第六話 『青の終焉』 その27


 オレとククルは、それぞれ竜太刀と弓を構えて戦場へと陣取る。シャムロックとゾーイを庇うため、二人の壁になるようにしてな。『千年樹霊/ベルカ・ガーディアン』は優勢だったよ。


 アルカード騎士たちは、もう四人しか残っていない。どれもがモンスターとの『人体錬金術』の『産物』の方々らしいが―――所詮は、そこらの素人ごときが感動する程度のモンだぜ。それなりに筋力は強かったが、力に溺れた戦いしか出来ちゃいない。


 授かった力を、崇拝しすぎているのかもしれないな。腕力だけで斬る?脚だけで跳ぶ?愚かなことだ。


 肉体の連動が硬く、どうにも、しなやかさに欠ける……武術とは、全ての技巧が足先からアタマのてっぺんまで意味を持って連動しない内は、二流だよ。


「……放っておいても滅びそうですね。まあ、私が戦いにそそのかしたんですけど」


「だが、完全には操られていなかった。お前、オレに操られていることを示すために、襲って来ただろ?……アレが無ければ、オレは簡単に騙されていた」


「ソルジェ兄さんを騙すことは、なかなか難しそうですけど?」


「そうでもない。とくに、『妹』には弱いんだ―――お前が、元に戻って良かった」


「……はい!!でも、元に戻っただけじゃないですよ?……色々と、情報も掴んでいますし―――あと、私、『雷』属性の攻撃術も、たぶん、使えるようになってます!」


「ああ。『属性』がナントカって言っていたな」


「そ、それは、また……ちょっと違うのですが。『アルテマ・コルン/魔女の尖兵』になっていたときに、『アルテマの叡智』も回収できた……って、トコロです!」


「そいつは頼りになる」


「はい!頼って下さい!」


 ……『千年樹霊/ベルカ・ガーディアン』が、ククルを許すかどうか分からないからな。さっきと状況は変わった。ククルは、『メルカ・コルン』に戻った。『ベルカ』を滅ぼした『裏切り者』だ。


 ククルのせいじゃ無いが、『ベルカ・ガーディアン』に組み込まれた『彼女』からすれば、故郷を滅ぼされた痛みを、忘れているかね?たかが、300年で?……ムリだね。


「―――さっきみたいに『交渉』してみたいが、通じなかったら……力で押し通ることになる」


「……すみません。『メルカ』の業に……」


「『メルカ』はオレの家族、オレの守るべき土地の一つだ。気にすることはない」


「……はい!!気にしないようにします、だって、ソルジェ兄さんは、私の兄さんですもの!!」


「ああ。そういうことだ」


 ククルが元気になって良かったよ。さてと、『交渉決裂』に備えて、『ベルカ・ガーディアン』の動きを見張りつつ―――背後にいる、ギクシャク父娘の会話にも聞き耳を立てておこう……。


 正直。


 シャムロックが、『ここ』に来た理由を……オレは疑ってもいるんだよ。意識朦朧で、あの距離を移動する?ありえるさ。たしかに、ありえるが……。


 本当に、あれだけ賢いヤツが、この場所に、偶然来たと言うのかな?……ヤツは、求めていただろ。『ベルカ』がイース教徒からもらったという黄金も、『ベルカ』の錬金術も、そして……『星』だってな。


 だから、警戒しないわけにはいかない。魔法の目玉がひそかに活躍するんだ。自分の背後を『見る』―――まあ、魔力のシルエットだけだが、怪しい動きをすれば、反応してやるよ。


 魔力のシルエットが近づいていく……ゾーイが、マキア・シャムロックへと向かう。


「じゃあ。この矢、抜いてあげる」


「……いや、自分でする」


「はあ?ムリでしょ。腕一本、もげてるじゃん。綺麗に抜かないと、鏃で肉が割けちゃうわよ?……片腕のあげく、歩けなくなる気?」


「……それは」


「シンシアに介護させたいの?嫌われるわよ、面倒な年寄りって」


「……うるさい。シンシアには、迷惑をかけるつもりはない……」


 所帯じみたというか、泥臭いまでにアットホームな会話をしておられるな。いいことだろうが、緊張感にもかける。130メートル先で、ヒトもモンスターが殺し合いしているってのに、いい気なもんさ。猟兵並みに肝が据わってやがるな。


「それに、『コルン』の矢なんて、どんな錬金術の毒が塗られているか、分かったもんじゃないわよ」


 ククルが、ビクリ!と揺れていた。彼女も盗み聞きしているのか、オレは叱れないな。だって、同罪だから。


「いい?早くしないと、おじさま、死んじゃうかもしれないでしょ?……そうしたら、シンシアが、悲しむんだからね……」


 悪い子ぶっているのは、幼い精神ゆえか?……じょじょに、ガチ目の『コルン』から今のゾーイに『成長』していった。いや、それを成長と言えばいいのか、ある種の退化と呼ぶべきなのか……オレにも彼女にも分からないんじゃないかな。


 本人は、その『成長』の果てに……己の役割が終わると考えているらしいしね。シンシアに近づけば近づくほど、ゾーイは要らなくなるもんな。


 ゾーイってのは強い『騎士』であり、シンシアは弱い『お姫さま』だ。シンシアが酷い目に遭うとき、いつも守って来た。マキア・シャムロックのヨメは、幼いシンシアが『勉強をイヤがっている』のを指摘していたらしいしな。


 イヤな勉強を、押し付けた存在……『それ』が、ゾーイの始まりなんじゃないのかな。もちろん、『コルン』としての『本能』みたいな存在でもあるんだろうがね。


 強くて、シンシアを守る存在……というより、シンシアの『不都合』を受け持つ役割、それがオレの考えているゾーイ。


 シンシアがシャムロックに愛されるための、『悪者』……そんな役目もあったんじゃないかな。


 あえて、シャムロックに嫌われる態度を取ることが、ゾーイの役目なんだろ。悪をも許容し、シンシアの願いを叶える。シンシアが『紅き心血の派閥』やマニー・ホークが、シャムロックの『敵』になると感じたから……ゾーイは、連中を暗殺しようとした。


 ちゃんと、シャムロックに嫌われるような行為を選び取りつつ、『敵』を排除しようとした。


 『強くて悪い子』が、『弱くて良い子』のためにいるのさ。たしかに、シンシアの方がいつだって『主』で、ゾーイは『従者』に過ぎないんだよ……何せ、ゾーイの行いの全ては、シンシアの利益のためになるのだから。


 シャムロックに愛されるため。


 苦痛から逃れるため。


 生きるために戦う『力』をも、ゾーイに押し付けた。


 ……でも、『お姫さま』は大人になって強くなっている、そろそろ『騎士』に守ってもらわなくてもいいのかもしれない。既婚者への恋慕だが、シャムロックへの愛情の強さだけで、ゾーイという仮面を『剥がそうとした』……シンシアは、もう強いんだ。


 『騎士/ゾーイ』も……『お姫さま/シンシア』のように、やさしく、弱くなっている。


 シンシアとゾーイが、近づいているんだ。融け合って、やがて……『本体』ではないゾーイは消えちまう。二人いる必要が無くなれば、残るのは、『本体』。


 ……そんな定めなのか、ゾーイよ。オレの認識が外れていればいいのだが、君は近いうちに自分は消えると語ったな……。


 ……シャムロック。


 『アンタとシンシアの願望』を叶えてきたのかもしれない、その空虚な魂を……せめて拒絶してやらないでくれ。


「……ほら。矢を抜くわよ。力を抜いて。そっちの方が、傷口が小さく済む」


「ああ…………ッ!!」


 じゅぶりという生々しい肉がこすれる音が聞こえていたよ。ゾーイが、シャムロックの脚から矢を抜いてやったようだな。


「……ここの霊泉の水……傷口を固めてくれるみたいだから、しばらくつけておきましょう。モンスターとか、騎士どもの血も混じっているけど、割合からいえば、大した汚染にはならないはず」


「そうだな……」


「じゃあ、ソルジェ・ストラウスから渡された薬を飲みましょう。エルフ族の作ったものだからといって、拒絶している場合じゃないわよ」


「……わかっている。まだ、こんなところで、犬死にするわけには……いかんからな」


「……そうね。まだ……シンシアを助けられていないもの。『私』はともかく……『アルテマの呪い』は健在よ……助けられるとすれば、おじさまと、『メルカ・クイン』ぐらいのものよ」


「…………お前でも、ムリだと、言うのか……?」


「どうにもならないことも、あるものでしょ?」


「……そうだな」


 シャムロックも、ゾーイの知性には大きな期待をしていたようだ。現状、『アルテマの呪い』を解くための知恵を最も保有していそうな人物は、どう考えたって、ゾーイに違いないからな。


「……お前は、今日は……話せるな?」


「……ええ。たまたまね」


「……そうか…………うぐ……苦いな、蛮族どもの薬は……ッ」


「ウフフ。おじさまは甘党ですものね」


「…………シンシア?」


「はあ?何を言ってるのよ?」


「……気のせいか」


「そうよ。気のせいね。薬が血に融けるまで、ゆっくりしておきなさいよ。幸い、私たちには護衛がいる。手が足りなさそうなら、私だって参加するわ」


「……守ってくれるというのか」


「私は……シンシアを死なせたくないの。この体が、死ねば、私も死ぬから。私は……死にたくないだけよ、自分がね」


「……利己的な判断は、錬金術師らしい」


「褒めてるのかしらね?」


「事実を、口にしているだけだ…………錬金術師として訊くのだが。ククル嬢に起きた現象を、どう見る……ここは、地下の底だ」


「そうね。共感現象は、距離に妨げられると思っていた。でも、本質的にはそうじゃないみたいね……似ているわね」


「……ああ。まるで、『アルテマの呪い』のようだ。体内をアレだけ探しても、見つからない呪病の『源』……一つの考察として、外部からの呪いを受動していると考えてもいた。帝都とここは、離れ過ぎている……それは、ありえないと破棄した説だが」


「共感現象が、距離をここまでムシするのなら……この呪病は、リアルタイムで更新されているだけね。見ているモノがいて、判定を下しているだけ…………これは、私じゃ解けないわ」


「……アルテマは……まだ、意志を保存しているか」


「……どうにもなりそうにない。何代か先の『メルカ・クイン』に期待するか……おじさまと『メルカ・クイン』と……シンシアの研究に任せるわ。呪病のデザインに、一つの答えが見つけられた。きっと、『ホムンクルス』は気づけなかった。『叡智』を奪われて、思考が抑制されていたから」


「……お前は、手を貸さないのか?」


「……そうね。おじさま、いい知らせがあるわ。私ね、もうすぐ消えるわ」

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