第四話 『祈る者、囚われる者』 その14


 馬から下りたオレとシアンは、ワイン倉庫の方へと向かう。ニコロは、左脚を引きずりながらも、ヴェリイ・リオーネがいるはずだった家の方に入って行った。彼が何か情報を見つけられるといいな。


 オレとシアンは、倉庫に入る。ニコロとは別行動をするのさ。その方が、効率がいいだろう。行方不明者を捜索したければ、より多くの情報を手に入れる。多角的な観察から、彼女を探した方がいいだろう。


 左眼の眼帯をずらして、魔眼の力を全開にする。この崩れかけのワイン倉庫には、いくつかの足跡があるな……男のモノだと断言出来る大きな足跡は、一種類。女モノの靴だと思しき幅の狭い靴の足跡は一種類……コイツはヴェリイ・リオーネのモノか?


 ……三人目の足跡もある。


 ニコロ曰くの、『切り札』と一緒。ならば、コレはその『切り札』の足跡か……なんというか、これは本当に足の跡に見える。


「指の数まで、よく分かるな」


「……裸足が、一人いた」


「この荒野を裸足で踏破するのは考えにくい。どういうことだろうな」


「……私より、長の方が詳しかろう」


「裸足は専門外だと思うがね?」


「追跡のことだ」


「ああ、そっちか。うん。足跡の通りではあるな……倉庫のなかに一直線だ。ヴェリイと思しき足跡と一緒にな」


「……ならば入ろう。トラップも、無さそうだ」


「そうだな。素直にヴェリイ・リオーネがいてくれたら、良いのだがな……」


「……ありえないだろうな。敵からすると、価値のある女だ」


「敵か。どれだろうな」


「どれにしても、価値はある」


「まあなあ。『戦神バルジアの暗殺巫女』でもあるし、『アルステイム』の長を殺した女。『ヴァルガロフ』で最大の賞金がかかった命になっているかもね」


 軽口を叩きながらも、体は動かしていた。閉じられていた古い倉庫の扉を、腕で引っ張って、開いてみた……中にあるには、留め金が外れて、バラバラになってしまったワイン樽たちと……盛大な瓦礫の山だった。


「んー。こいつは、天井が、崩れたのか……と言うよりも」


「……崩した、だな」


「ああ。おそらく魔術で、破壊した。そして、瓦礫を落としている」


「しかし。戦闘の痕跡では、無さそうだ」


「同感だ。血の臭いもしないし、コレだけ大味な魔術では、手練れの戦士は躱してしまうだろう。威力のある、『炎』……いや、『風』も混ぜているのかもしれない」


 爆発させた。雑だが、威力はそれなり。殺傷能力ではなく、ここの屋根……いや、天井を壊したというのか。そして、瓦礫を落とした。戦闘の最中に、混沌を発生させるためにかな?


 ……しかし。戦闘の最中なら、もっとケガはしちまいそうだ。ここには、出血の痕跡が無い。新鮮な血の臭いなら、オレとシアンの鼻は嗅ぎつけるだろう。体術で、出血させることなく捕獲する……不可能ではないが。


「……この瓦礫の下に、何かがあることを考えれば。それを隠すために、天井をぶっ壊して、瓦礫を落としたってところかな」


「……魔眼で、見えるのか?……私の感覚は、この下にヒトの気配を感じるのだが」


「ああ。瓦礫の下にいるぞ。小さな、穴がある……そこに、小柄なヤツがいる。ケットシー族ではないな。ヴェリイでもない。彼女の魔力ではないよ。この穴は、地下室?」


「―――それは、ワイン用のブドウを潰すための穴です」


 背後からニコロ・ラーミアの言葉が聞こえたよ。


「……彼女は、いなかったか?」


「いませんでした。食べかけのパンがありました。書き置きも、無かったです」


「強襲された形跡は?」


「いえ、なかったですが……おそらく、敵がやって来たことは間違いない。ですが、どうして、ここがバレたのか」


「生き残りから、聞けばいい」


「そいつはいい考えだ。この地下の穴にいるヤツを、取り出してしまえばいい」


「ですが。この瓦礫をどうやって?」


 柱と天井と、屋根の一部が折り重なっている。かなりの重量物だな。だからこそ、ヴェリイ・リオーネを襲撃した犯人も、あきらめたか。


「……必要以上の殺しをしない」


「え?」


「この下の構造までは、襲撃者は知らなかった……魔眼の持ち主ではないのだからな。だが、殺そうと思えば、火を放っていたんじゃないか。難しい行為ではない。これだけ乾いて朽ちた木造物。マッチ一本こすれば、ぜんぶキレイに燃えてしまう」


「あえて、それをしなかった?」


「ヴェリイ・リオーネだけを狙っていたからだな」


「……まるで、『彼』みたいだ」


「『首狩りのヨシュア』。『バルジアの暗殺巫女』に接触するという任務だ。多くの者が、関与出来るような種類の任務ではなさそうだな」


「……可能な限り、秘密にする。都合の悪い事実を、多くの者に知らせる意味はない」


「……じゃあ、『首狩りのヨシュア』の犯行だって言うんですか?」


「『アルステイム』の連中ならば、一人で彼女を攻撃しないんじゃないか。彼女の能力はかなり高いだろう。さっき『サール』で襲って来た連中の誰よりも彼女は強い。直接、彼女に会ったオレには、彼女の戦力ぐらい分かってるよ」


「はい。彼女は、一流の暗殺者です」


「それをオレ以上に知っている『アルステイム』の連中なら、単独で彼女を襲撃なんてするワケがない。この襲撃者は単独だ。相当な腕前があり、そして、不必要な殺しもしないらしい……跡目争いをしている『アルステイム』ではない」


 連中なら、彼女の腹心である部下も殺す。共に荒野へ隠れるような『仲良し』を、生かしておくとは思えない。捕まえられなければ、殺そうとするさ。


「では、やはり……彼が?でも、どうして……いきなり……」


「……彼女が告げたのかもしれん」


「……え?」


「『ルカーヴィスト』との連絡の付け方ぐらい、君らなら持っているだろう?」


「ま、まあ……いくつか、思いつきますけど」


「彼女は、それをしたのかもしれない。『ルカーヴィスト』との接触を望んだ。たとえば……『ルカーヴィスト』に自分の保護を依頼したのかもな」


「彼女は、そんなことはしませんよ!恋人と、お腹の赤ちゃんの仇ですよ!?」


「だろうな」


「え?」


「……長は、ヴェリイ・リオーネが、嘘をついたと言いたいのだ」


「嘘を……そうか。彼女は、『首狩りのヨシュア』を、おびき寄せるつもりだった?」


「彼女が死んでも殺したい相手だ。今の彼女は、元・仲間たちに命を狙われている状況にある。死ぬかもしれないなら、死ぬ前に、何としても復讐を果たしたいと願うだろうよ」


「だから、『首狩りのヨシュア』を呼んだ……?」


「この場に、オレたちが来れば、その若造をいくらでもボコボコに出来た。手脚を斬って生かしたまま彼女に献上する、そんなことも別に難しくはないさ」


「……来るのが、遅かったんですね」


「ここが襲撃されてから、何時間か経っている。おそらく、彼女の想定よりもずっと早くに、『首狩りのヨシュア』が襲撃して来たのだろう。ヤツは、もしかすると、彼女が想像していたよりも、ずっと近くにいたのかもしれない」


「……ええ。でも、それなら、『彼』が、接近を把握する……逃げられなくても、対処は出来たというわけですね、ヴェリイさま……」


 『接近を把握する』だと?……ふむ。なるほどな。たしかに『切り札』ではありそうだよ。『ゴースト・アヴェンジャー』の接近を理解出来る人物か。


 そいつのおかげで、キュレネイ・ザトーの動きも把握していたというのなら、あの日の出会いは、やはり運命ではなかったか。


「しかし……『彼』か。この下にいるのは、男なのか?それにしては、かなり小柄だが。そもそも、どうして彼は、裸足なんだ……?」


「……特殊な育ちをしていた方ですから」


「ふむ?……まあ、なんであれ、さっさとここから出してやろう……地下の構造からするに、あっさりと出せそうじゃある」


「ソルジェ・ストラウスさまには、見えるのですね?」


「ああ。竜の魔力の宿った左眼の力でね……さすがに、輪郭ぐらいだが、十分だよ。ヴェリイは、この場所を下見していたらしい。ここに立て籠もる方法もあった。だから、この『切り札』くんを、わざわざ連れ回したか……」


 おしゃべりしながらも、地下の構造を把握している。こいつは、地下に掘られた、不思議な穴だな。正体は分かっているよ。聞いたばかりだから。


 ここの空洞にブドウを大量に押し込んで、そいつを踏むんだよ。ブドウの汁を取り出して、溜めて、発酵させるための空洞さ。


 小柄な若い女とか子供なんかを雇って、この空洞でブドウを踏ませていたんだろうよ。ここがワイナリーとして現役だった時代には。こいつは作業用の穴だから、ヒトが隠れるには、十分な広さがある。ヴェリイ・リオーネもいてくれたら良かったんだがな……。


 ……いや。この下にいるヤツに、『ゴースト・アヴェンジャー』を見つける力があるのなら、問題はないか。


 彼女の身の安全こそは、保証されないが……この『切り札』を見つけたとき、もしもヴェリイが殺されていたら?……必ず、オレが『首狩りのヨシュア』を殺すしな。


 ヤツを追いかけるための『切り札』。


 ヤツを殺すためのオレたち。


 どちらもが、そろっている。だから、君は自分自身よりも、『切り札』を優先して隠そうとしたわけかい?


 ……そういう計算を感じる。君は、まるで。自分の命を費やして、仕掛けた復讐の罠を完成させるつもりのようだ。オレの性格を把握しているつもりなのか?……オレが、君のために動くって考えているのかな。


 だとすると、その通りだ。オレは、君の命の有無にかかわらず、君を誘拐したヤツを殺すに決まっているから。しかし……死なせるつもりは、無いんだよ。なあ、そうだよな、アーレス?


 抜き放った竜太刀に問いかける。竜太刀の鋼に、竜の劫火が宿るのだ。黄金色に輝く、破壊の焔が、刃の周りを螺旋に走る。


 荒ぶる竜の闘志が、オレの髪の先端を焼き、ただようホコリを呑み込みながら煌めいた。渦巻く焔は、このワイン倉庫を明々と照らしてくれた。全力ではないが……床をブチ抜くぐらいなら十分な威力だ。


「……君の家の伝統を壊して悪いが、床を砕くぞ」


「は、はい!お願いします……『彼』を救出しなければ、ヴェリイさまの居場所も分からないですから!!」


「良い返事だ」


 オレは斬撃を放つ。魔眼が教えてくれていたよ。放つべき場所をな。刃に宿った劫火は、床の一部を爆破し穿つ!!……かつてワインの原料たちが眠っていたその空洞に、砕けた床石が落ちていく。


 空洞から、カビ臭い空気と共に、悲鳴が返って来た。


「あああああああああああああああああああああああああああああッッッ!!?」


「慌てるな。オレたちは仲間だ。落ち着け!!体に、岩は当たっちゃいないだろう!!」


 穴の底で怯える者に、オレは語りかける。だが、『彼』は、ガタガタブルブルと震えているようだった。暗闇に閉じ込められて、正気を失っているのかもしれない―――そう思っていた。しかし、そうではなかったようだ。


「……こちらへ、おいで下さい。アレキノさま……」


 穴の奥にいる人影に、ニコロ・ラーミアが声をかけた。『彼』は、そのやさしい声に安心したのか、ゆっくりと、穴の奥から四つん這いでこちらへと向かって来る……彼は、裸足だったよ。怯えたネズミのように、不安げに右や左を向いている。落ち着きがない。


 なんというか、『悪魔憑き』と呼ばれる人々を思い出していた。未開の田舎には、ときおり精神的に病んだ者に、そんな残酷なレッテルを貼り、洞窟や地下牢に閉じ込めることがあるのだが……『彼』も、そんな人物であるように見える。


 ……『オル・ゴースト』の『予言者』。


 想像していたよりも、ちょっと違う人物であったことは認めようじゃないか。

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