第六話 『アリューバ半島の海賊騎士団』 その13


「敵襲だあああああああああああああああああああああああッッッ!!!」


「海賊か!?……救援に向かうぞおおおおおおおおおおおおッッッ!!!」


 かなり距離が離れているが、爆撃の音は響いていたよ。


 離れた距離のおかげで、ゼファーの姿までは目撃されていない。


 まして、もはや砦が崩壊し、仲間たちの多くが岩に埋もれて死んでいるとは、夢にも思ってはいないだろうな―――。


 海賊船はバリスタに『炎』をまとわせて放つこともあるし、火薬だって使うのだろう。『火薬樽』を投げることはしなくても、密かに接近して、爆破攻撃を仕掛ける。フレイヤほどの戦術家ならば、それぐらいのことは容易くやってのけそうだ。


 だが、上空から精確に爆撃するとは、帝国の兵士たちに発想はない。一瞬のうちに、古びたものとはいえ、砦が崩されるなどとは思いもしないだろう。


 そうだ。


 ゼファーの火力と、『火薬樽』と、オットーの弱点を見抜く三つ目。そして、襲撃をサポートするミアの活躍。それらがそろわなければ、あの勝利はありえなかったものさ。


 想像することなど、オレたち以外の誰にも出来ない。


「―――北の砦を救援するために、兵士が出発していきます。200から、250といったところでしょう」


「手薄になるな……早馬の部隊が、さらに南側の砦から、この砦をカバーしに来るのは、早くても10分はかかる……余裕だな」


「はい。ソルジェ団長、それでは行きましょう」


 そう言いながら、ロロカ先生は立ち上がる。うん。よく『変装』出来ているじゃないか。ややブカブカしているが……馬に乗れば、バレないだろう。


 ロロカ・シャーネルは先ほど仕留めた帝国兵士から、鎧を剥ぎ取っていた。それを身につけている。そして……兜もね。


 兜からはどうしたって『水晶の角』が出るけど。穴を開けて無理やりに通している。うん。遠目からなら大丈夫だ。しかし、眼鏡を外しているが……。


「視力は大丈夫なのか?」


「え?はい。『水晶の角』がありますから。コレだけでも、だいたい分かりますし。あとは『白夜』の視力も共有出来ますので、戦闘は問題なくイケます!!」


「なるほど、なら安心だ」


 さて。オレたち、何をするかというと、この緊急事態に乗じて……『敵に混じって砦に近づくよ』。


 二人して『白夜』に乗ってね。オレも、帝国兵の鎧に着替えるんだ。まあ、着脱が簡単なことで有名な、帝国軍の軽装鎧だから、二分もあれば完全に装備出来る。


 大勢の敵が、砦から出発する間には、メイクアップは完了だ。


 はい、帝国軍の二等兵の完成だよ。


 ……しかし、この軽装鎧の『簡易さ』―――こういうところも、戦力を『生粋の戦士』ではなく、『徴兵制度』に依存していることの現れか。


 有能な戦士でなくても、健康な若者ならば、それなりの水準の兵士になれる……合理的だが、それゆえに敵からも利用しやすくもあるのさ。


 帝国の兵士たちは規律があり、集団として訓練はされている。だが、想像を超えるような人材は、そういない。


 人間族という存在は、なかなかに平凡な種族だからね。どこかが飛び抜けて強いこともなければ、弱いところもあるわけでもない。普通。平均的。それが、人間族の『性能』。


 オレ?……きっと、ガルーナの鬼畜物語のおかげだろうね。『誘拐して来た花嫁/強い女性』の血と混じり続けたことにより、蛮族ストラウスさん家は『強い血統』に至ったということだろう。


 魔術師の才を集めて、竜を操るためのフィジカルを鍛えあげて、幼少の頃から武術を叩き込まれると、バケモノがようやく一匹出来るってことさ。


 人間族ってのは、鬼畜物語で有能な血を集めまくったりしないと、『強い個体』が発生しにくいのさ。それぐらい、種族として平凡。


 まあ、だからこそ、人間族主体の帝国軍は、『個』の力に頼らず、『数』に依存しているということでもあるが―――ああ、戦場でどうでもいいことを考えるべきではないな。さて、変装を評価してもらおう。


 オレは、ロロカ先生の前で、くるりと一回転してみるよ。


「……しっかりと化けられているかな?」


「はい。バッチリです!」


 副官殿にお墨付きをいただいた。オレは『雑兵』に化けたよ。しっかりとね!


 騎士ロロカ先生の後ろに乗せてもらった、帝国の増援二等兵さん。そんな非重要人物のフリをして、あの獲物に近づくのさ。ああ、ユニコーンの『白夜』も『変装』するよ。


 どうするのか?


 簡単なことだ。


「はい。『白夜』!」


『……』


 『白夜』の視線が、すこし悲しそうに彷徨う。オレを、一瞬見て来るが……ロロカ先生が、横に一歩だけ動いて、その視線からオレを隠したぜ?……オレに『助け』を求めることを『白夜』に禁じたような気がするな。


 うん、そうかもしれない。


 だって。あんなにデカくて間抜けな黒い羽根が生えた、馬用の兜だと?……それを、被せられるなんて、ちょっと恥ずかしい。でも、ロロカ先生には逆らえない。


 『白夜』は頭を下げた。


 騎士ロロカ先生は、その愛馬の頭にゴソゴソと、その革と鋼と羽根で出来た、ダサ目の兜を装着し終わったよ。でも、ロロカ先生は、気に入っているようだった。


「はい、出来上がりましたよ!!」


 声が弾んでいるのだから。


 でも、『白夜』の方は違っていたよ。


『……ヒヒン』


 不満そうな表情に見えるんだ。オレ、段々、馬の表情が読み取れるようになって来ているなぁ……馬っていうか、神秘の生物、ユニコーンなんだけどね。


 どうやら、ロロカ先生は、その黒い羽根がドーンと生えた兜のデザインが、お嫌いではないらしい。その羽根のおかげで、『白夜』の『水晶の角』は隠れるからね。機能的には完璧だが―――。


「バッチリです!!ぜんぜん、ユニコーンに見えませんね!完璧に、フツーのお馬さんですよ!!そうですよね、ソルジェさん!!」


「あ、ああ。馬みたいだぞ、『白夜』……」


『……ヒヒン』


 そう呼ばれるのがイヤっぽい気もするのだけれど。


 まあ、いいさ。


 しかたない、あきらめろ。


 これも作戦のためだ、ガマンするのだぞ、『白夜』よ。今度、いいニンジンを買ってやろう。


「さあ。これで、私たちは『騎兵』と『二等兵』と『馬』です」


「そうだな……『ディアロスの美女』と『竜騎士』と『ユニコーン』から、かなり遠い存在になったよ」


『……ヒヒン』


 オレは悲しそうな歌を、鼻先で奏でる『白夜』の頭をね、慰めるように撫でてやったのさ。


「……そろそろ良い頃合いです。かなりの人数が出てくれましたね!行きましょう!」


 そして、ロロカ先生は『白夜』の背に跳び乗るよ。


 二等兵も、騎士の背後に跳び乗るぜ。


 いつもながら、オレ……二等兵役が多いなあ。


 ロロカ先生が騎兵の兜のバイザーを下ろしていた。これで、遠目からではディアロス族の美女には見えないね。


「さあ!行きましょう!」


「ああ。行け、『白夜』!!」


『ヒヒン!!』


 なんか、ヤケクソなのかな。『白夜』は力強く鳴いて、素晴らしいスピードで戦場をかけていく。


 松林を抜けて、さきほど殺人事件が起きたあの道へとオレたちは出た。そのまま、ちょっと走れば、開けた土地と、海岸沿いの崖の上に立つ『砦/獲物』を発見していたよ。そして、かなりの数の帝国兵の群れをね。


「―――では、敵に混じります。ソルジェさん、敵との会話、お願いします」


「了解だ……」


 オレたちニセモノの帝国兵たちは、ホンモノの帝国兵たちが集まりつつある場所へと混じっていく。


 五十人ほどの歩兵が、視界の先で隊列を組もうとしている。だが、オレたちはそれを無視して、砦の方へと近づいていくのさ。北に向かう集団と混ざっても、しょうがない。


 砦の門番が、オレたちに気づいた。


「どうした!?お前たち、救援に来たんじゃないのか!?」


 くくく、どうやら、オレの交渉話術の出番のようだな。


「ああ!!オレたちは南の砦からの増援だ!!命令はもらっちゃいないが、巡回の途中で爆音を聞いた。だから、独自の判断で来たんだよ。君らが北の砦を助けに行くのは知っているが……こっちの砦が手薄になるのは、マズいだろ?」


「それはそうだが……いいのか、命令はもらっていないのだろう?」


「イヤなら帰るぜ?こっちは、善意で来ただけだ」


「いや、スマン。助かるよ」


「それで、馬はどこに置けばいいんだ?」


「ああ。馬小屋がある……左手の奥だ。そこに置いてくれるといい。馬番の兵士もいるから、そいつに言えば、世話してくれるはずだ」


「わかったよ。ありがとうな」


 その会話が終わり、オレたちは門番の指示してくれた道を進む。パカラパカラと『白夜』をゆっくり走らせると、たしかに馬小屋が見えて来たね。左に進むと厩舎が見える。でも、そこには興味はないんだ。


 ロロカ先生は『白夜』を予定通りの方向へと走らせるよ。


 狙っているのは、この砦の『西側』さ。海岸線の方だ。


 ああ、ちょっとした下り坂を下りていくと、視界が開ける。そして……波の音と、潮風が強く嗅覚を刺激していた。


 ……そこからは、海が見えたよ。


 その海はね、トーポから見える穏やかな内海とは違って、ずいぶんと波が荒いんだ。海面の濃い青のなかにも、白波が目立つ。北海の冷たい水が、大量に流れ込んでいるのだろう、寒さと暗さを帯びた海は、荒れている。


 見知らぬ海……というわけではないな。


 オレは、『これ』を知っているぞ。フレイヤたちと『ヒュッケバイン号』で旅したからね。この海は、あきらかに北海の一部だ。


 水平線の先は、にごるように灰と青の混じった空間だ。あの場所に行くことを、本能が警戒させる。そんなさみしい色に塗りつぶされていた。


 まったく、半島の両端で、これほど差があるものとはな―――内海と外海の差だ。その理屈こそ分かるのだが、どうにも納得はしにくい。


 同じ国の、同じような緯度の海岸から見ているはずなのに、これほど海とは違うのか。おそらく、同じ味もするはずなのにな……。


 そこは切り立った崖の上だよ。潮風が濃い理由が、よく分かった。荒れた波が崖に当たって、ときおり大きな波しぶきが崖の上まで……ここまで飛んで来るからだ。空からは砕けた波の粒が、弱い雨みたいにぱらついて来やがったよ。


 崖下の岩のあいだに響く、波の壊れる音はなかなかに豪快で、やかましくもある。


 潮騒という言葉の意味がよく分かっちまうぜ。荒れる波は、騒がしいほどのエネルギーに満ちている。ザパーンという音は、何度も響き、その度に、風には千切れて飛んだ海水が混じって、潮のにおいを鼻へと届けて来た。


 崖と砦の境目は、赤いレンガたちで埋め尽くされている。このレンガが足場にもなるし、崖を登ろうとした敵には、背の高い『壁』となってそびえ立つんだろうな。


 おそらく、ここを海から見れば、この崖の上部は、城塞と融け合うようにつながっているはずだぞ。


 自然が荒々しく削り出したギザつく岩壁は、最上部で高く突き出たレンガの障壁に変わる。さすがは砦だ。侵入者をどこまでも拒もうという、拒絶の設計思想を体現しているではないか。


 海側からは、肉体のみでよじ登るのは、どう考えても困難な作業になる。いや、ムチャなハナシだな。まちがいなく、本職の登山家でも、道具を使わねば攻略は出来まい。下手をすれば、あの荒れた波に一瞬でさらわれてしまうだろう。


 自然の厳しさと、ヒトの悪意が混ざって。大いなる険しさを築き上げている。まさに城塞だな。砦としては、本当に立派なものだよ。帝国人ってのは、何だかんだで文明的な物体を創り上げはするのさ……。


 帝国人が、ここを砦にした理由が一つ分かった。ここからならば、敵の上陸を、ほぼ100%防げるからだ。無敵の城塞。ここならば、兵士は安全に休めるだろう。軍事的には最高の拠点のひとつと言える。


 北にも南に、その崖はしばらくつづき、あちこちにレンガの壁による補強が見られる。険しい崖に、荒れた海、そしてレンガの障壁のセットだ。


 ……いや、色がかすれるほどに古びたレンガや、ただの石積みの壁まで混じっているぞ。なるほど、帝国人だけではない。アリューバ半島人の戦いの歴史、その残骸がある。『羽根戦争』における史跡が、この沿岸部を補強している。


 ザクロアとの戦いの歴史さ。


 ……この砦は、なかなかに手強い砦になるぞ。敵である帝国に資する存在だ。だからこそ、ここを襲撃する価値があるというものだな。


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