第三話 『ヒューバードの戦い』 その6


 目の前に鼻にピアスをつけた傭兵がいる。かなり大柄な男だ。ちょっとした巨人族みたいに思えるが、彼らのように浅黒い肌はしていない。白い肌に、赤毛、茶色い瞳。よく、そこらにいる人間族だな。


 まあ、人間族以外、この街を出歩けないような状況になってしまっているんだが……。


 その190センチほどで、140キロぐらいは軽くありそうな、そこそこの巨漢が、オレの近くにやって来る。


 マスターは顔をしかめる。もめ事がイヤだなあって顔だ。このカウンターの材質はいいものだからな。マスターがこだわっている唯一の家具に、今、破壊される危険が近寄ってきている。


「どうした、太いの。ドーナツが欲しいのなら、オレのはもうないぜ?」


「んなものが欲しいワケじゃねえ」


「ああ……情報が欲しいのか」


「そうだ」


 そう言いながら、鼻ピアスの傭兵が、カウンター席に着く。マスターはイヤな顔をするけど、客商売の人物だから、粗暴な鼻ピアス野郎であっても、そこに座るんじゃない、とまでは言わない。


 短気な人物とは、会話が成り立たないことが多いからな……。


 さーてと、コーヒー飲みながら、同業者同士で商売のハナシと行こうか。


「……さっきのハナシ、確かなのか?」


「ああ。確かだよ。このままじゃ、フーレンに囲まれて死ぬだけ。帝国軍の本陣は、北で海賊と『バガボンド』対策に回る……ここにいるマヌケどもの役目は一つ。ここの城塞を強化するだけはして、後は、援軍なんて寄越さずに、時間稼ぎして死ねってなる」


「帝国軍らしいな……」


「オレの知り合いの傭兵も来ない。元・『黒羊の旅団』のヤツだ。守銭奴過ぎる幹部連中にあきれ果てて、自分の傭兵団を立ち上げようとしている……腕が立つし、何よりも、チャンスを求めているんだが……そいつが来ない。元・同僚に止められたのかもな。あそこの団長に、彼は、戻って来いと言われている」


 ……ちなみに、全部、嘘のハナシだ。だが、リアルティはある嘘だと思う。『黒羊の旅団』の幹部どもが守銭奴らしく、部下に裏切られたのも真実だしな。


「……ああ。そういえば、『黒羊の旅団』や、『深緑の荒鷲』も来ていないな……」


「『大手』が来ない理由はある。『深緑の荒鷲』については知らないが、オレの知り合いと『黒羊の旅団』が来ないのは……怪しんでいるか、北の軍港の攻防戦に金の匂いを嗅ぎつけたからだろうよ」


「……彼らも、お前のように、その情報を得ていると?」


「デカい組織だ。諜報専用のスタッフも置いているだろうし……帝国軍ともコネがある。帝国騎士の、再就職先としても、大手の傭兵団ってのはいい受け皿だ。戦士としては死んでも、騎士のコネは死なない」


「……たしかに……連中は、いつも美味しい仕事に姿を現しやがる……」


「中堅どころのいい傭兵が集まっている。質もいいし、腕もいい。だが……ハイランドのフーレンは強いんだぜ?……この数じゃ、増援無しにいつまで保つやらな」


「……ハイランドのフーレンは、そこまで強いってのかよ?」


「ああ。『虎』と戦ったことがあるのなら、そんなマヌケた言葉は吐かんな。風のように速い上に剛力……幼い頃から、須弥山の螺旋寺で武術漬けの毎日だ。そう勝てるような相手じゃない。それが、6万来るんだ。この『ヒューバード』は、捨て駒にされる」


 もちろん嘘ではある。いや、可能性はありえるんだけどな。合理的に考えたとき、オレの語ったシナリオは受け入れやすいものだろう。


 ハイランド王国軍6万を、どうやって『ヒューバード』の城塞と、3万人の戦力だけで守れるというのか……?


 ……このシナリオには、『情報源/ソース』はない。オレの勝手な作り話に過ぎないものである。しかし、可能性はある。そして、合理的でもある。ハイランド王国軍6万の強さを、誰も軽んじることなど出来ない。


 極めて高い身体能力と、武術の経験豊かな戦士が6万もいるんだぞ?……まともにやり合って、勝てる軍隊など大陸にはいない。『削りたい』と思うはずだ。何度も戦に巻き込めば、負傷者がたまり、ハイランド王国軍といえ、弱体化するのだから―――。


「―――オレたちは、このまま、ここにいない方が、良いってことかよ?」


「……いや。好きにしたらいいだろ?オレを信じる必要もないもんね」


「……でも、お前は?」


「……もちろん、さっさと出て行くさ。この真の意味での『ファイナル・バーゲン』が終わったらな。あちこちの店が、大盤振る舞い。買うだけ買って、さっさと北に行く。オレの戦は、あっち。お前たちは、ここでもいいなじゃないか」


「……参考にさせてもらうぜ―――」


 そう言い残して、そこそこの巨漢がこの場から立ち去ろうとしている。思った以上に、平和的でつまらない。だから、ケンカを売ろう。コイツ、それなりに強いんだよ。どうせ、帝国軍側について、敵になる定めだ。


「―――おい。いいハナシを聞いておいて、金も寄越さねえのかよ?」


「……がめついヤツだ」


「ん?それはそうだろ?オレの情報で、お前とお前の部下たちは助かるかもしれないんだからな。それなのに……ああ、金がねえのか?」


「……っ」


「あるんなら、銀貨で300枚でいい。出血大サービスだ。滅び行く『ヒューバード』を記念してのな」


「……さ、300!?……お前、本気で言っているのか!?」


「ああ。本気だよ。オレは、目当ての酒場のメニューを、すっかりと鼻ピアスをつけた豚どもに食い荒らされていたんだぜ?……それぐらいの慰謝料、当然だろう?」


「……お前―――」


 オレの目論見を、ようやく鼻ピアスの傭兵は理解してくれたらしい。


「―――このオレに、ケンカ売ってんだな」


「ああ。そうだよ。ようやく気づいたか、貧乏クソ豚ピアス野郎!!」


「ピアスのことを、悪くいうヤツは、死ねええええええええええええええええええええええええええええッッッ!!!」


 ヒトの心の琴線っていうか……この場合は、逆鱗の位置っていうか。ピアスなんかに、そこまでの思い入れがあったのは意外だったよ。


 いや、鼻につけるピアスを馬鹿にしたわけじゃないだが……なんだか知らないが、彼はピアスに対して純粋なプライドを持っているようだ。


 なるほど。装身具一つに、そこまでこだわるトコロは好きだぜ。傭兵ってのは、肉食獣。肉食獣ってのは、偏食の傾向が強いもんさ!!


 傭兵が重たい体を揺らしながら、カウンター席にいるオレに飛びかかろうとした。


 だから。


 ガルフ・コルテスの技巧を使う。ヒトってのは、モノをそこそこゆっくりと投げつけてしまうと、ついつい見てしまうように出来ているそうだ。


 速すぎると反応することが難しいから、そこそこゆっくりと。そういうモノが視界に入ると、ヒトの目玉は視線を誘導されてしまうらしい。具体的な速度は、ガルフが言うには、子供にオレンジを山なりの軌道で投げるスピードだってよ。


 そして、可能ならば、正面ではなく、右か左から視界に入れると効果が高いそうだ。細かなコトを研究していた男だよ。『最初の猟兵』は、色んなコトを知っていた。


 オレの指はコーヒーカップを投げていた。鼻ピアスの傭兵で人体実験。ガルフ・コルテスの理論は正しいのか?視界の隅から、それなりにゆっくり入って来た物体には、怒れる傭兵でも視線を誘導されてしまうのか―――。


 ―――実験の結果は、理想的だった。オレの技巧がいいのか、ガルフ・コルテスの理論が正しいのかは分からないが。鼻ピアスの傭兵は、体にぶつかったとしても、何の傷も負うことのないコーヒーカップに、視線を誘導される。


 でも。そいつは、ほんの一瞬。この実験をしたヤツの中でも、はるかに短い一瞬のあいだしか、彼の視線を誘導することは出来なかった。有能な傭兵ではあるということさ。潰し甲斐がある男だよ。


 コーヒーカップが作った一瞬の間に、オレはヤツの視界から消え去っていた。コーヒーカップとは逆の方向に逃げるのがコツさ。


 そのまま、背後を取る。後頭部を強打出来るが……それではつまらない。ヤツが、背後を振り向くまで待っておいてやる。


 ヤツの巨体は、巨体なりには素早く背後へと振り返ってきた。


「本来の得物は、大きめのハルバートか?フルプレートの鎧を着込む。悪くないパワーファイターってところだな」


「……お前、オレを、知っているのか!?」


「うぬぼれんじゃないよ。知らなくても、筋肉の付き方、ケガの場所、体の運び方。そういうもので、大体分かるだろうが?」


「わ、わかるかッ!!」


 そう言いながらも、殴りかかってくれるから、傭兵っていう人種は好きだ!!


 しかも、こらだけの巨漢のくせに、シャープなジャブから入るなんていう、技巧を見せつける!!槍の突きみたいに速いジャブだ。肩を入れて、こじんまりとして打つのさ。見た目はともかく、そうやるのが一番速くて有効だ。


 だが、その速さよりも速いモノがいる―――悪くないサイズ。悪くない速さ。でも、ゼロニアの荒野で、アッカーマンと戦ったオレからすると、君はあまりにも遅すぎるんだ。


 拳が空振りする。


 空振りするなんて考えていなかっただろうよ。オレは、人間族の中では、多分、世界で一番素早く動ける類いの野蛮人さ。


 ヤツの左側面に位置取っていた。いい判断をしてくれる。アゴを引きながら。右の拳の一撃に備えている。左の顔面を打ち抜かれる判断してくれた。


 十分な練度を持っているな。徒手空拳の技巧まで、ちゃんと揃えている。それでこそ一流の傭兵というものだよ。でも、オレの反射神経と性格の悪さの方が勝つ。このパターンに入って、オレの本命、左アッパーを避けることが出来た人間族はいない!!


 左に指に、ヤツの柔らかい鼻骨を感じたよ。そのまま、力尽くで殴り倒す!!巨体が、ゆっくりとふらつき、そのまま意識を失ったヤツが声も無く、崩れ落ちていた。そのまま、気付けのためと―――コイツが『自由同盟』の敵に二度とならないように、脚の骨を踏み折っていた。


「ぎゃがあああああああああああああああああああッッ!!?あ、脚が、あ、脚があ……は、鼻も痛えええええッッ!!?」


「ハハハハハハッ!!……あー……楽しいッ!」


「や、野郎ども、ね、寝てんじゃねえよお!!」


「へ、へい!!」


「わ、分かりやしたぜ!!」


 そこら中に眠っていた、傭兵どもが目を覚ます。親玉に命令されては、そうなるものだろう!!ああ、気が引ける!!まったくもって、気が引けるぜ、忠義者を、ブチのめすのはようッ!!


「わ、笑うなああ!!」


「く、来るなあああああッッ!?」


 ストラウスさん家のワンパクな血がね、素手での殴り合いに喜んでいる!!懐かしい!!よく三人の性格の悪い兄貴どもに、ブン殴られたもんだ!!あの鬼畜どもめ、オレが勝てなかったのは、ガキだったからだ!!今も生きていたら、オレのが、絶対に強い!!


 ストラウス家の拳が、世界で最も硬いことを主張するために……オレは、手当たり次第に襲いかかって来る傭兵どもをぶちのめしつつ、ヤツらの骨を何本かずつへし折っていったよ。


 ただの暴力?


 それはそうなのだが……実際のところ、コイツらはかなり腕が立つ。鎧を着て、使い慣れた鋼を振り回せば……『虎』とだってやれるさ。重装歩兵の集団。軽装で、連携よりも個人技に頼りがちな『虎』からすれば、天敵のような相手じゃあるんだ。


 暴力を正当化するつもりじゃないが、これもまた仕事じゃある。凄腕を、簡単にのしちまう超・凄腕の傭兵が、『この街はもう終わり』だと語ったウワサが、流れてくれるのを祈るとしよう―――。


「―――邪魔したな。分かっているから、もう二度とこの店には来ないよ」



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