第六話 『アリューバ半島の海賊騎士団』 その15


「あの、『炎』……あ、あいつの剣に、支配されているのか……っ!?」


「じゃ、じゃあ……こ、この有り様は、や、ヤツが、ヤツらがッッ!?」


 帝国人どもは、オレたち猟兵の夫婦を見ながら、確かめるような言葉を口にしていた。オレは不敵に笑うのさ。そして、魔王らしく傲慢な態度と言葉を選んでいたよ。


「己の目で見た現実を否定するという行いは、あまりにも愚かだと思わないか?」


 そうだ。疑う必要はないぞ、帝国人どもよ。


 オレたちは、君らが想像しているだけの『力』を宿した存在なのだから。


「ここに破壊者は二人だけだ」


 動揺してくれるか。そうだ、驚愕と共に、見てくれよ。オレたち夫婦が起こした、破壊を?分厚い壁すらも貫き、崩してみせたぞ。


「ひ、ヒトの……ヒトの、力だけで、と、砦を崩したというのかッッ!?」


「そんな……バカな、ありえない。ありえないよッッ!!」


「お、怯えるなッッ!!帝国海軍の軍人は、怯えてはならないのだッッ!!我らは、皇帝陛下の臣民として、臣節を全うするために、力強く在らねばならないッッ!!」


 ふむ。統率者がいるな。胸元にあるのは、三つの星の飾りか。たしか、その階級章は大尉だったかね。ヤツが、この砦の責任者なのだろうか?


「サーベルを抜刀せよッ!!我らは、聖なる皇帝陛下の臣民であり、軍人なのだッ!!」


 その軍人は勇気を振り絞る……いいや。違うな、何だ?……コイツもおかしい。帝国海軍の連中は、妙に強迫観念めいた忠誠心を持つ。他の土地の兵士にはなかった。なぜか、この半島の帝国兵どもの一部には、異常なまでの皇帝崇拝が見られる。


 教育で、理論武装を施している?


 帝国海軍という歴史の浅い、新しい組織だからなのだろうか。皇帝の影響が強いのは、ヤツが創設にでも関わっている?……フン。もしも、そうであるのならば、崩し甲斐が出てくるハナシだな。


 ユアンダートの崇拝者は、声を荒げて、仲間を鼓舞していく。普段から大きな声で仲間に命令を飛ばしているのだろう、演説癖があるのかもしれない。


「たとえ、悪鬼や邪悪な神の類いであったとしても、その肉体が巨大なわけではない……ッ!!ヒトは、所詮はヒトなのだ、これだけの数でかかれ――――」


「―――『光牙・彗星衝』ッッッ!!!」


 我が后ロロカは、君の演説なんて聞いちゃいないさ。水色の光を引き連れて、力強い歌と共に、宙へと飛んでいたよ。


 霊槍が目掛けたのは、その指揮官だ。


 戦場での『演説者』を狙う。これはある種のリスペクトでもある。言葉の持つ『力』を、心が持つ『力』を、オレたちは過小評価しない。怯えた弱者は何も出来ないが、勇敢な弱者は、何かを成す可能性があるのだから。


「う、うあああああッッ!?」


 ロロカの殺気を浴びて、大尉殿が叫んでいたよ。それでも、サーベルを構えて対応しようとしていた。


 強くはない。だが、勇敢ではあったな。名前を聞くべきだったか?……まあ、今さら遅いし、それほど深い興味もない。だって、もう彼は死体となり、自意識を失っていたのだからな。


 宙に飛んでいたロロカは、『彗星衝』を連続で放っていたのさ。サーベルを抜いて勇敢さを発揮していた指揮官のすぐ隣りの地面に、それは着弾していた。


 指揮官殿が死んだのは、槍に貫かれたからではない。あの『彗星衝』から解き放たれた、暴れる光に吹き飛ばされていたからだ。


 あれは……ただの衝撃を帯びた風ではないな。あの水色の光は、錬金術の鍋の底で見る輝きによく似ている。魔力を帯びた物質を、まるで分解するように崩してしまう、あの光。そうだとすれば、魔力を多く持つヒトの血肉も対象だ。


 つまり、命を掻き消す、死の衝撃波だよ。あの水色の輝きはね。『霊槍』を名乗る所以は、そこなのかもしれない。


 だが、ヤツは孤独ではなかった、周囲にいた数人の兵士たちも、彼と同じように、死の衝撃波に命と肉体を吹き飛ばされていたのだから。


 『光牙・彗星衝』、素晴らしい威力だ。力と霊験も十分だよ。大地が揺れていたな。赤レンガにより組まれた城塞に、深くて広い亀裂が走っていく……さすがは、ロロカ。敵を蹴散らしながらも、作戦目標を達成している。


「ひ……ひいいいいいいいいいいッ!!」


「今のは、な、なんだああああああああああああああッ!?」


「こ、殺せええええッ!!魔女を、殺せえええええええッッ!!」


 魔女とは古風な言葉を聞いた。サーベルを抜いた帝国の兵士たちが、一斉にロロカへと向かう。五人か。問題はない。ロロカは『霊槍・白夜』とひとつになり、槍聖の舞いを踊るのだ。


 『霊槍・白夜』は巨大であるが、その重量はまるで存在していないかのようだった。圧倒的な速さで、霊槍は踊ったよ。槍の穂先が兵士を切り裂き、石突きの打ち上げで兵士が吹き飛ぶ。叩き落とされた一撃は、兵士を砕き。残酷な突きは、鎧の薄鉄を貫いていた。


 五人目は……闘志を消されたよ。腰を抜かし、その場にしゃがみ込む。ガクガクと震えるその男は、震えるアゴから歯をぶつけて鳴らす音を漏らしながら、命乞いをする。


「た、たすけてくださあああいいいッッ!!」


「……死にたくなければ、逃げることです」


 そう言いながら、ロロカはその場所から遠ざかる。バックステップを踊るように連続させて、壊れた砦に登ったよ。跳躍したオレと入れ替わりになるようにしてな。


 アーレスの怒りは、まだ刃に残っている。宙にいるオレは、竜太刀に魔力を込めて、その煉獄の猛火を爆炎させる。戦場に竜太刀を振り下ろし、二発目の『バースト・ザッパー』を大地に叩き込んでいた!!


 ドガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアンンンンンンンッッッ!!!


 その場所が、爆熱に沈む。腰を抜かしていた男は、幸運にも仰向けに吹き飛ばされただけだが。この場にいた他の兵士たちは、竜巻のように狂暴な突風に薙ぎ払われるようにして、吹き飛んでいた。ロロカの『彗星衝』にビビり、引いてしまった腰が原因でもある。


 ここは……崖の上だからな。


 兵士たちが『バースト・ザッパー』の起こした爆風により、崖下へと落ちていく。


「いやだあああああああああああああああああああああああああああッッ!!」


「た、たすけてええええええええええええええええええええええええッッ!!」


「い、いーすさまああ、ごじひをおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!」


 焼かれる痛みと、弾けて飛んだ肉と骨が発する痛み……そして、死へと向かう時間が帯びる、容赦のない恐怖。それらはすぐに終了する。彼らが信仰する女神イースの『慈悲』が、与えられたのだろうかな。


 崖から落ちた彼らは、荒波が打ち付けられる岩場に吸い込まれ、墜落による即死が与えられていたのさ。


 ドンという肉を打つ音が短く響き、悲鳴は消えていた。そして、そのあとに、一際高く上がった波のしぶきが、オレに頭から降り注ぐ。心なしか―――海水は血のにおいがしたよ。


 さて。オレは気がついているぞ。


 『バースト・ザッパー』の威力は、さっきと同じような作用を、この岩壁に与えている。穿った穴に、破砕の爆熱が叩き込まれたのさ。遠からず、崩れてしまうだろう。


 帝国軍の刻印が成された赤レンガたちが集まり、造られたこの城塞に、大きな亀裂が入っていく。それは広く、深く、広がっていく。


 その崩壊は、もう止まらない。アーレスの劫火の大半は、この城塞の『底』に撃ち込まれて、まだ元気に暴れているからな。亀裂から、焔が吹き上げたよ。オレは身を焦がしそうなほどの熱量を体に浴びて、満足げな貌になる―――。


「ソルジェさん!そこは崩れます!!こちらに!!」


 ロロカが半壊している砦へと乗り込みながら、オレを呼んだ。なるほど、いい脱出ルートだ。敵の砦のまん中を突っ切るとは、オレたち夫婦に相応しいな。


「わかった!!今から行く!!」


 そう返事しながらも、オレはその場にしゃがみ込んでいた男の脚を掴み、そのまま引きずってやる。


 失神していた男が目を覚ます。『バースト・ザッパー』の威力を至近距離で浴びた彼は、全身の肉が爆ぜるように熱いはずだ。そして、骨格のあちこちは崩れている。そのおかげで死ぬことは無かったのだ。


 喜ぶべきだ、命乞いの言葉を吐いた男よ。君の願望は、実現したではないかね。


「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああッッ!?」


 多発骨折の体だからな、それを乱暴に引きずられれば地獄の痛みだろうが……崩壊する城塞の上に置き去りにされるよりはマシだろう。ロロカが君を殺さなかったのなら、オレも殺さない。


 純粋な慈悲から来る行いではないよ。オレは、どうしたって帝国人を許すことは出来ないからね。


 君は、『目撃者』になってもらおう。


「オレの名前は、『魔王』ソルジェ・ストラウス。ガルーナの竜騎士であり、いずれ、ガルーナの王となる男だ。我が力の威光を広めるために、生きろ。我らは、『パンジャール猟兵団』。無敵の戦鬼の群れだ」


「ま、まおう……『パンジャール』……ッ」


「そうだ。死なずに、母国に戻り、オレたちの歌を伝えろ」


 そう言いながら、オレは手を離す。彼を置き去りにしたよ。崩れた砦のすぐそばで、彼の脚から指を離していた。


 放棄されることに不安を感じたのだろうか。彼は、悲鳴を上げていた。


 いや、それだけではない。悲惨な現実と対面したからだ。痛む体を動かして、彼は地獄みたいな光景を目撃する。崖の上部を占めていた、赤レンガの城塞が、焔を吹き上げる亀裂によって、爆ぜるようにして崩壊していった。


 赤レンガのカタマリが、宙へと飛んだよ。いくつものそれらが、焔を引き連れて、青い空のなかで軽薄なまでに回転しつつ……重力に囚われては、海へと落ちていく。その崩壊は、置き去りにした彼のすぐそばで止まっていた。


 運の良い男か?


 いいや、オレの見立てが完璧だったのさ。あそこから手前は、より強固な岩盤の上に築かれた部分だと、予想していた。地下を奔る焔が、彼がいる場所では、せき止められていたからな。魔眼でハッキリと見えるよ、竜の魔力の流れはね―――。


 さて。


 ミッションは成功だぞ。崖を補強していた、城塞は砕いてやった。ずいぶんと、盛っていたな?かなり低くなっているぞ、崖が。流氷の流れる頃には、飛び移れるかもしれない。あるいは……捨てる覚悟の船で、突撃するように乗り込むのなら、上陸は可能だ。


 フレイヤのカリスマに影響される『アリューバ海賊騎士団』の人々ならば、迷うこともなく、船首をここに向けて、帆をいっぱいに張り、風と共に勇敢なバカを実行するであろうな。かつてのザクロア人と同じような戦術をね。


「ソルジェ団長!!こちらに!!囲まれる前に、脱出しましょう!!」


「ああ!!」


 オレはロロカに手招きされるまま、崩れた砦に侵入するよ。


 無数の瓦礫を踏み台にして、その二階部分まで上がると、砦の廊下を走った。


 敵の砦を避難路にする。想像していた以上に、なかなか楽しい経験であったな。さて、廊下の突き当たりにある階段を降りたオレたちは、お行儀良く砦の入り口から飛び出していた。


 小さな砦だからな。脱出経路に迷うほどの複雑さはないんだよ。まあ、それにしても単純な構造だったがな。これでは、朝食付きで一晩30シエルの安宿のようだ。あまりにも速やかに出て行ける。


 攻め込まれるコトを想定していなかった、そんな建築哲学が見て取れるな。あるいは出撃のしやすさに傾倒した造り。ここは、2年前に造られた……帝国にケンカ売る陸上戦力など、もはや想定しなくてもいいという判断かもしれないな。


 まったく、アリューバ半島の民たちも、舐められていたわけだ。


 敵の建造物からの情報収集。オレの頭では、これ以上は探れないな。あとでロロカ先生とオットー・ノーランに訊いてみよう。彼らは、オレの推察がそこそこ優れていると、褒めてくれるからね!


 さあて……そろそろ北からも南からも、敵兵が集まるぞ。北に行った連中は、オレたちが暴れた音で、気づき……南から救援に来ていた連中は、任務通りに、砦の襲撃者を攻撃しようと企むだろう。


「ロロカ!『白夜』で駆け抜けよう!!」


「はい!!えいッ!!」


 ロロカ先生が『霊槍・白夜』を投げていた。霊槍は水色の光を放ちながら、巨大な槍から馬の体へと変換されていく。神秘的な光景だよ。ああ、ユニコーンの『白夜』が現れて、その蹄が、大地を踏んだ。


「乗って下さい!」


『ヒヒンッ!!』


「おうよ!!脱出だ!!」

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