第六話 『アリューバ半島の海賊騎士団』 その2


 さて……かなり北に来ちまったな。オレたちは、別に意味なく空を彷徨っているわけではない。フレイヤ・マルデルの願いを叶えるために……ここまで来たのさ。


「……地図と情報が正しければ……このあたりになる」


「そうですね……あの山は、いつもと違った形に見えますが、パルーコ山ですし」


 そうだ。空から見るのと、地上から見るのでは、地形というのはなかなか違って見えるものだ。しかし、さすがはフレイヤ、勘がいいな。その差をしっかりと頭のなかで補っているようだよ。


『……いたよ。ていこくのへいしたちと……つれていかれるひとたちだ』


 ゼファーがそう告げる。


 オレも、そのヒトの列を見つけたよ。


「ど、どこですか……!?」


「あそこだ……山の右側に、小さな川に沿って流れる道があるだろう」


「……はい!あ、ああ!見えました!!」


「フレイヤよ。到着だ。ここが、君が来ることを願った場所だぞ」


 そうだ。フレイヤ・マルデルは、願ったのさ。帝国の虜囚となり、連行される同胞たちの姿を、その瞳に映すことをな。


 今、オレたちの視界のなかには、悲劇が映されている。捕らえられた半島の亜人種たちが、帝国の兵士たちに殴られながらも、北東へと向かって列を成して歩く姿だ……その数は、2000人近い。


 『魔銀の首かせ』をはめられ、お互いの脚や首通しを鎖でつながれたまま、その虜囚たちは、くたびれ、傷ついた体を引きずるようにして、『オー・キャビタル』へと向かい歩かされていく……。


 そうだ、あの海賊王が築いたという、『バッサロー監獄』に収監される連中だよ。


 とんでもない数だが、これが全てではないはずだ。船に乗せられて、『オー・キャビタル』に向かう者もいる。おそらく、亜人種狩りは、『オー・キャビタル』の街中でも行われているのではないか。


 まずは、男たちから、村から連れ去る。


 そして……彼らを拷問し、殺すだろう。あるいは、ロロカ先生の予想の通りに、帝国本土で枯渇している奴隷を補うために、船に乗せられて『出荷』されて行く可能性もある。彼らに見える『未来』は暗く……絶望を帯びた歩調は、敵兵に殴られながらも遅かった。


「……酷い!……鎖でつないで、歩かせる!?……彼らは、何も悪いことをしていないはずです!!」


「……生まれ落ちた『人種』が悪い。ファリス帝国の人間第一主義というのは、そういうことを言うのさ」


 人間族以外を、認めることはない。亜人種との共存を……いいや、亜人種の生存そのものを、ファリス帝国の連中は拒絶した。だから、兵士たちは誇らしげに、あの罪無き民間人を虜囚にして喜び、胸を張る。


「そんな……ッ。そんなのって、間違っていますッ!!」


 このアリューバ半島は、比較的マシな方だった。先代の総督は、この半島の『帝国化』を緩やかなものであることを許容していた。帝国の法律に従っていれば、亜人種の村も焼かれることもなかった。


 奴隷にされることもなかった。


 生存は、許された。亜人種たちにとって生きにくい法律は、ゆっくりと作られていき、どんどん植民地としての『帝国化』は進んでいたのだろうが。それでも、ある程度は亜人種たちにも自由はあった。


 そいつはね、フレイヤ……ファリス帝国の植民地では、かなり珍しいことなんだぞ。本来なら、もっと亜人種たちは迫害されているものさ。ジョルジュ・ヴァーニエが作り出した、この耐えがたい今みたいにね。


 オレは思うんだ。


 先代の総督が、なぜ、『緩やかな帝国化』を選び……亜人種たちの自由を許したのか、それには理由があるはずだ。悪意は、何か大きな力が無いと、抑止することは叶わないからだよ。


 その力とは、君の母親である、ドーラ・マルデルや、戦場に散っていったレパントの一族たち。そういった戦士たちの戦いがあったからだと考えている。


 彼らは、たしかに負けてしまった。


 全員が殺されて、その切られた首を『オー・キャビタル』に並べられた。


 君の母親、ドーラ・マルデルも……そうだったのだろう。


 彼らは負けたよ、このアリューバ半島を侵略者どもの手から、守ってみせることは、たしかに出来なかったさ。


 それでもね、やられっぱなしだったワケじゃない。


 『アリューバ同盟騎士団』の戦いは……この半島の正当なる住人たちの戦いは、帝国どもを怯えさせていたのさ。


 だから、先代の総督は、『緩やかな帝国化』も選ぶしかなかったし、亜人種たちの自由さえも残っていたんだよ。


 それらは、彼らが命を費やして、遺した、大きな遺産だ。


 敗北してしまったし、殺されてしまったが……。


 君たちに、彼らは遺したんだよ。


 わずかばりの自由と……解放へと続く可能性を。


 『アリューバ同盟騎士団』の戦いと死は、ムダでは無かったのさ。屈辱に染まる植民地化の歴史のなかに、彼らの戦いが遺したものは、確かに存在したんだよ。世界を歩いてきたオレには、分かる……彼らの戦いが、どれだけ勇ましく、帝国を震え上がらせたのか。


 しかし。


 その遺産は、先代たちが命がけで創ってくれた『時間』は、今、新たな侵略者の襲来と共に終わってしまったのだ。


 暗黒の時代が始まろうとしている―――誰かが、敵を倒さねばならい時が来たのさ。


「―――こんなのって、あまりにも……酷いです!!何も悪いことをしていない人たちから、家を奪って、焼いて!!あんなに、傷つけて……ッ。鎖につないで、奴隷みたいに!!こんなこと、許してなんて、おけませんッッ!!!」


「……ああ。オレもそう思うよ。だから、今日も帝国と戦った。そして、明日も、明後日も戦うんだ。自分の命よりも大切な『家族』を巻き込みながらだってな」


「ストラウスさま……ッ」


「君だって、そうだろう。オレたちは、こんな現実がイヤだから、戦っている。戦えているんだ」


「……はい」


 気高きフレイヤ・マルデルは、その涙に濡れた青い瞳を拭くんだよ。他人の苦しみのために流せる涙を、オレは尊く思う。ああ、ジーンくんのコートがね、今、とっても役に立っているぞ。


 彼女の涙を吸ってやったぞ。


 だから、彼女はその青い瞳に気高い炎を燃やせるのだ。


 不幸なる虜囚者たちと、それを拷問が待ち受ける地獄の檻へと連れ去ろうする帝国人どもを睨みつける。獣のように牙を剥き、彼女は―――真の正義が持つ、大いなる強さを帯びていた。


 もう迷うことは無いだろう。


 彼女は『未来』のために戦い抜く、本物の英雄の道を歩く。君はもう死ぬことは許されない。今この瞬間に、心に宿った願いを叶えるためには、君がこの半島からいなくなってはならないのだ。


「生きて、戦え。フレイヤ・マルデル。それが、君のすべきことだ。マルデルの名前を背負い、これまで、このアリューバ半島のために戦い続けた君のみが歩める、最良の道だ」


「……はい。死ぬことも許されないなんて……とても、苦しそうな道ですが……負けたりは、しません」


「そうか。それならば、ここに来た甲斐があったというものだ」


「―――ストラウスさま」


「……なんだい?」


「あの……彼らのことを、今、少しでも助けることは……」


 そうだろうな。


 知っていたさ、君がそう願うことぐらい。


 だからこそ、オレはあえて事実を口にすることで、君の願いを拒まなくてはならない。戦場とは哲学だけでは制圧出来ない。戦略がいるのだ。


「残念ながら、それは出来ない。彼らは、『魔銀の首かせ』をはめられているんだぞ。逃亡すれば、呪文一つで、首の骨をへし折られてしまう」


「そんな……っ」


「それが現実だ。たしかに、彼らの全員が『魔銀の首かせ』をつけられてはいないだろうが、それでも手足を鎖でつながれているのだぞ。死体を引きずっては、逃げられない。帝国の兵士は、亜人種を逃がすぐらいならば、殺す」


 死体を引きずる体で、背後から槍で突かれるだろう。あるいは、サーベルで乱暴にその身を切り裂かれる。もしくはボウガンだろうか。どれでもいい。彼らの命は、帝国の鋼により奪われてしまうだろう。


 だから。君が涙を浮かべながら口にした願いでさえも、オレは拒まなくてはならない。彼らを殺すことを、オレは戦場のプロフェッショナル、猟兵として許容することは出来ん。


「―――分かっているだろう、フレイヤ・マルデル。君は聡明な女性だ。ここは君の得意な海上では無いかもしれないが……オレの言葉の正しさを、君なら理解できるはずだ」


 フレイヤの頭が、ちいさくうなずいてくれた。


 うなだれたまま、彼女の声が口惜しさに震えながら語ったよ。


「……この場では、どうすることも、出来ないのですね……ッ」


「……ああ。残念ながら、この場では誰も助けられない」


『……ごめんね、ふれいや』


「ち、ちがうの!!悪くないわ、ゼファーちゃんは、ぜんぜん、悪くないのよ……っ。私が、ムリを言ってしまっただけなの……っ」


 フレイヤはそう言いながら、ゼファーの背中をあのやさしい指で撫でてやる。


 オレは、ゼファーのことが誇らしい。苦しむ者たちを、見捨てたくないと願う乙女に、己の無力を謝罪した我が翼のことがな。


 ストラウスの竜は、そうでなくてはならない。


 竜騎士姫に仕えた、偉大なるアーレスの子孫として正しい。涙する乙女の願いを、叶えてやれぬことを恥と知るのは、その身に流れる血に、何よりも相応しい気高さだ。


 ……オレもだよ。


 オレもだ、ゼファー。


 口惜しい気持ちで一杯だ。


 なんでオレは、1000人の敵兵を、一瞬で殺せることが出来ないのだろうな。そんなことが出来たなら……彼らを、ここでだって助けられる。『パンジャール猟兵団』を、オレの『家族』の誰1人として、危険な戦場には連れて行かなくていいのに。


 フレイヤを危険な『策』に晒して、ジョルジュ・ヴァーニエをハメなくても、このアリューバ半島から、侵略者の帝国人どもを追い出してしまえるのにな―――。


 無力であることは、口惜しいよ。


 だから、オレはフレイヤの頭を撫でていた。


「ストラウスさま……?」


「泣くな、フレイヤ。口惜しいのは分かる」


「……はい」


「彼らのことを、ここでは助けられない。だが、ゼファーの背に乗った君にしか出来ないこともあるんだ」


「ゼファーちゃんの背に乗る、私にしか……出来ないこと、ですか?」


「そうだ。この高さには、帝国の矢は届かない。だが……君には、船乗りの大きな声があるじゃないか」


「声……私の、声!!」


「そうだ。伝えてやればいい、ここで約束をしろ。捕らえられた者たちに、必ず助けてみせると、あの声で、告げてやれ」


「……はい!!」


「ゼファー、彼らの上空を、ゆっくりと旋回しろ!!敵には矢があるんだ。高さには気を配れ!!」


『うん!!『どーじぇ』、ふれいや、いくね!!』


「ええ!!お願いします、ゼファーちゃん!!」


『まかせて!!』


 ゼファーが黒い翼で夕闇を切り裂き、虜囚となった人々の上空へと向かった。少しでも、この気高き乙女のためになろうと、その飛翔は力を帯びる。


 フレイヤはゼファーの背から乗り出すようにして、眼下の同胞たちを見つめるのさ。オレは……左腕で彼女の体を支えてやったよ。


「落としはしない。だから、思い切り、歌え!!」


「はい!!…………みなさーんッッッ!!!聞いてくださーいッッッ!!!」


 乙女はそう切り出したよ。2000の悲しき虜囚者たちが列を成す、この絶望的な光景には、まったく不釣り合いの明るい声であったな。くくく、だが、それでいいのだ。フレイヤ・マルデルは!!


「私は!海賊団、『ブラック・バート』の団長、フレイヤ・マルデルです!!ときどき、お野菜とか、卵とか、おすそ分けしていただき、ありがとうございます!!」


 『ブラック・バート』の台所を農家が支えていたのだな。なんだか、和んでしまうよ。


「私は、このアリューバ半島のことが、大好きです!!お母さまが、たくさんの騎士たちが守ってくれた、この場所のことが、とっても大好きなんです!!そして……なにより、ここに住む、アリューバ半島の人たちのことが、大好きですッッ!!!」


 技巧に頼ったスピーチなどではなく、ただただ感情だけを歌う。それでいいのさ、きっと。フレイヤ・マルデルらしく在ればいい。彼女の正義とは、ただの愛だ!!


「だから!!今はムリですが、必ず、私たちが助けます!!!私たちと……その、『ブラック・バート』と、『リバイアサン』と、あと、元・同盟騎士団のベテランさんや、民兵さんたちと……『パンジャール猟兵団』の皆さんとで――――ストラウスさま!!」


「なんだ?」


「『名前』が、ありません。私たち、一体、『何』なのでしょうか!?」


「うむ。まあ、色々と集まっているからな。半島の総力が結集している……」


「はい。ですから、『何』と名乗れば良いのでしょうか!?」


 この土壇場で名付けタイムか?


 しかし、そうだな。もはや、彼らは『ブラック・バート』や『リバイアサン』だけではない……何か、いいアイデアは―――。


「そうだな。フレイヤよ。君は、あのとき敵兵に言ったな。自分は、『海賊』であり『騎士』でもある……そういうので、いいんじゃないか?」


「『海賊』であり、『騎士』である……そうですね。それ、いいカンジです!!さすがは、ストラウスさま!!」


「お役に立てたのなら、嬉しいことだよ」


「皆さん!!!私たちの名前を、聞いて下さいッッ!!!私たちの名前は、『アリューバ海賊騎士団』ですッッ!!!自由を求める『海賊』の『魂』と、みんなを守りたいという『騎士』の『祈り』ッッ!!!それが、そのどちらもがあってこその、私たちだからですッッ!!!」


 ……『アリューバ海賊騎士団』か。


 ふむ。オレは好きだね。


 海賊として生きて来た側面を、否定はしていない。そこに、フレイヤ・マルデルの哲学を感じる。彼女にとって、海賊であることとは、帝国の支配への反抗の証。自由を求める生きざまそのものだった。


 そうだ、フレイヤ・マルデルは海賊であり騎士だ。それゆえに、その名が最も相応しい。彼女の率いる、自由と祈りの軍勢。それこそが―――。


「『アリューバ海賊騎士団』が、必ず!!みなさんのことを救出しますので!!どうか、しばらく、がんばってくださああああああああああああああああいッッッ!!!」


 夕闇のなかに、彼女の宣言は放たれていたよ。


 ゼファーが彼女に触発されて、己も歌を放つのさ。


『GAAHHOOOOOOOOOOOOOOOOOHHHHHHHHHHHHッッ!!』


 この歌の意味は、もちろん、『パンジャール猟兵団』も『アリューバ海賊騎士団』と共に在るということさ。


 オレは、左腕を引いて、身を乗り出していたフレイヤをオレの脚の間に戻す。ミアのポジションだから、思わず妹分扱いで、ついつい頭を撫でていたよ。


「よーし、いいスピーチだったぞ、フレイヤ」


「えへへ!そうだと、とても嬉しいです!」


「……さて、ゼファーよ、矢が来るぞ!このまま、退却だ!」


『うん!!いっきに、てきのやの『しゃてい』から、とびさるよ!!』

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