第六話 『ヴァルガロフの魔窟と裏切りの猟兵』 その63


『ギガギャシャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!』


 顔の皮が無いせいでもあるのだろうな。ヤツは、まるでワニみたいに大きくアゴを開くんだ。二重か三重に並ぶ、乱れた牙の列に、唾液がまとわりついていた。あんな不潔なもので、噛みついてくる気かね?


 ……腹立たしいもんだよ。


 このソルジェ・ストラウスさまをエサにしようってか?


 ……嫌悪感と怒りがあふれ、体が破裂してしまいそうだ。


 魔眼に力を込めていた。体を奔り、血潮を沸騰させそうなほどの怒りが、魔力を呼ぶ。眼帯が怒れる竜の力を帯びた魔眼に吹き飛んで、『六本角の殲滅獣/ルカーヴィ』に金色の呪いを刻みつけていた。


 『ターゲッティング』だよ。ヤツの大きく開いた口の奥に、その金に輝く呪印は施される。喰いたいのなら―――喰らうがいいッ!!


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!!」


 軋まされた肋骨のせいだろう。叫ぶと口のなかに血の味が混じる。だが、そんなものは気にしない。ガルーナ人は、殺し合いの最中に自前の痛みなど気にしない。


 左手が、『ファイヤー・ボール』を放つ。さっきの、様子見の攻撃ではなく、『ターゲッティング』の呪いに威力を底上げされた、強烈な攻撃魔術の一撃だ。


 背中を強打されて、ちょっと体の動きが取れそうにないもんでね。魔術に頼るしかなかった。そうしないと、多分、死んでいたな。


 『ファイヤー・ボール』は、加速と巨大化を両立しながら、ヤツの口へと突入する。そのまま、ヤツの口内を爆撃した。


 ドゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンンンンッッッ!!!


 『ルカーヴィ』の口から爆音と炎が噴き出していたよ。我ながら、いい威力だったぜ。四つ足のスタイルで迫ってきていた『ルカーヴィ』の突撃が、どうにか止まる。


 蛮族だってな、攻撃すべき場所ぐらい分かるのさ。狙ったのは、大口開けていた怪物の口の中央の奥……ヒトや獣ならば、『頸椎』がある場所だ。いわゆる首の骨。頭骨と胴体を結びつける脊柱の上端。


 もちろん、急所中の急所ではあるし、体を支える脊柱を打撃されれば、体の動きってのは破綻して止まるものさ。今、背中を強打したせいで、動きを止められていたオレみたいに。


 ヤツはカウンター気味に、正面から頸椎を爆撃された。大きくアゴを開いていたせいで、頭も振られた。


 ヤツの腐敗している脳は、これぐらいの振動では惑うことはないかもしれないが、ヤツの巨大な頭部が大きく揺れるだけでも攻撃の『動き』は壊れるのさ。頭が揺さぶられているのに、動ける動物ってのは存在しない。ムリして動けば、背骨が折れて死ぬだけさ。


 ……経験ってのは、貴重だな。


 ガルフ・コルテスといっしょに、解剖学の教本を買い集めた甲斐があったというものだ。闘いの想像力が広がった。おかげで、未知の怪物相手にも、どうにか『時間稼ぎ』が出来る。


「……ぐ、お……ッ」


 オレは身を屈め、半ばめり込んでしまっている壁から脱出をはかった。純粋な石材ではなく、手前に木製の板があって助かったな。


 楽器に使う、スプルース材ってところか。音を反響させるために、選ばれたものだろうが、おかげで石材に直接当たらなくて済んだらしい。命拾いした。石材であれば、もっと多くの肋骨が割れていたかもしれん。


 ガハゴホと咳き込み、赤く染まった血痰を吐き出した。忌々しいな。自分がドジった結果だ。いや……違うな。見栄を張るのは、やめておこう。実力で負けた。『ルカーヴィ』の能力は、オレの動きを超えている。


 ミスしたわけじゃないよ、これは力負けの結果だ。


 ヤツのが、色々と強い。そいつを、受け入れるしかないな。そうでなければ、心が淀む。それは格上相手に殺し合いを挑む際には、適さない。


 首を振り、痛みに硬直していた背骨に無理やりなストレッチをかける。体が完全に壊されちゃいないかを確かめる。動く。十分だ。何本か肋骨を折られただけのこと。さあて、もう準備は完了だ。死ぬほど痛いだけで、どうにか戦えるぜ。


『ぐぎぎいいい……ッ』


「……生きてやがるよな、当然」


 うつ伏せに潰れていた『ルカーヴィ』が、動き始めていたよ。


 マトモな生物なら、頸椎を筋肉の守りも無い『口側』から爆破されたら……フツーは死ぬんだが。『ルカーヴィ』は、そういう範疇の存在ではないらしい。呻きながらも、ゆっくりとアゴを閉じていき、しつこく燃える口の中を消火していた。


 ……効率的にダメージを与える方法?……『コレ』にか。あるのかな?……常識が邪魔をしそうになる。失血死とか、急所とか。本来ならば、それを狙うべきだが……そういうのは、存在していないかもしれないな。


 この強敵は、理解を超えている。迷いそうになるな。どうすりゃいいか分からない時、ヒトはいつも二の足を踏む。淀んで濁って、格上に隙を与えてしまう。強い敵を自由にさせてしまうのさ。


 考えることと迷うことは、よく似ている。生産的か、非生産的な違いはあるがね。考えても分かりそうに無い敵のことを考えるのは―――事実上、後者になるんだよ。


 だから。


 オレは、攻撃を選んでいた。前進し、鋼を振り上げる。


 ……冷静に物事を考えることは素晴らしいが、コイツは巨体な上に素早く、本能的な反射のように技巧を振るう。つまり、シロウトじゃない。


 材料になっているベルナルド・カズンズ、彼の技巧なのかもしれないな。必殺の性能を宿した三連続の打撃だぞ?……獣でも、シロウトでも出来ない。


 体術の技巧が無ければ、やれるものかよ。コイツは、身の丈が4メートルもある武術の達人でもあるのさ。


 そんなものを相手にするには、休ませてはいかん。力も速度もリーチも体格も、向こうが全て上なのだ。持久戦をやるなんて選択は、オレにはない。それでは、勝てるわけがないからな。


 ……効果的な攻略法が見つからない今、オレがすべきことは一つのみ。とにかく弱らせるのだ。ちょっとでも、攻撃を与えて、削ってやる!!


 ふらつきながらも走り、竜太刀の斬撃を、ヤツの頭部に叩き込む!!六つもある曲がった角の一つを断ち斬りながら、『ルカーヴィ』の顔を斬り裂いた。だが、鋼は骨に邪魔される。深いダメージにはならない。


 かまわないさ。


 二度、三度、四度と、竜太刀で斬りつけていく。


 『ルカーヴィ』は、守りもしない。ヤツの赤い眼球も斬ったのだが、それでも怯まない。あの目は、本当に見えていたのか?……そもそも機能してもいないのかもしれない。だが、オレは迷わない。ゆっくりと起き上がっていく、ヤツの頭に、斬撃を入れつづける。


 活路は見えないが……動くことで、衝撃に痛めつけられていたオレの体の動きが、マトモになって来るのは分かった。慣れてくれればいい。鍛錬の通りに体を動かし、出来る動きと出来ない動きを探すんだ。


 決定打ではないものの、攻撃をつづけるんだ。ヤツの顔面を狙って鋼を叩き込む。いいんだ、これで。そのうちに―――。


 ブオオオオオオオオオオオオオオオオオンンンンッッッ!!!


 ―――ヤツの反撃が来るから、そいつを躱す。


 巨大な右腕が、頭上を通り過ぎた。あまりにも接近すると、巨体の動きは精彩を欠くものだ。『ルカーヴィ』は、攻撃的すぎる性格だから、体勢が完成するよりも先に、反撃してくると考えていたよ。


 それを身を伏せてくぐりながら、踏み込み。加速する。狙うのは、右の脇腹だ。ヤツの背後に駆け抜けていきながら、斬撃を叩き込んでやるのさ!!


 今度は、深く入った。生きている生き物なら、これで肺腑が壊れてしまうのだが……『ルカーヴィ』に効果があるとは限らない。


 ヤツは立ち上がろうとする。肉体に与えた、ダメージが、気にならないのかもしれない。オレは考えることはない。蛮族の勇敢さを選ぶだけだ。床を蹴り、立ち上がろうとするヤツの背中に竜太刀を突き刺していた。


 逆手に握った竜太刀が、『ルカーヴィ』の皮のない背中に突き刺さる。それでも、ヤツは止まらない。背中に取りつくオレを、振り払うこともなく立ち上がってしまう。


 躊躇しそうになる。頭の中がまっ白になりそうになるのさ。どう攻略していいか。見当がつかないからな。攻撃を無視されて、動かれてしまうことの不安は他に無い。


 だからこそ、攻撃を続行する。竜太刀を突き立てたまま、左の篭手から竜爪を生やして、ヤツの背中を傷を入れていく。


「ハハハハハハッ!!ムダだぞ、ガルーナ人!!その程度の攻撃では、『ルカーヴィ』は止まらんッ!!」


 舞台の上を走り回りながら、テッサと戦槌をぶつけ合っているジェド・ランドールが自慢気に叫ぶ。


「ムダかどうかは、まだ分からないさ……」


 竜爪でヤツの背中に傷を入れていく。何度も何度も引き裂き、傷を負わせていく。『ルカーヴィ』は、そのダメージを嫌ったのか、それとも背中に取りつかれることを嫌ったのか。


 どちらかは分からない。だが、ヤツはオレを背中に乗せたまま走ったよ。そして、そのまま身を捻り、自ら壁へと体当たりしようとする。壁と自分の巨体の間で、オレを潰そうという魂胆らしい。


 つき合っていれば死ぬからな。オレはヤツの背中を蹴りつけて、竜太刀を引き抜きながら地上へと転がり落ちた。ヤツはオレがそうやって逃げるのを、予測していたらしい。


 壁に衝突する直前で、減速し。あの傷だらけにしてやった背中を壁に受け止めさせていた。


 四メートルの怪物が、こちらを見下ろしている。破壊してやった赤い瞳は、再生を始めていたな。ジェド・ランドールが、オレの攻撃をムダだ断じる理由が分かった。少々の攻撃では、すぐにヤツは再生してしまうのだ……。


 だからこそ?


 止まってはいられない。脅威的な再生能力を有しているというのなら、ますます短期決戦を仕掛けるべきだ。『チャージ/筋力増強』の祝福を腕に与えながら、ただ真っ直ぐに突撃していく。


 最善策は分からない。だが、このままヤツに時間は与えるつもりはない。


『ギャガゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッ!!!』


 『ルカーヴィ』が歌う。楽しげに見えるのは、オレの頭がおかしいからか?……ヤツは、巨体の腰を沈めて、左右の拳を連打させる。突きの連射だよ。オレはそれに対して、一度目は躱して、二度目は竜太刀の斬撃で相殺する!!


 ザギュシャアアアッ!!……肉を裂く音が聞こえるが、鋼のように硬い骨に、竜太刀の刃が止められる。


 それだけなら痛み分けだが、ヤツの拳の筋肉が締まるのを感じたよ。竜太刀の刃を、膨らむ筋肉が絡め取る……竜太刀の動きを、止める?……いや、ヤツは竜太刀をオレから奪い取ろうとしているようだ―――ッ!!


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