第二話 『アプリズの継承者』 その17


 探険家オットー・ノーランには、このダンジョンにある癖―――『設計思想』ってモノが見え始めているらしい。


 これは魔法の目玉の能力ではなく、探険家としての経験値と知識に根ざした力だ。全ての創作物に、製作者の意図が見て取られるように、このダンジョンについてもそうであるようだ。


 言葉で説明することは容易くないようだったが、オットーはこのダンジョンのおよそ四分の一近くを手書きのマップに記しているからね。


 それに、ジェド・ランドールの日記も読んでいる。我々の中で、誰よりもこの場所に対しての知識を持ち、誰よりもこのダンジョンのことを考えている人物でもある。


 彼ほどの探険家になると、潜ったダンジョンがどんな『性格』を宿しているか、感覚的にも理解が及ぶのかもしれないな。


 時代背景、製造された目的、地下水道との関連性、『モルドーア王国』が英雄バハルムーガに対してのリスペクト……。


 ダンジョンを物理的に探索することだけでは得られない、背景ってものを、オットーをダンジョンに対する思索に反映させているようだ。


 ……難しいな。


 戦術的な意味を識ることは、オレにも出来る。装備が右利きの者に対して、『王城から東に向かう者』は困難にぶつかりやすく、『東から王城に向かう者』には比較的有利に働く。


 落ち延びる王を追跡する敵には試練を与え、王を守ろうとする戦士には有利を与える。それぐらいの作りであることは、分かる。


 それに、通路と部屋の位置関係から考えて、東に向かう通路の前に『右利きのモルドーア槍兵』がいると想像した時に……『罠の配置』は、その槍兵から見て左側……つまり、方角で言えば南側に多い。


 槍兵の『背後』に敵が回ることを防ぐ―――そういう哲学のもとに設計されていることは分かった。背後に回れたば罠を踏むからね。


 オレがそれを話すと、オットーは感心してくれたが。彼は、それ以上のコトが分かっているようだった。


 床石の敷き詰め方だとか、壁の削り方……そういうことまで考慮することで、より複雑かつ精密に、ダンジョンの意味を識ることが可能らしい。


 生兵法では、とてもマネすることはムリだな。


 オットー・ノーランたち探険家さんほどに、ダンジョンに対する愛情が深くなければ、ダンジョンの意味を完全に把握することは難しかろう。


 道を究めるという行為は、偉大なことだな。


 知識の多い者ほど、世界を精密に認識して、より深く楽しめるのかもしれない。ガルーナの野蛮人にしては、オレは本を読む方だと思うが。もっと多くの本を読んでみたくなる。


 今なら、『野人にも分かるレンガ建築の基礎』だとか、『蛮族にも分かる石材加工』、そういう初級職人向けの本でさえも、ダンジョンの意味を『楽しむ』ための手がかりが転がっていそうだってことが分かるんだよ。


 世界ってのは、複雑に絡み合っている。


 知識をどんな風に応用するかで、見えている世界が変わるかもしれない。ガンダラはビネガーのおかげで、戦に勝ったこともあるしな。


 ……空にまつわる知識以外はアホ丸出しのガルーナ人にとっては、知性的な人物たちの偉大さに触れると、己のアホさ加減にみじめなため息を吐きそうになる。


 そう言えば、ついさっき、オレはギンドウ・アーヴィングのようなアホな男に、知恵で負けていた。『車輪が斜めっている』。ヤツは『モルドーア・チャリオット』の車輪を見て、ヤツの攻撃パターンを構成する要素の一つを見抜いていた。


 ああ……ギンドウに負けた気がするのは、悲しい。


 やはり、もっと本を読まなければならない―――でも、戦いに関しては、オレだって成長しているよ。


 竜太刀の切れ味があったおかげというのも否定はしないが、それだけじゃないんだ。ロロカ先生の霊鉄を研いで作った槍でも貫けなかった、『モルドーア』の英雄の鎧さえも、オレは斬り裂いていた。


 アレは、トニー・ジェイドとポール・ライアンのおかげでもある。鋼の質について、彼らから聞いていたし、彼らの鎧を斬り裂いた感触が指に残っているからこそ、英雄の鎧を楽に斬り裂くことも出来たのだ。小盾に対しても同じことさ。


 鎧の脆弱性が宿った場所が、言わば鋼の弱点ってものが、オレには見え始めているらしいな。戦場でたくさん鎧ごと中身を斬って来た経験値と、トミーじいさんたちとの対話で得た知識、そして、アーレスの魔眼の力。


 そういうモノが融け合ったおかげだと思うぜ。感覚的に斬鉄の一閃に対しての力と体の使い方を理解し、それを実践することは可能だ。


 ……もっと知識を積んで、経験値を溜めれば。感覚に頼る以上の知恵として、言語化することも可能かもしれない。


 知識ってのは、大事だなあ……って、コトだよ。どんなことに、どう役立つか分からないものだ。


 勉学に対しての劣等感も含む、様々な思索を筋肉多目の脳みそで考えながら、ダンジョンを歩いた。


 何度か『王城護りし白骨兵/モルドーア・スケルトン』の群れと遭遇したが、最後尾にいるオレに活躍の機会は訪れることなく、オットーの華麗な棒術の前に、白骨兵士どもは粉々にされていた。


 ……オットーの棒術を見ていると、ムダが無いのがよく分かる。敵の動きに対して、完全に攻撃を合わせているな。二匹に突撃されても、最初の敵には、『置きに行く打撃』で迎え撃ち、その反動をも計算して二匹を攻撃しているようだ。


 ああ、『置きに行く打撃』ってのは、突進する相手の進路に、棍の先端を差し出して、相手の突撃の速さを利用して打撃を入れる、誘い込み型のカウンターみたいなモノさ。猪突猛進な攻撃的な敵には、かなり有効に作用する。


 オットーは、三つ目の力で、スケルトンどもの動きを完全に読み切っている。どうにか技巧をマネしてみたいところだが、難解そうだったよ。というか、絶対に難しいな……。


 学ぶべきコトが多いもんだぜ。


 自分の未熟さを色々と思い知らされながらも、ダンジョンの探索を兼ねた移動は進み、20匹のスケルトンを新たに始末し、13個の罠を機能停止に追い込んだ後で、あの錬金術の部屋へと帰還を果たしていた―――。


「―――ただいま感があるっ!!」


 ミアの言葉に、猟兵たちはうなずいたよ。掃除までしたからか?……ちょっと、思い出深い『拠点』になっているな。『アプリズ2世』という悪人の部屋でもあったようだが、この部屋の最も新しい主はオレたち『パンジャール猟兵団』だったよ。


 時刻は、3時になろうとしているな。


 オヤツの時間だってことで、『ヴァルガロフ』の職人街の人気菓子屋、『荒野の月』のクッキーをかじることにした。リエルとロロカ先生が、コーヒーとココアを用意してくれたよ。


 猟兵女子たちは、クッキーの上に苺ジャムを乗せる、『スペシャル・モード』を楽しんでいたな。男どもは、そのまま素でかじっていた。苺ジャムを乗せたクッキーに、オレたちは似合わないからね。


 あと、苺ジャムはそれほど大量に持っていないから、苺ジャムに対する愛情が深い者たちの口に運ばれるべきだという哲学も持っていたりもする。


 しかし、猟兵女子たちがクッキーを美味しそうに食べたりしている光景は、オレにとっては眼福だ。特殊な性癖を持っているわけじゃない。料理好きの男として、美味そうに何か食べている女子ってのはキラキラして見えるだけのはずだよ。


 ……あまり焼き菓子なんて作らないが、オレもレパートリーを増やすために、手を出してみるべきかもな。


 オーブンとの対話により、『炎』と『風』の魔術の腕が、微妙に上がった気がしている。クッキーとの対話で、どんな武術や魔術の奥義を知れるか分かったものじゃない。


 どこに素晴らしい応用性を持った知識が転がっているのかなど、誰にも見当がつかないものだからな。


 戦闘と探索で、疲れている我々にとって、その小休憩は何とも言えない癒やしの時間になった。小さな傷の手当ても、この休憩のあいだに行う。擦り傷一つも、治療の対象だ。


 負傷は、より大きな負傷を招くこともある。


 休憩や治療だって、真剣さを持って行うべきなのさ。肉体が資本の仕事だしね、傭兵稼業ってのは。どんな小さなケガも、余裕がある状況なら手当を施すべきなんだよ。散々、戦場でヒトを殺しまくっているから、ヒトの体の儚さってのが骨身に染みている。


 クッキーで栄養を取り、コーヒーで水分を取り、リエルの傷薬をあちこち痛む場所に塗り込んだ。いい30分間だったよ。


 その休憩が終わると、再び、東へと向かって歩き始めた。


 急ぐ任務でもないが、無意味に多くの時間を費やすことでもない。戦場も冒険も、一体どんなアクシデントが起こるか分かったものじゃないからな。


 それから一時間ほど、隊列の先頭は、オットーが務めてくれた。オレの体力は回復しているが、ダンジョンにおけるオットーの動きを見ることは勉強になったしな。


 武術の立ち回り方もムダが無いし、大部屋に入ったときに、どの位置から調べるべきなのかとか……そういうダンジョン慣れした探険家ならではの考えもパクりたいからな。


 学びとは模倣だからだ。


 一時間後、オレとオットーは先頭を交代した。オットーだって体力の消耗はあるさ。休暇日程は短く、テッサ・ランドールの事務仕事を手伝ってくれてもいたのだからな。


 あまりムリさせたくないし……一番危険な先頭を歩きたいじゃないか?オレは団長だし、竜鱗の鎧を身につけているしね。


 そして。


 学ぶために模倣したくもある。オットーのダンジョンの歩き方を、オレなりに再現して見たよ。罠の予測のパターンとか、大部屋に入ったら、最初に部屋の壁を見回すように観察するとかな。


 壁にも死角を作れるのさ。


 壁に半ば埋め込むような形で設置されている柱なんかは、身を隠すには悪くない場所だ。単純にその裏に隠れることもあるし……柱って登りやすいから天井近くにも潜める―――オットーは、いつかそんな敵に出くわしたことがあるのかもしれんな。


 オットー・スタイルに従って、色々とダンジョンを観察して見たよ。劇的な発見は無いが……探索技術の洗練にはつながりそうだ。この動きと、あの動きを、一つで可能だとか?行動の意味をより深く把握することで、動作を最適化するカンジさ……。


 ……隊列の最後尾から見守ってくれているオットーには、マネしているってバレるだろうけど。


 彼は、やさしい紳士的な人物だから、そんなことをしているオレをからかうことも無いだろう。あの細い瞳のまま、ニコニコしながら見守ってくれるはずだよ。


 ……ダンジョンを進み、経験値を稼ぐ。より有能な猟兵になるための特訓でもあるのさ。スケルトンどもを、壊すことも、罠を見抜くことも。


 あのクッキーを味わった小休憩から二時間後……オレたちは、このダンジョンの一つの終着点にたどり着こうとしていた。


 ジェド・ランドールの日記が示す、出口にたどり着いていたよ。『ヒューバード』の教会の地下の酒蔵につながっているという、その出口にな。



 

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