第四話 『青の野心家と、紅き救い手と……』 その6


「―――私たちは、『ホムンクルス』。自虐めいた言い方をすると、『星の魔女アルテマ』の『劣化した分身』……『メルカ・コルン』も、『ベルカ・コルン』も、双子よりも近しい存在。魔力も、血肉も……全てが、同一」


 そう語るときのククリ・ストレガは、大きな苦痛を隠せない貌になっている。


 自分自身を、『劣化した分身』と呼ぶ行為は、どれほど心を傷つけてしまうのだろうか。オレには理解してやれない痛みだ。だが、それでも、苦しみは、伝わる。


「……ククリ」


「うん。ソルジェ兄さん、分かっているんだ。こんな自虐は、よくないよ。でも、こう表現した方が、分かりやすいときもある。だから、今は、その言葉を使わせて」


「……わかった」


 ククリ・ストレガは強さを見せた。ならば、これは彼女の覚悟なのだろう。『ホムンクルス/劣化した分身』……魔女アルテマの、不完全な分身。それは、事実ではある。


「……『ベルカ・コルン』と『メルカ・コルン』が同一ということは、可能性はあるということですね?」


「ある!……というか、多分、間違いない。『ベルカ・クイン』の『知識』があれば、私たちを『賢者の石』にすることは可能だ」


「……そうなれば、とんでもないリスクが浮かぶな」


 錬金術には詳しくないが―――悪人の考えには鼻が利く。


「……『メルカ・コルン』を錬金術で『加工』すれば、『賢者の石』とやらになる。それがあれば、ヒトでもモンスターでも、『強化』して『兵器』に出来るということだな?」


「うん。『ベルカ・クイン』は……完成していた。『人体錬金術』の一つの頂点を」


「……『ベルカ』の『地下』に、それに関する記述があると思うか?」


「あると思う。錬金術師は、文章にして知識を遺すのが基本」


「その知識を、お前たち以外、つまり、『青の派閥』の錬金術師どもが読み解ける可能性は、どれぐらいある?」


「……そいつらが『人体錬金術』の研究者なら、『人体錬金術』関連の資料を見つければ……100%理解するんじゃないかな」


「『ここ』と、『外』の錬金術では、かなりレベルの差があるというのにか?」


「……オットー殿と会話してる分には、レベル差があっても、理解や利用は出来そうだなと、確信できたかも?……オットー殿は、錬金術師でもないのだろう?」


「ええ。私は本職の錬金術師ではありません」


「……そっか。きっと、『人体錬金術』の専門家の錬金術師なら、『ベルカ・クイン』の研究資料を見つければ……『私たち/メルカ・コルン』を使って、『賢者の石』を創れる。『賢者の石』になった私たちの血肉を、一定量、ヒトに移植すれば……『強化』はなる」


「……『賢者の石』になるとは、具体的には、どういうことだ?」


「……たぶん、呪術を打たれるんだと思う。そしたら、私たちの血肉の全てが、『賢者の石』としての『質』に変わるんだよ……」


「お前たちの全身が、『賢者の石』という『薬』になる。そういう理解でいいか?」


「……うん。そんなカンジ。そして、その『薬』を、ヒトやモンスターに与えれば、摂取された存在は、『強化』されるはずだよ」


 イヤな予感は外れないもんだな。


 ククリやククルたちを使えば、『青の派閥』は……帝国軍の願望の一つ、『人体錬金術』は完成しちまうってことか。


 ならば……狙われるじゃないか、『メルカ・コルン』たちはッ!!


 帝国人の残酷さを、オレはよく理解している。ヤツらは合理的で悪辣だ。それで軍隊を強化出来ると分かれば、必ずやククリたちを捕らえようとするだろう。


 そしたら、どうなる?


 彼女たちは家畜のように扱われるだろう。


 繁殖と搾取を強いられるさ。帝国の兵士を強化するための、『家畜』になる。生まれた子はすぐに殺されて、『賢者の石』にされるさ―――ああ、クソが。自分で考えていて、頭の血管がブチ切れそうになる。


 オットーを見る。


 頼むよ、この会話の『司会』を、オレでは出来そうにない。怒りが強すぎて、冷静な会話は不可能だろうさ……。


「どれぐらい、兵士の能力は強化されると思いますか?」


 興味本位の質問ではない。『どれほど強化されるか』、それによって、『メルカ・コルン』に対する危険性が増減する。


 たいして強化されないのであれば、彼女たちを捕まえて、彼女たちを『薬』にするという行為を選ぶ可能性は少ない。コストとメリットが釣り合わないだろうから。


 だが。


 もしも、それが驚くほどの『メリット/人体強化』を提供する『薬』ならば?……どれだけの大軍が、『メルカ』を襲いに来るか分からない……ッ。


「……あの子は……三世紀は生き抜いていたんだ。ヒドラの『内臓』と化したからかもしれないけど……ヒトが、それほどの長寿を実現したのは事実」


 ……ああ。


 オレは、またイヤなことに気がついちまった。


 そうだ、錬金術の最高到達点は、何も生命を『有能な兵器』に変える『強化』だけじゃないじゃないか。


 ……『不老長寿』、あるいは『不老不死』、『永遠の健康』。


 それも、錬金術が目指す、頂点の形。


 『無数の首持つ不滅のくちなわ/イモータル・ヒドラ』と融合していたから?……だとしても、三百年の寿命を達成した。三百年の長寿が約束されるかもしれないと思えば、どれだけの権力者が、それを求めることやら。


「……なあ、オットー。『不老不死』の『薬』のためなら……ヒトってのは、どこまで残虐になれると思う?」


 こんなモノは、酔っ払いの謎かけに過ぎない言葉であるべきだ。


 それなのに、困ったことに、本気で質問しなくてはならない。


「……想像もつきません。どこまででも、天井知らずに、求める者も出てくるでしょう。全ての財産と引き替えに、それを欲する貴族や富豪も出てくると思います」


「……だよな」


 ああ、本当に、あの『無数の首持つ不滅のくちなわ/イモータル・ヒドラ』を殺しておいて良かったよ。『賢者の石』の『成功例』を、この世から消滅させられた。


 消すべき『証拠』の一つを消せたんだ。


 それだけは、ありがたいと素直に思えることだよ。


「……『賢者の石』が完成したという『証拠』の一つは、消せたわけだ」


「そうですね。あのヒドラを倒せたことは、幸いですよ」


「……だが。ククリ、『賢者の石』にされた『ベルカ・コルン』は、何人いると思う?」


「……それは、本当に分からない。複数かもしれないし、あの子だけだったかも」


「……そうか。あの子だけなら、いいんだがな」


「…………うん」


 迷いを帯びた返事だったな。オレは、ククリがどんな複雑なことを考えているかは分からない。だが、その迷いの意味は理解出来る。ククリは、『賢者の石』が他にもあって欲しいと考えてもいるのさ。


 その理由?


 幾つかあるのかもしれないが、オレが思いつけるのは一つだけだった。


「『賢者の石』があれば、『アルテマの呪い』を克服出来ると考えているのか?」


「……っ!?」


 嘘を隠す必要がない暮らしをしていたせいだろうか。ククリ・ストレガは、本音を隠すための嘘をつくことが、思いっきり下手クソだったよ。


「そ、そ、それは!?」


「……いいさ。お前たちにとっては、本当にどうにかしたい『願い』なんだろ?」


「……う、うん。自分にかかっている『呪い』なんて、イヤじゃないか?」


「ああ。当然だ」


「……それに、姉さんの死にざまを見た。全身が切り裂かれていた。姉さんは、英雄だ。私たちのために、戦って、ああなってまで、がんばった……でも、その姉さんをズタボロにした呪いには、どうしても嫌悪を覚える」


「……ククリ」


「怖いんだ。自分を刻んで死に至らせる呪いが。男と交わらなければ、自分たちで自分を産み続けれていれば……『アルテマを保存できれば発動しない』?……皆は、そう考えている。長老もそう説明してくれているけれど……不変な命なんて、あると思う?」


 『不変であること』。それは、『ホムンクルス』の『コンプレックス/劣等感』でもあるのだろうが―――その『不変』が命を守ってくれている。


 アルテマが『呪い』をかけた理由は、自分の『分身』である『ホムンクルス』を保存するためだ。そうルクレツィアも認識しているようだな。


 ならば、間違いなく、そうなのだろう。


 彼女たちは、その悩みについて千年も考え続けた来たはずだから。賢い彼女たちがだぞ?間違えるとは思えんよ。それに……第三者であるオレでさえ、その考えに、理解が及ばないわけでもないのだから。


 自分の『分身』が、千年先でも生きている。それを『永遠の命』と表現する詩人がいたところで、オレはその言葉を完全に否定することは出来ない。気に入らない表現ではあるがね。


 『自分で自分を生み続けること』で、アルテマは、自分を永遠に『保存』したってことさ。『叡智』として、『記憶』や『知識』を継げるのならば、完璧かもしれないな。


 だが。


 そうだからこそ、ククリの言葉に隠れている本当の恐怖を、オレは悟れるんだよ。


 『不変の命なんて、あると思う?』。


 不変であることが、『呪い』が発動しない条件だ。


 だが……どこまでが、『不変』の範疇なのだろうか?


 ルクレツィアは語ったじゃないか。『メルカ・コルン』には、『双子』が増えてきていると。かつてに比べて、何かが、わずかにだが変わっている。ルクレツィア自身の『予知能力』のような『絶対当たる占星術』もそうだ。


 かつては無かった『力』、かつてはいなかったはずの『双子』。『メルカ・コルン』は変わって来ているのだ。千年の閉鎖した生殖の果てに……彼女たちの形質は、わずかにだが変わって来ている。


 だからこそ。


 ククリ・ストレガは怯えているのだ。


 『不変』という範疇から、逸脱している『自分たち/双子』に……『アルテマの呪い』が降りかかるんじゃないかということを。


「……スマンな。ククリよ。オレは、なんというか、お前たちにかかっている『アルテマの呪い』が、お前たちにもたらそうとしている脅威を、理解出来ていなかったようだ」


「……ソルジェ兄さん」


「……変わらないのは、苦しいことなんだろう。でも、変わってしまうと、『アルテマの呪い』が、お前たちを、刻みつけて……殺してしまうかもしれない」


「……うんっ」


 ククリが怯えている。『プリモ・コルン』を継いだ、勇敢で、有能な戦士である、オレの妹分が。まるで、闇に怯える子供みたいに、その黒い瞳に涙を浮かべ、小さく肩を揺らしながら、オレを見つめてくれていた。


 ああ。


 すまない。


 なんて無力なのだろうか。どうしてやればいいのか、全く、分からない。どうしてやることも出来ないのかもしれないことだけが、理解出来るんだ。オレは……苦しくなる。こんな無力感は、あんまりだ―――。


 それに。


 自分の勘も憎いッ!!……これほどアホであるのなら、いっそのこと、もっと鈍感であればいいのにッ!!


 気づけるよ。


 勇者が泣いているんだ。可能性という幻なんかに、泣いているわけじゃないんだろう?……具体的に、悲劇を見たから、その黒い瞳は涙を流しているに決まっているじゃないか……ッ。オレの妹分が、『プリモ・コルン』が、そんなに弱虫のはずがないッ!!


「―――ククリよ」


「な、なに、ソルジェ兄さん……っ」


 訊くのも辛いが、訊くしかない。


 オレは、戦士だ。痛みと苦しみを伴ったとしても、現実から逃げるほど、愚かではない。勇敢さが正義だと、信じている。苦しみのなかにしか、痛みの果てにしか、困難な戦いにおける勝利は存在しないのだ。


 ならば、苦しまなければならない。痛みを体と心に帯びてでも。勝利を求めて、前へと進むのが、ガルーナの竜騎士としての、貫くべき生きざまだッ!!


「…………『双子』として生まれて来た『メルカ・コルン』たちは……天寿を、全う出来たのか?」


 その言葉に、オレはどんな答えを期待していたのか。


 訊く前から分かっていただろうに。コレは、ただの確認のための言葉でしかない。そんなことは理解していたはずなのにな。


 ククリの幼い首が……横に振られていた。


 予想の通りだったが、それでも、体が冷たくなる。胸の奥は燃えるように熱くて、怒りと痛みで吐き気がしそうなのに。世界は、何とも冷たく感じた。


「……『双子』の『メルカ・コルン』は……20才ぐらいで、死んじゃう……た、たぶんだけど……っ。成長の過程は、ある程度、こ、個人差があるけど……お、大人になったら、みんな似てくるはずなのに……『双子』はちょっと違ってて、だから、の、呪いが―――」


 どうしてやることも出来ないから、オレは泣いている妹分を両腕で抱きしめていた。ククリ・ストレガの泣き声が、爆発していたよ。彼女は秘めていた不安を、全て解き放つように、空へと歌う……。


 ……千の魔物と戦えば、ククリとククルから『呪い』を外してやれるのなら、オレは千の魔物を竜太刀で斬り殺すのに。ゼファーと共に、『パンジャール猟兵団』の猟兵たちと一緒になって、千の魔物でも、殺してくるのに……ッ。


 これは、腕力では解決出来ない問題なんだ。そいつがね、蛮族のオレには、全くもって辛いんだ―――鍛え上げたはずの、研ぎ上げたはずの技巧。不屈の闘志。それでも、錬金術が作り、命に深く刻まれた『呪い』には、まったく戦い方が分からなかった。


 この砦はね、世界から隠れるための仕組みがある。


 焚き火の炎が放つ紅いかがやきも漏らさない。だから、風が当たることもない。それでも、猛る焚き火の炎が暴れているはずのこの場所が、温かくなければならないこの場所が、なんだかとても寒くてな。


 オレは……泣きじゃくる妹分を抱きしめたまま、奥歯が割れそうになるほど噛みしめる。呪いを噛み千切ることさえ出来ぬ、このまったく能なしの牙を、噛みしめていたんだよ。

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