第四話 『祈る者、囚われる者』 その4


 ガンダラの淹れてくれたコーヒーを飲み、体を温め終わる。それから、細かなことをベテラン猟兵三人で語り合ったよ。シアンからはハント大佐や、ハイランド王国軍がどう動くかなんて予想も聞いたりした。


 ガンダラからは、『アルカード病院騎士団/紅き心血の派閥』に接触したオットー班の情報も聞けた。昨夜のうちに、派閥最大の研究施設に侵入しているらしい。


 施設内を探索したが……『ストレガの花畑』は確認出来なかったそうだ。保管されたいた花蜜の量はわずかであったらしいが、すでに回収済み。つまり、盗んだということだ。


 帝国錬金術師界の内情に詳しい、ゾーイ・アレンビーも侵入しているからな。重要な研究にまつわる資料を盗みまくっているらしい。ガンダラは、かなりの収穫ですよ、と静かな言葉で勝利を表現してくれていたが……錬金薬の情報には、疎くてね、理解が及ばん。


 だが。順調なことぐらいは分かる。


 これで、帝国側には、大量生産するほどの『青の秘薬』の原材料は無いってことだよ。


 『紅き心血の派閥』の本部に提出されている論文の種類と量から、『メルカ』に関する興味の低さも証明されたらしい。バシュー山脈に現れたアルカード騎士どもは、あの集団の中でも、かなりの変人どもだったようだな。


 ……バシュー山脈に再びヒトが派遣されるような証拠はなく、『紅き心血の派閥』は医学系の錬金術師集団として、大いに活躍しているようだ。最先端の、彼らの研究を、ゾーイは盗みまくっている……。


 実験の資料を読めば、分かるそうだ。そして、完全に暗記する。それをククル経由で『メルカ』にいるククリに伝え、ククリからルクレツィアに報告。ルクレツィアが、その冴え渡る錬金術の知識を用いて、『紅き心血の派閥』より先に、彼らの研究を完成させるのだ。


 そして?


 その研究成果を、論文として発表させるために、ロビン・コナーズとコーレット・カーデナが文章とか研究資料を製作しているらしい……よく分からんが、ちゃんとした形で発表しないと、『白いフクロウの派閥』の価値につながらないようだ。


 オレたち『自由同盟』の資本と協力で動く、傀儡の派閥……架空の帝国人錬金術師に化けたルクレツィア・クライスが在籍する錬金術集団。この派閥の価値を強めて、『兵士の強化薬』の開発へと向かっている帝国錬金術師界の方向性を変えるのが、オレたちの目的。


 何とも難解なハナシだが……。


 つまりは敵を強くする薬よりも、医療系の薬の方を帝国の錬金術師サンには作ってもらおうというハナシだ。


 『自由同盟』の敵が『強くなるコト』を防ぐのさ。『自由同盟』の軍勢が、帝国軍よりも優れている点は、ただ一つ。兵士個人の質で勝っている。


 その唯一にして最大のアドバンテージを、守るためのややこしい工作だよ。


 まあ、兵器より医薬品を作ってくれた方が、オレたちの仲間が死ぬ数が減るってわけさ。地味に見えるが、帝国軍全体の方針を変える可能性もある作戦だ。狙い通りに機能すれば、『自由同盟』の戦士たちが、戦場で死ぬ数は大きく減らせることさ。


 ……あと。ルクレツィアが『白いフクロウの派閥』から発表する予定の薬は、効果的であるが、コストもかかる。帝国軍の財布を攻撃するための作戦でもあるのさ。兵士の重傷に有効な薬品が開発されたなら?軍隊も買わないわけにもいかない。


 重傷の兵士を見捨てるのなら?……兵士は重傷を負うまで戦ってくれなくなるだろうからな。地味だがね、戦力を削ぎ……経済にもダメージを与える、頭脳を用いた戦略でもあるのさ―――オレには向かない作戦だったから、ゾーイやククルが現地にいて助かるよ。


 遠くで仲間たちも働いている。


 今夜も仲間たちは闇に紛れて、帝国の錬金術師界を攻撃することになる予定だった。きっと、上々の成果をあげることだろう。オレたちも、明日に備えて眠ることぐらいしか、今は出来ない。


 長距離の移動に、『垂れ首の屍毒獣/カトブレパス』に『殲滅獣の使徒/シェルティナ』との戦いがあった。オレの体は疲れているのだ。コーヒーを飲み終わった後で、さっそく寝てしまうことにしたよ。


 テントに向かう。


 リエル・ハーヴェルは、『カトブレパス』の毒を回収する作業を終えて、そこに戻っていた。眠いだろうに、オレを待っていたのか、眠っていない。ちょこんと座っている。眠たそうに翡翠色の瞳を細くして……。


「……お帰り」


 眠そうな顔で、オレにその言葉を告げてくれる。『家族』を感じさせる言葉で、嬉しくなるね。


「ただいま」


 そう言いながら、正妻エルフさんのとなりにしゃがんだ。リエルは、竜鱗の鎧を外しにかかってくれる。旦那さまにやさしいな……。


「……疲れたぜ」


「うむ。もう、夜も更けたしな」


「明日も、早い」


「そうか。大変だったようだな、今回も」


「『カトブレパス』に、『シェルティナ』だからな。罪無きヒトがモンスターにされてしまっていた」


「……罪深い者たちだ。『ルカーヴィスト』……破滅を実践しようとする宗教。とんでもない邪教だ」


「文句のつけようのない認識だ。ヤツらは、ホントに悪人だよ」


「許すでないぞ?」


「……もちろんさ。連中は潰す。誰のためにもならない存在だからな。その組織哲学と、何より手段が、あまりにも邪悪だ」


「うむ。ほら、鎧を外し終わったぞ?」


「ああ……身軽になったよー」


 そう言いながら、毛布のなかにバタリと倒れていた。眠気がスゴい。


「か、かなり疲れているようだな」


「深夜に、ガンダラと頭を使うミーティングとかしちゃったしな」


「それは、とても疲れそうだ!」


「うん。とっても、疲れてる。でも、リエルちゃんが、望むなら、オレはまだまだ」


「あ、脚を触りながら、スケベなコトを言うでない!」


「……いや。魅力的な美少女エルフさんと一緒のテントなのに、口説かなかったから男として終わっているじゃないか?」


「男とは、そんなに性欲ばかりの生物なのか?」


「誰にも否定できないはずだよ!」


「む。真顔で言われると、反論の仕方もよく分からなくなるではないか……」


 反論するようなコトじゃないもん。男はスケベ。この環境でリエルちゃん口説かない男は、ヘタレ野郎に決まっているのだ。


「……睡眠を妨害するつもりはないし。他で寝ようか?」


「いやだ。リエルと一緒がいい」


「……そ、そうか。うむ。そ、そうだよな。夫婦であるわけだし……っ」


 そう言いながら、エルフさんも毛布のなかに転がってくるんだ。オレはさっそく腕を回して抱きしめる。


「こ、こら。いきなりそれか……っ」


「エッチなことじゃなくて。愛情込めて、ハグしたいだけ」


「う、うむ……それならば良いぞ。こうしていれば、温かいしな」


「リエルの体温は高くて、気持ちいいんだ」


「ソルジェの体温は、エルフよりは低いのだな」


「そうらしいけど、冷える?」


「いいや。温かいぞ。ちょっとだけ、ザクロアの温泉を思い出す」


「そいつはいい。いつか、また皆で行こうぜ」


「うむ……じゃあ、眠ろう……明日は、早起きするのか?」


「7時起きがベストかな」


「わかったぞ。その時刻に起こしてやる。そういうの得意だから」


「ああ。リエルに任せておけば、安心だよ……」


 温かくて、やわらかくて。いいにおいがする。疲れていたんだなという自覚が生まれた。まぶたが重たくなり、リエルの肌から伝わる温かさに導かれるように眠気が強くなっていくのが分かる……。


 ……あっという間に、オレの意識は消えてしまう。


 眠ってしまう直前に、リエルに、おやすみ、と声をかけられたかどうかも、よく分からなかったんだよ。




 ―――夢を見る。哀れな少年の夢だった。


 知っている。


 この少年は、呪術師のキースだ。


 魔眼の影響だろう。アーレスのくれた大いなる力の代償……あるいは、オレが背負った業から逃れるなという、アーレスの教えなのか?


 罪悪感はない。


 キースを殺したことに、オレは罪の意識は全くない。ヤツと戦うことで、『ルカーヴィスト』の情報を回収することも出来たのだから。『シェルティナ』の危険性もな。何百体もあれが作られて、一斉に攻撃して来たら?……軍隊さえも相手にならない。


 ヤツらは、本当に邪悪な敵なのだ。


 それを思い知らされた戦いだった。


 『フェレン』の村人を巻き込めたのは、彼らがイース教徒だったから?


 あるいは、人間族が『シェルティナ』への変異に向いているから?


 ……仕組みとしての合理性までは、想像が及ばないが。キースがイース教徒を逆恨みしていた理由は、よく分かったよ。


 イース教徒の両親に、イースへ捧げるためのワインの代金と引き替えに、北部の大農園の主に売られちまったからさ……ろくでもない。彼は、そこで性的に虐待された。太った奥様に押しつぶされるように犯され、農園主は残酷に細身の彼を愛でた。


 悲惨な人生だったな。


 そして、ヒトを呪うことを覚えてしまった。


 『ルカーヴィスト』に共鳴したのは、世界に対する拒絶ゆえ……そして、孤独なる者が心に宿す、他者とのつながりを求めて。イースを信じられない彼にとって、戦神が見せる世界の破壊者としての形態である『ルカーヴィ』は、まるで英雄だったらしい。


 ……そんな若者は、悪だったのか?


 彼は、たしかに悪行を成した。罪無き市民を道具にして、苦しませて、殺した。多くの幸せを奪った。ファーガソンと、もしかしたら、彼の花嫁になったかもしれない乙女の命も奪った。


 いや……あの花嫁になれたはずの女を、斬り殺したことが……オレの罪か。


 分からんよ。アーレス。オレは、どうしてこんな夢を見ているのだろう?……迷ってはいない。あの連中は邪悪な存在だ。サイアクの手段を用いようとするのなら、代償を支払うべきである。


 悪には、破壊と殲滅こそが相応しい。


 殲滅……か。


 おそらく、『ルカーヴィスト』どもも、同じようなコトを考えている。悪を殲滅する。


 ……疲れた時に見る悪夢など、サイアクだし、混乱しているものだ。


 それでも。迷わないよ、アーレス。


 たとえ、あの若造どもに、どんな理由や不幸があったとしても、その事実が、全ての罪を赦すことにはつながらない。不幸な者にも、他人を不幸にする権利はないのだ。ヤツらは悪だ。オレは、『ルカーヴィスト』どもの首魁を殺すぞ……。


 呪術師キースの師である男だ。夢のなかで、キースが、そいつに会っている。オレに褒められたときのジャンに、よく似た顔をしていたな…………キースは、腹に、埋められている?……呪術の『種』…………いいや、『ルカーヴィの肉片』……だと?


 ……『ルカーヴィ』ってのは、実在しない神なんじゃないのか……?


 ……アーレス。この夢は……正しいのか?キースは、それを、本物の『殲滅獣の肉片』だと信じている?…………実在する、バケモノなのか……?『ルカーヴィ』ってモノは……。

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