第一話 『失われた王城に、亡霊は踊る』  その13


 魔法の目玉で、地上を覗き見する。舐めるように見つめるのさ、それらの情報を、メモに木炭で書き記すために。


 城塞の周囲には、土木作業に従事する労働者がいる。兵士も、そして街の職人たちも混じっている様子だな。とにかく、全力の補強工事を城塞に施そうとしている。


 ……ん。朝だというのに、泥だらけの労働者が、街の中に戻っていくな……?


 つまり、彼らは『夜勤組』か。この補強工事は、昼も夜もなく、24時間ぶっ通しで継続しているのかもしれない。


 たしかに、そうでもしたい気持ちは分かる。新しい城塞の方には、穴が多い。基本的に脆弱な造りをしているからな。テッサ・ランドールならば一撃で穴を開けかねないほどシンプルな場所もあるんだ。


 石を土の壁でまとめただけのような場所さえもある。獣やモンスター、野盗なんかを防ぐには十分だろうが―――精強のハイランド王国軍を防ぐには、そんな貧弱な壁では足りないだろう。


 もちろん、こちらとしては残念なことに、そういう最も貧弱な城塞から補強されているのだがな……。


 調べたのは、作業員ばかりではない。


 当然なことだが、ちゃんと兵士の数も調べたよ。作業員に混じっている兵士もいるだろうから、正確な数は分からない……それでも、城塞の内側にある兵士の詰め所の規模と、城塞の外に設営されているテントの数から察するに―――。


『―――てきのかずは、にまんと、ごせん……ぐらい!!』


 ……とのことさ。オレの予想と大体一緒だし、ゼファーは実際に人数を『数えている』からな。竜の眼力と、とてつもないほどの暗記能力を使うことで。現状、この場にいる連中はそれぐらいということだ。あくまで、『現状』だがな……。


「手持ちの情報と、おおよそ一致しています。ルード・スパイの予測では、帝国軍と傭兵を併せて……2万6000から3万の間ということでしたから」


 今回の任務の副官はオットー・ノーラン。地下やダンジョンに、誰よりも詳しいし、ガンダラと一緒にテッサの手伝いをしていたおかげで、各地との連絡役を担い、最新の軍事情報に接触しているからな。


「うむ。2万6000には近いが……3万いる可能性もあるのか?……では、もう5000ぐらい、どこかに隠れているのか?……ロロカ姉さまは、どう思います?」


「……まだ合流していないのかもしれないわ。ハイランド王国軍が、今朝、動き出したとしても……ここに来るまで、あと二日はかかりますから」


「なーるほどー。さっさと集まっちまうと……街の食い物を、兵士どもが喰っちまうっすもんねえ」


「どーゆーこと、ギンドウちゃん?」


「ミア、帝国人どもは、あの街に籠城したいんすよ。だから、食料庫に、メシをため込んでおきたい。ハイランドとの戦になるまでは……ムダな人員を集めておきたくないし、そんな人員がいるなら……食料を運ばせているはずっすよ」


「その5000人は、北の軍港とかから、食料を運んで来ているってこと?」


「そうっすよ。それなら、ゼファーの目玉が、5000人少なくカウントしても、おかしくはない。メシを運び込もうとしているヤツがいるんだよ、きっと……」


 オレもギンドウの考えに賛成だ。


「おそらくは、北の軍港かから酒樽を運んでるんだろうよ」


「えー、お酒?ゴハンじゃなくて?」


「ああ。軍港には酒樽が多く備蓄されて、余るぐらいだろうからな」


「お酒があまってるんだ?」


「船乗りが酒呑みなのは、趣味もあるだろうが、酒の方が水より保存が利くからだよ」


「あー。ジーンちゃんとか、フレイヤが言っていた気がする!」


 街の近くに大きな川がない。井戸が豊富かもしれないが……普段より大勢がこの街に集まることになる……井戸水の枯渇を考えれば、酒を大量に運び込むという考えは悪くない。


「酒を持ち込み、籠城に備えるというわけか?……ソルジェやギンドウにとっては、いい空間だな」


「ガルーナ人の冬ごもりも、そんな形になる。一番、雪が深い一週間は、屋敷にこもって食べて酒盛りするだけってこともある」


 雪がよく降る、山深い土地なんて、どこもそんなものだろう。


「楽しそう、冬ごもり!」


「いつか、ミアも楽しむことになるよ……さて、とにかく酒ってのは、保存できるし、栄養もある。度数が高ければ、傷口の消毒なんかにも使える。一部の錬金薬の調合にもな」


『おさけ、べんり!!』


「ああ。便利で……保存が利くという点で、籠城には使いやすいものだ。帝国のヤツら、一週間とか二週間とか……何なら、もっと長く籠城する気かもしれんな」


 そこまで時間を稼がれるとマズいんだがな。南の『アルトーレ』にいる、クラリス陛下やシャーロンたち、ルード王国とグラーセス王国の連合軍が孤立しかねない。


 『アルトーレ』の守りは堅固とはいえ、北にハイランド王国軍がいるからこそ、帝国軍は警戒し、『アルトーレ』に大軍を送りたがらないという状況もある。こっちは、数が少ないんだ。素早く動き回らないと、どうにもならないさ。


 この土地の敵を、ハイランド王国軍にはアッサリと片づけて欲しいところだよ。


「時間があれば、北からの輸送隊を攻撃してみたいところです」


 副官、オットー・ノーランは、オレと同じことを考えている……だが。


「しかし。まずは最初の目的から果たしましょう」


 そう。そこまでも同じ考えだ。オットーは初志貫徹の人物である。どんな状況でも方針を違えないでいられるからこそ、探険という賭けを成功させて来た人物だ。欲張ることは、成功確率を下げるからな……。


「ドワーフのダンジョンを調査して、我々に有効な妨害工作を模索しましょう」


「……ああ。地下からの城塞爆破が有効そうでなかったとしても、『ヒューバード』への潜入ルートは確保出来る……あちらの幹部の首を、狙うということもな」


「ミアの出番だね!」


「そうだ。とにかく、ダンジョンに向かうとしよう。輸送隊に対する攻撃は、後回しだ。少なくとも、昼間にすべき任務ではない」


「ええ。『ヒューバード』には、多くの弓兵が配置されていますから。あの長弓の矢は、かなり高く飛びます」


 オレもだが、オットーも見えていた。眼下に見える城塞都市には、大きな弓を背負った兵士があちこちに配置されているんだよ。テッサも、高く飛びそうな矢羽根を、あの街の商人たちが集めていると語っていたからな……。


「矢ですか。つまり、ゼファーちゃんに対する警戒の現れですね」


「では、ゼファーで近づくべきではないのですね、ロロカ姉さま」


「ソルジェさんの言った通り、昼間は近づくべきではありません。彼らは、竜の力を警戒しています」


「なるほどー、ゼファー、大活躍だもんね!いい子だぞ、ゼファー!」


 小さなミアの手に首のつけ根を撫でられて、ゼファーが心地よさそうに空中で身もだえしたよ。


『えへへ!ほめられたー!』


 ゼファーが喜んでいる。名誉の重さを知っているからな。しかし、喜ぶべきことばかりでもない。ゼファー対策の施された矢……長弓から放たれる射程の長い矢は、竜にとって唯一の天敵とも言えるだろう。


 強固な鱗に包まれているが、翼の骨格の肉は薄い。当たり所が悪ければ、矢は骨まで容易く届き、深手を負わすこともある。関節に二本でも矢を撃ち込めば?……ゼファーとて墜落することは避けられない。


 オレはメモに弓兵の配置を記していく。連中、ご丁寧なことに、民家の屋根にまで足場を組んでいやがるな……そのせいで、街全域を弓矢の有効射程圏でカバーすることが出来ている。


 コストも時間も人数も使うだろうが、それでもあえてあの配置を選んだということは、ゼファーに対して過剰なまでの警戒を持っているようだ。竜騎士が戦場でどれだけ強いのかを、帝国人も学んでいたようだな。


 厄介ではあるが、敵に警戒されることは名誉でもあるし……上空に意識を向けてくれるのなら、他の場所に対する注意が下がる。地下のダンジョンをより詳細に調査しようとする行為も、後回しにするはずだ。


 オレたちが地下に潜ったあとは、ゼファーはあえて、姿を『ヒューバード』の兵士たちに見せつけるのも良さそうだな。何もしないが、あちらに警戒心を使わせる。作業の進捗も遅らせることが出来るさ……。


 色々と小細工を思いついたよ。


 さてと、楽しい上空からの偵察は終わり。木炭ペンとメモ帳を革製のバッグの中にしまい込む。木炭は雨に打たれると溶けてしまいやすいが、雨にさえ打たれなければ数十年ぐらいは保つから大丈夫。


 今日は、雨など一滴も降りそうにないしな。


「ゼファー、偵察は十分だ」


『じゃあ、『あそこ』にむかうの?』


 ゼファーは西を向いた。『ヒューバード』から、西に6キロほどの山のなかに、それは見えたよ。


 古木の生えそろった山肌の中に、巨大な白い岩の建造物が、ところどころに見て取れる。6月の木々が作りあげる、濃密な緑。そこを突き破るように、空目掛けて白い岩が突き出していた。


 古く、壊れかけた物見の塔が、幾つも生えているな。稜線に沿うようにして、城塞の名残も見えた。そして、朽ち果てぬ巨大な王城が、山の頂に君臨している。


 その壁にはツタが生えているし、その屋上にも大木が生えていた。おそらくは、庭園か何かがあり、そこに植えていた木が、400年の時間をかけて、神秘的なほどに巨大化した大樹となったのか……。


 南の土地では、見かけなくもないサイズだが。冬には大雪が積もるであろうこの土地で、あれだけの大きさは不自然ではある。


 ……何か、特別な理由があるのだろうかな?


 あそこは、ずいぶん昔に再利用されて……『アプリズ魔術研究所』という施設になっていたらしいしな……。


 まあ。いいさ。


 すでにゼファーは、あの王城に鼻先を向けているのだから……太陽の光に隠れる時間は終わりだ。


 翼で空を叩き、天空のなかを加速していく。


 『シェイバンガレウ城』……ドワーフの遺した、武骨な王城。今は、中も地下のダンジョンもアンデッドだらけらしい。


 ……ククク!


 いいねえ。ワクワクしてくる。ストラウス兄妹は、こういう任務が大好物。


 そして、オレたち以上に、オットー・ノーランのテンションは上がっているんだろうな。静かで、大騒ぎする気配はないが―――あのオットーが、『シェイバンガレウ城』に惹かれない?……そんなことは、絶対にありえないことだよ。


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