第七話 『星の魔女アルテマと天空の都市』 その16


 『アラカラ液』。そいつは確か、岩盤を柔らかくすることも出来る薬剤とのことだったな。オレは魔法の目玉を経由させて、ゼファーに『アラカラ液』の回収を命じた。ゼファーの背中に乗っている四人が、上手く回収してくれるだろう。


「……あとは、調合の準備にかかる……ここの錬金釜で、『メルカ』の全員分を作ることになるわ!楽しみね、いい薬が出来そう……」


「ルクレツィアよ。急かすようで悪いが、『ホーンド・レイス/曲がり角の死霊』について、教えてくれないか?」


「……ああ。そうね!そっちもあったわ……帝国人の先生、これの材料を用意しておいてくれるかしら?」


「構わないよ。ここの倉庫にあるのかい?」


「あるわよ。だいたい、三大属性と名前順に保管はしてあるはずだから、見つかると思うわ」


「分かった。取りかかる」


「……そうだ。コナーズ、コーレットを使ってやれ」


「ん?そうだな。猫の手も借りたい状況だからね。これからは、順番通りに錬金釜に素材を入れて、反応を観測する、地味で手間のかかる作業……若い助手がいてくれると、楽そうだね」


「そういうことだ。あそこのソファーで、いびきをかいているから、叩き起こして働かせるといい」


「ちょっとかわいそうだが、人手が足りないしね……君たちも、その、『ホーンド・レイス/曲がり角の死霊』とやらの対策もしなくてはならないだろう?……ゾーイくんも、前線に行くんだよね?」


「そうね。おじさまの仇を討つわ。止めてもムダですからね、コナーズ先生」


「……止めるべきだろうけど。『ゼルアガ』の魔力で練られたモンスターが来る……どこが安全なのか、僕には、よく分からない。君は……多分、ストラウスくんの側にいるのが一番安全だろう」


「……ああ。オレのそばにいれば、必ずや守ってみせる」


「そうしてあげてくれ。では、僕は作業の準備に入るとしよう。作っておくべき薬があるんだったら、早めに連絡をくれ。対応出来るように、調整する」


「わかった。始めてくれ」


「うん。おーい、コーレットくん。仕事だよー」


「―――は、はい!!寝てませんってば!?」


 コナーズの言葉に、あの愉快な14才が飛び起きていた。うむ。やはりユーモアを感じさせる子だな。


「これから徹夜で薬を調合するよー」


「て、徹夜ですね……っ。そ、その……報酬は?」


「コーレット。働き次第では、君をガルーナ王室の専属錬金術師に推薦してやる」


「お、王室専属錬金術師ッッッ!!?だ、大出世かも!?実家の孤児院に手紙を書かなくちゃあッッッ!!!」


 ……想像以上に喜ばれてしまったな。しかし、実家が孤児院か……彼女は、本当に苦学生らしいね。まあ、嫌いじゃない。苦労は、魂を磨くだろう。根性のある錬金術師がいてくれれば、オレが再建する予定のガルーナ王国を、よく支えてくれるだろうしな。


 さて。今夜も苦労してくれ、若き錬金術師の卵よ?……仕事中毒のコナーズ先生は、君にいい経験を積ませてくれるに違いない。


「……薬については、彼らに任せていても良さそうだな」


「まあ。あっちの学生には、不安があるから、監督しときたい気持ちもあるけどね」


「とりあえず、『ホーンド・レイス/曲がり角の死霊』についてハナシを聞こう。その様子では、君も知らないんだろう、ゾーイ?」


「ええ。私が継承した『アルテマの叡智』は、所々が欠落してるのよ。資料で補っては来ているけれど……『それ』については、全く分からない」


「ならば、聞いてみよう。ルクレツィアと君の頭脳がそろっていれば、何かに気づけるかもしれない」


「そうよね。この件に関しては、誰よりも当事者だもんね、私たち……ねえ、『メルカ・クイン』話してくれない?その、『ホーンド・レイス/曲がり角の死霊』について」


「もちろん。話してあげます。さて……この『ホーンド・レイス/曲がり角の死霊』は、その名のとおり、角が生えている。原材料となるのは、死んで間もない魂と、土塊」


「つちくれ?……普通の『レイス』は、人骨に『呪いの風』が入って産まれるが?」


「まあ、『レイス』の名を冠しているだけで、別物ってことよ、ソルジェ殿。見た目は、角の生えた骸骨……典型的な『悪魔』みたいな形状ね。怨念が、この土地の土塊と、混ざり合い……その形状に至る」


「強さと能力は?」


「『コルン』より強いことはないわ。ただし、重量は普通の骨製モンスターよりも、当然ながら重たいわ」


「本質的には、ゴーレムってこと?」


「そうね。ゴーストの封じ込められた、ゴーレム……そういう見方も正しい。重量があるだけに、飛行は得意ではない。でも、飛ぶ個体もいる。小柄な『ホーンド・レイス』は飛ぶでしょうね」


「……それはゼファーが焼き尽くすさ」


「空中戦かあ。面白うそうね、私もアンタと一緒に、あの黒い竜で戦いたいかも?」


「状況次第だな。『ホーンド・レイス』は地上も走るのか?」


「ええ。どちらかというと、そちらがメインでしょうね。彼らは、アルテマが『コルン』を創るより以前の、主力兵士。怨霊の法則に従い、生きたヒトの血を啜ろうと企む。怨霊にとっては、それだけが死の寒さをしのぐ術だとか」


「……角の生えた、土製スケルトン?」


「そんなイメージね。角の生えたスケルトンみたいなゴーレムでもいい。アルテマは、『ホーンド・レイス』と名付けたけどね」


「武器は?」


「攻撃手段は、手に持った武器。素手かもしれないし、噛みつき攻撃もするでしょう。ヒト型モンスターの典型的な攻撃スタイルね。単体の強さは知れているけれど、問題はその数」


 多いのか!……その言葉を笑顔で口にしそうになったから、オレは唇に力を込めて閉じておいた。代わりに、ゾーイが訊いてくれたよ。


「どれぐらいになるの、『メルカ・クイン』?」


「新鮮な死者の数に比例する……『ホーンド・レイス』は、死者が放つ怨嗟が、素材の一つの呪術錬金術なの」


「400ということか。『青の派閥』の錬金術師、『黒羊の旅団』……『紅き心血の派閥/アルカード騎士』……」


 ……それに、『メルカ・コルン』たちもだな。


「そういったトコロね」


「……生前の意識はあるのか?」


「ありがたいことに、そういうのは無いわ。一般的な『レイス』たちと同じように、魂は呪術を実行させるための、ただの素材に過ぎない……」


「戦場で使えば、最強の呪術だな」


「そうよ。だから、『星の魔女アルテマ』も思いついた。戦死者が増えるほどに、その呪術は強まる。朝、敵を殺して、夜、殺した数だけの死霊の兵士を得るの。まあ、死んだ味方もそれになる……エグいけど、有効な戦術でしょう?」


「たしかにな。ある意味で、最強の術だ……だが、『新月』にしか使えない?」


「正確には、『新月』にしか造れないね。造ったあとは、半日は動く」


「いつ来る?」


「……波状攻撃を仕掛けてくるでしょうね。飛行型と、地上型よ。地上型は『アルテマ』と一緒に来る……早くても、明日の朝から午前中ってところ。飛行型は、夜間に襲いかかってくるはずよ」


「合理的な思考だな。夜間の強襲で、こちらを疲れさせた後で、突撃してくるのか」


「それがサイアクのパターンだから、そうするはず。まあ、私たちの『オリジナル』だから。そういう発想以外はしないと思うわ」


「君がそう思うのなら、そうなのだろう……ヤツは、慎重な行動を選んだ。殺されそうになると、すぐに逃亡した」


「そうみたいね。それで?」


「……飛行型の『ホーンド・レイス』よりも、地上型の『ホーンド・レイス』を多く造るかもしれないと考えている。攻撃よりも、防御。それが、ヤツの性格だとな」


「……実際に戦ったソルジェ殿が言うのだから、そうなのでしょうね」


「じゃあ。飛行型、100、地上型300……そういう配分ってことでいい?」


「ああ。それぐらいの配分でいいだろう。もしくは……夜間の襲撃が、飛行型100のみ、昼間が飛行型100と地上型200とかかもな。そっちの方が、より強さはある」


「なるほどね。空と地上を連携させれば、強そう……」


「強いよ。竜騎士のオレが、それに関しては自信を持って断言できるね」


「……不安になるんですけど?」


 女子を不安にさせるのは、紳士の仕事ではないかもしれないな。だが、プロフェッショナルは嘘をつかないものだ。


「不安になるべきだが……明るい考え方も出来る」


「え?どんなことよ?」


「空中戦でゼファーを超える存在はいないということだ。重たく、動きの悪い『レイス』ならば……ガンガン、焼き払ってしまうだろう」


「つまり、300の地上型オンリーと肉弾戦やるよりも、飛行型が付随してくるパターンの方が……楽?」


「ゼファーが空中戦に徹してくれるのなら、地上部隊の消耗は最小限になる。だが、ゼファーの援護を地上部隊が受けられるまで、しばらくかかるだろう」


「……良し悪しあるってことね」


「戦場は、合理的なもんでね。相手の戦術に対応すると……必ず、どこかに弱点が生まれる。それでも、対応せざるを得ない」


「守る方が不利なわけね」


「基本的には、後出しになるからな。だが……この『メルカ』の『砦』としての能力は優れている。地の利を活かせることは、守る側にとって大きなアドバンテージだ。それに、ヤツは竜を知らない。どんな作戦にも、ゼファーが対応してくることをな」


「……なるほどね!希望が見えて来たわ!」


「こちらの戦力は十分だ。体調と戦術をそろえれば、被害を減らすことは可能だよ」


「そっか。さすがね、ソルジェ・ストラウス。あんたと話してると、安心できる」


「戦場には、慣れているからな。だが、不安を消すのはいいが、油断はするなよ?失敗のもとだ」


「……うふふ」


「何がおかしい?」


「おかしくないよ。ただね、おじさまと同じことを言うなあって」


 ゾーイまで、オレがシャムロックと似ているというのだろうか?……オレはうれしくなさそうな顔をしたよ。


「ヤツとなんて、似てない。指揮官ってのは、皆、同じようなことを言うんだよ」


「そうかな?まあ、そうかもだけど」


 この話題を掘り下げたい気持ちにはなれないな。それに、ムカつく故人を偲んだり、そのせいで腹を立てたりしている場合でもないのだ。


「……なあ、ルクレツィア、『ホーンド・レイス』に弱点はあるのか?」


「……角を折れば、即座に滅びる。それ以外のダメージでは、粉々とか、真っ二つにしなければ、死なないでしょうね……」


「三大属性のうちで、『弱点』とかはあるの?」


「湿った土塊で出来ているから、『炎』には少し耐える。でも、爆破は有効。『炎』の波を浴びせることでは、ダメージは少ない。火球とか、爆破攻撃。『炎』で攻めるのなら、威力のある各個撃破が基本でしょうね」


 いい分析だな。さすがは我が友、ルクレツィア・クライスだ。


「『炎』でまとめて焼き払うことは、難しいのね?」


「耐性が高いわね。もちろん、竜の吐く炎の息なら、問題ないでしょう」


「ああ。火力が違うからな」


「『風』は、とても有効。ヤツらの湿った体から、水気を失わせる……動きを悪く出来るわよ。飛行型も、地上に落下させられるわ」


「なるほど。それ、やってみたい!」


「『雷』は……角を狙えるレベルの術者なら、とても効果的ね。ただし、基本的に、『コルン』は『雷』の攻撃術は不得手だから……『雷』を使えるなら、『チャージ/筋力増強』なんかの方が有効かもね。肉弾戦も有効。最適な武器は、鈍器ね」


「土塊だから、切るより、壊すってことね」


「そういうイメージで攻撃することを心がけるほうがいいはずよ……さて。ソルジェ殿、そんな感じね。私が知っている知識は、そんなところよ」


「参考になった。そのことは、『メルカ・コルン』は知っているのか?」


「私たちは、知識を共有している。でも、この知識は、『メルカ・クイン』用の知識ね。『プリモ・コルン/筆頭戦士』のククリが戻って来たら、『コルン』のミーティングでそれを発表すれば十分よ」


「……よし。それまでには、戦術も煮詰めておこう。夜は、この『メルカ』に全員がまとまっているべきだ。守る範囲が狭い方が、より堅固に守れる」


「良さそうな考えね。敵は、消耗させることが狙い。それに付き合うのは愚策というわけね」


「そうだ。消耗を抑える。二戦目の昼は、『砦』でゴーレムたちと共に戦う……状況次第では、『砦』を放棄し、『メルカ』に撤退すると『見せかける』」


「……え?どういうこと、ソルジェ殿?」


「明日の昼、『アルテマ』に、『ホーンド・レイス』を統率する知性があると判断出来れば……より深く、『罠』にかけられる。無軌道なバカには罠が効かないが、賢く合理的に動く敵ならば、ハメられるさ」


「スゴい自信ね?」


「頼りにしていいんじゃない?彼らは、たった数人と竜一匹で、『黒羊の旅団』を壊滅させたんだもの」


 ゾーイに褒められている。美女に褒められるとお兄さんは嬉しくなっちゃうね。


「とにかく、戦術を煮詰める。ルクレツィア、『メルカ』と『砦』周辺の地図をくれないか?……『コルン』たちのミーティングの前に、作戦を煮詰めておきたい」


「ええ。お願いね、ソルジェ殿。死傷者を、一人でも減らしてくれるとありがたいわ」


「全力を尽くすさ」

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