第三話 『ヒューバードの戦い』 その26
ギンドウが風呂に入り、その後にはオットーが入ったよ。オットーは早風呂だからな。何でも、探険家の特技らしい。濃密な集団生活を行っていると、ちょっと常人とはかけ離れた技巧を手に入れるようだ。
オレとギンドウは、オットーが出てくるまでワインを呑んでいた。風呂上がりに夜風に吹かれながらの酒ってのは、心を大いに癒やしてくれるよ。食前酒さ。今夜もさっさと寝るつもりだから、早めに酔っぱらっておく。
いい寝室も確保したからな。
夜風に吹かれることなく、眠れるっていうのは体力を消耗しなくていいよね。
オレたちは『シェイバンガレウ城』を降りて、猟兵女子たちが用意してくれていた、シシ鍋第二段のもとへと辿り着く。
……実は、シシ鍋は煮込まれ続けている。硬い肩肉と真っ二つにへし折った骨を煮込みつづけている。
6時間近く煮込んでいるからね、イノシシ骨からは、脂と旨味がタップリとスープに融け出している頃だ。
野生の豚骨だからな。年を経た、それなりに大きなイノシシだった。そういうイノシシの骨の内側には、脂肪がタップリと詰まっている。そいつを煮込むと、本当に美味いダシが出るのだ。
白くて濃厚な甘い脂が、グツグツと煮込まれているイノシシ鍋には浮かんでいる。ああ、家畜である豚の骨よりは、脂身が少ない。それでも、四肢の骨をかち割って、大量に投入しているから、十分に脂は足りている……!
コイツを森のエルフ族が愛好している味噌を継ぎ足すことで、最高に美味いスープが誕生するんだ。
もちろん、大きく切って、ブロック状にして鍋のなかに放り込んでいた肩肉のことも忘れてはならない。すっかりと柔らかくなりながら、旨味をスープに放出してくれているんだよ。
……トマトベースにしてみたり、赤ワインを入れても美味そうだが……まあ、今夜はリエルの故郷の味にひたるとしよう。ミアも、そうしたいはずだ。今日のミアは、リエルを模倣したいモードにあるからね。
森のエルフ族の動きを、盗みたいのさ。更なる強さを手にするために。今は、森のエルフ族の食べ物さえも体が欲しているだろう。あらゆることを模倣する徹底さがあるからこそ、13才のミアは『猟兵』としての強さを手にしている。
類い希なる才能と、オレとガルフ・コルテスの英才教育。そして、本人の完璧主義的な努力体質。さまざまなモノが集まり、ミア・マルー・ストラウスの強さを形成している。
あくなき強さへの要求があるからこそ、ミアは強い。より強くなろうともがき続けるからこその強さがある。
見ろよ?……リエルのそばに、つきっきりさ。動きを真似て、分析するために。どういう足運びなのか、どういう重心の使い方なのか―――日常生活に潜む、『森のエルフ族の動き』を模倣し、研究しつづけているんだ。
一朝一夕ではどうにもならないが、あの集中力で肉体に刻めば、ミアがすでに獲得している猟兵としての動きに反映されるさ。多くを識ることで、強さは増す。そんな経験値を得るために、今夜のミアは、シシ鍋を食べる。
……とはいえ、いざ食べ始めると、グルメな猫舌が動き出していた。
「美味しいッッッ!!!ダシが、ダシが、さっきの三十倍は出ているカンジッッッ!!!濃厚な『野良の豚骨』から融け出した脂が、お味噌のコクと合体して、とんでもなく美味しいハーモニーを奏でている……ッ!!……もぐもぐ!……肩肉もやわらかーい!!」
「そうだろう?煮込むことで、シシ鍋はさらに美味くなるのだ!!」
「うん。美味しい!!イノシシさん、ありがとう!!……シシ鍋第二形態、出来る子だようッッッ!!!」
「フフフ。気に入ってもらえたようだな」
「うん。私、シシ鍋さん家の子になりたいレベル!!お兄ちゃんも、早く食べようよ!!この美味しさを、共有したいよ!!」
「……ああ!」
オレもさっそくシシ鍋に取りかかる。ロロカ先生が、オレの深皿にたっぷりと肩肉のブロックを入れてくれたよ。
「美味しくなっていますよ。かなり、煮込みましたからね!」
「だろうな。よく煮込んだ豚……いや、イノシシの肩肉ってのは、美味いもんなあ」
「ええ、煮込む前にも、よく叩いていますから。お肉の繊維がほぐれて、美味しくなっているはず」
そういう細かで王道の下処理が、肉を少しずつ美味くしていくものだ。野生のイノシシの肉は、もちろん硬い。だからこそ、肉を叩くことで、ちょっとでも柔らかくする。
「隠し味に、お前たち男どもの大好きな赤ワインを少し、入れている。森のエルフのレシピだ。今夜は野菜よりも、肉が主役になるからな……」
「やったー!!お肉、大好き!!」
「……野菜が切れつつあるのだ。日中に、大量に消費してしまったから。まあ、夜のシシ鍋と言えば、肉メイン。スープも、より辛目に仕上がっているから、それも楽しむと良いぞ」
食材をかなり消費しているな。あとは、パンとかクッキーなんかの保存食が多い。旅先で上質な肉を食べることが出来るってのは、本当に助かることだ。
野菜が切れたとしても、質のいい肉があれば、十分に美味しい料理が誕生するからな。このスープで煮込んだカブも、食べてみたかった気もするが、まあいいさ。肉を楽しむ夜にすればいい!!
大きな肩肉も、深皿のなかに入っているしな!!
猟兵たち全員で、煮込まれていくシシ鍋を囲む。明日の任務に備えて、たっぷりと栄養のある『野良の豚骨』からあふれ出した脂を、楽しんでいくのさ。
ミアの言うとおり、このスープのコクは罪深いほどに美味しいよ。味噌と『野良の豚骨』が融け合っているな。栄養素がたっぷりあるってのが、一口でも十分に理解することが出来た。
ノドを重厚な脂の漂うスープが入って行く……空腹の野蛮人の胃袋には、これほど嬉しいスープはないな……ッ。味噌と、『野良の豚骨』に隠れて、赤ワインと黒コショウの気配も感じる。それが、良いアクセントになっている。
濃厚すぎる肉の臭みを、押さえてくれているんだよ。黒コショウってのは、肉料理にとっては魔法の粉だ。欠点を消す、最高のパートナーだからね。
「ホント、これ、美味えっすわ。シシ鍋作らせたら、リエルちゃーんは、一番っすねえ」
「そうだとも!讃えるがいい!!」
ドヤ顔しているな。まあ、誇ってもいいし、崇拝されてもいいレベルの味だ。
「リエルは、イノシシの女神だね!!」
「……む。そ、その言い方は、何だかイヤだから、却下とする!!」
「そっかー」
「あまり、イノシシなんぞと例えられても、喜ぶ乙女はいないのだ。ミアだって、イヤだろう?」
「んー……冷静になると、そうかも。でも、このスープと、やわらかーくなった、肩肉のコラボを食べていると……っ。イノシシ扱いされても、良いかもってなるー!!」
本当に、このイノシシ鍋は美味いぜ。理性を狂わすには、十分な美味しさだよ。価値観が揺らぐレベルでは美味いよ。
「まあ、素材も良かった。この土地で、多くの恵みを得て、肥え太っていたイノシシだからな。土地にも感謝するのだぞ」
「うん!!ありがとー、モルドーアー!!」
まるで友人を呼ぶときみたいな親しみを込めて、ミアは、この土地の旧き名を叫んでいた。イノシシ神を崇拝していた彼らのおかげで、このイノシシを食べることが出来たのだろうかな……?
さすがに、それは考え過ぎか。400年も前に滅びてしまっているのだから、大したご利益も発揮しちゃいないんじゃなかろうか。
だが、オレもモルドーアに赤ワインを掲げてみる。
モルドーアにまつわる記憶は、素晴らしいものが多い。実益も多かった。『雷魔石』、『ピュア・ミスリル』、『屋上の風呂』、そして、このイノシシ鍋……まるで、バハルムーガに打ち克ったことを、この戦士の国が讃えてくれているような気持ちになる。
……明日は、色々と厄介な戦いになるかもしれない。
完全には信用出来ない400人の兵士と組むこととなるし―――『ヒューバード』に対して戦を仕掛ける……我々はもちろん、『ヒューバード』の市民たちのためにも、早期決着でカタをつけたいところだな。
ガンダラも策をくれるだろうが、400人の兵士で、『ヒューバード』を混乱させるための方法を、オレも考えておく必要がある。現場の指揮はオレが執るのだからな。
……まあ、考えてはいる。ゼファーと心をつなぎながら、あの土地の構造を完全に把握しつつある。弱点ってのは、色々と見えているのさ。
……いかんな。仕事中毒が出ちまってる。
今は、この素敵な肉とスープを、堪能すべき時間だよ……。
仕事を忘れて、肉を噛み、スープを呑んでいく。最高の食事だったな。肉を食べた後は、赤ワインを楽しんだよ。そうこうしていると、ゼファーが到着した。ゼファーは、オレたちが狩ったイノシシと鹿を食べ尽くしていた。
『マージェ』に、美味しかったと甘えていたよ。リエルは、自分にそっと近づいて来た、ゼファーの鼻先を、あの繊細な指をそろえて撫でてやった。ゼファーは幸せそうに瞳を細めていく……。
いい夜だった。
酒が回って来たせいと、何だかんだと濃密な一日だったせいで、すっかりと睡魔に取り憑かれている。
ゼファーは、この場で眠り、オレたちは、『シェイバンガレウ城』の屋上にある兵士の部屋で眠るのさ。
せっかく掃除もしたしね!暖炉に火を灯して……見張りも立てずに眠る。寝てても、敵が近づけば目は醒めるしな。寝たままだって、敵ぐらい殺せるし。
この山のモンスターは、全て排除している……敵はいないし、一応、唯一の進入路である入り口には、リエルが紋章地雷を設置している。オレたち以外の魔力が近づけば、強烈な『雷』がそいつを仕留めることになる。安心して眠ってもいいのさ―――。
―――オレはミアを抱っこしたまま、眠りについたよ。石造りのベッドだからな、ミアが痛くならないように。守るように抱き締めた。
たくさんワインを呑んだワケじゃないから、ミアもお酒臭いと嫌ったりはしなかったよ……。
兄妹二人で、ぐーぐー寝息を立てるだろうさ……あるいは、寝相の悪いミアの……我々が睡眠拳法と呼んでいるあの愛しき打撃が、オレのアゴ先なんかをかすめて―――。
―――ほら、見ろ。シャープな裏拳が、アゴ先に入ったぜ………………。
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