第四話 『青の野心家と、紅き救い手と……』 その23


 ゼファーは北上し、夜が明ける前には『メルカ』にたどり着いていた。ククリの『うにゃー、うにゃー』交信のおかげで、ククルには連絡がついていた。だから、ゼファーが『メルカ』の城塞の内側に着陸したときには、迎えが多く来ていたよ。


 『メルカ・コルン』たちと、ククルだ。リエルとミアは睡眠中らしい。いいことだ。寝れる時に寝ておく、それが猟兵の睡眠観である。皆が夜更かしなんてする必要はない。


 オレは未だに眠り続けるエレン・ブライアンを、『メルカ・コルン』たちに引き渡した。彼女たちは敵を静かに睨んでいたが、尋問し終えるまでは殺すなと頼んだから、きっと殺しはしないだろう。


 眠りの毒への中和剤も渡しておいた。だから、町の自警団にあるという『拷問室』に運び込まれ次第、あの錬金術師への『事情聴取』は開始されるさ。ヤツに訊くべきことは、敵のあらゆることだ。


 装備や物資、敵のなかにいる有能な人材、『魔女の地下墓所/アルテマのカタコンベ』から発掘された品の錬金術的な特徴……そして、モンスターあふれる『アルテマのカタコンベ』の詳細な地図情報といったところさ。


 それを吐かすまで、殺されない―――『死ねない』でもいいだろう。『メルカ・コルン』は高度な医療知識を『叡智』として引き継いでいる。


 死なない程度に捕虜を拷問することに長けているということさ。次にエレンくんと出会ったとき、どれだけ心身の原形を留めているのかね。


 同胞を殺されている彼女たちの怒りを、あの貴族のボンボンは一身に受けることになるわけだ。帝国人が嫌いなオレの心は、まったくもって痛まない。ヤツの命に、オレは何の価値も抱かないからな。


「……助かりたいからといって、嘘をつくかもしれん。それには注意しろ」


「大丈夫ですよ、兄さん。ゼファーちゃんの背の上で、ククリが読んだ『日誌』の情報は私に伝わっています。それを、私が皆に伝えていますから」


 ククル・ストレガはそう言ってくれた。


「そうか、さすがはオレの妹分。いい子だぞ」


 ククリと仲良くなった自覚があるからか、オレは彼女とそっくりなククルに対して、なれなれしくも彼女の頭をナデナデしてしまっていたよ。


「ひにゃ!?」


 ククルが変な言葉を発しながら、オレから跳び退いていた。


「ああ、すまん。セクハラしちまったか?」


 あまり思春期女子の体に触れるのはいけないことだもんな。反省すべきところだ……なんか、つい手頃な高さにある頭なんだよな。


「い、いいえ。大丈夫です……その、だって、兄妹といえば、性交渉以外なんでもありの関係ですもんね」


「……ん?今、何て言った?」


「え?あ、な、何でもないです!!」


 ……よく分からないが、『メルカ』は男女の接触がなさ過ぎて、性に関する知識が、かなりおかしい気がする。人生において、初めて聞いてしまった言葉だな。『兄妹とはセックス以外なんでもありの関係』だって?


 オレはちょっとしたカルチャーショックってモノを感じたよ。これは聞き流しておいた方が、よさそうかな。そう考えたのは正解だったらしい。ククルは誤魔化すように言葉を放つ―――。


「―――で、では、兄さん。長老の家に向かいましょう。リエルさんも、ミアちゃんも、そこにいるんです!」


「うん。そうしよう。さすがに、今夜は疲れたよ」


「大冒険でしたもんね!オークと戦い、敵の拠点にも潜入して……皆さん、お疲れさまです」


 たしかに長い夜だったな。体が冷えてしまっているし、頭のなかは多くの情報で一杯だ。ルクレツィアとのミーティングは、夜が明けてからでいいだろう。リエルとミアも一緒にいる状況でハナシを進めた方が早いな。


「……今夜はしっかりと休ませてもらうとするよ。さすがに皆、疲れ果ててしまっている」


「はい。ああ、それとですね、ソルジェ兄さん」


「なんだい、ククル?」


「牛を一頭、仕留めて、町の外にそのまま置いています。ゼファーちゃんの食事にしてください」


「助かるよ。ゼファー、ご厚意に甘えろ」


『うん!ありがとう、くくる!』


「いいえ!……ウフフ。本当に、なんだか子供みたいですね……ククリから伝えられた通りですよ」


「そうか。お前たちは、離れていても心がつながっているんだったな」


「ええ。だから、兄さんたちとククリが、どんな会話もしたか……伝わっています。兄さんに、バレてしまいましたね。ククリは、本当に口が軽いんですから」


 双子の片割れにそう言われて、ククリは居心地が悪そうだった。


「……悪かったよ。でも、仕方ないだろ?……兄さんのそばにいると、何だか、いつもより口が軽くなるんだから」


「仕方ありませんね。でも、伝えられて良かったのかもしれません。私たちの、寿命について」


 双子たち導かれるように『メルカ』の整然とした白い町並みを歩きながら、オレたちは悲しい定めを耳にする。


 そうさ。忘れるはずがないだろう。ククリとククルの寿命について。


「―――20才前後になると、『メルカ・コルン』の双子は、『アルテマの呪い』が発動するんだったな」


「……はい」


「……訊くのが辛いが、訊かせてもらう。20才前後と一口に言うが、最も若く亡くなったケースは?……何才で、亡くなったんだ?」


「……18才です、兄さん」


「……そうか。もう少し、時間があると思っていたんだがな……」


「ソルジェ兄さん、そんな悲しい顔をするな。兄さんのせいじゃないんだ」


 ククリがそう言ってくれたよ。


 笑顔のままな。


「そうです。兄さんは、悪くなんてないのですから、悲しい顔をしちゃダメですよ」


 ククルも立ち止まり、オレの方へと振り返りながら微笑みをくれた。


 双子たちは、よく似ている笑顔だったよ。


 ……まったく。妹分たちよ。やはり、オレたちには共通する部分があるようだな。猟兵も、そんな笑みを浮かべるように出来ているんだぜ?……強がるために笑うと、力がわいてくるときもあるじゃないか?


 だから。その笑顔が持つ意味が、見通せちまうんだ。


 でも、妹分たちよ。


 その笑顔は兄妹のあいだには、いらないんだよ。


「……おい、二人とも、こっちに来い」


「え?」


「どうしたんだ、兄さん?」


「いいから。オレのそばに来てくれ」


「はい」


「うん」


 素直な返事をして、黒髪の双子たちは、オレのそばにやって来る。セクハラと呼ばれることも覚悟しながら、オレは思春期の少女たちを、両腕で抱き寄せていた。


「あ、あの……っ。に、兄さん……っ」


「ど、ど、どうしたんだ、いきなり……っ」


「……スケベな気持ちじゃないさ。ちょっとガマンしやがれ」


「ガマンは、していません」


「そ、そうだぞ……別に、イヤじゃないぞ」


 ならば良かったよ。オレは双子を腕に感じたまま、告げるんだよ。


「……どうにかしようぜ。その寿命ってヤツ、どうにかしちまうんだ」


「で、でも……」


「……どうしていいのか……っ」


「あきらめるな。お前たちは賢いんだ。お前たち『ホムンクルス』が『ベルカ』の土地に……『アルテマのカタコンベ』に近づけないのなら、オレたち『パンジャール猟兵団』が行けばいい。魔女アルテマを『復活』させずに、ヤツの『叡智』を回収する術を考えようぜ」


「……そんな都合がいいことって―――」


「―――ないかもしれないんだぞ?」


「……そうだとしても、最後まで、あがいてくれ。全てを出し切り、そのイヤな運命に立ち向かってくれよ」


「……兄さん?」


「……な、泣いて、いるのか?」


 ああ。


 そうだな。いい年こいて、情けないんだが。オレはね、今、その双子のことを抱きしめながら、泣いちまっているようでな……。


 ソルジェ兄さんとしては、コイツらに泣き顔をしっかりと見せたくはないのさ。だから、腕の力を強めて、誤魔化すように双子を抱き寄せる。黒髪が流れる二つの頭を胸に押し当てるようにしつつ……情けない泣き顔をそうやって隠したまま、オレは言うんだよ。


「……7才で、死なせちまったんだよ」


 なんともみじめな、負け犬の物語だ。


「オレは、まだ、たった7才だった妹を、守ってやれなかったんだ……必死に戦ったつもりだし、どうにか……救えるはずだったんだが……なんとも、ならなくてよ……っ」


 バカが裏切られとも知らないまま、ファリスなんぞに背中を預けて、ヤツらが約束を守ると信じて敵陣に皆で突っ込んでいった。


「竜と共に、突っ込んだ。ゼファーじゃなく、ゼファーのじいちゃんの竜だ。年老いていてズタボロの翼だったのに……引退していたのに、オレと共に戦場に付き合ってくれた」


 命がけの時間稼ぎさ。


「オレたちは、バカだからな。すっかり騙されたまま、敵に突っ込んで……戦ったさ。ガルーナの戦士たちが守るべき女子供どもを、それで守れるなんて考えていたんだ。だがな……そうじゃなかったんだ」


 ファリスはガルーナを裏切った。ベリウス陛下を殺しやがった。第三国に逃す予定だった女子供は、路頭に迷い……片っ端から殺されていった。


 なんだか。


 今は、さっきよりも情けない顔をしていそうだから。細くなった月が沈みかけた夜の闇に隠れちまうために、ククリとククルをより強く抱き寄せるのさ……。


「……オレはな……死んだ古竜に命を分けてもらい。死人みたいに冷たくなった体を引きずりながら、どうにか故郷に戻ったんだ。そして……そこで……オレは……焼かれて……廃墟になった故郷を見たんだ……」


「……にいさん」


「……かなしいことが、あったんだな」


 ああ。そうだよ。


 とても悲しいことがあったんだ―――それが、伝わってしまっているから。お前たちも、泣いてくれているんだろう。スマンな。でも、ありがとう。その涙は、きっと、あの日、ガルーナに降った雨と同じだ。


 オレたちガルーナの民のみじめな末路をあわれんで、竜の歌が響く、ガルーナの空が薙がしてくれた、涙の雨と同じ意味があるんだってことを、オレは理解出来るんだ。


「……焼けて、崩れた竜教会で……オレは……必死に、探したんだ……瓦礫を押しのけ、探した……オレは、妹のことを誰よりも大切にしていたはずなのに、愛していたはずなのに……ど、どの骨が……セシルなのかも、分からんでな……っ」


 竜の眼のおかげで、分かったんだ。


 『どれ』が、オレのセシルなのかが……。


 愛情も、記憶も、通じないほどに。原形なんてなかったんだ。ただただ、小さくて、焼かれて赤くなった骨の欠片だよ……。


「……手のひらですくいあげた、あの小さくて……赤い骨の欠片なんかに、なっちまっていたんだ……まだ、7才だったのに……守らなくちゃ、ならなかったはずなのに……ッ」


「……にいさん……っ」


「……な、なんて、いったら、いいのか……っ」


 世界のどこから見上げても、変わることのない不変なる星空の下で、オレが妹に言いたいことなんていつも同じなんだ。


「……死なないでくれ」


 ただ、それだけを告げる。


 そう告げて、抱きしめて。その腕のなかにある熱量のために、オレが成すべきことが言葉にする。誓うために。心の中にある、伝えたい感情の全てを語るために―――。


「―――力を貸すぞ……『アルテマのカタコンベ』だろうが、何だろうが、オレが踏破してやる。魔物なんぞが千いようが、万いようが、関係ない。全部、竜太刀で叩き斬ってやる……ッ。叡智だろうが、奇跡だろうが、探しだして……お前たちを助けてやるぞッ!!」


 だから。


 だから、ガルーナと同じ星々よ。竜と我が一族の魂が座する空よ。我が魂に宿り……千年のあいだ彼女たちを縛りつづけている、この下らぬ運命さえも、切り裂く力を与えてくれ。


 ……いまだに涙は流れているが、視界はハッキリとしている。すべきことを見定めるのが、ストラウスの竜騎士だ。オレは南をにらんでいるのさ。なあ、アーレスよ、オレと共に、魔女の呪いを叩き斬りに行くぞ。この腕と指で感じる、我が妹たちのために―――。

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