道など、存在しない。


「沈黙することは、我々の仲間を危険に晒す行いだ!!5分だけ与えよう!!その5分のあいだに意志を示せ!!それがなされない場合は、我々、『北天騎士団』とガルーナ人、ソルジェ・ストラウスの同盟は、『アルニム』の門を実力を持って破るだろう!!」


 ……ジグムントも、甘さを捨てる覚悟をしたようだ。


 言いたいことはすでに伝えた。


 あとは返答だけだ。


 我々の仲間になることを、迷うのであれば―――それは敵だという意志を示す行いに他ならない。


 敵ならば、容赦なく襲う。


 ジグムント・ラーズウェルは言葉にその意味を乗せている。


「そうならないことを海神ザンテリオンに祈っているぞ!!……諸君らが、我々と心を同じくする者であることを願っている!!」


 そして、ジグムントは腕を組んだまま、『アルニム』の城門の前で仁王立ちをする。プレッシャーをかけているのさ。


 本気であることを示すためでもある。


 可能ならば、それを彼だってしたくはない。『北天騎士団』にとっては、民草は守るための存在であって、敵などではないのだからな……だが、それでも。彼らはとっくの昔に戦うことを選んでいる。


 そして。もう間もなく、帝国軍の容赦ない攻撃が『北天騎士団』に襲いかかる。この戦いに敗北すれば、『北天騎士団』は完全に消滅してしまう。物資と、立て籠もるための城塞がいる。戦をするには拠点と、民衆の協力がいるのだ。


 『北天騎士団』は、疲弊しているのだからな。帝国軍に勝つためには、戦力が足らない。ジークハルト・ギーオルガの腕利きの部隊も、帝国軍は使わざるをえなくなるかもしれないしな……。


 帝国人になりたいギーオルガは、帝国への忠誠を証明するために、部下と共に『北天騎士団』に戦いを挑んでくるかもしれん。ギーオルガの部隊こそが、この土地における最強の戦力だろう。


 1000人ほどの、若さと経験を併せ持つ、元・北天騎士たち―――装備もいるし、城塞も欲しいところだな。


 ……時間が過ぎている。悩んでいるのか。悩んでいるのならば、攻撃を開始する動機にはなる。


 オレは自分の背中に『バガボンド』の戦士たちの視線が集まっていることを理解している。この強兵の群れは、オレの命令のままに動く。『アルニム』の門を突破することは、ジグムントたち北天騎士には辛い行いになる。


 そのときは……オレたちが彼の代わりにしてやるさ。門を壊し、抵抗する者があれば拘束してしまおう……。


「……ジグムント・ラーズウェル!!」


 『アルニム』の城門の上から、一人の男が叫んでいる。ジグムントはその初老の人間族を見上げ、その口を開いていた。


「……お前は誰だ?」


「私は、『アルニム』の都市代表の代行者だ」


「代行者?……代表はどうした?」


「彼は逃亡しおったからな。貴君らの軍勢は、騎士道に従い、武装していない年寄りの離脱は許してくれた。彼は『ガロアス』へと逃げ去った」


「そうか、それで、貴殿は誰なのだ?……取るに足らない人物ではないのだろう?」


「私は、ついさきほど選出された代理の代表者、トマズ・ラドウィックだ」


「……おお!!北天騎士であった、ラドウィック殿か!?」


「そうだ。懐かしいな、ジグムント・ラーズウェルよ!!」


「ああ!!貴方と剣を交えて修行をつけてもらった日もありましたな。とても懐かしい」


「私もだ。しかし、今はその思い出を語らうほどの時間もあるまい」


「はい。残念ながら、決めていただく必要がある。我々も、時間が無いのです」


「……ふむ。皆、知った顔ばかりが並んでいるな……『ベイゼンハウド』のために戦い抜いてくれた、古強者たちだ……すまなかったな。虜囚の身とされた諸君らに対して、我々は何もしてやることが出来なかった」


「……トマズ・ラドウィック。我々の屈辱の日々は終わりを告げた」


「……竜を操る、ガルーナの若き竜騎士に救われたのだ」


「……北方の騎士の血は、勇敢なる竜騎士の血は、生きている!!……我らは、『北天騎士団』は、まだ死んだままでいろと、貴方は言うのか?」


「我々は、全ての『ベイゼンハウド人』のために戦いたいのだ!!……我々に、再び孤独を与えたいのならば、門を閉ざせ!!……だが、出来ることならば、我々は、この『ベイゼンハウド』に命を捧げるほどの価値があることを、民草たちに教えて欲しいのだ!!」


「『北天騎士団』は、貧しくも誇り高き民草たちに捧げた剣であり盾なのだ!!……我々を、本物の海神ザンテリオンの勇者に戻してくれないのか!?……我々に、分離派などという帝国人が与えた名前をつけて、再び悪人扱いするのか!!……選んでくれ!!」


 囚われの身であった男たちは、涙ながらに訴える。


 故郷の門が閉ざされていることが、彼らにはたまらなく悲しくて、たまらなく空しいのだろう。


 王無き土地の、名も無き民草に仕えた偉大なる騎士たちは……ボロボロの囚人服を着せられた痩せ衰え、脚には鍵穴さえも潰された拘束の枷をはめられたまま故郷に問いかけていた。


 この町は、彼らの叫びに答える必要があるだろう。そして、返答次第ではオレは悪神よりも凶暴なガルーナの魔王となることも躊躇わない。北天騎士に悲しいことはさせないよ。だが……理想を言えば、そうでない道を見たい。


「我らを、再び捨てるのか!?」


「貧しき者の窮状を訴えただけで、あの邪悪な監獄の虜囚とされた我々を、再び拒絶するのか!?」


「……答えてくれ、『北天騎士団』の一員であった男よ!!」


「『北天騎士団』は、もはや『ベイゼンハウド』の土地には不要なのか!?……それとも我らが故郷には、まだ我らの命を捧げる価値があるのかを、答えてくれ!!」


 ……オレは、冷静に時間を数えているぞ。


 ギンドウ・アーヴィングの作ってくれた懐中時計は、時を間違えることはない。精密なる歯車は回り続けている。もうすぐ、300秒の猶予が終わる……。


 偉大なる北天騎士たちよ。


 もしも。


 もしも、この『ベイゼンハウド』が君らを捨てるというのならば、オレの『バガボンド』に来るがいい。この軍勢は、あちこちからの流れ者で出来ている。君らにも居心地が良い場所だろうさ。


 そして、いつかはガルーナ王国軍となる。


 魔王軍として、この土地より遠くないガルーナの土地で、我々の騎士道と命を捧げる価値のある国を共に創らないか?


 ……その国は、君らがいた、かつての『ベイゼンハウド』と同じ風が吹いていることだろう。


「……さてと。時間だ!!『バガボンド』おおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!!鋼を抜けええええええええええええええええええええええッッッ!!!」


 怒りに震えるオレの歌が、戦場全てに意志を伝える。


 猟兵たちも武器を抜く。


 『アルニム』を取り囲む、2500の『魔王軍』の精鋭たちが、鍛え上げられた腕で、それぞれの鋼を抜き放つ。


 さあて、いつでも行けるぞ。


 敵対するのであれば、オレたちには戸惑うことはない。


 オレは、帝国との戦に勝つためにここにいる。


 負けるつもりはない。


 負ければ、それはオレの欲しい『未来』が潰えることと同義だからだ!!


 鋼よりも冷たく、炎よりも熱く……我らの殺意と闘志は昂ぶる。さてと、竜の歌で、告げてやろうか―――我ら『魔王軍』の明確な宣戦布告をな!!


 ゼファーを見た。ゼファーが大きく息を吸い込み、歌を準備したそのときだった―――『アルニム』の固く閉ざされていた城門が、ゆっくりとだが開き始めていた……。



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