第三話 『ヒューバードの戦い』 その21


 全員で武装を確認する。この行為が本当に必要なのか、それとも過剰な心配だったのか。どちらになるのかは、この石段の先に行ってみるまでは分からない。


 とはいえ、分かっていることもあるのだ。


「……呪術の連結そのものは、切れている」


 赤い『糸』は細い。そもそも、地下にもつながっている様子はない。おそらく、精密な意味では『英雄繰り/シャウト・オブ・モルドーア』は、もはや消滅している。


 オレがこの『糸』を認識することが出来るのは、バハルムーガを滅ぼしたからかもな。『呪いの中心』である彼を、この手で斬り裂き、仕留めた。その『因縁』に、この『糸』が絡んでいるのかもしれない……。


 細かな理屈は分からないが、呪いは連結を成していない。もはやシステムとしては、機能することはないはずだ―――。


「―――つまり、ここにある『何か』とやらに触れても、ダンジョンが崩れることはないのだな?」


「ああ。そういう合図を送るほどの力も、残ってはいないだろう」


「なるほど。『呪いの中心』でもあった、バハルムーガが滅びましたもの。もう、何か大きな仕掛けを動かすほどの魔力は無いはずです」


「ええ。私の目にも、そう見えますよ」


「それなら。安全っすね。竜と三つ目がオッケーと言っているし、賢いロロカが大丈夫って保証してくれているっすもーん」


「じゃあ。何が来ても、ぶっ殺していいんだね!……それで、お城とか、ダンジョンとかが崩れちゃうってことはない?」


「ああ。外部に大きな影響を及ぼせるような力は、もうこの呪いにはないよ」


「……しかし、呪いの一部は生きているわけだな?」


「そうだ。何かがここにある。スケルトンかもしれないし、攻撃の必要がないものかもしれない……」


 ……運が良ければ、高価なアイテムの可能性だってあるわけだ。王を象徴するアイテムか、人物のアンデッド?


 何であれ、この先に進むことでしか答えは得られない。


 これは不必要な探索?……無意味な危険?


 それは否定出来ないよ。でもね、気になることを放置していては、大きなストレスにもなるじゃないか。


 冒険心や欲望を失ってしまうことも、怖くある。


 ただただ、戦に取り憑かれてしまう人生も間違っていると考えている。オレ一人ならば、そんな人生でもいいのだが―――周囲の者を、そんな人生に巻き込むことには、大きな疑問を抱けるようになったことを成長だと信じたい。


 明日の夜には戦をする。しかも、明日の昼には、もしかしたら暗殺者が混じっている可能性のあるハイランド王国軍の連中と合流するんだ。


 大忙しで、いかにも大変そうだよ。しかし、それまではヒマなのさ。


 好奇心を満足させようじゃないか。


 そして、この土地の呪いを完全に解き、ここをより安全な場所にしておくのだ。今夜、ぐっすりと眠るためにね。


 こいつは実益も兼ねた娯楽だよ。オレは仕事中毒であることを警戒している。かつてのオレは『死神』と呼ばれて、復讐のために周囲に死を強いた。あんなものに戻ってたまるかよ。


「……じゃあ。行くぞ。昨日と同じ前衛と後衛だ」


「うむ。ソルジェ、ロロカ姉さま、オットーが前衛、私ふくめ、他の者が後衛だな!」


「そういうことだ。バハルムーガを倒した隊形で行く。このメンバーでは、それが最良だろう」


「了解!でも、チャンスがあったら、突撃しちゃうね!!」


「おう。オレと連携しろ」


「うん!」


 ……ミアは『ピュア・ミスリル・クロー』を使ってみたくて、どうにもガマン出来ないらしい。それを使う機会があればいいんだがな。


「さーて。行こう!」


 竜太刀を肩に担いだまま、オレはその階段を登っていく。


 19段ほどの、そう長くもない階段を登り終えると、広い部屋に出る。謁見の間だった。偉そうな王さまが庶民に会うための部屋だな。リエルが魔術で『光球』を呼び出し、この空間の全てを照らしていく。


 そこにあったのは『玉座』。王のためのイス。


 これは巨大な黒い岩をくり抜いて作られた、永遠に崩れることがないかもしれなイスだったよ。ドワーフの大きな骨盤がしっかりと収まるような形状だった。


 その他には……何も無い。


「ここって、ずいぶんと質素な空間っすねえ?」


「……いや。この広さは、実用的。戦うための広さだな」


「……っ!なるほど、さすが、ここのドワーフさんらしいっすわ!ホント、どこでも物騒だわ!」


 本当に、『モルドーア・ドワーフ』らしいな。彼らは、常に戦うことを前提に城やダンジョンを構築している。


 王城に攻め込まれた時、玉座にまで攻め込まれた時も、彼らは王のために戦うことを選ぼうとしていたのさ。


 ……きっと、戦ばかりの歴史を歩んだのだろう。これほど戦いに優れた者たちも、いつしか滅び去ってしまったわけだ……。


「……それで。どこに、呪いは続いているのだ……?」


「あの玉座だな」


「どーれ、ここっすか?」


 ギンドウ・アーヴィングが、その玉座に座っている……。


 オレも含めて、全員、ちょっと引いていたよ。


「ギンドウ・アーヴィングよ、それは呪われた玉座なのだぞ?……そんなところに座って、どうするつもりなのだ?」


「いやー。あんまり何も考えずに、ちょっとした軽い気持ちで座ってみたっすよ?」


 周りがドン引きしているからか、さすがにギンドウも少し居心地が悪そうだったな。呆れられることに、抵抗があるようだ。


「それで。どんな座り心地なの?」


「……んー…………硬いっすね。ケツに、岩から削り出したイスが当たっているんすから……!心地よさとかは、全くないっすね」


「ドワーフ仕様だからな。他の種族の骨盤には、少し硬すぎるだろう」


「……でも。何も起きませんね?ギンドウさん、お尻がイスに張りついたりしてません?二度とイスと離れ離れにならないようなことには?」


「……怖いコト言うなよ……?ほら、別にケツは……あ、あれ!?」


「……アホな演技はいいんだぜ?」


「……ちょっと?ノリ悪くないっすかあ?」


 皆との温度差を感じたのだろうな、ギンドウはゆっくりと玉座から腰を上げていたよ。ヤツのケツは玉座と合体してはいなかったのさ。


「コレ、本当に呪われているんすかねえ?」


「……呪術は残存しているぞ」


「……ふーむ。つまり、あまり危険な呪いではないということか?」


「強いスケルトンさんとか、いないっぽい?」


「いないみたいです。けれど、警戒は怠ってはいけませんよ、ミア」


「うん。分かってるよ、ロロカ」


「さて。行き詰まった!……オットー、何か分かるか?」


 こういう時は探索の専門家のオットー・ノーランに頼ろうじゃないか。


 オットーはそのドワーフ王のケツを収めるための武骨な玉座に注目しているな。三つ目を開いて観察しているのさ。本気の瞳術を使っている。


「……そうですね。表面には何もありませんが……」


 彼は玉座の裏側へと回る。玉座の後ろ側さ。


 オレたちも探険家さんの後を追いかけるようについていく。


 やや緑がかっても見える黒っぽい色の岩で造られた、その玉座は、背中もそんな色だった。一枚の大岩から削り出されたシロモノだから、当然ではあるか。


 その黒い背中にはドワーフには珍しく、精緻な彫刻が施されていた……。


 複雑な紋章?いや、これは―――。


「―――文字か?」


「はい。古いドワーフの言葉ですね……『我らはモルドーア、イノシシ神マルデスの予言により、聖なる領土を増やす戦士たち』……そう書かれています、あとは、歴代の王たちの名前が列挙されて刻まれています」


「王の名前か」


「はい。それと、彼らの生きざまを記す短い言葉が続いていますね」


 イスの背部には、数え切れないほどの王の名前が刻みつけられている。オレには読めないが、その名前の数が膨大だということは分かる。


 つまり……。


「……戦いばかりしていた王たちなのか。代替わりが早かったようだな」


「ええ。そのようですね。モルドーアの王は前線で槍を振るうことを美徳としていたのでしょう」


「好ましい美徳だな。どこの王も実践すべきだ」


「そうですね……しかし、それの弊害もあります。長期間、国を統治することの出来る王がいたため、政治基盤が成熟しない。長期の権力も腐敗しますが、短命な権力も安定にはつながらない」


「どちらも冴えないな」


「政治とは難しいものです。ヒトの本質は、欲深いものですから。どの政治屋も最終的には我欲を追及し、破滅していく。自分か、あるいは国家そのものを犠牲にして……モルドーア最後の王は、内政よりも侵略戦争を好み、他国からの略奪で国を潤しましたが……」


「戦場で討たれた途端、継承者争いが起きて国は分裂……内戦で滅んだか」


「ええ。権力と略奪の利益で、国内を押さえつけていたのでしょう。抑圧が政治的方針の分裂を招いていた可能性もあります。誰もが文句を言えない国は、離散と滅びの定めを辿る。賢者は口を閉ざし、民衆は気力を失い、新天地へと向かう」


「……ためになるハナシだ」


 これもまた生きた勉強の一つだな。実際に滅びた国の玉座を眺めながら耳にすると、オットーの言葉は心に深く刺さってくる。


 誰もが戦を求めているわけではない。戦好きのアホも大勢いるが……それだけの価値観しか持たなければ、国を幸福に導く王にはなれないのだろう。


 ヒトの心とは多彩なものと知り、お互いを尊重しながら、支配する。難しいことだろうな。だから、多くの支配者は民草の暮らしなど見ないのだ。疲れてしまうから。


「団長は、いい王さまになって下さいね」


「……周りに恵まれているからね。きっと、そうなれると信じているよ」


「ええ。仲間を頼って下さい。孤独な王は、発狂して悪政をしますから」


「ああ、いい勉強をさせてもらっている…………それで、オットー」


「呪いの方ですね。呪いにつながるかは分かりませんが……この背面、外れます」


「なに?」


「取れるの?」


「隙間が開いています……模様に見せかけて隠していますが、これは『フタ』でもある。つまり、外れそうですね」


「魔眼を使っても、模様にしか見えないぜ……それぐらい、ピッタリと閉じられているのか」


「ならば、魔術で壊すと…………オットーがイヤがりそうだな」


 エルフの弓姫の言葉に、オットーは無言の微笑みで応えていた。文化財を破壊しようとすると、オットー・ノーランはイヤがるし、怒る。


 探険家ってのは旧い世界の歴史を保存したがる者と、欲望のままに盗掘する者に分かれ、紳士的なオットー・ノーランはもちろん前者だった。


「こういうものなら……ギンドウさんなら開けられません?」


「ん。オレっすか?……そうっすねえ。ちょーっと試してみるっすよ!」


「壊しちゃダメだよ、ギンドウちゃん!」


「ドワーフ製だしねえ。少々乱暴に扱っても、壊れたりはしないでしょうが、まあ、手加減してやるっすよ」


 懐中時計を弄くるための、あの細長くて平たい工具を使い、ギンドウはその玉座の『解体』に取りかかる。


 職人たちの勝負だな、時計職人と玉座彫りの。血の流れない健全な戦いが始まっていた。



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