第五話 『復活の聖女は、仮面の下で嗤う』 その24


 片腕のジイサンは、あのハシゴを器用に登ったよ。上に向かうために、手の位置を変えなくてはならないからな。一瞬だけ、完全な『手放し状態』になる。


 見ているオレからすると、その行為はどこか危うく見えた。けれど、片腕暮らしの長い彼にとっては、なんてことはない行動のようだ。


 その後で、オレはロープを女神像にしっかりと結わえると、ロープの先端を口に咥えてハシゴを登った。地上に出ると、ロープを指に握り直す。あとは、この像を落下させて壊さぬように、ジイサンに細かな注文をつけられながらも無事に引き上げてみせた。


 等身大さをもつ船首像は、かなり重たい。並みの人間族なら1人では持ち上げたりしない重量を、オレは引き上げた。疲れていた身体がさらに疲れてしまったよ。


 西の状況は気になる。


 帝国人の地上部隊によって、東の沿岸部同様に攻められているのではないか……。


 気にはなるが、自分の体力と魔力の限界を、オレだって知っている。オレに近づいて来て、ねぎらうように鼻を鳴らしてくれる『白夜』。彼女だって、今夜は相当なムリをした。大変な強行軍だったな。お互い、あちこち傷だらけだ。


 気になりはするが、西へ向けて出発するための体力が残ってはいない……それが現実だった。


「……西は無事だろうか」


 それでも未練がましく、西について考えてしまい。そんな言葉を唇のあいだから漏らしてしまう。


「……お前さんがどこからやって来てくれたのかは知らないが、くたびれ果てている。これ以上は戦えん。深追いは止めておけ。さすがに死ぬぞ」


「……ああ。自覚しているつもりだ。オレ、情けないが、疲れすぎているよ……」


 そのうち、魔力が切れて、魔眼の視力が消えちまうかもしれないな。あと、腹も減っているよ。


「町に行こう…………ん」


「……どうした、ジイサン?」


「ドワーフ族の魔笛だ」


「ドワーフ族も、そういうのを使うのか?」


 珍しいと思った。グラーセスでは使っていないからだ。


「ふん、元々はエルフ族だけだったがな。便利じゃある。皆がつかう」


「まあな」


 『それぞれの種族にのみ聞こえる音』か。探せば、オレたち人間族用の魔笛もあるのだろうがな。何故か、そういうハナシを聞かない。ルードのスパイあたりは、持ち得ているかもしれんな、人間族用の魔笛も……。


「これも、先人の遺産だ」


「伝統文化か」


「その側面もあるが……ここまで体系化したのは、マルデル議長の政策のおかげだ」


「フレイヤの母親か。何をした?」


「マルデル議長が帝国との戦に備えるために、魔笛を教育させたのだ」


「ふむ。敵に聞き取られることのない音だもんな」


 軍事的に活用する価値は十分にある。


 しかし……魔笛の情報伝達網は、帝国との戦いで根付いていたのか。それならば、フレイヤに吹かせた魔笛の効果にも、期待が出来るな。『避難訓練』もさせていただろう、マルデル議長はね。


「―――ジイサン、どんな歌が風に隠されている?」


「さすがの竜騎士も、魔笛の音までは分からないか」


「ああ。聞こえない。あくまでもオレは人間族だからな」


「あんまり、そんな気はしねえがなあ」


 人間族あつかいされていないというか、ヒトあつかいをされていないんだろう。ジイサンはオレの左眼を見ていたよ。


「オレの魔法の目玉のことは、放っておけ」


「ああ。そうだな……『港町トーポ』に集まれ、だ」


「ふむ。ここを、『砦』代わりにするのか」


 それも悪くはない。どこかを拠点にする必要があるんだからな。人数が集まれば、帝国も攻撃を仕掛けにくくはなる。そして……ここには資源があるな。大量に切り出されている、木がね。そして、港もある……『武器を受け取れるな』。


 『自由同盟』からの支援が。いや、もっと具体的に言えば……ハイランド王国からの援助物資がな。ハント大佐は、この状況を知れば助力を惜しまない。彼は王道と正義の男だから。


 しかし、ロロカ先生の策だろうか?あるいは、ジーンくんのか。それとも、知恵が利くフレイヤなのか。誰が考えついたにせよ、なかなかいい作戦だぞ。ここに集まることは。


「ジイサンよ。デケー、バリスタやカタパルトを作ろうぜ。固定式の遠距離仕様のヤツだ」


「ああ。それはいい考えだ。ここには、そのための材料がそろっている」


「林業があるからな、製材所にも、ストックがあるだろ」


 出荷先の『オー・キャビタル』の運ぶ予定のぶんが、たんまりとな。二度と運ばなくていい。ここで兵器に使っちまえ。


「そうだ。それに……西からは、フレイヤちゃんと一緒にドワーフ族が避難してくる。連中の腕力があれば、木を加工するのは容易いことだ」


「……フレイヤと一緒?」


「竜と彼女の『炎』が、ドワーフ族を救ったようだ」


 なるほどな。ゼファーはオレのいる場所を目指していただけじゃないのか。どこかで、ジーンを下ろして、ジーンは海賊の部下どもに連絡をつけた。半島の山間部には『ブラック・バート』の隠し砦もあちこちにあるからな。そこには、早馬もいるだろう……それを借りて移動していたのかもな。


 トーポ村の守りは、ジーンと『リバイアサン』に任せたというわけだ。魔笛のリレーは、使いこなせばゼファーの翼より速く伝わる。ゼファーも音より速く飛び続けることは難しいからな。


 そして、ゼファーはここに来る前に、西へと向かっていたのか。そこで亜人種狩りの部隊を上空から襲撃した。


 昨夜、動員されていた敵の戦力は多くはないはずだ。秘密裏に用意していた行動だろうからな。


 そうでなければ、ルードのスパイに気取られていただろう。オレたちが出会った、あの地上部隊。せいぜい、あれぐらいの規模が複数動いていただけのはずだ。


 奇襲で村を襲うぐらいなら、あれだけの数でも十分に事足りる。


 その『小規模の部隊』を、ゼファーは襲撃していたのだろう。ゼファーの火力と、フレイヤの『エンチャント』を受けた矢だとか、あるいはミアのスリングショットの弾丸を、夜の闇に隠れながら、一方的に浴びせられるのならば……複数の部隊を殲滅することも難しくない。


 いや、半数に減らすだけでも十分だ。ケガ人の手当や搬送に人員を割いた瞬間、その部隊はもはや作戦遂行能力を失っているのだからな。


 そのあとで、フレイヤを下ろしたのか。


 いや……ゼファーの背に乗っていなかったな。ミアもロロカ先生も、フレイヤもターミー船長も。あの腕利き4人が護衛となるのなら、帝国の兵士どもに襲撃されても問題はない。


 そんなことが起きていたのか、ゼファー?


 ―――うん。だいたい、そんなかんじだよ、『どーじぇ』。


 なるほど。ロロカが、オレの集中力を維持させるために、伝えさせなかったんだな。


 ―――うん。ごめんね、『どーじぇ』には、ないしょだよって、いわれていたんだ。


 いや。最高の判断だ。昨夜のオレに、あれ以上の仕事や心配事があっても、迷いから集中力を減らすだけだったろうよ。


 さすがはオレの第二夫人であり副官だな。オレのことをよく理解してくれている。


「―――西の連中は、無事ってわけだ」


「おう!そうらしいな!……へへへ。ドワーフの連中。フレイヤを褒めまくっている歌を流している……彼女を、救国の英雄だとな」


「ああ。実際、そうなるよ」


「……そうだな。そうせねば、どうにもならん。皆で帝国に殺されちまう……おい、製材所に行くぞ。丘の上に、死ぬほどバリスタとカタパルトを配置するんだ。ここらは細い道が多い」


「守るには悪くない場所だな」


「へへへ。そうだぜ、赤毛!帝国人が群れてその道をやって来たら、デカい石ころの雨を降らせてやる!」


「そいつは効果的そうだ」


「効くぞ。石がなければバリスタの矢でもいい。フレイヤがいるなら、爆発付きの矢にしてくれるさ。矢が砕けるように細工しておけば、飛び散った木っ端が敵の肉を穿つ!」


「船への対策にもなりそうだ」


「なるぞ。帝国船は『風』の魔術の加護がない。鈍足だからな。いくらでも狙える」


 ジイサンが生き生きしているよ。


 現役時代を思い出して、楽しくなっているのかもしれないな。


 負け戦を生き延びた戦士だ。


 その経験値は頼りになる。


 負けてからずっと、毎日のように後悔がジイサンを襲っていたはずだ。日々、負け戦につながっていった、各戦場を分析し直していただろうからな。その執念に、リベンジの機会を与えてしまったようだな、ジョルジュ・ヴァーニエの野郎は。


「元・同盟騎士のベテランが指揮をしてくれるなら安心だよ」


「同胞を殺されまくった恨みを……我がレパント一族の復讐を、ようやく果たせそうだ」


 一族を皆殺しにされた男が、殺意に貌を歪ませている。


「生きててくれて良かった。バリスタとカタパルトの配置を、アンタは一秒も迷わなさそうだから」


「ああ。すでに下見もしてあるからなあ。負け戦が口惜しすぎてな。ワシは、日々、妄想の帝国人との戦をしておったからな。森や山に入っては、どこにどんな罠を仕掛けるべきかも、狂ったように考えてきた。迷わん。ベストの痛みを、敵に与えてやる」


「くくく、復讐者ってのは、そういうものだ」


 夜中にね、悪夢を見て目を覚ますんだ。


 焼かれていく家族の姿が、セシルの叫びが、その悪夢のなかで鮮明な痛苦となってオレを起こす。そしたらな、真夜中でも剣を振り回すしかない。どうすれば、よし確実に、より多くを殺せるか。


 そんなことを考えながら、技巧を鍛える。


 たとえ、それが深夜二時の月の下でも。


 流れ星も見ることはなく、月の形にさえ鈍感になり。剣と共に狂ったように闇のなかで踊り、幻想の敵を切り刻む。


 戦で負けると……そして、その責任を生きて背負わされると、戦士であることをあきらめない男は、そんな風になるのだろう。


 セルバー・レパントも、刎ねられて『オー・キャビタル』に並べられたという一族の首に見つめられながら、酷い寝汗にまみれた悪鬼のような形相で、真夜中に目を覚ましただろう。


 老いた体だ。技巧を極めることは、もう叶わない。


 暴れ回って鍛えても、十分な強さにはならないだろう。


 だからこそ、きっと腕力以外の殺し方を考え続けてきたはずだ。バリスタ、カタパルト。それだけじゃない。ジイサンは今、『罠』を仕掛けるとも口にした。森を歩きまわり、仕事のための木を探して来た。


 ジイサンは、ここらの山の達人だ。


 山に紛れ込み、森の静けさと暗がりを利用して近づこうとする帝国兵士の動きを、彼ならば、すでに予想しているだろう。そこに罠を仕掛ければいい。十分な時間稼ぎになってくれるはずだ。


「……ジイサン、オレの正妻エルフさんの薬に礼を言ってくれてもいいぞ」


「ああ。そうだな。感謝している。ドスケベ野郎、ソルジェ・ストラウスのヨメよ。エルフの小娘よ!!お前の薬が、ワシの心臓を助けた!!おかげで、これから、帝国の豚どもを、まだまだぶっ殺せそうだぜッッ!!!レパントの一族は、まだ負けちゃいねえッ!!」


 ジイサンは元気だ。


 そうさ。この戦には、全員参加だ。老若男女も問わず、全員で生き延びるための戦いをする。ジョルジュ・ヴァーニエよ、村を焼かれた者が、ただ泣きながら雨に打たれて逃げ回るだけだと思うなよ。


 その惨めな姿のなかで……敗北者の心は、残酷極まる復讐心を成熟させていく。


 隻眼になろうとも、隻腕になろうとも。


 復讐者は、敵を前にすれば誰よりも血に飢えた獣となるのだ。


 その心に、殺された家族の名前を刻みつけたまま。死の終わりが来るその瞬間まで、戦うのさ。

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