第六話 『ヴァルガロフの魔窟と裏切りの猟兵』 その66


 ランドール家の戦士たちは、それぞれの信じる『正義』のために決着をつけようとしていた。


 ジェド・ランドールは、腰を低くし……戦槌を横に倒す。娘の打突を横から叩き落とす方法を選んでいた。


 テッサ・ランドールは、両腕で黄金色の戦槌を持ち上げている。大上段。突撃して、加速し―――最大の威力で全てを破壊するための一撃を放つ。彼女の得意技だよ。


 一族伝統の技巧は、ジェド・ランドールには読まれている。テッサの攻撃は、今度も彼に迎撃されることになるはずだ。同門対決だからこそ、起こりえる実力差の消失。


 圧倒的な強さを誇るはずのテッサが、年老いた父親に止められてしまうのは、全てを知られているからだった。ランドールの技巧は、止められる。だが、テッサはそれを承知で放つ気だった。


 止められてもなお、超えなければならない。それこそが、自分の役割なのだと、テッサは悟ったらしいな。


 アーレスよ。オレたちは邪魔すべきではないな。この攻防で、どちらかの敗北が決まるだろう。テッサの体調も完璧ではない。オレとシアンと戦ったダメージも、完全には抜け切れてはいないはずだ。


 ランドールの闘い方を知り尽くす、父親との戦いも、彼女の体力を奪ってはいるだろうからな。次の一手で、この対決の勝者と敗者は決まる……オレが介入するとすれば、そのタイミングが良かろう。


 父殺しも娘殺しも、させたくはない。オレならば、ジェド・ランドールを一瞬で斬り殺すことも出来る―――オレは、どうしても気になる『死体』に、あえて背を向けて、ランドールの対決を見届けることを選んだ。


 今、見守るべきは呪いの産物である怪物などではなく、気高きランドールの戦士たちだ。そいつは、アンタにとっても同じだろう、ベルナルド・カズンズ。アンタの意志を継ぐ……それぞれな部分的で似て非なる志を受け継ぐ人々が、これから全霊でぶつかり合うのだから。


 もしも、アンタが生きていたら、どちらの『正義』を支持したのかな。アンタを知らないオレには、想像することも出来ない。だが、今は二人の決着を見守ろうじゃないか。まだ何かを仕掛けられるのかもしれないが、二人の闘いの後でも良かろう。


 ベルナルド・カズンズは戦士であり、『四大自警団』の開祖なのだ。義務があるはずさ。今のオレは……ベルナルド・カズンズの成れの果てに対して、自分の背中を見せることを不安には思えなかった。


 彼は自分の意志を継いだ末裔たちを、無視することは無いだろう。神としても、ヒトとしても。


 さて。一緒に見守ろうよ、ベルナルド・カズンズ。ランドールの戦槌が、どちらを勝者にするのかをな……。


「行くぞ、親父―――」


「―――ああ、来やがれ、我が娘よ」


 ランドールの戦士たちは、そっくりの貌で笑いやがった。闘犬みたいに牙を剥き、深緑の瞳が、お互いを睨みつけている。


 最後の戦いを、二人は始めたよ。


 テッサが床板を蹴りつけて、加速していく。迷いの無い走りだった。あの小柄な体からは想像も出来ないほどに、速く走り、戦槌と同じ色をした金色のツインテールが闘いの動きが作る風に流れていく。


 ジェド・ランドールは、ドワーフの短躯をさらに低くしていたよ。沈み込むことで、床と一体化している。老齢とはいえ、ドワーフの強力な筋力。あの姿勢からの、かち上げるようにして放つ強打は、他の種族には出せない威力があるだろう。


 短躯と頑強なことが合わさることで、ドワーフの武術は完成している。人間族の血が混じり、強靭さを得たテッサだが……ドワーフの『体格』は失った。短躯だからこそ、放てる技巧もあるのだ。


 精密な意味において、テッサ・ランドールは『ドワーフの戦士』、ランドール家の技巧の真髄を継承することは出来ない。ドワーフ専用の技巧は、彼女の人間族似の細長い手脚では使えない。


 テッサが父親にぶつけた、最初の一撃についても……もしも、彼女の手脚がもう少し短く、重心と戦槌がより重なっていたら?……いくら動きを読まれていたところで、テッサの強打は、負けなかっただろう。


 ランドールに混じった、人間族の血は、『最強の戦槌使い』となるための体格を失わせてもいるのだ。テッサの体は、他の武器を使う方が強い可能性がある。


 彼女はランドールの奥義を、100%の形では受け継げない。コイツはどうにもこうにも生まれ持ってしまった体の形状の問題だ。努力では、どうにもならん領域さ。


 しかし。


 それで歩みを止めるほど、ランドールの技巧は浅くはなかろう。テッサは、闘技場でランドールの技巧を、己のものへと進化させたはずだ。


 彼女の体に合わせて、変えて習得した。完全なる伝統ではないだろうが、伝統を継いで、彼女のための武術へと昇華している―――天才ってのは、そういうものさ。100%の継承はムリだろうが……それより、強力なモノに変化させることだって出来るさ。


 ……『真なるランドールの戦槌』か、『新たなランドールの戦槌』か。


 この闘いには、そんな意味も宿っている。


 いい父娘喧嘩ってことさ。


「喰らえええええええッ!!親父いいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいッッッ!!!」


「来やがれ、小娘ええええええええええええええええええええええええええええええッッッ!!!」


 テッサの黄金色の戦槌が、稲妻のような勢いで振り落とされる。


 ジェド・ランドールの黒金の戦槌も、闇色の竜巻のような勢いで暴れていた。スピン。ドワーフ族の最強の技巧。ドワーフの体でしか、極めきれない技巧……ズルいぜ。オレも一度は、あの回転攻撃を放ちたい。そんな憧れを抱いてしまう。


 完璧だった。その一言で済むよ。ランドールの奥義の一つであろう、彼の攻撃は、ドワーフ族の勇者たちが驚愕と羨望の眼差しで見守るしかないほど、最高の一撃だった。


 テッサの方が、速く打ち込んでいたが、ジェド・ランドールの一撃は、彼女の一撃に追いついていた。年老いた彼の方が、速かった。『風』は使っちゃいない。彼は、小細工なんて、この勝負に持ち込むほど無粋な男ではないのだろう。


 ガギュウウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンンンッッッ!!!


 戦槌同士がぶつかっていた。黄金色の戦槌は、加速しきる刹那に打撃を浴びせられていた。最初と同じ?……いいや、もっと悪い。ジェド・ランドールの技巧は、最初の衝突時に繰り出したモノより、はるかに質が高いからだ。速さも、威力も、段違いにな。


 ……負けていたよ。


 もしも、テッサが、ドワーフ族の血しか受け継いでいなかったら。間違いなく、負けていた。それほどまでに、『真なるランドールの戦槌』は完成されているのだ。


 ……だが。


 テッサ・ランドールは『狭間』だった。純粋なドワーフ族にはない才能を持たされている。完璧な技巧を、放つことが出来なくても……親父の竜巻を受け継ぐことが出来なかったとしても。


 彼女には、彼女にしか出せぬ力がある。ドワーフの『狭間』は、ドワーフよりも馬鹿力なのさ!!


「まだだ……ッ。まだ、私は、負けてねええええええええええええええええええええええええええええッッッ!!!」


 黒い戦槌に押し込まれていた黄金色の戦槌が、ゆっくりと前進し始める。技巧では負けたが、腕力では負けていない。


 力だ。根源的で、原始的で……そして、勝利をたぐり寄せる絶対的な要素だ。


 速くても、技巧に優れていても、力一つに崩されることなど、いくらでも起こりえる。


 そうだ。速さでも負けても、技巧で負けたとしても……力で、全てを破壊出来るのであれば、勝利を得るには、十分なことだ。


 黄金色の戦槌が、ジェド・ランドールを押し始める。老戦士は、そのどうにも御しきれぬ力に呑まれていく。


「私の、勝ちだぜ……ッ。クソ、親父……ッ!!」


「うるせえ、まだまだ、小娘なんぞに、負けるかよ……ッ!!」


「負けちまえ、親父は、間違ってるッ!!」


「ワシの信仰に、ケチをつけるのかッ!!」


「つけるさ、つけるよ……私は、ジェド・ランドールの娘なんだからッッ!!」


「くくくッ!!……娘に、負けてちゃ、『マドーリガ』の頭は、務まらねえッッ!!」


 ジェド・ランドールが意地を見せる。彼は押し負けそうな戦槌の柄に、頭突きをかましていた。額が裂けて、血が出てくる。それでも、戦槌に重量が加えられたな。威力が上がるよ。割れた額の痛みの分。


 まったく、ムチャしやがるぜ……しかし、親子というのは面白い。テッサも、ほとんど同時に同じことをしていた。彼女も、額を戦槌の柄に押し当てていたな。額が割れていた。


「……同じ、ことを……ッ」


「ははははッ!!私も親父と……似た者同士の、頑固者だからなああああああッ!!」


 テッサの身長が、モノを言う。親父よりもわずかに高いから、押し合い状態では、有利なときもある。ジェド・ランドールは、完全に力負けしていた。


 漆黒の戦槌は、ゆっくりと沈んでいく。


 彼の体が、後ろに押され始めた。


 威力は、テッサの勝ちだった。


 ……威力はな。


「……クソ小娘……ッ。やるように、なりやがったじゃねえか……ッ」


「ああ。勝ちたかったヤツに、ようやく勝てる……ッ。親父は、闘技場で、私と戦ってはくれなかったからな……ッ」


「当たり前だ……ッ。自分のガキ相手だと?……こんな状況にもならない限り、戦えるものかよ……ッ」


「そうだな……ッ。悲しいけれど、勝てたのは、嬉しいよ……ッ」


「……ランドールの、血だな……ここまで、よくやった。テッサ……ッ」


 ……彼は、娘に最後の試練を課すつもりらしい。状況次第では、オレも参加する。テッサに親父を殺させるつもりもないが―――あの老戦士に、最愛の娘を殺させる気もないからな。


 ドワーフ族である彼は、ここから逆転の技を持っている。押し込まれて、負けそうになった時……ドワーフの短躯は、再び竜巻に頼ることが出来るのだ。スピンが来るぞ。技巧で、力を呑み込みにかかる。


 ジェド・ランドール、最後の技巧が始まった。最後の力を振り絞り、ランドールの老戦士はいきなり力勝負を捨てるのだ。脱力し、身を捻りながら、黄金色の戦槌から身を離していた。


 ドゴオオオオオオオオオオオンンンッッッ!!!豪快な音を立てて、黄金色の戦槌が、オペラ座の舞台の床を突き破っていた。ドワーフ族の回転。攻撃だけじゃなく、回避にも使える。


 そして、スピンは続く。裏拳だ。老戦士の腕が、テッサの脇腹を打撃していた。テッサの体が吹っ飛ばされる。軽いからな。入り方次第では、ドワーフの腕力の前には、ああまで容易く飛ばされちまうこともあるさ。


「ぐうッ!?」


 テッサは戦槌を杖代わりにしながら、素早く起き上がる。いい反応だったが、ジェド・ランドールの追撃は目の前に迫っていた。


「……寝てろや、小娘。あとは、この親父に任せてろ」


 バランスを崩しているテッサに、ジェド・ランドールは戦槌を振り上げ―――テッサの『横蹴り』が、その戦槌の柄を強打していた。鋭い蹴りだったが、本来ならば、ジェド・ランドールは崩れなかっただろう。


 だが、もはや老戦士に体力は残されていなかった。テッサは、彼の裏拳の『軽さ』を知っていたのだろうか。


 それとも、戦士としての反射的な行動の結果か。


 ……あるいは、足癖の悪い、どこかの『虎姫』にやられた経験なのか……。


「ぬ、う……ッ」


 戦槌を蹴られた老戦士は、体を崩されて、後ろに後退してしまう。『戦槌姫』には十分な時間だったよ。鋼を構えなおして、決着のための強打を放つには。必殺の瞬間を、ランドールの女戦士が見逃すはずがない。


 闘技場で磨かれた、一族伝来の奥義。それは魂にも、血にも肉にも融け合っている。ランドールの伝統と、彼女が歩んだ闘いの履歴……彼女の生きざまは、勝利を逃すようには出来ちゃいない。


「うあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッ!!!」


 テッサが叫び、黄金色の戦槌が走る。漆黒の戦槌は……黄金の竜巻に叩かかれて、火花を散らしながらオペラ座の宙を舞っていた。


 ドワーフのスピン。切れ味こそ、父親には敵わない。だが、威力のそれならば、とっくの昔に超えている。


 ……『新たなランドール』は、勝利したのだ。技巧と魂。一族に伝わる全てを伝承し、それだけなく、『進化』させて―――彼女は、己の『正義』を示してみせた。



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