第五話 『戦場は落陽の光を浴びて、罪過の色をより深く……』 その29


「……『たじゅうじんかくしゃ』……って、何?」


 ミアがリエルに小声で質問してたが、その質問への解答権を取り上げるように、マキア・シャムロックが答えていたよ。


「―――『多重人格』とは、簡単に言えば、一人のヒトの心が、複数に分かれているような状態だ。自分のなかに、『別人』がいて、その別人が、自分の行動を支配する。別人に支配されているあいだの記憶は無いときもある」


「……呪いのせいで起きるの……?」


「呪病でも『人格』を作ることは可能らしいな。そもそも、『ホムンクルス』たちの『知識』や『記憶』、『感情』を伝える能力は……同一の『人格』を形成するための、『呪い』であるように思える」


「……むずかしい」


「子供にはそうだろう。ムリをして、理解する必要はない」


「……そう言われると、がんばりたくなる!オッサンに、バカにされると、なんだか腹が立つモン!」


 ミアが怒っている。ホッペタを膨らませている。ああ、シスコンのハートには、怒ったミアも可愛くて仕方がないんだよなあ……っ。


 それは、あの冷血蛇野郎にもそうであったのかもしれない。オレの妹を見て、あの男は顔をゆるませていた。


「……フフ」


「オッサン、笑ったの!?……似合わない」


「だろうな。私が笑うと、娘も、驚いた顔をしていたよ」


「えーと……もっと、笑ってあげるべきだったね」


「……そうだな。反省すべき態度であったよ、父親としての私はな―――さて。蛮族よ」


「なんだ?」


「貴様は、シンシアに違和感を覚えなかったか?私は、期待しているぞ。貴様ではなく、貴様と融合している眼球に」


「違和感ねえ?……そうだな……一つだけある」


「どこだ?」


「『どこ』と訊く以上、アンタも、あのとき気づいていたのか?」


「……ああ。一瞬だけな」


「そうだな。一瞬だけ、彼女は瞳の色が変わっていた。炎のように、赤く。テントの中の明かりが反射したものだと考えていたんだが……違うようだな」


「違う。彼女は、『多重人格者』だが、一般的な分裂病患者とは異なる。『アレ』が出ようとしている時、瞳の色が赤へと変わる」


「精神の病では、ありえなさそうな症状だな」


「そうだ。あの子には、精神的な病もあるのかもしれないが―――『アレ』は、精神が産みだしただけの存在ではない」


「……詳しく聞かせてもらえるか?」


「興味が出たか。ならば、話してやってもいい。だが、約束しろ」


「シンシアを助けるためなら、協力は惜しまない。それなら、必ず守る。故郷ガルーナと竜太刀にかけてな」


「……必ず守れ」


「……ああ」


 守ってやるさ。彼女は、心優しき人物だからな―――『青の派閥』の人体実験の被害者を逃した。ガントリー・ヴァントも逃がそうとしている……好ましい人物だ。オレは、シンシアの死を望むことはない。


「―――話してやる。私とボブと、レオナしか知らない事実をな……我々は、25年前、この土地を訪れた。目的は、学術的な調査でもあり……古代の強力な錬金術の回収でもあり……イース教会に伝わっていた、黄金伝説に惹かれてでもあった」


「黄金伝説ね。『ベルカ・クイン』は錬金術の実験の素材として、大量の金塊を、この土地に訪れたイース教徒に求めていたようだな」


「イース教会のために働く、見返りだ」


「そいつを聞いて、欲を出したか」


「そうだ。私とボブは大金が欲しかった。錬金術師として、研究資金は幾らあっても困ることはない」


「らしいね。アンタの奥さんの実家は金持ちらしいな」


「妻とは恋愛結婚だぞ」


「……そいつは、すまない」


「構わん。彼女の実家の豊かさも、私は好んだ」


「正直な男だな」


 そんな言葉を吐かない方が、女子受けしそう。本当のコトしか言わない口ってのは、厄介なもんだよ。


「……25年前の夏、私とボブはこの『アルテマのカタコンベ』に足を運んだ。『ベルカ』の黄金を求めてだが……その冒険は、失敗に終わった。我々は、巨大な『蛇』のモンスターに追われて、ダンジョンを逃げ回り……そして、『彼女』に出会った」


「水槽に入った、うつくしい黒髪の少女か」


「……ああ。私は、死体だと思ったが……」


「……ボブさんは、アンタと違って、助けてやったんだよね!」


 ミアが語る。オレが朝、教えていたもんな。『夢』のハナシは……真実だったようだ。ボブ・アレンビーは、『あの子/レオナ』が生きていることに気がついて、必死になって水槽を叩き……手を負傷しながらも、『あの子/レオナ』を救ったのさ。


「―――どうして、知っている?」


「竜の目玉の不思議なパワーのおかげさ」


「……そうか。便利な力だ。蛮族ではなく、学者に宿るべき瞳だな」


「それで、お前とボブとボブに懐いた『あの子』は、ここから旅立ったんだな?」


「ああ。故郷に戻り、我々は冒険者の日々を終えて、研究をつづける錬金術師となった。ボブは、レオナと名付けたあの子と結婚した。レオナは美しく、そして聡明だった。『魔女の叡智』を継いでいなくとも、錬金術師の助手には、十分になれるほどに」


 『コルン』というのは、知能やら身体能力やらが高いようだしな……『あの子/レオナ』もそうだったのだろう。


「そして、二人は結婚して……『子供/シンシア』が出来たんだな?」


「そうだな。二人に、『魔女の呪い』が降り注ぐことが無かったことは救いだった」


「……ああ。祝うべき子供だ。ヒトの子を産む……それが、『魔女の分身/ホムンクルス』たちの、千年越しの願いだった。彼女は、それを成した始めての『ホムンクルス』か」


「……そう。素晴らしい命の誕生だ。だが、シンシアは『コルン』として『魔女の叡智』を継いでいた……初めてその事実に気づいたのは、あの子が5才の時……私の娘が亡くなってから数日が経ったときだ」


「……どんなことが起きたんだい?」


「妻が、嘆いていた。それはそうだ。娘とは、あまりにも早い別れだったから……ボブとレオナは落ち込む私たちを励まそうと、毎日、家を訪れてくれた。私も妻も、娘と同い年のシンシアが、元気に庭で遊んでいるのを見ていると……心が、癒やされた」


「……オッサン……っ」


 ミアが涙ぐんでいる。オッサンが、悲しい顔をしているから。だから、ミアのことをリエルが抱き寄せてやっていたな。姉だもん。泣いている妹には、そうしてやりたくなるもんだよ。


「……本来なら、仕事場に子供などいれないが……シンシアは別だった。シンシアには、我が家の全ての部屋の鍵をあげたよ。シンシアは……私の仕事場で走り回り……本棚に収めてある一冊の本に気づいた」


「……アルテマ関連の本か?」


「そうだ。『アルテマ』という古い言葉に、彼女の心は反応してしまったようだ」


「……そして?」


「見せろとせがむので、私は彼女に、その古文書を見せた。そうしたら、五才の彼女は、それを読み始めた。1000年前の古い言葉を、当時の私でさえ完全には出来なかった言葉を、完璧に解読しながら……私は、その頃には、もうアルテマの研究に力を入れてはいなかった。他に取り組むべき仕事は数多くあったからな」


 『人体錬金術』……ヒトの体を強化するのが、このマキア・シャムロックの仕事だったな。つまり、『青の強化薬』を作るための研究か。オレたちにとって、不利益な研究だな。


「……だから。最初は、ボブとレオナの教育の成果なのかとも考えた。私が興味を失った後でも、あの二人はアルテマについて調べていたから。私の知らぬ研究成果を成し遂げ、娘に教え込んだのかと……だが、違っていた。後から思い返せば、たんに『魔女の叡智』を継いでいただけだった」


 ……『あの子/レオナ』とは違い、シンシアは……アメリに何もされていない。代替わりをしたことで、アメリの『施術』は解除され、『ホムンクルス』としの血が、復活したというのだろうか……?


「……『ホムンクルス』としての本質を、受け継いでいたのか。『呪い』と『叡智』を……」


「そうだ。それに気づけぬ私たちは、シンシアを『辞書』として、多くの事実を解明した。しかし、シンシアは完璧ではない。幼さもあったせいだろうが、『叡智』を語るときは、別人のように大人びてもいた……私の妻は、シンシアが嫌がっていると語ったが……」


「アンタたち錬金術師の知識欲を止められなかった」


「……そうだな。我々は、知りたいことが多すぎた。アルテマにまつわる謎を解き、古き霊薬の秘密をも解くヒントを与えてくれるシンシアに、どこまでも夢中になった。何より、シンシアのためになるとも考えていた。誰よりも、有能な錬金術師に育ててやると……シンシアは、誰よりも賢い少女だったよ。不完全ながらも、『魔女の叡智』があったし、我々、大人が彼女を導いたから」


 導いた。


 ちょっと怖い響きをもつ言葉だな。


「……英才教育を施したということか?」


「ああ。シンシアを、伸ばそうと考えた。多くのことを、シンシアに教えた。私たちには、二度と子が産まれることもなかったからな。死んだ娘の分まで、私はシンシアに投資したし、教育環境を整えるために何でもやった。そのことは妻も反対しなかった。私たちは、シンシアのもう一組の両親であるかのようだった」


「……そうか」


「だが……今、思えば……我々は、彼女に与えすぎていたのかもしれない。違和感はあったのだ。ときおり……シンシアは、異常な知識欲を見せた」


「異常な知識欲?」


「別人のように、難解な本を読み漁ったよ。その期間は、寝ているか、本を読んでいるかだった。異常なまでの集中力で、知識を貪っていたのだ。我々のような知識の探求者である錬金術師にさえ、彼女の知識欲の強さを、不審がらせるほどに……その欲求は強く、邪魔すれば、我々の手に噛みつくこともあった」


「そいつは、異常だな。子供らしくない」


「ああ。まさにそうだな。その時には、すでに……シンシアの心は、分かれていたのかもしれない」


「……知識を貪欲に集めていたのは、『アレ』とやらか?」


「……そうだったと考えている。おそらくは、『コルン』にとっての『通常』とは異なる手法での生殖で、劣化してしまった『魔女の叡智』を……我々、錬金術師や他の学者たちが作りあげてきた『現代の知識』で補完するためだったと考えている」


「大昔の虫食いだらけの『辞書』を、新たな『辞書』から千切ったページで埋めていったとでも?」


「そのようなものかもな。知識は……科学は、正しい観測方法と論理的帰結に保証されているならば、今も昔も変わらぬ真実に辿りつくはずだ。精度の違いはあれどな」


「『アレ』とやらは、『現代の知識』で、『魔女の叡智』を補い……産まれた?」


「そうだな。『アレ』は……そうすることで、自分を創っていたのかもしれない」


「別人格を、知識で、創る……そんな作業を、意図的にしていたわけか?」


 ……ヒトの心が『記憶』や『知識』と『感情』で組み上げられたモノなら、何か悪意のある存在が外部から力を振るえば……ヒトの心に、『その人物のモノではない心/別人格』を植え込むようなことが出来るのだろうか?


 洗脳……?


 そうだな。『宗教』とかは、その一種か?……他人に価値観をすり込んで支配することは、難しいことじゃない。『演劇』とかも似ているか、他人を演じる。他人になりきることで、役者は別の人格を模倣する。


 フツーのヒトでも、そういう行いをする……ならば、『コルン』は?


 ……『コルン』は周囲の『ホムンクルス』と、『感情』や『知識』を日常的に交換しているようだ。『ハーフ・コルン』であるシンシアは、情報を共有する本能みたいなものが強いのか……?


 ならば……『アルテマの呪い』か、あるいは『魔女の叡智』としてシンシアの血だか魂に刻まれていた呪術は……シンシアに囁きかけ、行動を支配した……?『自分』を補えと?


 欠けた『自分』を完璧な形に修繕しようと、『アレ』は錬金術師たちに知識を要求していった。『想定外の出産』で、『壊れてしまった自分』を、元の形に戻そうとして……?


「つまり……『アレ』とやらは……シンシアに『自分』を産ませたわけだ」


「……ああ。シンシアの行動を操り、『コルンとして、本来あるべき形』に誘導していったのだろう。心のなかにあった、その本能的な動機は……やがて、知識を喰らい、肥大し、高度に洗練され……シンシアの人格を二つに分けた」


「……『ホムンクルス』に与えられた『習性』には当てはまるかもしれない。『魔女』の模倣を繰り返す……『魔女』を保存する。いや、シンシアの場合は、『魔女』を補完したのか」


「……その考え方には、納得が行く。蛮族の考えにうなずくことは屈辱的だがな」


「……『アレ』とは、つまり……『魔女』だな。『コルン』を支配し、多くの小国家を侵略して滅ぼした、性格の悪そうな『魔女』……『星の魔女アルテマ』」


「そうだ。シンシアと、私たち錬金術師が与えた教育は……彼女に『叡智』だけではなく、『星の魔女アルテマ』の『人格』をも再現させてしまったようだ―――」

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