第六話 『青の終焉』 その10


 第三層を進む。体力が回復してきたオレは、ククルと組んで、ミアとガントリーの前衛コンビと交替した。


 ミアも探索が長くて疲れて来ているはずだし、ガントリーは未完成の『戦士の薬』とやらを注射されてるからな―――ムチャはさせられない。


「……次は、右に曲がってください」


「了解だ」


「了解です」


 ……ちなみに、マップを見てくれているのはコーレット・カーデナだ。彼女は役に立ちたいようだ。オレたちの背後で『アルテマのカタコンベ』のマップを見つめながら、ルートを指示してくれている。


「……フフフ。この役、楽しい!皆を、支配しているみたいですよ!」


「……変な子ですね。どこで拾ってきたんですか、ソルジェ兄さん?」


「そうだな。思っていたのと、ちょっと違うカンジがする子を拾っちまったな」


「え?ソルジェ・ストラウスさん、どういう意味ですか?」


「いい意味に捉えろ。そういうの得意だろ」


「……バカにされてる気がしますね。あ、次は右ですよ……『溶鉱炉』は、もうすぐですね。この人血がついてるっぽい、女子ウケしないマップの縮尺が正しければ、300メートル四方はありそうです……地下に、そんな施設を作るなんて……どうして?」


「効率は悪そうだが、ヒトはムダなことはしないものだ。地下を掘りまくるとき、道具の修理や製造が出来る場所があったほうが良かったんだろう」


「快適じゃなさ過ぎません?」


「……ヒトならな。『ベルカ・モンスター』は、改造されている。ここの『溶鉱炉』の従業員さんたは、モンスターだったんじゃないか」


「……『人体錬金術』で、そこまで出来るなんて……っ。スゴい!古代の錬金術をマスターしたら、英雄になれそうですね!」


「物騒なことに使うなよ」


「え?危険物は、物騒なことにしか使えませんよ?錬金術で改造されたモンスターに、慈善活動なんて求めても仕方がないです」


 こういった学生が、戦場に厄介な錬金術の産物を持ち込んだりするようになるのかもしれないな。好奇心が、倫理観よりも強そうだ。


 そういう意味では、このコーレット・カーデナは錬金術師向きだな。


「いいペースだな、兄ちゃん!」


「そうだな」


「このペースなら、敵がフツーの人間族なら、追いつけそうにねえなあ。まあ、フツーの錬金術師ってのは、いないもんだがな?」


「錬金術師を誤解してません、ドワーフさん?」


「曇った眼鏡の乳無しよ。お前は色々と足りてねえもんがあるな」


「胸のこと言うなんてセクハラですよ!!あと、その言い方、眼鏡に対して侮蔑的な要素を感じますけど!?」


 眼鏡についてはピンとこないが、貧乳具合を指摘するのは、たしかにセクハラだ。ガントリー・ヴァントは口が悪い。本当に、どうしようもないほどにね……。


「ああ、そうかい。ちんちくりんの貧乳のガキって言ったことは、謝るよ」


「謝る態度じゃなくないです!?」


「お前も変だが、錬金術師ってのは、どいつもこいつも頭がおかしい。騎士であり、錬金術師か……ははは!どうにも、イヤな予感がするぜ」


「……シャムロック。『紅き心血の派閥』は……いや、アルカード騎士ってのは、どういう連中だ?」


「……『アルカード病院騎士団』というイース教の宗教団体を母体としている、主に医学を研究している組織が、『紅き心血の派閥』だ……ヤツらの錬金術師としての仕事は、医術の研究、医者の養成、病院、薬剤の開発……そういったモノが多い」


「へー。オッサンたちのトコロと比べて、人道的だね!」


「……人道的な連中が、非戦闘員である錬金術師を虐殺するものか!」


 まあ、何にでも裏と表というものはあるということか。表では、医学界への貢献を志している『紅き心血の派閥』が……裏では、ライバル組織の殲滅を狙っている。なんとも過激な連中だな。


「……それで、騎士としての腕は?」


「それなり以上とは聞く。名家の生まれの健康な男子が、幼い頃から武術の師範を雇われて、マンツーマンでみっちりと教育している。そのレベルでなければ、アルカード騎士にはなれないそうだ」


「くくく。戦士としての水準は高そうだな。しかも、頭の出来までいいと来ているわけかよ」


 ……『弱体化したコルン』……ほどの戦力はあるのだろうか?


「だから、400人も護衛につけていたか」


「そうだ。どこぞの蛮族のせいで、戦力を分けてしまった。それが、敗因だ」


「……罠に仕掛けたオレが言うのも何だが、ビクトー・ローランジュに裏切られていた時点で、もうどうにもならなかったさ。ヤツも凄腕の傭兵だからな」


「……フン。プロフェッショナルとしては、最低だ。顧客を裏切ったからな」


「そうだ。腕は良かったが、傭兵の道には反したな。クライアントとの契約は、守るべきものだ」


「……ああ。蛮族、『貴様も守れ』よ」


「シビアな契約だが、必ず守るよ。『パンジャール猟兵団』は、契約を貫く……」


「……ソルジェ兄さん?」


 オレたちの契約内容を知らないククルは、鉄兜を装備した頭を不思議そうに傾けさせていた。言いにくいし、混乱させてもいけないから、言わないようにしておこう。


 少なくとも、『アルテマの呪い』を解いて、『新たな魔女/ゾーイ』をどうにかするまでは、オレとシャムロックは協力者なんだからな。


 そして、全てが終われば、シャムロックを殺すことになる。この男は亜人種を憎んでいるし、帝国軍にためらいなく協力する。


 生かしておけば、オレの守るべき同胞たちが、シャムロックとヤツの組織する派閥のせいで、より多く殺されるのだ……それだけは、絶対に許容することは出来ないな。


「……シャムロック、お互いの目的のために。アンタを『メルカ・クイン』のところまで連れて行きたい」


「むろんだ」


「この作戦は絶対に成功させたい。そのためにも、敵についての情報があるなら吐け」


「……それは」


「……帝国の敵には、言えないか?」


「……そうだな」


「連中は、シンシアを探していたぞ」


「何だと!?……本当か、シンシア?」


「は、はい。彼らは、私を探してもいるようでした……」


「そうだ。アルカード騎士の一部は、彼女を『聖女』扱いしていた」


「『聖女』?……女神イースを、『11番目のクイン』と考える異説を、まさか、連中が信じたというのか?」


「さあな。別に、信じていなくても、利用出来る『権威』と考えているのかもしれんな」


「……もしくは、指揮官が、この血なまぐさい作戦のモチベーションを高めるために、兵士の洗脳に使っている言葉とも考えられる」


「へへへ!『聖女』サマの『救出』という題目のために、帝国人同士で殺し合いをさせる罪悪感を消したってかい……?宗教団体らしいじゃないか!正義の騎士サマでいたいってわけだ」


 皮肉屋のドワーフの言葉に、シャムロックは眉間にシワを寄せた。


「……作戦に大義が無ければ、作ればいい。ヒトは、正義であることに安らぎを覚える。それが、どんなに歪んだ理屈であれどな」


「あーあ、やっぱり、人間族ってのは、面白いなあ。オレたちを虐殺したことさえ、オレたちのためだと言うんだ。文明を広めてやった?……オレ以外のノーベイ・ドワーフは全滅だぞ?文明ってのは、素晴らしいもんだねえ!」


 アルカード騎士との戦いと、檻から解放されたことで、ガントリー・ヴァントは真のドワーフへと戻ろうとしているようだ。


 ……とりあえず、釘を刺しておくか。


「ガントリー。当面は、シャムロックともめるな。復讐の機会は、与えてやる」


「……オレは、今すぐ、ぶっ殺して、屈辱の日々を清算しちまうってのも有りだと考えているんだが……アンタが言うなら、やめておいてやるよ、ソルジェ・ストラウス」


「悪いが、そうしてくれ。今は、協力すべき時だ……シャムロック、どうあれ、シンシアの素性についての情報が漏れている。どこからだと思う?」


 ……オレは、『ゾーイ』、もしくは―――。


「―――マニー・ホークだろう」


「『ゾーイ』じゃない理由は?」


「……『アレ』は、『リザードマン』を仕込んだ。『紅き心血の派閥』を打撃するためだろう。あるいは……『青の派閥』と『紅き心血の派閥』の対立を激化するためだ」


「―――ソルジェ兄さん。『ゾーイ』って、誰ですか……?そいつが、ジュナ姉さんのお腹に、あんなトカゲを仕込んだヤツなんですね!?」


 しまったな。ククルに聞かせるべき話題じゃなかったのに……そして。シンシア・アレンビーにもか。シンシアは、ショックを受けているようだな。『ゾーイ』である時の記憶は、彼女には無いんだったな。


 顔が真っ青になり、震える体で、彼女は『ゾーイ』を探すククルを見つめる。シンシアが、ガックリとうなだれる姿を見たよ……。


「……ごめんなさい、ククルさん……」


「え?な、なんで、シンシアさんが謝るんですか?……あなたは、『ゾーイ』ってヤツじゃ、ないんですよね?……それとも、そいつとあなたは、関係があるんですか……?」


「そ、それは……その……っ」


「―――お兄ちゃん!」


 張り詰めていく空気を、ミアの言葉が中和する。ミアは宣言したよ。


「全員、歩き疲れてる。ゴハン作る時間はないけど、パンと干し肉を食べて、蜂蜜茶を飲むだけでもいいよ。10分ぐらい休憩しよう?捻挫のおっちゃんの足首を、固定しなおして、ラスト・スパートに備えよう」


「……ラスト・スパート?」


「うん!ゴールまで、そんなに遠くないよ!だって、ほら……ゼファーの歌が、聞こえてるよ?」


 猫耳がピクピクと動き、オレは虚空へと集中する……ああ、本当だ。まさか、ミアに遅れて気づいてしまうとはな……ッ。


 まだ小さな音ではあるが……ゼファーの歌だ。ゼファーの歌が、この地下ダンジョンの複雑に絡み合う通路をこだましながら響いて来る……。


「……ルートは正しかったようだな。とりあえず、10分だけ休憩だ。お互いに、話しておくべきこともあるしな。それでいいな、シャムロック。パーティーの仲間には、隠し事はナシにしようぜ。お互いの命を預ける中だ」


「……ああ。そうだな。説明させてくれると嬉しい。私だって、無用な混乱を許容することは出来ない……ククルさんといったな」


「は、はい」


「……説明させてもらいたい。我々が置かれている状況は、とても複雑なんだ。だが、シンシアには、悪意など無いと、分かって欲しい」


「……じゃあ、ちゃんとした説明をお願いいたします。私の、姉さんに悪さをした『ゾーイ』というのが、一体、どこの誰なのかを……」


「……蛮族よ」


「分かってる。ククル。何を知ったとしても、今はまだ誰にも手を出すな。それが、全員のためだ」


「ソルジェ兄さん……分かりました。ソルジェ兄さんがリーダーですから、従います」


「ありがとうな。さて、とりあえず、休憩にしよう。全員座って、話しながらでも足を休ませるんだ。ゼファーの歌の響き方で分かるが、ラストは、上り坂がキツくなりそうだぞ」

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