第二話 『アプリズの継承者』 その27


「あはは。お帰りっすう、団長」


「ああ。ただいま。入るぞ」


「どうぞどうぞ」


 隠し岩戸のなかに入り、あの王のための道へと戻る。小脇に『ロバート&ソーラー』の紙袋を抱えたままね……。


「お。ちゃんと、酒も買ってきたんすねえ?」


「約束したからな。皆は、どうしている?」


「作業は順調みたいっすよ。オレは、お留守番しながら……爆薬の調合をしていたところっすわ」


「ほう。働き者だな」


 首を傾けギンドウの背後を見た。たしかに、労働の形跡が見られたよ。ギンドウは雑嚢から、さまざまな種類の粉を取り出して、ブレンドしていたようだった。魔力を帯びさせることで、とんでもない威力に化ける、特製爆薬の準備だ。


「へへへ。皆が、スケルトンどもと戦っていると思うと、それなりに労働しなくちゃって気になっていたというか―――」


「―――美談すぎるな。嘘か」


「……鋭いっすねえ。火薬を用意している量、多く見積もっていたことが分かって、エルフの姫さまにブン殴られたんすよ」


「なるほど。だから、左の頬が赤いのか」


「奥歯が一瞬揺れてたっすわ……団長も、激しいヨメをもらったもんすねえ……」


「美少女エルフさんだし、胸もそこそこ大きいぞ」


「……肉欲基準の婚姻っすか?」


「バカ言え、愛しあっているさ。なあ、そうだよな、リエル?」


 右側の壁の足下にある大きな穴へと言葉を放つ。鉄格子で封鎖されていたそこは、すっかりと破壊されていた。鉄格子の残骸に、ロープをくくりつけることで、この場所から下に見える地下水道のダンジョンにまで降りていたのさ、リエルを始め仲間たちは。


 見下ろすと、銀色の髪が見えた。


 リエルがロープを登り、地下水道から帰還する途中だった。そうか、7時30分が近いからな。時間通りに、出迎えようとしていたのか。さすが森のエルフさん、時間厳守の精神だった。


 でも。


 こっちを向かないな。


「どうかしたか?」


「い、いや……その……愛し合っているとか、言うな……っ」


 照れていやがるようだな。ロープを登っている最中に、あまりからかうと危険だから。オレはニヤニヤ笑いになりながら、リエルがロープを登り切るのを待っていた。


 もちろんリエル・ハーヴェルの夫として、彼女が登り切りそうな瞬間には手を差し出して抱き寄せるように引き上げてやったよ。


「ラブラブっすね――――」


 無言のまま。リエル・ハーヴェルの鉄拳が、ギンドウ・アーヴィングの顔面に突き刺さっていたよ。


「ひ、ひでえ……っ」


「うるさい。私は、からかわれることが嫌いなのである」


 まあ、誰しも大なり小なり持っている感情ではあるが、正拳で顔面を突くまで怒るのは少数派だな。


 でも。慣れって怖いな。ギンドウの様々なイタズラが脳裏に思い出されていた。セクハラめいた発言や、愚行の数々。殴る少女に、殴れる男。この関係性に対して、あまりに違和感を抱けなかった。


 ギンドウの日頃の行いが悪いせいだ。


 その結論へとたどり着いた後、オレは、リエルの後に続いてロープを上って来た、ミア、ロロカ、オットーを迎え入れたよ。紳士らしく、腕を差し出したのは言うまでもない。


 なにせ、オレは基本的に紳士だからだ。性欲が強く、酒に溺れ、鋼を振り回し、竜に乗って飛び回って、帝国人と悪神どもと殺し合いをしているが……基本的に紳士なのである。


「あはは!ゴハンのにおいだ!!」


「そうだぜ、ミア。白身フライだぞ!!」


「やったー!!スケルトン退治とか、探索とかで、お腹空いてたから、油っこいの、熱烈的に、大・歓・迎ーっ!!」


 ミアが大喜びしてくれるものだから、お兄ちゃん、感動で涙があふれそうだよ……っ。


「よし。とにかく、メシを食おうぜ」


「そうだな。冷めてはフライが不味くなる」


「ええ。温かい内に頂きましょう!」


「ああ。報告したいこともあるだろうが……とりあえず、今はメシだ!!」


 団長命令……ってほど、大げさなものじゃないが。オレたちは、この王のための通路、隠し岩戸の裏側で、晩飯タイムに突入するのさ!


 『ロバート&ソーラー』の紙袋から、テイクアウトで持ち帰った晩飯を、ロロカ先生が広げてくれたマットの上に広げていくよ。


 タラの白身フライに、フライド・ポテトが今晩のダブル主役だな!!


「わーい!お魚さんに、ポテトまである!!」


「タルタルソースもかかっているぜ?」


「うん!王道のスタイルだね!タルタルソースが、宝冠みたいに乗っかっているの!」


 宝冠。なるほど。たしかに、その通りだ。刻まれた卵と、たくさんのハーブたちが、マヨネーズの油と一緒に、輝いている。そうだ、天井に、ギンドウあたりがやったのだろうな、ランタンがぶら下がっていたよ。


 ランタンの光を浴びて、オレたちの晩飯は、温かいオレンジ色の光りに踊る。タルタルソースさんってば、まるで宝石だらけの王冠みたいな威風堂々とした雰囲気で、大きなタラの白身フライに乗っかっていたよ。


「……いい香りですね。たくさんのハーブを、混ぜてくれています。それに、タラのフライは久しぶりですよ。なんだか、懐かしい」


「ロロカ姉さまには、故郷の味なのだな。良いチョイスだぞ、ソルジェ」


「まあな!」


「……なるほど。北海からの流通があるわけですね。『ヒューバード』は、北海沿岸部の海軍基地とつながっている―――」


 ―――マジメ・モードのオットー・ノーランに、顔面にダメージを帯びたままのギンドウが絡んでくれた。


 あの馴れ馴れしさで一杯の腕を、オットーの首に回して、ニタニタとした笑顔で語りかけるのさ。


「まあまあ、オットー。ここは、難しいコト考える前に、温かい内にメシを皆でいただきましょうっすよ?」


「……ええ!そうですね!団長、いただきます」


「ああ。晩飯を楽しもうぜ!」


 何はともあれ、晩飯である!


 オレたちは、いただきます!と言葉を合わせて、木の皿に載せたタラのフライにナイフとフォークを突き刺すのさ。


 キツネ色に揚げられた、サクサクのコロモをフォークで切る楽しみといったら、何にも代えがたいよな!油の甘いにおいに、音もいい。このキツネ色のコロモは、ナイフに切られると歌うんだ。


 手の指にも、楽しげな感触が伝わる。コロモはサクサクだが、タラの白身フライはやわかく焼き上がっている。白くて、プリプリとした肉が、弾けそうだった。


「素敵な湯気を、放っている!!」


「おう、そうだな!!」


「フォークさんを、ぐさー!」


 ミアが、フォークさんを切り分けた白身フライにグサーっと突き刺していたよ。そのまま、それを持ち上げて、いっぱいに開いた口へと運ぶ……っ。


 タルタルソースのまとった、そのタラのフライを、ミアの口がパクリと食べた!モグモグしている。ミアの瞳が、語るのさ。


 う・ま・い……っ!!


 キラキラと輝く瞳が放つ、無言のメッセージに。オレの食欲は増大させられる。ミアと、この感動を分かち合いたいのだ!!シスコンを抱えたお兄ちゃんとして!!


 オレもミアのマネをして、タルタルさんを乗っけたタラのフライを口に運ぶ。コロモの感触が歯に幸せをもたらして、酸味たっぷりのタルタルさんをまとった、プリプリしたタラの白身の肉が……たまらなく美味しい!!


 しかも。


 タルタルさんには、ハーブがたくさん使われているから、魚の臭みも、コロモの放つ油の焦げたにおいも、風味の前に制圧されているのだ。さらに、タラの肉にまぶしてあったのだろう、黒コショウのピリピリ感も、舌をワイルドに刺激してくる……っ。


「……これは、たしかに基本を追及した料理だよ。特別なテクニックも、奇策も使われていないの。それだけに、どれだけ、ここに至るまでに、料理人が研究し続けたのかが、よく分かる……っ!これは、努力によって辿り着いた、シンプルな美味しさの極み!!」


「ああ、その通りだよな。ミア、この料理に、多く語る必要はない……」


「うん。一言で形容するのならば……最高に、お・い・し・いッ!!」


「異論なしだ!!」


「たーべよ!!」


「お兄ちゃんも、食べるぜ!!」


 仲良しストラウス兄妹が、白身フライに夢中となる。ホント、シンプルだけど、これ、ホントに美味しかったよ。


「もぐもぐ……うむ。ポテトも、美味しいな!」


 リエルが、タルタルさんをかけたポテトを食べていた。オレとミアも、白身フライから少しポテトに浮気する!


 うむ。とても外は油でパリッと堅く、なかはフワフワのホワホワだ。ちょっと熱いが、それがまたポテトを楽しむ要素だよな……っ。


 タルタルソースの酸味とも、合うんだよ。油っこいはずのフライ系料理が、ちょっと爽やかに食べられるようになるから、タルタルソースさんってば不思議だ。刻んだ玉ねぎのパワーだろうか?


 ……色々な力が、集まっている、奥深いソースだからな……っ。一言では魅力の秘密を語ることは出来まい!!


 オレたちは、言葉少なめになりながら、北海の恵みであるタラのフライの甘さと、大地が実らせたポテトの力強い美味しさを楽しんだよ。


 ああ。今日もたくさん働いたものだから……この最高の味を、二倍近く美味しく楽しめているようだぜ……っ。それに、『家族』が近くにいるからだよな。


 この素朴なメシにはね、日常ってモノが詰まっている。そして、それは『家族』で集まって食べることで、何倍にも美味しくなるんだよ。



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