第四話 『パシィ・イバルの氷剣』 その27
イーライの言葉に連動するように、『バガボンド』の戦士たちがオレのために片膝を突いてくれる。畏れ多い気がするものの……これも、オレの役目ではある。オレは、国は無けれども、事実上、彼らの『王』なのだから。
「ありがとう!オレのために、この『ベイゼンハウド』まで来てくれたことを、光栄に思うぞ!!」
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
「偉大なる我らが、主、サー・ストラウス!!万歳ッッ!!」
……やはり、かなり照れるな。
「本当に任務、ご苦労だったな!!諸君らの戦いぶりを、この目で見たかったぞ!!だが敵は、まだいる!!それに、『アルニム』の市民たちの誤解も解かねばなるまい!!我らは侵略者ではなく、解放者であることを、彼らに理解してもらおう!!それまで、周囲の警戒を続けてくれ!!」
「イエス・サー・ストラウス!!」
「警戒にあたります!!」
「帝国軍どもを、『アルニム』に近づけさせたりはしませんよ!!」
……心強いよ。そして、本当に強い戦士たちがそろっていることに、オレは感心した。
「……イーライ。よくぞ、これだけの軍を組織してくれた」
「いえ。皆、サー・ストラウスの勇名に導かれた者たち。すべては、サー・ストラウスの行いの結果です」
「それだけでは、ここまでの組織にはならん。よくぞ、組織してくれた」
「……勿体なきお言葉です」
イーライは深々と頭を下げてくれたよ。すっかり、オレの臣下となっていな……まあ、少々、堅苦しい状況ではあるが…………仕事をしなくてはならない。
「……状況は、どうなっている?」
「はい。ジーン・ウォーカーさまと共闘し、『アルニム』の帝国兵力を海上にて殲滅。その後は、上陸し、『アルニム』を取り囲んでいます」
「市民は?」
「……我々を海賊だと考えているようで、立て籠もってしまいました。無用な衝突を避けろとのご指示でしたので、町を取り囲んでいる状況です」
「さすがだ。もうしばらくすれば、『アルニム』の人々を説得することが出来る男たちがやって来る」
「……『北天騎士団』。囚われの存在になっていたと聞いていますが?」
「救助した。この『アルニム』を彼らの拠点にすることが出来れば、『ベイゼンハウド』から帝国を一掃することにもつながる。この町を、『器』にする」
「……なるほど。引退している亜人種の北天騎士たちの、反乱の拠点とするわけですね」
「そういうことだ。帝国の統治を好まぬ者たちも多い。彼らの力を集めるための本拠地にすることも出来る」
「……分かりました。では、私は皆の元を回り、指示を徹底するように釘を刺しておきましょう。武術訓練を重視したあげく、やや、軍規に疎い集団となってはいますので」
「血気盛んなのは良いことだが、この状況は、かなりデリケートな状況だ。頼むぞ」
「了解しました。さて……ピエトロ、行くぞ!」
「は、はい!今行きます、父さん!……で、でも……ちょっと、その前に」
ピエトロがオレの元に駆け寄ってくる。何だか、既視感があるんだ。彼は顔を赤らめていたよ。口元に握りしめた拳をあてながら、質問して来たのさ。
「……あ、あのですね、サー・ストラウス」
予想はつくけど、あえて聞こうじゃないか。
「どうした、ピエトロ?何かあったか?」
「え、ええ。その……あ、あそこにいる、水色の髪の美少女は……一体、どこの誰なんですか?」
また、このパターンか。
「ああ。彼女とは初対面だったな。彼女の名前は、キュレネイ・ザトー。『パンジャール猟兵団』の猟兵の一人だよ」
「……呼んだでありますか、団長?」
キュレネイがこの場に近づいて来る。ピエトロは顔を赤くしていた。
「あ、あの!!オレ、ピエトロ・モルドーって言います!!キュレネイ・ザトーさんですよね?お、オレも、サー・ストラウスの部下で……その……」
「なるほど、貴方も団長の部下なのでありますね」
「は、はい!!きょ、共通点が、ありましたね……っ」
「イエス。私も団長の犬でありますから」
「……え?」
招いていたな。語弊を招いていた。ピエトロが、ドン引きしている。もう手遅れかもしれないけれど、オレはフォローを試みるんだよ。
「おい、キュレネイ。女の子が、自分のことを『犬』とか言っちゃダメだろ?」
「イエス。そうでありますね、私は団長の『特別な犬』であるのですから」
「と、特別な犬!?」
ピエトロがドン引きして―――いや、あれ?何か、喜んいる……?
「さ、さすがだ……何か、さすがです、サー・ストラウス!!」
……ケンカ売っているのだろうか?……ピエトロは感心してくれているようだが、何か大きな誤解をしたままのようだ。そして、もしも、ピエトロがオレとキュレネイの関係性を誤解しているとして―――それに感心するってことは、ちょっとダメな気もする。
「……誤解をするな?キュレネイ・ザトーは猟兵であり、オレの部下だからな?」
「は、はい!……2度と、不純な感情のままに、声をかけることはありません!!キュレネイさんは、サー・ストラウスの、あ、アレ……ですもんね!?」
アレって何だろうか?……リエルとロロカ先生がいる前で、変な言葉を口にしたくないから、オレは沈黙を貫く。
キュレネイが代わりに返事をしてしまっていたよ。
「イエス。私は、団長のアレなのであります」
「そ、そうですよね!」
「イエス。そうなのであります」
……何か分からないが、誤解だけは進んだようだ。まあ、ピエトロにはキュレネイを恋人にするには、まだ経験値不足のような気がするな……しかし、相変わらず惚れっぽくて、しかも即座に失恋してしまう少年だよな、ピエトロも……。
「……サー・ストラウスよ。相変わらず、ただれた生活を送っているみたいだなあ」
腹回りの大きなフーレン族の大男が近づいてくる。ジーロウ・カーンだ。
「久しいな、ジーロウ。元気そうだ」
「ヒトの腹を見ながら言うなよ、失礼だぜ?」
「お前も協力してくれたか。ありがたいぜ。強い『虎』には、是が非でも参戦して欲しい状況だからな」
「……協力したかったというよりも、オレは上司命令だよ」
「そうよ。私が、彼のボスだから。呼んでおいたの」
少し恩着せがましいタイプのドヤ顔を浮かべながら、アイリス・パナージュお姉さんはそう語ったよ。
「いい戦力でしょ?スパイとしては、使えないけど、武術の腕なら折り紙付き」
「ああ。頼りになる戦力だ」
「……褒めても、仕事の分しか、働かねえぞ?」
「おい、ジーロウ!!サー・ストラウスに失礼な態度を取るなよ!?」
ピエトロがジーロウを睨みつけながらそう言ってくれる。この二人も、何だかんだで仲良しのように見える時がある。ジーロウは肩をすくめながら、首を横に振る。
「はあ。ピエトロのサー・ストラウス好きと、惚れっぽいところは……少々、悪癖のようにも思えるぜ」
「ほ、惚れっぽいとか言うなよ!?」
「……惚れっぽいだろうに。ちょっと美人を見つけると、すぐ惚れる……お前の母ちゃんも心配していたぞ?……変な女に引っかかるんじゃないかって」
なんだか、家族ぐるみの付き合いらしい。すっかりと友人だな。
「か、母さん……そんな心配をしてくれているのか……?お、オレ、そんなに見境なく女性に惚れたりしてないからな!?かなりの美少女とかじゃないと、惚れないし……」
「団長。かなりの美少女と、褒められたようでありますぞ?」
無表情フェイスのままだが、喜んでいるようだな。キュレネイの両手がオレの両頬をガッシリと掴み、自分の顔を見るように仕向けてくる。
「……何をしているんだ?」
「美少女の顔を、団長に見せてあげてやっているであります。私は、団長の特別な犬でありますので」
「……なあ。サー・ストラウス。シアン姐さんが、ときどきアンタを冷たい目で見ているとすれば、そういう性に対して貪欲なところが原因なんだぞ?」
「シアンはオレに冷たい視線なんて向けないよ…………まあ、ときどきしか」
「はあ。まあ、当事者同士がそれでいいなら、何でもいいけどなあ……よし、ピエトロ。イーライ殿が待っている。オレたちも傭兵たちが暴走しないように、釘を刺して回るぞ」
「そうだな……で、では!サー・ストラウス!そして、ジャンさん!また後で!」
ピエトロとジーロウはそんな言葉を残して、苦笑いを浮かべているイーライの元に向かったよ。ジャンは微笑みながら手を振ってやっていたな。
しかし。イーライの表情の理由は何だろう?……オレがとんだスケベ野郎だとか、誤解しているのだろうか?……それとも、やたらと惚れっぽい自分の息子について懸念があるのか。
前者でなければいいのだがな。オレは見境なく妻を増やすような軽い人物ではない。純愛の体現者であることを、彼には知っておいて欲しい気もするよ。
「む。ソルジェよ。ジグムントが来たぞ」
「……そうか。ジグムント、こっちだ!!」
オレは丘のふもとにミアとカーリーを連れている北天騎士に、声をかける。『アルニム』を包囲する形になっていることを、不機嫌に思っているかとも考えていたが……冷静な表情をしていたから、少し安心したよ。
彼には冷静でいて欲しい。『アルニム』の市民を説得して、こちらサイドに引き込む必要があるのだからな―――。
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