第二話 『囚われの狐たち』 その9


「……それで。フーレン二人はゲストとして……後ろの厨房荒らしがキュレネイ・ザトーさん」


「イエス。良い小麦粉を使っているパンでありますな」


「……そうね。別個に請求してもいいかしら?」


「オレにかい?」


「保護者なんでしょ?」


「そうだけど……ああ、いいぜ」


「さすがは、団長。愛しているであります」


「まあ、その子は愛人なの?」


「敬愛さ。尊敬されているんだろうね」


「ハーレムねえ。ガルーナ王国は赤毛の子孫でうじゃうじゃね」


「あの子に恋愛はまだ早いよ」


「そうかしらね?スレンダーだけど、美少女よ?」


「イエス。美少女であります」


「面白い子ね。好きになれそう」


 合うかもしれないな、彼女とキュレネイか……この熟練の女スパイなら、いい指導者になれるかもしれない。キュレネイには、足りていない技巧はない。知識もある。完璧だ。完璧だけに、これ以上、育てる方法がイマイチ分からない。


 幼い頃から『ゴースト・アヴェンジャー』として育てられているからね、キュレネイの能力は本当に高く、何でも出来る……やれと言われたことは、やれてしまうからな。


 ……今度、外部のヒトにアドバイスを求めるのも良いかもしれん。


「そしてー。はい、そこのキノコ的な青年が、ジャン・レッドウッドくんかしら?」


「は、はい!ど、ど、どうも……お噂は、かねがね……」


「『虎姫』さまから?……悪口言っていたんじゃないかしら?」


「……そ、そんなことはないですよ、ほ、ほんとに……」


「……ふーむ。この青年に、情報通りの力があるなんて、何だか分からないものね」


 『狼男』らしくないってことかな?……他の比較対象を、彼女だって知らないだろうがな……。


「でも、キノコとかが好きなんて、いい子ね。お姉さんは感心しているわよ」


「と、とても美味しいです……ボク、キノコ好きなんです、主食みたいなものでしたから……」


 レッドウッドの森でサバイバル生活していた人物だからな、キノコばかり食べていたか……何だか、聞くと悲しくなるセリフだったよ。


「色々な子をそろえたモノね、『パンジャール猟兵団』ってのも……?」


 まあ、『人魚』に『狼男』に『吸血鬼』がそろっている組織も珍しいだろうな。今では竜もいるし……あと、団員みたいな妹分に、古代の魔女の分身である『ホムンクルス』もいたりするが―――ふむ、振り返ってみると、なかなかとんでもない集団だな。


 いい人材を集めたもんだぜ、ガルフ・コルテスよ。


 アンタの最大の偉業になると思うぜ、伝説の傭兵、白獅子ガルフのな……。


「……それで、情報は……?」


「……色々と手に入れてあるわ。でも、焦らないで欲しいわね。貴方たち、『ヒューバード』でも戦をしたんでしょ?」


「さすがに耳が早いな」


「ここの帝国軍は若い子が多いからね。口がすべるのよ。初めて出る国外だからね。浮き足立っている。洗脳されやすい子たちよ。『ベイゼンハウド人』が公式に国外で戦をすることは初めて。過去の歴史を脱却しようとしているのね。青臭いけど、モチベーションにはなる」


「……それでいて、不安ってことか。多弁になって、そこら中に文句を言っているということは」


「あら」


「……どうした?」


「すっかりと、スパイみたいな思考が染みついているわね」


 ……そうなのだろうか?……まあ、していることはスパイそのものだな。彼女から学んだことだ。自分がスパイの技巧を使っていると自覚出来たのは、このアイリス・パナージュお姉さんのおかげだな。


 つまり。


 オレのスパイとしてのキャリアは、彼女に与えられた気がする。オレの師匠の一人なわけだ。


「……君に褒められるほどの考え方になれたとすれば、嬉しいね」


「私も嬉しいわ。サー・ストラウスが、どんどん有能になって行く。成長を見守れることの楽しさって、ないわねえ…………ああ、いやだ。年寄り臭いわ」


 アイリス・パナージュお姉さんはうなだれてしまう……。


「見た目は若いぜ?」


「まあ、微妙な言葉ねえ」


「見た目が若いんだ、十分だろ?」


「……まあね。ホント、乙女心が分かっていそうで分からない男ね。そんなことで、よくハーレムを築けるものね……」


「ハーレムとか、品が無い言葉を使うな。オレたちは純愛で結ばれた四人夫婦なだけだ。あとは死せる妻が一人いる」


「……何かもう、純愛って言葉の意味が分からなくなるわ!……とにかく」


「なんだ?」


「体力回復を優先して欲しいところね。それに、今の時間じゃあ、こんなヒソヒソ話しか出来ないでしょう?」


「……たしかにな。客が多い」


「……ここのお客さんたち、スゴい勢いでお酒を呑んでたから、すぐに家に戻ろうとするわよ」


「郷愁をかき立てられるような歌だったからな」


「ええ。いい芸人さんを雇っているわね、『リング・マスター』さん」


「……光栄なことだよ」


 『リング・マスター』なんて、レイチェル以外には呼ばれないもんで、ちょっと照れてしまっていたな……。


 座長扱いされるほどの芸は、オレにはないな。怪力任せにミアを高く打ち上げるとかは出来るけれどさ?……座長の名前を冠するに相応しい美しさはないだろう。ミアがウルトラ可愛いだけで。オレのは筋力を使うだけだし―――。


 ―――酔っ払っているからだろうな。本気でどうでもいいことを考えてしまうのは。


「……どうしたの?」


「いや……真の芸人の技巧と魂を見せつけられたからな。『座長』なんて呼ばれるのは、おこがましいにも程があるって考えている」


「変なところマジメね。その辺りもツボなの?お嫁さんたち?」


「そ、そんなことをお前に言う必要はないのである」


「ウフフ。そうですね、ソルジェさんには、色々といいところがたくさんありますよ」


「……なんか、照れちまうぜ」


「……はあ。ほんと、意外なほどにモテる男よね?……戦場では、鬼神ってカンジの男なのに……」


「普段はジェントルマンだぜ?騎士道に一直線的なイケメンだよ。目つきがキツいらしいが、それは遺伝だからしょうがないな」


「……イケメンねえ。自分で言うと、価値を下げる言葉だわ」


「他のヒトが言ってくれないから、自分で言うしかないだろ?」


「あはははは!!あー、面白い」


「女性を笑わせることが出来て、騎士道冥利に尽きるよ」


「モノは言いようね……さーて。ちょっと待ってなさい。旅の空では食べにくいスープを持って来てあげるわ」


 そう言い残して、料理上手のエルフの敏腕スパイは厨房に向かう。キュレネイはすでにあの巨大なパンを一つかじり終えていた。


「……やるわね」


「美味しいパンでありますから」


「そう。あんまりムチャして食べちゃダメよ?」


「イエス。腹八分目が、スレンダー・ボディの元であります」


 あれだけ喰っても八分目なのか……キュレネイの大きな謎だな。


 厨房に消えたアイリスは、すぐに帰ってくる。大きな鍋を抱えていた。キュレネイの感覚が何かを察したようだな。あの無表情の美少女フェイスを、アイリスに向けた。


「トマト・スープでありますな」


「あら、スゴいわね。あなたも狼パワーの持ち主?」


「ノー。どちらかというと、団長の特別な犬であります」


「…………ヨメ公認の愛人もいるの?」


「誤解しているな……そういうのじゃないぜ」


「イエス。特別な犬であり、愛人ではありませんな」


「……はいはい」


 何だか相手にするのがバカらしいって態度のときに使う言葉だった。だからきっと、この会話がバカらしいなって考えているんだろうよ。


「そんなことより、トマト・スープを召し上がれ。カニクリーム・コロッケに合うわよ」


「イエス。楽しみであります」



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