第五話 『戦場は落陽の光を浴びて、罪過の色をより深く……』 その31


「……ああ。彼女たちは『人体錬金術』の体現者だ。おそらく人類の眼球、あるいは瞳という臓器は、魔力の質を決定しやすい部位でもあるのだ。貴様もそうだし、他にも実例はある」


「オレの魔眼。シンシアにおける『ゾーイ』と、ガントリー・ヴァントの呪われた目玉か。種族由来ではなく、後天的に発現しているな」


「ガントリーのことも知っているか」


「ああ。ヤツを、エレン・ブライアンが毒殺しようとしたことを知っているか?」


「……なんだと……?」


「知らなかったか。エレンは愛国者気取りの男だ。『自由同盟』に帝国の侵略師団が壊滅させられたことを知ると、ガントリーを毒殺しようとしたぞ」


「まさか……ガントリー・ヴァントの容態が急変したという報告が、あるには、あったが……ヤツめ、そんなことを……大事な研究サンプルだぞッ」


「アンタの組織掌握の力ってのも、大したもんだな」


「……若者には、暴走がつきものだ」


「憎悪を承認する長の思想が招いた、アホな結果とは思わないか?」


「私も完璧ではない」


「……らしいなあ。まあ、終わったことはしょうがない。マニー・ホークが助けたから、ガントリー・ヴァントは無事だ」


「……そうだな」


「マニー・ホークについても聞きたいことはあるんだがな。『野戦病院』の主であるホークを、エレン・ブライアンに監視させていたらしいが……それは、ホークを疑ってのことか。それとも、ホークの側にシンシアを置いていたからか?」


 マニー・ホークは『紅き心血の派閥』に鞍替えしようとしていた、『裏切り者』だが、有能な錬金術師。医学的な知識の豊富な人物……もしかして、シンシアについての相談もしたことがあるのか?


 ホークは、知っていたらしいしな。『アルテマの使徒/メルカ・コルン』に『アルテマの呪い』が、かけられていることを―――。


 ―――だからこそ、他の派閥への移籍を認めなかったのかもな。オレが、『青の派閥』の錬金術師を皆殺しにすることで、『メルカ』の情報を隠蔽しようとしているように……つまり、『口封じ』さ。


 オレの質問に、マキア・シャムロックはしばらく無言だったが、ようやく口を開いた。短い言葉で、肯定してきたよ。


「……どちらもある」


「そうか。ホークとシンシアは、以前からの知り合いか?」


「……ああ。シンシアの事情も理解している。彼は、呪病に対する知識が豊富な男だし、有能な医師でもある。シンシアを診せたことがあるが……『アレ』と接触し、『アレ』がヤツに知識を与えるという結果になった」


「なるほど。だから、最終的に、アンタはホークを殺そうとした」


「……ホークの馬車を襲撃したのか、貴様は?……モンスターに、襲われたように工作したのか……」


「そうだよ。ジュナに……ああ、ホークが『ホロウフィード』に運ぼうとしていた、『メルカ・コルン』のことだ。彼女の腹に……アンタ、『リザードマン』の『卵』を埋めたのか?」


「……っ」


「ほう。否定しないということは、そいつが答えらしい。よくやるよ、ジュナが、親友の妻によく似た顔をしていたのにか?」


「……ッ!!」


「おいおい、睨むなよ。怒りを覚えるべきは、むしろオレたち『メルカ』側の方だろ?」


「…………彼女は、助からなかった。『アルテマの呪い』を発動していたしな。悪いと思ったが……『青の派閥』を、『連中』から守るために、最も効果的な作戦だと考えた」


「そうか。錬金術師らしい言い訳なのか、そんな考え方は?」


「あくまでも。私の低い倫理観ゆえのことだ。組織を守るためには、悪事も選択することはある。私は、そういう人間だ」


「組織のためか。よく聞く言葉だ。悪人の常套句の気がするよ。『組織』という『自分の利益』のためなら、職業倫理をも捨て去るか―――それを、プロフェッショナルとして、最低の仕事の一つと思えないあたりが、アンタの悪人性の証明だよ」


「……罪があることは、認めよう」


「ならば、償ってもらえれば有り難いんだがな。あの『メルカ・コルン』は、オレが助けてやりたい双子の姉にあたる」


「……なんだと!?……世界は、狭いな」


「ジュナのために償えることは、彼女の双子の妹たちに、アンタが協力してくれることだろうな」


 シャムロックは黙ってしまう。まあ、オレの言葉がヤツの心を傷つけたのかもしれないな。


 かつて、『ベルカ・コルン/レオナ・アレンビー』の親友だった、この男にとって、彼女にそっくりな顔をしていたであろうジュナ・ストレガへの所業は、オレが考える以上にシャムロックを苦しめるのかもしれない。


 苦しんでくれて、かまわない。


 むしろ、それが当然の行いだ。親友の妻にそっくりな死にかけている女の腹へ、暗殺用のモンスターの卵を埋め込むんだからな……。


 ……まあ。


 この嘘をつけない男が、よくやったと思うよ。慣れない嘘をつきやがったか。オレはね、実のところ、シャムロックが実行犯と自白したことを、疑っているんだ。


 アンタが仲間なら、見逃してやるんだがなあ……冷静さと緻密さが過ぎて、今まで読めなかったはずの、アンタの心から漏れ出す『怒り』を帯びた赤い光のことを。魔眼は、教えてくれているよ。


 アンタが激怒するのは……おかしいよな?


 自分で、そんなことをしていて、何故、怒る?


 『メルカ・コルン』に対して見せていた『やさしさ』は、レオナ・アレンビーへ対して抱く『やさしさ』ゆえのことだろう。だから、アンタは、そんなことをしない。


「―――あの『卵』を用意したのは、アンタかもしれないが……ジュナの腹に埋めたのはアンタの指じゃないんだな」


「え?……お兄ちゃん?」


「コイツは、自白したばかりだぞ?」


 リエルとミアが、戸惑っている。そうさ。このマキア・シャムロックという人物は、基本的に誠実な男なんだ。嘘をつくことを嫌う人物だと、周囲に悟らせるほどにな。


 怒りを込めた貌で、ヤツはオレを見つめて来る。オレの左眼を、睨みつけてくるのさ。


「……この魔法の目玉は、アンタの心から漏れる感情を、ちょっとだけ見ることもあるんだよ。強い怒りの赤い色。アンタの心は、そいつが出ちまっている」


「……腹立たしい目玉をしているな。私に、若い頃ほどの運動能力があれば、えぐり出してやるところだッ!!」


「くくく!……若い頃のアンタと、戦ってみたいもんだが……今は、そんな出来もしないことより、現実の確認だ」


「私が、殺したと言っただろうが……」


「いいや。それだとアンタは怒らないだろう。アンタは悪を背負う覚悟もしている男だ。自分でした悪事なら、認めるさ。それに対して、罪悪感や悲しみを抱いたとしても、怒りなどは抱くまい」


「その魔物ごときの目玉で、心の全てを見通せるとでも?」


「そうは思っていないが、怒りという感情は、自分ではなく、自分以外の者に対して向かう感情だということは、理解しているぞ……ジュナの腹に、『リザードマン』の『卵』を埋めたのは、『ゾーイ』だな」


 この男が、『アレ』と呼び、名前を口にすることさえも嫌がる存在でありながら、最愛のシンシア・アレンビーに宿る存在……。


「シンシアは、マニー・ホークと共に、『野戦病院』で働いていたようだしな。シンシアが『魔女』としての能力や知識、技巧を持っているのならば……ジュナの腹に『卵』を仕込むことぐらい、可能だろう?」


「シンシアではない!!……『ゾーイ』と名乗る、あの、シンシアの心に寄生する、悪魔のような存在が、あの『コルン』の腹に……私から盗んだ『卵』を埋めたのだろう。シンシアには、そんなことなど……出来るわけがない!!」


「……じゃあ、この男は、どうした『自白』したのだ?」


「そうだよ、なんで、このオッサンは……」


「……『ゾーイ』を庇った。正確には、『ゾーイ』を宿すシンシア・アレンビーを庇っているだけだろうがな」


 それほどまでに、この男にはシンシアが大切な存在らしい。嘘をつけない男が、嘘をつき……自分にとって耐えがたいほどの罪と不名誉を被る。


 なるほど、シンシア・アレンビーが、そこまで大切なのか。


 マキア・シャムロックは、憤慨している。『ゾーイ』に対しても、そして、自分の嘘を暴いた、オレのことさえも……。


 オレについては、八つ当たりのような気もするがな―――。


「―――マキア・シャムロック。アンタ、オレたちにシンシアへの報復心を抱かせないために、嘘をついたのかもしれないが、会話に嘘を混ぜるのは、信頼関係を損なう。今後は控えてくれると助かるな」


「……蛮族どもとのあいだに、信頼関係など成り立つものか」


「成り立たせる努力をしよう。お互いのためにな。オレは蛮族だが、『ゾーイ』のしたことと、シンシアのしたことは、違うんだって理解しようする。つまり、シンシアには怒りを覚えない。それで、いいか?」


「……ああ。シンシアが、レオナの面影を持つ者に、そんな非道が出来るような子だと考えてくれるな……ッ。彼女は……いつでも、レオナの冥福を祈っている……」


 シャムロックは、悲しんでいる。魔眼を使うまでもなく、その悲しみの深さが分かるよ。あの猛禽のように厳つい顔面が、うなだれてしまっている。今のコイツに、強さは感じない。あるのは、悲しみに疲れた中年の疲弊した貌ばかりさ。


「……わかったよ。『ゾーイ』って存在の邪悪さを、垣間見れた気がするよ」


「『アレ』は……基本的に、残酷だ。シンシアを苦しめようとしている。おそらく、ボブとレオナの死が、自分の確立に役立ったことが原因だ」


「シンシアを精神的に苦しめることが、『ゾーイ』の支配力を強めているのか?」


「……そうだ。絶望的な苦しみからは、ヒトは誰しも逃避したがる……っ。分裂病へと至る契機に、絶望がある……『アレ』は、シンシアの心を絶望で切り裂き、その傷口から這い出て、彼女の全てを奪い取ろうとしている……」


「なるほど、厄介そうな存在だ」


「厄介に決まっている!!……『アレ』は、シンシアが可愛がっていた猫を、引き裂き、シンシアのベッドの中に、放り込んだことさえあるんだぞッ!!」


 ……なんとまあ、おぞましいエピソードだよ。


 リエルもミアも引いてる。そりゃあ、思春期女子のベッドに、愛するペットの惨殺死体なんぞが放り込まれているとか……トラウマ過ぎるな。


 なんだか、ありふれたホラー小説のような状況だけど、実際に、そんなことやられてしまうと、毎晩ベッドに潜り込む前に、念入りなチェックをするようになるだろうよ。


 『新たな魔女/ゾーイ』どうにも、残酷な存在のようだな。シャムロックが、『アレ』と呼び、毛嫌いするのも分からなくはないぜ……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る