第二話 『アプリズの継承者』 その4
魔術師、アプリズ2世とやらにまで、リスペクトされていた存在。『バハルムーガ』か。『モルドーア』の大昔の英雄……王が退避するためのダンジョンに、自分自身を『呪いの中心』として配置した?
あるいは、死後に配置させられたのか。
どちらにせよ、彼がこのダンジョンにいる『王城護りし白骨兵/モルドーア・スケルトン』たちの親玉であるようだな。
「ドワーフの魔術師っすかあ……?」
「屈強な上に、魔術にまで長けているとなると、かなりの強さだったでしょうね。死んでまで、自国の王を守ろうという呪術を放つ人物……能力以上に、精神力も強靭です」
「……でも、死んでも働くなんて、とんでもなく物好きっすよ」
「そうだな。まあ、強敵なのは確実だ。激戦になるだろう、準備をしておきたいな」
「なーらー、とりあえず……ロロカ!」
「なんですか、ギンドウさん?」
「ほらほら。あそこに錬金釜があるっすよねえ?……こーのミスリルを、精錬してもらえないっすかあ?」
ギンドウがみっちりと『偽ミスリル』が詰まった雑嚢を、ロロカの目の前に置いた。ゴトリという、重厚感にあふれる音が聞こえたよ。ギンドウの体力からすると、吐きそうなレベルで重たかったんじゃないだろうか……。
「えーと。今からですか?」
「そうっす。ねえ、団長、ここはナントカ2世だとかいう、魔術師どもの親玉が使っていた、『いい部屋』っすよねえ?」
「そうだな。ここは、安全そうだ」
「ホコリがヒドいのは、しょうがないっすけど、他よりはマシなカンジがするっすわ。休憩用の拠点にして、皆で、ちょっくら休憩しません?」
いい提案だった。オレたちは体力もだが、頭も使っている。モンスターの掃討に、罠の解除……その二つの作業をこなすことで、集中力を失っていた。それに、ダンジョンに秘められた謎にも触れて来た。
「いい頃合いかもしれませんね。団長、このダンジョンも、半分以上は進んでいると思いますし……それに、時刻も12時の40分……」
「えー、もうそんな時間なの!?」
「むう。暗い場所では、時間が分からないものだな……」
「……休憩するには、丁度いい時間だし、この場所以上に体を休められる場所は、他になさそうだな。オットー、どう思う?」
「ええ。最適かと。ここには、錬金術の設備がありますから」
「……つまり、水を確保することも出来るし、火も使えるってことだな」
錬金術というのには、その二つは欠かせない。器具を洗うことはもちろん、薬液を薄めたりするための大量の水。そして、錬金釜を煮込むための炎だ。
「……木炭ゲット!!」
ミアが部屋の中から、そのアイテムを見つけていたよ。麻袋の中に、大量に入っているようだな。燃やし続けても5日は燃え尽きそうにない量だ。慎重につかえば、一週間以上は燃やせそうだな……。
オレは、室内に設置されている錬金釜から視線を上にずらした。ふむ。『煙突』があるな……錬金釜に近づいていき、その煙突を下から覗き込む。真っ暗だが……風の音が聞こえた。地上からは、そう深くない場所に造られているらしい。
この煙突というか『排気用の穴』は、ストレートに真上に伸びているワケではなさそうだ。だからこそ、空が見えない。
ドワーフの精緻な建造物の全容を、予想するのはオレには困難だが、風の音が聞こえる以上、排気はそれなりに保たれているようだ。少なくとも、空気はここから吸い出されているのは分かるぜ。
……この部屋は、さっきの階段のおかげで、かなり地表の近くまで上がってきているようだな。ダンジョンに比べて高い位置に作ることで、致死性のガスがたまらいようにも作っているわけか……。
「ねえ。お兄ちゃん、それ、大丈夫そう?」
「ああ。まだ、使えそうだよ。換気は十分だろう」
「やった!!リエル、水は?」
「えーと……水は、これだろうか?」
天井から生えている、ミスリルの鋼管。その先端には、コックがついているな。錆び付いてはいるが……それは鋼管よりは新しく見える。
100年前に新調したんだろうな。リエルの指が、それを捻る……錆び付いた音と、錆が少しコックから漏れた。
鋼管から、ゴシュゴシュ!という咳き込むような音が聞こえていたが、やがて、赤茶色の水が流れ始める……100年ぶりにしては、綺麗な水だよ。何より、一端動き始めると、スムーズに流れているのが好ましい。
「構造に破綻はなさそうですね!このまま、水を出し続けておけば、綺麗な水を見られそうです」
ニッコリと笑うロロカ先生から、お墨付きを頂いた。さすがは、ドワーフの仕事だよ。水源は……地上にある溜め池とか、あるいは川……もしくは、地表とのあいだに造っている空間に、水が蓄えられているとか……そういうものかな。
正確には分からんが、水の色はどんどん澄んできている。飲めそうな色には近づいているよ。このまま出しっ放しにしておけば、綺麗な水になりそうだった。
「……しかし、ここ、何なんすかねえ?オレたちには、好都合な空間っすけど?」
「見たまんまだろ?」
「え?」
「『モルドーア』の錬金術師の作業場だ。この地下を整備するには、可能な限り、こっそりと工事をしたかったはず」
「ここって、王サマが夜逃げするための道だもんねー!」
「そういうこと。つまり、万人にバレたい工事ではなかった。ここは、そんなコッソリとしなくちゃならない工事のための、道具を修理するための場所でもあったんだろうよ……」
錬金釜が置かれてあるが、その横には金床も設置されてある。そいつは錆び付いてもいない。ここは錬金術の薬液も煮込めるし、鍛冶屋の仕事も出来る。複合的な施設だったのさ。
「なるほどねえ。『夜逃げトンネル』の存在を隠すために、皆、苦労させられたみたいっすねえ……」
働き者に共感するかのように、ギンドウ・アーヴィングがうなずいていやがる。でも、ギンドウはそんなに働き者でもないしな……何か、ウンウンとうなずいている頭の動きが軽薄に見えてしまったよ。
……とにかく、ここは理想的な休憩所と言える。モンスターのいない、頑丈な空間であり、水もあるし火も使える場所だ。他の場所より、高くにあるせいか、湿度もマシで、そんなにカビも生えちゃいない。
「よーし、まずは―――」
「―――掃除がいいぞ、ソルジェ。ホコリが多すぎる!」
「……たしかに、食材を切りたくなるような環境じゃないよな」
「ダンジョンでは、贅沢な発想かもしれないが……それでも、より清潔な場所でゴハンを作ったり食べたりするべきだぞ!だって、そっちの方が、健康的だろ?」
「たしかにな」
「そうだろう。まあ、細かなトコロは難しいが、大雑把にでも綺麗にしたい!……とりあえず、皆、こっちに集まるといい。この私が、『風』で、大掃除してやる!!」
リエル・ハーヴェルがやる気を見せる。アンデッドだらけの地下ダンジョンなんて、女子ウケ最悪な空間だから、本気で掃除したくなっていたのだろう。
壁に集まる我々を確認した後で、リエルは『風』を操った。小さなつむじ風を呼び起こし、床と天井に蔓延るホコリどもを、オレたちが100年ぶりに開いた扉の外に追い払っていく。
大雑把だが、悪くない。ドワーフどもの造りは、基本的に頑丈だからな。手加減した『風』で削っても、ビクともしないもんだよ。
さすがはエルフの王族だな。
こんなに長時間、そこそこ強力な『風』を使っているのに、呼吸の一つも乱れない。アプリズ2世並みどころか、それ以上の魔力を有していたとすれば、リエルだろうな。あのアプリズ2世の哀れな被害者のゾンビは、リエルの魔力に呼ばれたのかね。
まあ、ギンドウの場合もあるが……出力だけなら、リエルと同格。スタミナが無いけどな。どっちの魔力が『強い』のかは、オレにもよく分からん。評価の仕方で分かれるような気もする。
だが、間違いなく二人ともアプリズ2世よりは『上』だろう。
彼は『醜き百腕の忌み子/ヘカトンケイル』ごときを、大いに讃えていた。確かに、そこらのモンスターを相手にするなら、十分な戦力であるが……あの程度のモンスターならば、オレたちの敵ではない。
魔力を使い切ってもいいのならば、一瞬で粉々することぐらい出来そうだ。
……まあ、100年前の『ヘカトンケイル』が、今の何倍も強かったかもしれない。あまり考えても、しょうがないことじゃあるな。
とにかく、あのゾンビにされていた哀れな男は、リエルかギンドウの力を認めたのだ。アプリズ2世の力は、かなりのものだが……絶対的な脅威というワケでもなさそうだよ。
……『バハルムーガ』の戦闘能力を推し量るための物差しには、なりそうにないな。アプリズ2世の魔力が、どれぐらいのものなのかが分かれば、良かったんだが……猟兵並みの強さではなさそうだ―――。
―――考えてもムダだな。
だから、考えないことにした。『バハルムーガ』がどれほど強いにせよ、倒す必要はある相手だしな……どれほど強くても、このチームで全力を尽くすのみのハナシで……。
「おい。ソルジェ」
「どうした、リエル?」
「ヒマならば、そこのテーブルからモノをどけて拭いてくれ。食卓に使えそうだぞ」
「……了解だ」
……今は、素敵な休息を行うために、ちょっとした掃除タイムに集中するとしようか。綺麗な環境で休めた方が、体が休まるからな。
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