第七話 『星の魔女アルテマと天空の都市』 その13


 ゼファーはあの白く美しい町へと帰還する。『メルカ』の町並みだ。その入り口近くの広場に、黒い竜が降り立つ。オレとガントリーは、その着地の寸前には、飛び降りて、ゼファーの着地を妨害することはなかった。


 『メルカ・コルン』たちが出迎えてくれたよ。オレとククルはゼファーの腹に結びつけていた、レイン・リーリィの遺体を、彼女たちに託した。家族のもとに、彼女を運んでくれるだろう。


 一つの重大な任務を終えたオレは、彼女たちにルクレツィアの所在を訊いたよ。すると、いつものアトリエにいると教えてもらえた。


 ゼファーは、すぐさま南に向かう。その背には、ククルが乗っていったよ。ククリとの共感能力で、連絡を取り合うためだ。


 カミラの『コウモリ』の力で、彼女たちの旅は、通常の想定を超える移動をしているはずだ。お互いの居場所を悟れる、双子の能力があった方が、合流は早い。


 我々は、ルクレツィアに会うために、『メルカ』の白い町並みを急いだよ。錬金術師たちは、初めて見る『メルカ』について、分析と議論を展開した。どの時代の建築に似ているとか、材質が『ベルカ』とどう違うとか、知性を発揮していたよ。


 オレは……頭のなかで『アルテマ』を狩るための方法を考えながら、その道を急ぐ。『アルテマ』との戦いには、あの『ストーン・ゴーレム』たちを配置した砦を使いたい。その方針は決定している……。


 『メルカ』にまで、被害を出すわけにはいかないからな。あそこでなら、ゴーレムたちのサポートを受けつつ、理想的に戦えるはずだ……カーリーン山を西側から登るとすれば、どうしたってあの場所に現れるはずだしな。


 色々と考えているうちに、その足取りはルクレツィアのアトリエへとたどり着いていたよ。


 オレは、その大きな屋敷の前で、叫んでいた。


「ルクレツィア!!オレだ、ソルジェ・ストラウスだ!!戻ったぞ!!……客と捕虜がいる……それに、伝えておかなくてはならない、こともあるんだ!!」


 アトリエの四階部分の窓が開いた。


 『メルカ・クイン』、ルクレツィアの頭が、その窓から飛び出していた。


「お帰りなさい、ソルジェ殿。無事で何よりよ。心配したわ?」


「まあ、落盤事故にあったぐらいで、体は無事だ。無傷みたいなもんだよ」


「アハハ!落盤事故で無傷?」


「頑丈で壊れない。それが、一流の戦士の才能だ」


「さすがね!……あ。玄関は開いているから、勝手に入って来てくれて構わないわよ?……その人数だと、食卓がちょうどよくなりそう。何か、食べられるものを用意しておくから、あがって来なさいな」


「……ああ。分かった、そうさせてもらおう。行くぞ、みんな」


「……アレが、『メルカ・クイン』……似ているわね、うちにママに」


「年齢を気にしている女性だ。その発言は、彼女の逆鱗に触れる可能性があるから、やめておけ」


「……うちのヨメもそうだよ。なぜか、正当な年齢を言っただけで、僕を打ったことがあるんだ」


「テメーのところのヨメは、相当なモンだな。面白い夫婦話にあふれていて、オレは実に楽しめているよ」


「……ガントリー、あまり軽口を叩くな?一応、彼女は『クイン』……まあ、この小さな町の女王陛下だ」


「わかったよ。女王陛下に軽口を叩くと、八つ裂きにされて、カラスどものエサになるのが相場だもんな!」


 オレの知る女王陛下といえば、ルード王国のクラリス陛下だが……彼女は、きっとそんなことしないと思うんだ。おそらくだけど、ルクレツィアもね?


「さすがに、そこまではされないだろうが、無礼はつつしむべきだな」


「分かった。がんばろう。オレは、だんまりモードを決め込むぜ」


「そうしておけ。それが一番、害が少ないだろうから」


 姉貴を持つ弟という立場のせいか……姉貴の年齢にも近い、ルクレツィアに睨まれるのが、オレはどうにも苦手なんだよね。


 オレたちは彼女のアトリエに入り、そのまま、階段をズカズカと登っていく。基本的に遠慮の少ないメンバーだな。ゾーイも、コーレットも、ガントリーも……良心的そうに見えるロビン・コナーズも、この異文化の錬金術師の家を物色していたりする。


「素晴らしいコレクションだよ」


「ホント、いい家ね。色んな生物素材の臭いが混じっていて安心するわ」


「こういうモノがいっぱいあるとこって、大学のアトリエと同じで、落ち着きますよね」


 オレは錬金術師たちの引率者になった気持ちがする。


 ああ、コナーズが立ち止まってる。廊下に置かれている棚を見ていた……倉庫に収まりきれない錬金術の素材が、ルクレツィアのアトリエには、あちこち転がっているのさ。


 コナーズは、その一つに魅入られているようだな。気づいたオレが対応しよう。リエルやミアは、足手まといたちを引率してダンジョンを踏破したから、疲れているだろうしな。


「どうした、コナーズ?」


「……ああ。これは、『霊牛』の角だろうかと思ってね……肝臓病の、特効薬になるんだが……いいものだ」


彼のヨメは、酒呑みが祟り、肝臓を腐らせているとのハナシだったな。何というか、ヨメに対する愛情はホンモノらしい。別居中だか、離婚しているのかは知らないが……それでも愛は変わらずか。


 リエルに知られたら、『見習え』とか言われちゃいそうだな。


 コナーズは、その角を見つめている……何かを考えているようだ。盗むつもりかな?気持ちは分かるが、止めておいた方がいいだろう。『メルカ・コルン』は、そこそこ残酷な方法で、盗人を処刑すると思うぜ。


「―――医療用錬金術の相談は、『アルテマ』を倒してからだ」


「そ、そうだね……」


「いいか、コナーズ、アンタは一応は捕虜だ。しかし、傷つけるつもりもないし、拷問もしない。協力してくれたら暴力を振るわれることはないだろう」


「……ああ。僕も、もちろん君たちに協力するよ。だって、シャムロックの仇討ちもしたいし……アルカード騎士たちに追いかけられていたのに、君たちは、僕を見捨てなかった」


「その恩を返してくれるか?」


「うん。やれることしか、やれないけれどね」


「それで十分だ」


「……錬金術には、人手がいるときもあるから……何か、きっと、手伝えるはずだよ、僕にもね」


 ベテランの錬金術師か。名門大学の出……頼りにはなるな。


「コナーズよ。アンタのヨメの肝臓病についても、この戦いが終われば、ルクレツィアの協力を取り付けてやってもいい」


「ほ、本当かい!?」


「そうだ。だが……アンタとヨメとその娘は、こちら側に亡命してもらうことになるだろう」


「……亡命か。『蛮族連合』……いや、『自由同盟』にかい?」


「帝国に忠誠を誓いたいのなら、そう言ってくれ。アンタをオレの怨敵である帝国人の錬金術師として、斬り殺してやる。それを名誉と思うような男ならな」


「僕は、そんなに愛国者じゃないよ。国よりも、家族が大事だ……それに」


「……ああ、分かっている。アンタが協力してくれるのなら、『自由同盟』側の国にたどり着いても、錬金術の研究を取り上げることはしない」


 その言葉に、男は顔を明るくする。そうだな、人生を賭けた仕事だ。それと切り離されては、生きている意味もない。


「……ありがとう!」


「だが。それなりの見返りと役割を求められることも忘れるな。アンタには、帝国軍に流通している薬品を教えてもらうし……大きな仕事もしてもらう予定だ」


「こ、怖いね。僕は……そんな大人物じゃないぞ?」


「帝国人で、ベテランの錬金術師というのなら、それで十分だ。アンタを間接的に使って帝国の錬金術師界を揺さぶる。軍事協力に、金と人材が回らないようにしたくてな」


「そんなことが、出来るとでも?」


「ああ。やれないことはない。アイデアはある。それを実現するための才能と、アドバイザーも手に入れた」


 ……あえて、口には出さないが、察しろ。アドバイザーってのは、アンタのことだぞ、ロビン・コナーズ。


「……ストラウスくん。君は……『自由同盟』の工作員なのかい?」


「スパイ扱いされることもあるが、零細傭兵団の経営者だよ。まあ、アンタが協力してくれるなら、そのうち大出世するだろうな」


「将軍にでもなる?」


「いいや。『国王』になる予定だ。故国を取り戻し、帝国を滅ぼしてな」


「……国盗りか。まるで、君は……」


「何だ?」


「……シャムロックに似ている。僕の知っている中では、最も野心家であり、容赦なく、行動力があった」


「……屈辱だな。オレは、あんな外道ではない。オレの同胞には、亜人種も多くいる」


「そう、だね……でも。シャムロックは……極右ぶっていたし、亜人種への人体実験も実行させた。ある観点から見れば、彼は間違いなく大悪人だけどさ……」


「だけど、なんだ?」


「……彼は、大切な者のためになら、必死だったよ。それに……僕にもチャンスをくれたボスでもある。同期のくせに、ずっと上司だったから、嫌いなところもあったけど。それでも、何というか……『君に似ていた』。これは……とても、いい意味で言っている」


 口下手な男だな。もっといいお世辞が言えないものかね?……このオレさまに、よりにもよって、あのマキア・シャムロックと『似ている』というとはな。


 まったく。


 そんなことはねえよなあ、シャムロックよ?……オレたちは敵だし、お互い憎み合っているんだから。まあ、死にざまだけは褒めてやる。バケモノの内臓になるってのに、アンタは、後ろを振り向かなかった。仕事を達成するためだけに、前だけを睨んでいたよ。


 ああいう死にざまだけは……オレもマネしてみたいとは思う。


 オレの沈黙に、ロビン・コナーズは不安そうに瞬きをしている。要領の悪い男がよくする、あの目玉をキョロキョロと動かす仕草をしてやがるな。善良ではあるのかもしれないが、彼は不器用な生き方しか選べない男なのだろう。


「あ、あの……もしかして、気分を害してしまったかな?……だったら、撤回するけど」


「―――褒められたと、認識しておいてやるよ」


「あ、ああ。そうしてくれ。本当に褒めているんだ」


「……こっちに来い。ルクレツィア・クライスに会わせる」


「き、緊張するな……っ。僕は、ヒトをイラつかせることがあるしね……ほら、ついさっきみたいに……」


「緊張などしなくていい。ルクレツィアは、気さくな女性だよ」


「社交的過ぎる女性も、苦手だったりしてね……?」


「訊かれたことのみ答えればいい。アンタは、ベテランの錬金術師だ。プロフェッショナルとしての知識と助言をしてくれたら、それでいいんだ」


「……分かった。それなら、簡単だ。やっぱり、君はシャムロックに似ている」


「……似てないだろ?」


「似てるんだ。こうして、不安なときは、彼は厳しいが間違いではない言葉で、僕を律してくれることがあった」


「上司ってのは、どこだって、皆そんなものだろ」


「そう、かもね……じゃあ、行こう。なんだか、ティータイムのいい香りがしている」


「竜に乗って体が冷えていることを、気遣ってくれているんだろ」


「やさしいね。うちの娘みたいに気が利く」


「そうかい。とにかく、茶を頂こう。『アルテマ』との前に、冷えて風邪を引いたのではつまらないからな」

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