第二話 『汝、供物の聖痕を刻まれし生け贄よ』 その18
後悔を消すためにヒトが選べることは少ない。多くの場合、後悔というものには、償いきれぬ失態がつきものだからだ。
オレには、たしかに回避できたかもしれない悲劇があった。
もっと深く、あらゆることを考えるべきだった。敵が錬金術師であるということ、見慣れたはずの死体の硬直が無かった意味。全てを嗅ぎ取れば、この結末を回避することが出来た可能性がある。
仲間たちを頼るべきだったのだ。
オットーの三つ目と協力することが出来れば?……彼女の腹の奥にある、トカゲの卵を見つけることが出来たかもしれない。何なら、深い傷だらけの彼女の傷穴から指を突っ込めば、異物を指先に触知することだって不可能ではなかった。
死者への敬意があり、ジロジロと観察しなかった?
そうかもしれないが、そのせいで失態を晒した。ジュナも、その妹たちまでも傷つけたしまった。愚かなことだ。オレは、もっと仲間と頼り、連携するべきだったのだ。それだけで、こんなに大きく損壊したジュナを見る羽目にはならなかった。
トカゲの卵を殺す?
簡単な魔術でも可能だ。リエルの毒薬を頼ることでも、それは実現出来ただろう。
いくらでも、オレたちならば、やれたじゃないか!!
……忘れないぞ、この罪を。
オレの魂は、君にしてしまったことを背負っていこう。
そして。君の腹にトカゲの卵を埋めた者は……必ず見つけ出し、八つ裂きにして殺してやる。いや、双子たちの前に、引きずってでも連れて行くべきか。
ククリとククルならば、この復讐を成すべき者として、誰よりも相応しい存在だろう……。
そうだ……。
例え……その錬金術師の殺意が向けられていた存在が、オレたちや『アルテマの使徒』では無かったとしてもだ。
ジュナ、オレはね。こう見えても、さっきより冷静なんだ。最高の戦士である君のことを魂に刻んだからだよ。
謎は多い。分からないことだらけだ。でも、君の腹に卵を仕掛けた人物の殺意については理解している。
「―――犯人のターゲットは、『錬金術師マニー・ホーク』、もしくは『ホロウフィード』にある錬金術師たちの『拠点』だ」
「マニー・ホーク?どんなヤツなの?」
「そこそこ太った中年だ。ジュナを傭兵たちに強姦させ、『アルテマの呪い』を観察していたクソ野郎。ヤツの馬車にジュナがいて、彼女はそこで死んだ」
「ホントにクソ野郎ね。で、そいつはドコにいるの?」
「地獄に行ったよ。ああ、ゼファーの腹のなかさ」
「貴方のあの黒い竜が食べたのね」
「ああ。生かして連れて来るべきだった。そうすれば、卵を仕込んだ人物についても、ヤツの指を、この斧で何本か切り落とせば、すぐに話したさ」
剖検台の上にある、小型の斧を取り上げる。コイツで、あのサド野郎を虐めてやれば良かった。オレは、短気すぎるのかね?
「……でも、そいつがジュナにトカゲを仕込んだ『犯人』じゃない理由は?そいつが、ジュナの隣りにいたんでしょ?しかも、錬金術師だった」
「……ヤツは臆病だった。モンスターの卵を抱えた女の死体と長くいたくはないさ。あくまでも興味があるのは医術だった。そうだよな、オットー」
「ええ。手帳の記録を見る限り、彼は医学を尊んではいました。もちろん、歪んでもいましたが」
「錬金術師は狂気に呑まれやすいものよ。少なくとも、『大昔』はそうだった―――最近のコトは知らないけど、外の人類も進化していないのよね?……ときおり山で拾った遭難者の頭蓋骨から、脳の大きさを測定したけど、かつての資料と同じだから」
それなりに病んだ錬金術師の典型が、オレのすぐ隣りにいるような気がするよ。
「……この山にはいない解剖学者どもの意見では、10万年は進歩していないらしいぞ」
「なるほどね。私の知っている『大昔』の知識と誤差が少ない。学問は、外の世界でも維持されているのね。嬉しいわ」
アルテマの時代から知識を伝えて来ているのか?ふむ……オットーが楽しめそうな謎を秘めた女性だな。まあ、今は推理の説明が先だ。
「―――とにかく。マニー・ホークは『ホロウフィード』という町で、ジュナを解剖したがっていた。『呪病』で死んだばかりの死体を解剖したかったのさ」
「へえ。つまり……外では、『呪病』で死んだばかりの死体を解剖するのは、一種のタブーということ?」
「察しがいいな、『長老』殿。いや、ルクレツィア殿。そうだ、死体の解剖が出来るのは多くの土地で葬儀が終わったあとだ。塩漬けにして保存された死体を用いることもある」
「……フレッシュな遺体を解剖できない。イース教徒の土地では、医学の発展が遅れていそうね」
「……ああ。だが、戦死した敵兵に対しては、少々、倫理の適応外だ。それが異教徒であるのなら、なおさら葬儀という宗教儀礼をスルーして、解剖を始められる」
「イース教徒の連中にも、私たちの利用価値はあるってことね。喜べないけど」
「だろうな。まあ……マニー・ホークは無事に『ホロウフィード』へ辿り着ければ、そのスケジュールをこなせただろう。そして『ホロウフィード』で彼女を解剖しているあいだに、卵は孵る」
「まあ、解剖室は新鮮な遺体であふれてしまいそうね」
「そうだ。だから、ヤツはそんな自殺行為はしないだろう……ヤツが、トカゲをプレゼントされる理由もあるんだ」
「理由?」
「ヤツは『青の派閥』に所属しているが、それから抜け出したかったようだ。医療を信奉する錬金術師どもの集団にな」
「ふむ。トカゲは……裏切り者に、差し向けられた罠だったということね?」
「そうだ。ジュナの腹に呪具を仕込んだのは、『青の派閥』の誰かだ。あのトカゲは、裏切り者を殺す係。ヒットマンだったのさ」
「……私たちのところでいう『アルテマの呪い』ね。男とセックスすると、ジュナみたいに体が切り裂かれてしまう……裏切り者には、どこの錬金術師も残酷なのね」
ルクレツィアはそう語る。オレは……『アルテマの呪い』を気に入ってはいない。『アルテマの使徒』たちの『掟』なのだから、彼女たちは受け入れているのかもしれないが。
「……赤毛のお客人。そんな顔しないで?……こんな呪い、私だって好きじゃないのよ」
「……そうだろうな。アンタは、そう言う気がしていた」
「ええ。私は、『コルン』たちよりも、発想がヒトに近いから……」
まるで。
自分たちがヒトではないような口ぶりだな。
そう追求したかったが、彼女の指が、呪具を掴み取っていた。メスで、子宮の壁と一体化していた、その呪具を……『トカゲの卵の卵殻』を、切り離したのだ。ルクレツィアの指が、ジュナの体から、リザードマンのヘソの緒が生える卵の欠片を取り出していた。
それは……卵の欠片というよりも、胎盤という組織であるかのように見えてしまい、オレの嫌悪感を強めていた。
「……取れたわ、ジュナ。アンタの腹には、これで邪悪な物体はない」
そう言いながら、ルクレツィアは卵の殻と血管が混じった、不快な物体を剖検台に置いていたよ。
「……ふう。残酷なクソ野郎ね。この卵をジュナに仕込んだ男は」
「……だろうな。子宮に入れていたのか」
「正確には子宮と直腸のあいだのくぼみ。最終的には子宮を侵食していたけどね」
「その卵の殻のせいで、オレとオットーは、見過ごしたか」
「ええ。ジュナの子宮の影になり、一つになっていた。貴方たちが子宮まで見通す目玉を持っていたとしても、見破れなかったでしょうね」
そこまでの目力はオレたちにだってない。臓器の位置ぐらいならば、魔力の流れで測れるが……その臓器と癒合して、化けているなんてな。魔力を頼りにした観測では、発見することが出来ないわけだ。
「あのトカゲは、『ヒットマン』として、かなり多くの世代を繁殖させて来た生物ね。錬金術や呪術の結晶体ね……『青の派閥』とやらはお金持ちなのかしら?」
「ええ。外の世界の錬金術師は、大金持ちが多いです」
オットー・ノーランが答えてくれた。彼は、ルクレツィアがメスで突いている胎盤じみた卵殻を、彼にしては珍しいことに不機嫌な顔でにらんでいた。
ルクレツィアは、『青の派閥』が金持ち集団であることを知ると、何らかの納得を得ることが出来たようであった。頭を何度もうなずかせている。
「なるほどねえ。金持ちサンたちのあいだで使う、暗殺の道具として、何世代にも受け継がれてきた。錬金術の深奥の体現ではあるわね、あのトカゲ」
「ほう。それで、どんなことを体現していたというんだ?」
「……『より強く』よ。前向きでしょ?」
「……人的被害が無ければな」
「それはムリね。錬金術が目指すのは、極論で言えば永遠の命とか、悠久の不病……不老不死とか、そんなレベルの『奇跡』よ?……犠牲を強いるほどでなければ、それらの道を登ることは不可能」
「……この被害を、許容しているみたいに聞こえる」
「……そんなつもりはないわ。錬金術とは、そういった存在であるってこと。私だって、ジュナを失うことを納得出来たわけじゃない」
「……すまんな。口が過ぎたよ。君に、文句があるわけじゃない」
「いいのよ。貴方の怒りは、錬金術に踏みにじられた尊厳への怒り……それは、ジュナにとってはもちろんだし、私たち『アルテマの使徒』全員の癒やしにもなるの。摂理に反したニセモノの命でも、慰めは与えられるのね」
「その言葉では、君たちは……まるで―――」
なんだか勇気の要る言葉だった。
だが、それでもオレにはジュナがついているからだろう。
勇気をもって、この美しい錬金術師殿に言うことが出来たよ。
「―――君たちが、ヒトではないかのような言いぐさに聞こえるのは、オレの気のせいではないのだろうな」
魔眼が色々と教えてくれていた。この『メルカ』という不思議な町に住む、『アルテマの使徒』たちの不可解さを。
魔力の流れが、誰もが似ている。
いや酷似しているというレベルでも相応しくない。端的に言えば『コルン/戦士』たち全員が同じだ。同じような顔に、同じような体格……それらは親戚ばかりで血が濃くなった集団だからと説明することも可能ではあるが……。
魔力は、両親から継ぐ要素も大きい。
しかし、それでも絶対的ではない。
誰もが異なる指紋を持つように、ヒトの体を走る魔力の質は、千差万別なのだ。それが酷似することなど……ありえない。だが、そのありえないことが、この土地ではいくらでも目撃が出来ている。
彼女たちは、『雪女』?
いいや、そうじゃないさ。
そういった存在ではなく……もっと、ある意味では不思議な存在であり、ある意味では科学的な存在なのではないかね。
そうだ、正しく言えば……『錬金術的な存在』なのだろう。
「―――ルクレツィアよ」
「あら、何かに気がついたって顔をしているわね?」
「ああ。そうだ。多分、オレは君の正体に気がついている。そして、オレだけじゃなく、オレよりも賢いオットー・ノーランも。彼はサージャーだから、オレ以上に、君たちの魔力の同質さが目につくだろうさ」
オレの向けた視線に、オットーはうなずく。
「……ええ。私には、この『人為的な魔力の調整』が、あまりにも不思議に見えます。それに『コ・ルン』と『ク・イン』という、東方の滅びた文明で使われていた単語……」
「あら。博識なのね?」
「……『コ・ルン』とは、『働き蜂』。『ク・イン』とは、『第二女王蜂』……そういう意味ですよ。千年ほど昔の錬金術師たちは、己の血肉から、『それ』を精製するときに……昆虫たちの名を与えていたという古文書があります」
「そうねえ。私に引き継がれた『叡智』が、その伝承は『正しい』と教えてくれているわ」
「……なるほど。歴史的に貴重な証言です。古代の伝承を確かめられる機会は、稀有なことですからね。団長……我々は、彼女の『正体』を口にすべきでしょうか?」
「ああ。ルクレツィアが望んだ。隠そうと思えば、隠せることだろう。魔力を調整する薬物ぐらい、彼女は合成できる。それに、あれだけわざとらしい言葉を使ってくれて、ヒントまでくれた。『自分が普通のヒト』ではないとな……」
「……そうですね」
「なあ。ルクレツィアよ、もしも、失礼なことだったり、オレたちが間違っているとするのなら、容赦なく否定してくれ。そこから先は、オレたちは君の言葉をそのまま鵜呑みにすることにするさ」
「ええ。どうぞ?賢き旅人……魔王の星を宿す、ソルジェ・ストラウス。私たちは、貴方の瞳にどんな風に見えるのかしら?」
ルクレツィアは笑顔だ。でも、その素敵なほほに力を入れている、嘘くさい笑顔だな。何かを誤解しているのかもしれない。
「―――怖がることはないぞ」
「え?」
「オレに見える君たちは、ただのうつくしい女性たちだ。どんな出自であれ、君らはヒトだ。フツーのヒトではないのかもしれないが、そんな細かいコトを気にしていて、魔王がやれるか」
「……私たちは、『雪女』って言われているのよ?悪鬼かもしれない存在だけど?」
「いいや。君たちは穏やかに暮らす人々さ。そういう人物ならば、オレは愛せる」
「あら?人生で初めて出会った異性に、口説かれたわ。『こんな存在』でも、ヨメにもらってくれるのかしら?」
「ああ。君がそう望むならな。ガルーナの竜騎士は、一夫多妻だ。うつくしく賢い妻は多い方がいい」
「うふふ。そうね、素敵なことだわ……でも、私は―――かなり『バケモノ』よ?それにソルジェさまはタイプじゃないのよね」
「くくく。フラれちまったなら、しょうがない。それなら、仲の良い大親友を目指そうぜ」
「友だちになれるかしらね?」
「すでに友人ではあるだろう。あとは親友になるだけさ」
「……面白い星の下に生きているヒトなのね、ソルジェ・ストラウス殿は。じゃあ、私がどんな存在なのか、答えてみてくれる?」
「ああ、君は……いいや、君たちの『オリジナル』は……『最初の女王蜂』は、『星の魔女アルテマ』だな」
「……ええ。そうよ」
「君たちは、『錬金術師アルテマ』に生み出された、『ホムンクルス/人造生命』か。アルテマの血肉を模倣した存在……だから、それほどまでに魔力の構造が同じなんじゃないのか、我が友ルクレツィアよ?」
「……そうよ。私たちは、『ホムンクルス』……お互いの血肉で、お互いを妊娠させながら、お互いを模倣しつづけ……世代を重ねて来た、大錬金術師・『星の魔女アルテマ』の『劣化した分身』よ」
「くくく!そいつは、カッコいい友だちを作れたな!!」
「……ドン引きしないのね?」
「する必要がないことは、カッコいい男はしないものだ」
「ウフフ。惚れない程度に、カッコいいわよ、ソルジェ・ストラウス殿。私の初めての男友達殿!」
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