第二話 『汝、供物の聖痕を刻まれし生け贄よ』 その23


「―――じゃあ、ハナシを進めましょうか。とにかく。『星の魔女アルテマ』を、12人の『クイン』たちの誰かが主導して殺したの。『それ』が11番目の『クイン』による犯行なのかまでは、私には分からない……これはホントよ」


「『コルン』たちと、生死を超えた情報の交換さえ行える君がか?」


「あら。信じてくれないの、ソルジェ殿?」


「ああ。なにか『理由』があるのなら別だがな。ジュナの遺体からでも、彼女の記憶や感情を察知するほどの能力があるのだろう、『クイン』には?」


 それほどの力があるのに、彼女たちにとっても最大級の事件についての記憶を失うなんて、ありえない気がするのだがな。


「……ふむ。鋭いのね、ソルジェ殿は」


「知識の量ではインテリさんたちには大きく負けているんだが、勘の良さには定評があってね」


「でしょうね。ホントに鋭い。いい目玉の持ち主さんだこと」


「……歴史が失われた『理由』があるんですね?」


「ええ、そうよ、三つ目さん。嘘をつかずに、ちゃんと教えてあげるつもりだけど……まずは時系列通りに説明していい?……その方が、きっと分かりやすいはずだしね」


「ええ。頼みます」


 ……オレはハナシの腰を折ってしまったのかもしれないな。しばらく、聞き役に徹しておくか。お口を閉じておこう。おしゃべりな舌が、ルクレツィアの邪魔をしてはいけないからな。


「……『星の魔女アルテマ』を殺したあとで、『クイン』たちはお互いに対立した。『クイン』には、『星の魔女アルテマ』の『代役』をしたい……いえ、アルテマに『成り代わりたい』という本能的な願望があったから」


 ふむ。とどのつまり『跡目争い』か。父王を殺した王子たちが、家督を巡って内戦をする……よく聞くハナシだよ。大昔の『ホムンクルス』たちは、とてもヒトらしい行いをしていたようだな。


「『クイン』たちは、それぞれの『コルン』たちを率いて殺し合った。それは長くて複雑な戦いだったようだけど、生き残った『クイン』は結局二人だけだった。この生き残った『クイン』たちのうち、『メルカ』に追いやられたのが、私たちの祖先」


「……劣勢だったのですか?」


「ええ。そうじゃないと、こんな山の上に好き好んで住居は構えないでしょう?」


 たしかにな。この高度に住むことは、『ホムンクルス』たちにとっても、やはり不便ではあったのだ。


 アトリエの窓から見えるよ……雲の海がね。ここは天空の都市……楽園のような響きを持ちながらも、その生活を考えれば地獄そのものではある。


「でも。この暮らしにくさが私たち『メルカ』の利点にもなった。三世紀前に、イース教徒からの侵略を受けたとき、もう一方の勢力は滅ぼされてしまったの。そのときのイース教徒たちには、私たちまで攻撃してくる余裕はなく……その必要もなかった」


「……必要がない、ですか?」


「そうね。イース教徒たちは、貴方たちと同じ発想を持っていたのよ。つまり、女神イースが『魔女のホムンクルス』である可能性。それだけは、彼らの信仰が許せなかったのね。だから、『ベルカ』を徹底的に攻撃して、破壊した」


「『ベルカ』とは、もう一方の『クイン』が創った都市ですね」


「ええ。高山ではなく……レミーナス高原にあった。ここに比べると、はるかに肥沃な土地に」


「『メルカ・クイン』は『ベルカ・クイン』に負けて、山の奥に追放されていたわけですね」


「恥ずかしいけど、そうね。でも、結果として……それが有利にも働いた。逃げ込み、守るために築いた城塞やら準備の数々が……イース教徒から私たちを守ったの」


 山に立て籠もることで、ここを天然の要塞と化したか。たしかに、過酷な環境は、住みにくいだろうが……『守る』ことに向くと評価することも可能だ。


 ……だが、イース教徒が『メルカ』を見逃す理由としては、どうにも弱いな。


「……侵略されにくい土地にいたから、生き残れたのですか?」


「それはかなり大きいはずよ。でも、それだけじゃない。イース教徒は『ベルカ』とは異なり、『メルカ』については、その攻撃性を弱めることが出来たからね」


「どういうことですか?」


「ちょっと寄り道になるけど、重要なことを話すわね。それでもいい?」


「もちろんだ」


「ええ。お願いいたします」


「……ありがとうね。どうも、説明をするってことに慣れていなくて……」


 『クイン』と『コルン』は、会話無しでも情報交換が可能なようだからな。他人に彼女たちの複雑な事情を説明するなんてこと、何百年もこの土地では行われたことが無さそうだ。


 気長に聞いてやるべきだね。紳士として、騎士として。


「さてと。私たち『クイン』はね、たしかに『オリジナル』であるアルテマの『叡智』を継いだ『ホムンクルス』よ。でも、アルテマだって馬鹿じゃないわ。自分の『分身』に、襲われることだって考えていた」


 当然のことだろうな。オレの知っている『ホムンクルス』は、小人まがいの劣悪な動く肉人形に過ぎない。呪術で刻まれた順番に動くだけの、下らん生ゴミだ。


 ……だが、目の前にいるルクレツィアたちは、もはやヒトそのものだ。並みの戦士よりもはるかに頑強で、『クイン』たちは高度な知性を有している。自分の寝首をかかれる心配ぐらい、アルテマとてするだろうな―――。


「……それならば、『裏切り』を防止する策が、貴方たちには施されている?」


「ええ。一つは、寿命の管理」


「……寿命?」


「当時の『クイン』も『コルン』も、短命だったのよ。『コルン』なんて4年で死んでいたわ」


「……なんだと?じゃあ、君たちもか?」


「いいえ。その点は安心してくれて構わないわよ、ソルジェ殿。今の『クイン』も『コルン』も、ヒト並みの寿命をしている。それはあくまで千年前の話よ」


「それは、安心したよ」


「29才だからって、すぐ死んだりしないからね?」


 彼女は年齢を気にしすぎているよ。オレは、どうやって返していいか分からなくなる。年上女も魅力的だよ?……そのセリフが地雷を踏まない保証があるなら、いくらでも口にするんだがな。


 29才の女子に絡まれるオレは、助けを求めるようにオットーを見た。オットーはオレの視線を浴びると顔を少し引きつらせながら唇を動かしていたよ。


「……そ、それで。当時の『ホムンクルス』たちには、他にどのような反逆防止の策が施されていたのですか?」


「……貴方たちも知っている『アルテマの呪い』。あれがどういったものかを分かりやすく説明するには……『繁殖制限』と言えばいいかしらね?」


「男性と交われば、死ぬ……つまり子供が作れない。あの呪いは、寿命の制限と共に、『ホムンクルス』たちを縛っていたんですね」


 ……邪悪な呪術だ。集団のために個人を縛るための呪いだとは考えていたが、なるほど、アルテマ自身により施されていた呪いだったのか―――。


「そうよ。ジュナの死因でもある、私たちにかけられた最も深い呪い……この土地を離れては、つまりアルテマの支配を逃れた状況では、繁殖できない。あるいは、他の土地の男と婚姻を結び、敵に寝返ることを防ぐ呪術でもある。『寿命制限』と併用されることで、『クイン』たちは、この土地から逃れることが出来なかった」


 短命で、子を成せない。敵集団の男に抱かれたら死ぬ。なるほど、陰湿な呪いのセットだ。


 外へと逃げ出すことは不可能だったか。逃げれば、滅びだけが待っている。アルテマという女は、悪趣味なことをしやがるな。


 ……現在のルクレツィアたち『ホムンクルス』がヒトと同じ寿命を獲得した。ということは、アルテマは、最初からその寿命を増やしてやることが可能だったのだろう。


 つまり、あえて早死にさせて、脅しとして使っていたのさ……ホント、ろくでもない魔女だよ。


「―――そして、最後に、もう一つあるのよ」


「……どんな呪いですか?」


「これについては毛色が違うわね。奪うのではなく、『与えない』ことで縛るのよ」


「与えないこと……?」


「そうよ、『叡智の分割』ね。『クイン』がアルテマから受け継いだのは、不完全な『叡智』だったのよ。というより、12人の『クイン』に、『あえて知識を分割して継承させた』のね」


「12人、それぞれが、異なる知識をアルテマから渡されていたのですか?」


「そうよ。しかも、12人の知識を集めても、アルテマの知識を超えることはなかったのね。私たちは、知識欲が強いの。『全て』を知るアルテマに逆らえなかったのは、彼女からより多くを学ぶためね」


 ……なかなかドライな主従関係だな。呪いで縛られるだけではなく、知識という見返りを欲しさに、創造主に忠実だったのか?


「……そういう予防策が、仇となって、反感を高めてもいったのでしょうね。でも、その時期の記憶は、私たちには伝わっていない」


「どうしてですか?」


「―――『ベルカ』に『メルカ』が負けたから。私たち『クイン』の戦いはね、倒した『クイン』から『アルテマの叡智』を『奪う』という形で行うのよ」


「つまり記憶や知識の、取り合いだったと?……まるで、お互いの図書館におさめる『本』を奪い合うように?」


「そうよ。変な生き物でしょう?私たちには、そういう行為が出来るのよ」


「……『クイン』たちは『知識』を奪い合える?……ならば、貴方が『覚えていない』、というか、貴方に継承されていない『記憶』や『知識』は……『ベルカ・クイン』に奪われたわけですね」


「うん。三つ目さんが知りたそうな、『何番目のクインが魔女を殺したのか』についての情報は、『メルカ・クイン』には受け継がれなかった……『メルカ・クイン』が継いだのは、『錬金術の秘奥』ではなく、『星を見る力』……」


「……『占星術』。錬金術師たちは、それほど重視する力では無さそうですね」


「そうね。バシュー山脈に堕ちた『星』を探すために、アルテマは学んだだけ。『星』を見つけた後では、無用の長物―――」


 なるほどな。ルクレツィアの言い分は分かった。


「つまり、ルクレツィアよ。この『メルカ』がイース教徒たちに攻撃されなかった理由は、イース教徒が消し去りたかった情報……女神イースが『魔女の11番目の分身』なのかどうかを、君たちが知らなかったからだと?」


「……ええ。それは事実よ。でも……」


「でも。それだけではないんだな?」


 ルクレツィアは沈黙で答えた。嘘をつくことにも慣れていない。『ホムンクルス』同士では、嘘をつく必要もないからだろうな。


「……『メルカ・クイン』が語るその言葉を、オレたちはともかく、侵略者であるイース教徒が信じるとは思えない」


「……ええ。やっぱり、貴方には嘘をつけないのね、ソルジェ殿」


「オレは戦場のプロフェッショナルだからな。錬金術についてはともかく、戦についてなら詳しいよ。ルクレツィアよ、『メルカ・クイン』としては不名誉なことだろうが……だからこそ、君の口から聞かせてくれないか?」


 そうだ、『メルカ』がイース教徒たちの侵略から『生き残れた理由』は一つだけだよ。『それ』をするしか、この白く儚い天空の都市を守ることは出来なかった。オレは、その行為を罪とは呼べない。


 そもそも、当時の『メルカ・クイン』の『罪』であったとしても……ルクレツィアには、その不名誉を背負わねばならない道理はないさ。


「……君は君で、『彼女』は『彼女』だ。『ホムンクルス』だとか、記憶を共有しているだとか、そんなものは関係ない。完全に別人だ。我が友ルクレツィアよ、君は、君だけの物語を生きているんだぞ」


「……本当に、もしも顔が好みだったら……ソルジェ殿には、120人の妻が増えていたところよ?」


「そりゃあ、残念だよ」


「ウフフ。いいわ、教えてあげるわ、ソルジェ殿。三世紀前の『メルカ・クイン』は……侵略者であるイース教徒の指揮官と、『密約』を結んだのよ。『ベルカ』を滅ぼすために協力すること。つまり、『メルカ・クイン』は同胞を裏切った。自分たちが助かるためにね」

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